291話 vs搀
「
針だらけの人型になってしまった搀を見て、潟さんが冗談を言う。額から汗が一筋流れていった。
「いや、潟さん。
「あぁ、そうでしたか。アレは千本どころか一万本は越えていそうですね」
お互い軽口を叩いているけど、ビリビリと肌を刺すような威圧感がある。怒りと殺意の他何物でもない。
今まで対峙した敵とは違う。理力はあまり感じないし、戦い方も根本的に異なる。言葉にならない不穏さを潟さんも感じ取っているに違いない。
「雫さまのお作りになった芸術品を破壊するのは忍びないのですが……」
「遠慮なく壊しちゃって」
針まみれの搀が、潟さんには芸術品に見えるらしい。冗談だと思いたい。僕がやったこととは言え、気持ち悪くて不気味だ。
それでも搀から戦う意思をひしひしと感じる。
もちろん雨粒の針だけで倒せるなんて思っていない。戦闘は覚悟の上だ。
「潰してやる潰してやる潰してやる潰してやる」
最初から会話が成立するタイプではないとは思ったけど、更に危険な感じがする。
「雫さま、ここは私が。二度と遅れはとりません。雨伯たちを探しに行って下さい」
潟さんがそう言ってくれた。本格的な危機を感じているのだろう。けど、搀を目の前にして逃亡するみたいで嫌だ。しかも離れた所では菳もまだ挽と戦っている。
二人を残しては行けない。
搀は針の音を立てながら、黒い箱を取り出した。ここからでも摘まみが付いているのが見えた。
「過重力出力最大!」
針まみれの指で摘まみをグルッと捻る。立て付けの悪い扉みたいな音がギィーッと鳴った。
その直後。
「っ!」
「うわっ」
まず足に来た。それから肩だ。ズシリと重い。
さっきと同じだ。腰が地面に引っ張られるような感覚。
あの箱が重力を変化させているらしい。搀の理術だと思ったけど、道具によるものだったのか。
変わった道具もあったものだ。一体何の目的で作ったのか、製作者を問いただしたくなった。
「ヒャハハハハハハハ! 立ってるだけでやっとだろーが」
悔しいけどその通りだ。膝を着きそうになるのを踏ん張って耐えている状態だ。
潟さんに至っては僕より体格が良いせいで、足元がやや凹み始めていた。
「っ重力がこんなに厄介だとは思いませんでしたね」
「そ、うだね」
大きく振りかぶったわけでもないし、その動きなら簡単にかわせると思った。
「っ!」
「ぅ……雫さま!」
痛みを感じたときには、すでに腕と足に一本ずつ刺さっていた。僕の指くらいの太さはある
痛みを堪えて引き抜くと、潟さんも左足から一本抜いていた。
「潟さん、
「……はは、ご冗談を。これしきかすり傷です」
僕は結構痛い。でも、自分の理力を巡らせば何とか止血はできる。
「手強そうですね」
「そうだね」
速い。
搀の見た目の動きよりも速すぎる。これも重力の効果か。
「ヒャハハハハハ! お返しだよー! 針まみれにしてやる!」
搀の手には次に投げる分がすでに握られている。余程恨みを買ったらしい。
「そういえば先生の授業で習ったよ。重力加速度っていうのがあって、重力によってスピードが変わるんだ」
「……それ今……いえ、左様ですか」
物理学だったと思う。目に見えないものは理力だけではないと、先生が教えてくれた。今頃それを思い出すとは……それに思い出したけど、どう対処するかまでは習わなかった。
先生も重力を戦闘で使うことは予想外だったに違いない。自分で何とかしなくては。
重力……重力…………そうだ。
「っ多重氷壁!」
搀が投げの構えに入った段階で、三重に氷の壁を構築した。単純だけど一枚よりは二枚、二枚よりは三枚だ。それ以上増やすと、向こうが見えなくなってしまう。
純度が高ければ透明な氷の壁になるけれど、ここで泉の水を消費する気にはならない。
八本の
「くそくそくそくそっ!」
搀が地を蹴って向かってきた。攻撃を防がれたことに立腹している。棍棒を大きく振りかぶっている。その動きでバラバラと針が抜け落ちていく。
潟さんは足を引きずって僕の前に立ち、棍棒を素手で受け止めた。衝撃も相まって潟さんが地面にめり込んでいく。
「ハハハハハハハハ! いつまで持つのかなー?」
「くそ! 『鉄砲水』!」
潟さんが悪態をつきながら豪流を放つ。でも大した勢いはない。水は重力に従ってジャバジャバと落ちてくる。搀を押し返す勢いにはならなかった。
「ヒャハハハハハハハ! 潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ!」
僕も剣を抜いた。足は動かないけど、力を振り絞って剣を搀に投げつける。剣は思ったよりも飛ばずにすぐに落ちてきた。まるで土に引っ張られるみたいに。
「おっと、そんなんであたしに当たると思ってるわけ? キャハハハハハ」
今のは目眩ましだ。当たればそれはそれで良いけど本命は土壌の水。竜宮城の庭が保有している水だ。
搀が余所見をしている間に詠唱は済んだ!
「地の水よ 命じる者は 雨の末 自由の下に 抜け出し暴け……『重力水操作』!」
地鳴りが響く。重力があるからこそ動ける水がある。
土壌の中に蓄えられた水はほとんどが動けない。でも重力をかけられた水……重力水は、土から抜け出すことができる。
「なんだ?」
搀は地鳴りに不安を掻き立てられたのか、地から足を離した。宙からの攻撃に変わり、潟さんへ余計に負荷が掛かる。
「潟さん、少し我慢して!」
「心得ました!」
潟さんが膝まで埋まってしまった。庭の硬い土にはヒビが入っている。手入れの行き届いた庭を荒らしてしまったけど、罪悪感は無視だ。
今、土壌の水は過重力のせいで、ものすごいスピードで土壌を動き回っている。その速さを保ったまま潟さんの足元へ集めて、一気に噴き上げる。
「『
勢いの良い水に潟さんが持ち上げられた。あまり上がらないかと思っていたけど、助走が長かったこともあって、スピードが勝った。
残念ながらあっという間に低くなってしまったけど、潟さんはその一瞬で棍棒を押し返し、搀に尻餅をつかせた。その衝撃で針がほとんど落ちた。
顔も体も血まみれだ。敵ながら痛そう。僕がやったことだけど、結構残酷だったかもしれない。使い所を考えないといけない。
「はっ!」
潟さんが大剣を振り下ろす。もうすでに噴水はない。重力に負けて土に戻ってしまった。
今度は潟さんが宙に浮いた状態だ。まるで搀と位置が入れ替わったようだ。重力の大きい分、重い剣が素早く落とされる。剣先はちょうど搀の頭上を狙っている。
「ヒッ!」
大剣はやや逸れて搀の右腕を落とした。
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