234話 黄龍との対面

あらいさん! せきさん! どこですか!?」


 空気よりも水の中で遠くに声を伝えるのは難しい。だから水流に理力を乗せて声を広げる。

 

「雫さま、ご無事ですか!?」

 

 潟さんから反応があった。良かった。無事だったらしい。同じように水を通して理力に声を乗せている。

 

「僕は大丈夫です! 潟さんは大丈夫ですか?」    

「私も無事です。木太子も一緒にいますのでご安心を!」

 

 良かった。一瞬、桀さんが窒息していたらどうしようかと思った。潟さんが一緒なら何とかしてくれるだろう。

 

「雫さま。近くに参りますので、しばらくお待ちください!」

「いや、下手に動かない方が……ん?」

 

 近くで気泡が生まれた。音はしないけど、大小の気泡が揺らぎながら触れていった。何かが息をしている証拠だ。

 

 さっきの頭がいるのかもしれない。気配を辿って泳いでいく。何個か泡にぶつかった。出所を探していると次第に気泡が大きくなっていった。

 

 さっきの頭が息をしているとしたら、気泡のサイズが合わない。手で触れた感じだと、それこそ僕の頭くらいの大きさの気泡だ。

 

 こんな大きな泡を吐き出せるとは思えない。

 

 早く頭を見つけて紹介状を返してもらわないと黄龍に会えない。

 

「あの頭、どこに行ったんだ?」

「静かにするが良い」


 意図せず呟くと、ボコボコと更に大きな気泡が生まれてきた。僕の体がすっぽり覆われるくらい大きい。

 

「だ、誰?」

「静かにしろと言っているのじゃ」

 

 口調はキツくないのに、威圧感がすごい。先生と似た口調のせいか……いや、水の中なのに肌がヒリヒリする。乾燥しているような違和感だ。


 思わず謝罪しそうになって、口をつぐんだ。また静かにしろと言われそうだ。

 

 気泡が僕の足をくすぐっていく。出所が何となく分かってきた。方向を変えて、足下へ向かって泳いでいく。

 

 けれどあまり進まない内に、体をグッと抑え込まれた。身動きが取れなくなる。

 

「じっとするのじゃ」

「ぅわ!」

 

 蛇か何か……長いものに巻き付かれている。首は避けられているけど、右腕と左足を封じられた。

 

「暴れたら紹介状が読めないじゃろう。大人しくするのじゃ」

「放し……っえ、紹介状?」

 

 振り向こうとしても大して動けなかった。紹介状を読んでいると言うことは敵ではないはず。相手の言う通り、大人しくしておいた方が良さそうだ。

  

「……ふんふん。なるほど世界の理力が水太子にのぉ」

 

 紹介状を読み終えたらしい。内容は詳しく分からない。けど僕のことについて、ある程度の説明が書いてあるようだ。

 

「お前さん、名前は何と言うのじゃ?」

 

 相変わらず抑え込まれたままだけど、声は出せる。

 

 さっきと同じように声を理力に乗せようとした。でも自分の声が聞こえない。そこで初めて、辺りの水が全くなくなっていることに気づいた。

 

「なんじゃ。水なら飲んでしまったぞ。いやぁ、水なんぞ何千年ぶりかで飲んだが、実に旨かった。カカカカカカカ」


 独特の笑い方が気になる。でもそれ以上に、何故、この声だけが聞こえるのかが分からない。

 

「どれ……ニュクスアイテールよ。この者の視界を解いてやるが良い。他の二人は止めおけ」

 

 ニュクスって聞いたことがあるような……誰だっけ?


 そんなことを考えていたら、急に周りが明るくなった。体も軽くなって自由に動く。

 

 真っ黒から一転して、真っ白だ。何もないことには変わりない。

 

「もう動けるな?」

「あ、は、はい」

 

 真下なのか真後ろなのか微妙な方向から、声が聞こえた。返事をしながら振り向く。

 

 いきなり目の前が金色に覆われた。急速な色の変化に頭がついていかない。瞬きを何度かして、ようやくその金色が鱗であることが認識できた。

 

「どうした。わしをそのようにじろじろ見て」

 

 動く気配があって上を見る。僕の真上に龍の顔があった。

 

 最上級理術であるリヴィアサンよりも遥かに大きい。先生のリヴァイアサンに飲み込まれたことがあったけど、それすら比べ物にならない王館だって飲み込めてしまいそうだ。

 

 でも確かに口はそこにあるのに、どこから声が出ているのか定かではない。頭に直接話し掛けられているような気もする。


「あ、貴方が黄龍ですか?」

「自分から名乗るのが礼儀じゃろう?」

 

 間髪入れずにそう返答される。怒っているわけではなさそうだけど、話す度にビリビリと肌が痺れる。

 

 相手の言う通り、自分から名乗るのが筋だ。でも今まで散々拘束しておいて、それはあんまりだ。ちょっとムッとしてしまう。

 

「僕は……いえ、私は水太子の雫。貴方は黄龍ですか?」

 

 改めて名乗ってから相手の身元を尋ねる。これで文句はないだろう。黄龍に会いに来て全然関係ない精霊が出てくる可能性だってある。

 

 ただこの威圧感は並みの精霊では出せないだろう。黄龍本人であるとは思う。

 

「カカカカカカカッ。怯むことなく聞いてきおったわ。良いぞ良いぞ」

 

 ちょっとだけぶっきらぼうに答えたはずだ。それなのに何故か楽しそうだ。

 

「如何にも儂が黄龍おうりゅうじゃ。黄龍のちゆと言う」

 

 やはりこの精霊が黄龍。例えようのない迫力が全身から溢れている。そもそも僕は水精だから、土に対しては多少の威圧感はある。

 

 でもそんな日常的なものではない。地面がのし掛かってきたような……そんな圧力がある。

 

 一体、全長はどれくらいなのか。長い尾は円を描くように巻かれ、余った先端をプラプラと揺らしている。首は長すぎて重いのか、気だるげに背中に乗せている。

 

 壁と向き合っているようだ。


 口元にある髭がユラユラしている。それを見ていると緊張感がなくなってくる。


「紹介状によるとお前さんは水太子の雫じゃな。上の二人は誰じゃ」

「えーっと、水精の方が潟さんで、木精が桀さんです」

 

 そう言いながら上を見る。二人の位置が掴めなかったけど、黄龍が上と言うなら上にいるのだろう。

 

 見上げると二人分の人影が見える。ここから見ると上空に浮かんでいるように見える。でも少し様子がおかしい。ピクリとも動かない。遠くにいすぎて動きが分からない……というレベルではない。

 

「あの二人は時間を止めさせてもらったぞ」

「え、な、そんな、なんで」

 

 時間を止めるなんてことが可能なのか?

 実際、出来ているから可能なのだろうけど、何故そんなことをする必要があるんだ?

 

「ここに長くいてはからだを失くしてしまうからのぉ。お前さんも長居は無用じゃよ。尤も精霊としての活動を止めたいのなら歓迎するがの。カカカカカカカ」

 

 優しいんだか、怖いんだか分からなくなってきた。でも目だけは爛々と光り、射殺されそうな鋭さを放っている。

 

「貴方は時間を止める力があるんですか?」

  

 僕がそう尋ねると黄龍はまたカラカラと笑いだした。話し方はのんびりしているだけに、雰囲気との違和感が何ともむず痒い。

 

「儂にそんな力はないぞ。光と闇の精霊が揃うと時を操ることが出来るのじゃ。どれ、ついでに紹介しておこうかの。姿は見えないじゃろうが、闇の精霊・ニュクスと光の精霊・アイテールじゃ」

 

 スッと頬を爽やかな風が流れていった。透き通った空気とでも言おうか。魂が浄化されるような神聖さがあった。

 

 一方、足には厳かな風が吹き付けた。全てを包み込んだ上で、敢えて突き放すような厳格さがある。冷たさがじわじわと沁み渡ってくる。

 

「我らはお前さんたちが言うところの、始祖の精霊じゃ。尤も精霊界では消滅しているがの」


 始祖の精霊は十二名だ。その内の三名は力を使い果たしたと聞いている。今、まさにその三名がここに揃っている。歴史の教科書でも見ているかのようだ。

 

「ここは……地獄タルタロスは精霊界とは違うのですか? あなた方は精霊界を作るとき亡くなったと聞いていますが、どうして存在できているんですか?」

 

 本来の用件は別だけど、色々気になることが多すぎる。黄龍の場で光と闇の精霊に接触するとは思わなかった。

 

 そんなこと教わっていない。指南書にも資料集にも書いてなかった。

 

「……随分好奇心の高い子が来たのぅ。儂、これでも結構威圧しておるんじゃが」

 

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