210話 水理王と伯位の王太子・下
「は、激の一族では十三代目が最後の理王ですか?」
息苦しさに耐えかねて話を進める。別にこの先、別に知らなくても良いような内容だとは思う。正直、
「そうだね。遠縁ならいるけど影響力はないよ。激は王太子になりたかったようだが、雫と交代させることは
最後の言葉に力が入っていた。聞いてる僕がちょっと嬉しい。顔がにやけてしまう。
「雫が理王になるときには、王太子を厳選するよ」
雫が理王に、とベルさまが口にした瞬間、急に肩が凝り始めた。石でも押し付けられているような感じだ。もしくは大量の肉厚昆布を巻き付けられたかのような重苦しさを感じる。
勿論、肩に手を置いても何もない。試しに撫でたり擦ったりしても全く楽にならない。
「気が早いな。まだ先の話だ。私はしばらく退位しない」
ベルさまがそう言うとスッと肩が楽になった。ベルさまに理力が引っ張られているのが分かる。
どうやら僕の肩には理力の塊が乗っていたらしい。
「雫はどうも世界そのものに好かれているようだね」
「世界に? どういうことですか?」
ベルさまの周りで理力がグルグルと回っている。さっき経験した肩凝りをベルさまはいつも抱えているのだろうか。
ベルさまは何でもないような顔をしているけど、もっと自分を
「理王とは
ベルさまが髪を勢いよく払った。銀髪が西日を反射している。少しの眩しさに目を瞑りそうになった。
「雫はあちこち視察に回ったことで繋がりが深まったんだろう。私の時はそんなことなかったけど。世界の方が雫と繋がりたがっているみたいだ。喜んで雫を支えるだろう」
世界の理力は雫を守ろうとするだろうし、傷つける者は排除しようとするだろう。
ベルさまはそう付け足した。
世界の理力というのは、周囲に漂う理力のことだろう。誰もが自由に使えるものだ。
自分の泉から水を引っ張ってくるのは限界がある。だから周囲にある理力にはいつもお世話になっている。
「もしかして激の攻撃が防がれたのは……」
世界が守ってくれた?
そう尋ねようとすると、ベルさまの口許が微かに動いていた。
「私の方が雫を好いているけどね」
「? 今なんて?」
小声で全く聞き取れなかった。
ベルさまの銀髪が一段と輝きを増したように見える。行き場のない理力がそう見せているのかもしれない。
「別に。もうこれで、誰も一滴太子なんて言わないだろう。言った日には世界に滅ぼされるかも知れない」
急にこの世界が怖くなった。
一瞬、一滴のままの方が幸せだったかもと思ってしまった。
でもすぐに思い直す。
ベルさまの隣にいられるなら何でもいい。一滴だろうが大海だろうか、関係ない。それこそ下働きでも侍従でも王太子でもなんでも良いんだ。
「何でこんなことになったんでしょう」
「私が聞きたい。初代理王の子だというのが大きいのかな?」
謂われのない疲れを感じて自分の席に腰かけた。足元の
相変わらず仰向けのままだったけど、落ち着いたようで、スピースピーと寝息が聞こえた。水の箱を通してもこれだけ寝息が聞こえるってことは、直接だったら相当大きそうだ。
「ベルさま、初代理王って本当に存在するんですか?」
神話まで持ち出して、僕を王太子にしたと非難されたのだ。今になって不安になってきた。
ベルさまを疑うわけではないけど、実際会ったことはない。名前も分からない。伝説上の精霊を父と呼んでもいいのだろうか。
「……何言ってるの? 何回も会ってるのに」
「へ?」
ベルさまがおかしなことを言い出した。父に会った記憶がない。そんな感動的なシーンを忘れるなんてあり得ない。
「何回もと言うより……正確には二回かな? 初代理王は今も
ベルさまがクスクス笑っている。その意味を理解できなくて、途方に暮れる。でもベルさまはそんな僕の様子を見て楽しんでいるようだった。
「お父上にはまた会えるよ。雫が
「僕はどこにも行きませんよ」
本心からそう答えた。けどベルさまは口角を上げながら目を逸らしてしまった。横顔が何故かちょっと寂しそうだ。
もしかしたらベルさまも父や兄のことを想っているのかもしれない。それは僕ではどうすることも出来ない。でも猛烈に慰めたい気持ちにかられた。
「ベルさま。今夜、呑みませんか!?」
「はぁ?」
ちょっと唐突すぎたかな。
ベルさまがビックリしてこっちを向いた。視線を引き戻すことに成功したので、心の中でほくそ笑む。
突然声を張り上げて驚かせてしまったことは、申し訳ないけど。
「あ、あの焱さんとか、
自分で昇格祝いとか言うな、と突っ込みをいれたくなった。うぬぼれが過ぎる。恥ずかしくなってきた。
「ふーん……珍しいね。そんなことを言うなんて」
「いや、あの、違います違います。日頃の感謝の気持ちを込めて……久しぶりに美味しいものいっぱい作りますから!」
空腹は感じないけど食べようと思えば食べられる。ここが睡眠と違うところだ。
ベルさまはちょっと考えている。もしかして仕事が忙しかっただろうか。
「雫の立場上、太子二人だけに声をかけるのはまずい。他の太子にも声をかけようか?」
「はい、是非!」
一気に人数が増えた。たくさん
「あと、雫が良ければ
「はい! あ、そうすると、御役の皆にも聞いた方が良いですか?」
更に五名増えた。
皆、お酒呑めるのかな。
「まぁ、そこは別に……。雫が呼びたいなら漕に伝えるけど」
「じゃ、じゃあ一応」
そっか。
もう焱さんしか
全員都合がつくかどうかは分からないけど、大人数になりそうだ。賑やかになるかもしれない。
あぁ、でも
「楽しそうだね。結構だ」
そう言うベルさまも楽しそうだ。寂しそうな様子はすっかり消えていた。
良かった。
ベルさまが嬉しそうで。
ベルさまが幸せなら僕はそれでいい。
傾き始めた太陽が僕たちの影を引き伸ばしている。ベルさまの髪は橙色の光に染まることなく、ただ星の色を主張していた。
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