318話 ベルの強さ
免との戦いまで残り九日。
結局、夜まで金理王さまと話し込んでしまった。金理王さまと二人だけで長く話したのは初めてだった。金理王さまの飾らない性格が僕は好きだ。身分が違ったら友達になれたかもしれない。
途中で鑫さんが帰って来なかったら、まだ居座っていたかもしれない。夕食を一緒にという誘いは流石に遠慮した。
鑫さんと二人で過ごせる時間を邪魔したくなかった。
けれど、泥と汢に久しぶりに会えたのは良かった。二人揃って怪我もなく、立派に勤めを果たせているようで安心した。
僕は菳のことを木の王館に戻しているけど、二人は金の王館に泊まり込みだ。勿論、二人の部屋は残してある。帰ってきたくなったらいつでも帰って来て良いと改めて告げた。
でも二人とも首を横に振った。自分達の働きが
きっと外に出て思うところがあったのだろう。僕の下にいるよりも、ずっと遣り甲斐があるはずだ。
それに鑫さんにも大事にして貰えてるみたいだ。頭や顔の周りに装飾品が増えている。勿論、邪魔にならない程度だけど、鑫さんから贈られたと思われる金細工は二人ともよく似合っていた。
結局、一日ブラついて終わってしまった。ものすごく無駄な時間を過ごしている気がする。
あれだけ忙しかった視察も、今は行っても仕方がない。それに外に出る気になれない。
朝方、執務室に戻ったらベルさまはいなかった。私室かもしれない。主のいないの机を撫でてみた。机の端に添うようにインク壺や封書が並んでいる。それはいつも通りだけど、珍しく書類がひとつも乗っていない。
ベルさまは免との戦いにどうやって勝つつもり何だろう。でも多分、聞いたところで僕に理解できる答えは帰ってこないだろう。
「朝帰りですか?」
「……
僕の真後ろに潟がいた。ちょうど僕の机と椅子の間に入るような格好で、中腰になっている。
手袋はしたままで、袖を捲り上げている。いつもきっちり着こなしている潟には珍しい格好だ。
「ずっとここにおりましたが」
「ふーん……ベルさまは何処に行ったの?」
「私が参りました時には、すでにいらっしゃいませんでした。謁見では?」
謁見の予定が入っていたかどうか分からない。太子になってからベルさまの予定を把握しきれていない。
「朝帰りですか?」
「ん? あぁ、うん。金理王さまと話し込んでて」
潟が少し不貞腐れたように言った。さっきも聞いただろうと思ったけど、答えていなかったのは僕だ。金理王さまと話していたと伝えると、ほっとしたような……不思議そうな顔をされた。
挽や搀との戦いで破れた潟の服は、とっくに着替えてあって、袖さえ捲っていなければパリッとした新しそうな服だ。
「で、潟は何してるの?」
「あぁ、机がぐらついていたので直していたのですよ」
「ぐらついた?」
そんなに柔な机ではないはず。
僕には勿体ないくらい立派な机だ。木製のしっかりした作りだし、脚や角には装飾まで施されている。
試しに体重をかけてみる。何ともなかった。
「ぐらぐらしないよ?」
「それは良かった。前方の脚が片方すり減ってぐらついていたのです。応急処置としてもう片方を少し削りました」
確かにぐらつきはしないけど、よく見ると机の前の方が前の方が少し下がっている。
「何で、一本だけ」
「まるで波に削られたようですね」
潟の言うように前脚の一本は、風化と侵食に
先生のことを思い出さずにはいられない。でも僕が太子になってから、先生はこの部屋に入っていない。先生のせいではない。
「ベルさまの理力にあてられたのかな」
言ってから気がついたけど、最近は潟の前でベルさまのことを御上と呼ぶのを忘れている。潟もそれに対しては触れないようにしているのか、分かっているのに何も言わない。
「御上の席に一番近い脚ですから、可能性はありますね」
ベルさまは理力を抑えている。抑えていなければ、その理力を真正面から受けているのはこの机だ。僕がいれば僕が受け止めるけど、机の脚には耐えられなかったのだろう。
「ベルさまは、どうしてあんなに理力が強いのかな?」
土精にとってもベルさまの強さは規格外だという。初代理王に至っては狡いと言わしめた。生まれつきなのだろうけど、ちょっと度を超えている気がする。
「さぁ……強さにも色々ございますが、御上の強さは異常ですね。私も初めてお会いしたときは恐ろしかったですよ」
「僕の護衛になってくれたとき?」
潟は袖を直しながら首を振った。
「もっと前のことです。お会いしたというよりもお見かけしたと言った方が良いかもしれません」
「でも、潟は竜宮城へ出向してたんでしょ?」
ベルさまと顔を会わせる機会はなかったはずだ。
「はい。前理王の即位式直前に王館へ戻り、正式に任を解かれました。その際、太子に内定していた御上をお見かけしただけです」
任を解かれた方も気になる。太子付きだったのなら、太子の即位に合わせて理王付きになるのが通常だと思う……のは僕だけだろうか。
潟はそれを追及されるのを拒否するように、早口で続けた。
「当時の御上は理力を一切抑えていませんでしたので、廊下の端からでも、ビリビリと肌が刺されるようでした。迂闊に近づけば、何らかの生命活動が止まったかもしれません」
何らかの生命活動……恐ろしいことを言う。
潟は高位精霊の中でも鍛え方が違う。高い理力に加え、体術や剣術も磨いているから並みの高位精霊もそうそう敵わない。その潟に、ここまでのことを言わせる当時のベルさまは余程恐ろしかったのだろう。
父上に頼んで当時のベルさまを見せてもらおうか。でもベルさまにも知られたくない過去があるかもしれないし、僕がそれを勝手に見るのはベルさまを少しだけ裏切っている気がする。
「さて、これは木の王館に修理を要請しましょう。申し訳ありませんが私の技術ではここまでです」
潟が話を机に戻した。
がたつきはなくなったけど傾いている。ペンは置く向きを考えないと転がりそうだ。
「木の王館も今は忙しいはずだから、落ち着いたらで良いよ」
「いえ、それが……昨日、菳の様子を見に行ったのですが……」
菳の様子を見に行くよう命じたのは僕だ。
菳のことは木理王さまにお願いした。疲れが溜まって元の姿に戻れなくなっているのは判明した。回復には時間がかかるというので、しばらく木の王館に置いておくことにした。
幸い外出の予定もない。緊急の時はベルさまが船を貸してくれると言うので安心だ。理王専用の船は王館の一部と見なされるから、佐を伴わなくて済む。菳を休めてあげられそうだ。
「菳に何かあったの?」
「いえ、菳は特に変わりありませんが、木の王館も特に変化がなく……宣戦布告されたと知らないわけではないでしょうに」
免の宣戦布告について、連絡は既に行っている。潟の言うとおり知らないわけはない。
「ちょっと見てこようかな」
「お伴致します」
「来なくて良いよ。ベルさまが戻ってきたら木の王館にいるって伝えておいて」
「…………かしこまりました」
付いてくるなと言っても付いてきそうだったので、用事を言い付けた。ベルさまに用があるわけではないけど、これなら潟も付いてこないだろう。一瞬、悲しそうな顔をされたのは見ないフリをした。
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