272話 まだ見ぬ佐

 ベルさまが会議から戻ってきた次の日。

 

 早速、四ヶ所の王館からすけの候補者が上げられた。


 候補は全部で十人以上だ。てっきり四人だと思っていたら、予想外に候補が多かった。

 

 土の所属でも混合精は土と火、土と金、土と木だ。水精との混合精は省いても三種類だ。当たり前と言えば当たり前だった。勝手に少なく見積もっていた僕が浅はかだった。

 

 そうなるとベルさまも大変だ。

 水精所属の混合精ハイブリッドも、その種類は他の属性と変わらない。ただ、それを他の四王館に紹介となると、もっと人数が必要だ。

 

「ベルさま……混合精ハイブリッドってそんなにいるんですか?」

 

 二属性の理力が混ざりあって、ちょうど半分ずつ所有できることは稀だという。たいていはどちらかの属性がまさって、混合精にはならないそうだ。

 

 例えば貴燈のメルトさんは混合精だけど、同じ親から埋まれた兄のフューズさんは純粋な火精だ。

 

 生まれる頻度が低くて、更に高位となると絶対的に人数が少ない。その上、王館勤めとなればその条件を満たしても、性格や理力以外の能力も注視される。

 

「いないから困ってるんだよね。それと、水精うちの精霊を混合精だけ区別するなんてしたくないからね……」


 ベルさまはちょっと嫌そうに答えた。混合精でも水精は水精。それがベルさまの考えだ。混合精という言い方も侮蔑を含む意味合いが強いから好きではないという。

 

 でも今回は違う。混合精でないと出来ないことだ。敢えてそれを強調しなければならない。

 

 ちなみに候補者をあげられていないのは、水の王館だけだそうだ。

 

「他の理王方は何でこんなに早いんでしょう」

 

 ベルさまは優秀な方だ。仕事は早いし、知識も豊富で、理力もスバ抜けている。それは先生も認めているし、初代理王ちちうえに至っては、ずるいとまで言わしめている。

 

 それでも候補者が上げられないのは決してベルさまのせいではない。

 

「水は染まりやすい。土とか、金とかなら時間をかけて理力が平等に混ざりあうからね。水精よりも人数はいると思うよ」

 

 金理王さまだって混合精ハイブリッドだ。低位から生まれた高位の混合精は非常に珍しいと自分で言っていたけど、でも現に存在している。


 水精には混合精自体が少ないのだからどうしようもない。更に……ベルさまのことだから人格を厳しく考慮するはずだ。かなり狭い人選になっているだろう。

 

「今のところ、推薦出来そうなのは木との混合精ハイブリッドがひとりいる。仲位で人柄も問題ない。本人の承諾が得られれば、どこかの王館へ紹介するよ」

 

 どこかの王館……。

 ベルさまが急に投げやりになった。

 

「ベルさま……もし、本人たちが、良いって言ったら何ですけど」


 ベルさまは首をコキコキさせながら相づちをうってくれる。

 

ぬりぬたすけに推薦できませんか?」


 このすけの話が出たときから考えていたことだ。僕の佐には出来ないけど、活躍の場を与えられたらと思う。

 

「出来なくはない。でも彼女たちは戦闘向きではないよ。何より折角得た侍従の職を離れたがらないんじゃないか?」

 

 僕がベルさまの侍従だったことを考えれば絶対嫌だ。ベルさまの側を離れて、他の太子の補佐をしろなんて、言われたら……ベルさまの命令なら拒絶はしない。でも内心嫌だったと思う。

 

「それは勿論です。本人たちが嫌がることはさせたくありません。でも折角、混合精ハイブリッドが活躍できる場が出来たのなら、彼女たちにもその機会を与えたいんです」

 

 混合精ハイブリッドが迫害や差別を受ける世界が少しでも変わるかもしれない。すけになれば混合精にしか出来ないことがある、と公に証明できる。


「……私は構わないよ。ただ雫にはまだ言っていないけど、もうひとつ条件があってね」

「何ですか?」

 

 ベルさまは肩を押さえながら椅子に座り直す。それだけで改まった話だということが理解できた。

 

「『すけを経験した者は理王になれない』。その条件を承諾できるか、ということだ」

「それって混合精を理王にさせない……ってことですか?」

 

 理王会議でそんな差別的な内容が決まることがあるのか。

 

 ちょっと戸惑っていると、ベルさまは首を振っていた。

 

「混合精だから、ではないよ」

 

 机の上で手を組んで、僕を諭すように優しく語りかけられる。僕はベルさまに気を使わせるほど、怒っているらしい。

 

 自分では疑問に感じただけなのに、感情のコントロールが出来ていないのは非常に良くない。

 

「『すけ』だからだよ。今回、佐は御役と同等の地位だと決まった。御役もその地位に就いたものは理王にはならないという制約があるから、それと同じだよ」

「どうしてそんな制約があるんですか?」

 

 なるべく心を落ち着かせて、ゆっくり返す。深呼吸すると自分で思っていたよりも頭に血が昇っていたことが分かった。

 

「御役は理王の直属だ。その関係は深い。そうするとね、良くも悪くも噂が飛び交うんだよ。次の太子は御役から選ばれるらしい、という根も葉もない噂がね」


 ベルさまは太子をしばらく置かなかった。でも漕さんは王館の外からベルさまに仕えていた。もし、御役が理王になれないという制約がなければ、絶対そういう噂は立っただろう。

 

 漕さんに取り入ろうとする精霊が増えたに違いない。そうすると、漕さんの仕事に邪魔が入って、結果的にベルさまの……水理王の仕事が滞って世の中がうまく回らなくなる。

  

「こういう場合は、大抵まず身内が騒ぎだすんだけどね。本人にその意思がなくても太子に立てようと推してくるだろうね」

 

 月代の件があるから、その光景は容易に想像できた。想像できたことは喜ばしくない。

 

「では『佐』も太子との関係が深くなるから、理王へのみちを断っておくということですか?」

「そうだよ。初代水理王さまの追加提言があって、全会一致で可決した」

 

 父上の考えだったのか。

 

 用意周到というか何と言うか。先を見据えているのは流石だ。

 

「そういうわけだから、もし泥と汢に話を通すにしても今のことを必ず伝えるように」

「分かりました。じゃあ、ちょっと行って聞いてきます」

「待ちなさい。まずは自分のことだよ。候補者を良く見て。これから雫を支えることになる精霊だからね」

 

 ベルさまにぺらっと紙を渡される。属性別に四枚に分かれているらしい。しかも、各理王の紋章が薄く施されている。

 

 それだけで理王のお墨付きということが分かった。

 

 自分で誰かを選ぶなんて初めてかもしれない。潟さんは先生とベルさまが僕のために呼んでくれたし、泥と汢もベルさまが決めていてくれた。

 

 いつもお膳立てしてもらっていたのだと、改めて感じてしまう。

 

「悩みますね。きっと皆さん、素晴らしい精霊なんでしょうね」

「雫の選択に水をさすつもりはないけど、一言だけ助言アドバイスしてもいいかな」


 ベルさまは前置きをしてくれたけど、助言は大歓迎だ。むしろありがたい。

 

「木と金の混合精か、土と木のが良いんじゃないかと思う」

「どうしてですか?」

 

 答えながら手渡された紙を見た土と金の組み合わせでも土精所属と金精所属がいるから、ふたりはいる。

 

「水精は一般的に土精に不利だ。その土精に対抗できるのは同じ土精か木精だよね」

 

 なるほど。相剋の考え方だ。だから土精を入れた方がいいとベルさまは言っているわけだ。

 

「更に相生の関係から、水精の攻撃は木精には効きにくい。その木精に対抗することを考えれば木精同士か、金精が良いよね」

「なるほど」

 

 ベルさまの言うとおりだ。そうするとかなり絞ることができる。いずれにしても木精の性質は必須だ。

 

「金と木の混合精ハイブリッドなんて珍しいですね」

 

 混合精自体が珍しいけど、あまり想像できない組み合わせだ。木は土を破って成長するけど、土がないと生きられない。だから土は木の混合精はイメージしやすい。

 

 それに比べると金と木の組み合わせは更に珍しい。木が金属の刀によって切られることしか想像できない。


「そうだね。木精所属の精霊みたいだけど、金精の方はいなかったと思うよ」

 

 ベルさまに言われて紙を捲ると、確かに金精では木との混合精は空欄になっていた。

 

「どんな精霊だろう……」

 

 名前はごん。仲位の苔。今分かるのはそれだけだ。

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