319話 木理王と水太子
木の王館に着くなり、木精たちに取り囲まれた。決して悪い意味ではないのたけど、キラキラした目で見られているのは、どうにも慣れない。
太子になってから来たのは初めてかもしれない。木精に好意を抱かれているのは知っているけど、この服が目立つからに違いない。
あれよあれよと、何故か謁見の間に通された。謁見の申し込みなんてしていない。連絡すらしないで来ている。
桀さんの手が空いていれば良いなぁと思っていたのに、何も言わない内に木理王さまに通されてしまった。
「やぁ、君か。久しぶりだな、元気だったか?」
「木理王さま、お久しぶりです」
木理王である
「森もすぐに戻ると思う。ゆっくりしていくと良い。誰か水太子に椅子を」
「はぁ……」
謁見の間で、どうやって寛げと言うのか……。金の王館と同じように椅子を用意された。細いい蔓で編まれた椅子で、弾力があって座りやすい。
侍従が何人かやってきて、果物をいくつも差し出された。受け取るまで引かなさそうだったので、一番近い柑橘をひとつ貰っておいた。
左右の侍従が目に見えて落胆している。真ん中の黄色っぽい木精は、拳を握りしめていた。
「
木理王さまに話を振ってみたけど、聞き方が
まずかったかもしれない。裏を返せば「木理王さまは暇なんですか?」と捉えることも出来る。
「いや、そうでもない。実家の手入れに行っているだけだ。昨日の午後に向かったから、もうすぐ戻るはずだ」
昨日の午後と言うと、僕が金理王さまと話し込んでいるあたりだ。金の王館は必至で人材集めをしているのに、木精はずいぶん違う。
フラフラしている僕が言えた義理ではないけど、木太子まで里帰りしていて良いのか?
木理王さまは木理王さまで、謁見の間にいるのに謁見を始める様子はない。僕がいるせいかとも思ったけど、そもそも案内された時点でそれはない。
玉座の上で紙を広げたり、丸めたりしている。時々、侍従にお盆や台を持って来させて、判を押している。執務室でやる仕事だ。
「よし、一休みするか」
「お疲れさまです。木理王さまは執務室でお仕事はしないんですか?」
「執務室が機密書類で埋まっているんだ。公に出来るものはここで処理することにした」
思い出した。木理王さまの太子時代に執務室に行ったことがあるけど、最高に散らかっていた。
理王の執務室に移っているはずだから、もう少し広いだろうけど、きっと同じような散らかり方をしているのだろう。
「そういえば、
ずっと言いたかった。
今まで優先することが多くて、来られなかった。ベルさまにもこれ以上深入りするなと釘を刺されていた。やっと直接、謝罪が出来た。
「何を言うんだ。
「でも……」
木精の皆がそう思っているとは限らない。いつも友好的だから油断しがちだけど、僕のことを恨んでいる木精だっているかもしれない。
「麿にとって家族といえば理力の繋がらない先代木理王だけだ。君のお陰で
「そう言っていただけると、少しほっとします」
木理王さまの顔が以前よりも穏やかに見えるのは、気のせいだろうか。
でも、木の王館の環境を考えれば、それは有り得ることだ。
心が休まる暇がなかったに違いない。
今は無患子の件が落ち着いて、少しゆとりがあるように見える。
「あの……
本題に移らせてもらう。侍従が何人か振り向いた。その視線は無視させてもらって、持ったままだった柑橘の皮に爪を立てた。
柑橘独特の香りが辺りに広がる。
「対策という対策ではないが、王館内の高位精霊からは種や枝を回収しているところだ」
「回収と言いますと?」
「青龍伯に預けようと思っている」
連日で大精霊の名を耳にするとは思わなかった。思わず皮を向いていた手を止めてしまった。
「免は理力を狙っているのだろう? 木精は理力を奪われても、引き継げる本体があれば、まぁまぁ早めに復活出来るからな。万一に備えて離れたところに避難させておきたい」
「あぁ、等さんみたいに」
等さんの笹麦は黄龍他、大精霊に献上していると言っていた。地獄に本体の一部があるせいで、完全に倒すことは出来ないという。免も手こずる相手だ。
「あぁ、
「…………」
木理王さまは僕をからかうつもりで言ったのだろうけど、僕はどう反応していいか分からなかった。
返事をする代わりに柑橘のひと房を口に放り込んだ。甘さよりも酸っぱさが勝っている。
「
以前、等さんにそう聞いたら『
でも、その
これで
そもそも理って……何だろう。
「あまり考えすぎない方が良い。突き詰めると
僕の頭の中を覗いたのかと思えるほどのタイミングだった。
木理王さまは侍従を遠ざけると、僕に少し近づいて諭すように言った。
「君が正しいと思う
「なっ」
「まぁ、それは言い過ぎだが、
「はぁ」
要するに正しいと思うことをしろ、ということだ。何が正しいのか見極めるためには、僕はまだまだ経験が足りない。危機はすぐに迫っているというのに……自信なんて持てない。
「
木理王さまが何かを思い出したように、変なところで話が切り替わった。
「新しい
「新しい
土師は
まだ次が育っていなくて、なかなか決められないと聞いていたのに、それが突然決まったとは初耳だ。
「あぁ、昨日急遽決定されたらしい。君が来る少し前に通知が来たぞ」
あぁ、それだと僕が知らなくても当然だ。昨日から水の王館を離れているし、戻ったときにベルさまはいなかったのだから。
「戻ったらべ……御上に確認してみます」
「気になるなら土の王館に寄っていったらどうだ? 垚のことだから、開戦前に
それはそれで大変そうだ。捕まったらなかなか帰って来られない気がする。
でも……情報共有は必要だ。
行ってみようか。
柑橘の最後の房を口に放り込んだところで、王館が揺れだした。
柑橘の皮が落ちてしまったが、拾おうとしたその場所が勢いよく盛り上がり、慌てて少し退がる。
「ただだだだだだいま戻りました! ……ああああああああああ、雫! ひひひひひ久しぶりですね」
床を突き破って、桀さんが現れた。根の道を通ってきたに違いない。戻り方が独特だ。
「……
「そそそそろそろろろ、某のこともよよよ呼び捨てにししししししてください」
吃音がひどくなっている。
桀さんの頭に乗った柑橘の皮を取りたくて、手が宙をさ迷ってしまった。
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