189話 水太子と木太子
弔問って初めてだ。木の王館は悲しみにくれているだろう。桀さんをどうやって励まそうとか、どんな顔して行けば良いんだろうとか、色々考えてしまった。
でも僕の予想に反して、木の王館はいつもとあまり変わらぬ様子だった。強いて言うなら少し人手が少ない程度だ。
いつもって言ってもそうそう来ているわけではない。けど、少なくとも僕の思うような暗く悲しい雰囲気ではなかった。
僕の姿を見つけて案内を申し出てくれた精霊もいた。それを丁重にお断りをして、ひとりで桀さんの部屋までやってきた。
「雫、よよよよよく来てくれました」
「桀さん。えーっと……この度は、その、先代さまが……誠に御愁傷様です」
桀さんが書き物をしていた手を止めて歩み寄ってきた。
「御上からの弔文です。どうかお力を落とさずに、と……」
しどろもどろになってしまうのは許してもらおう。桀さんに何て声をかければ良いのかかんがえていたけど、顔を見たら色々吹っ飛んでしまった。
「あああありがとうございます。某は大丈夫です。寂しいことに変わりはないですが、せせせせせせ先代はようやく解放されたのです」
ベルさまからは木の王館へ届けるようにとしか言われなかったので、真っ先に桀さんのところへ来てしまった。
「木理王さまも大丈夫ですか?」
先代を助けるために自分の理力を分け与えた方だ。自分を拾って育ててくれた先代さまを失って、落ち込んでいそうだ。
僕がそう尋ねると桀さんは、うーんと唸りながら少し考えてしまった。
「おおおおおお御上は落ち込んではいません。悲しいとは思いますが、突然の別れではなかったので、ある程度の覚悟は出来ていたかと。別れの準備に時間がかけられたと満足そうでしたよ」
親しい方が亡くなって悲しくないわけはない。でも皆、僕が思っているよりも強かった。
「そうですか……木理王さまにも宜しく伝えてください」
「もももももも勿論。わざわざ来てくれてありがとう。とととところで
聞こうと思っていたことを先に言われてしまった。
「会いました。驚きました。僕のこと全然分かってなくて」
「しししし真名と多くの理力を取り上げましたからね」
ベルさまから聞いた話と同じだ。
話が長くなると感じたのか桀さんに椅子を勧められた。
「ふふふふふ封印という方法もありますが、闇の精霊ですから。どの属性の理王でも封印できないのです。でも野放しには出来ません。おおおお王館で預かるためには免との繋がりを断つしかなかったのですよ」
木の王館に来るといつも美味しい果物茶を出してくれる。今日は桃と林檎の蜂蜜漬けが入っている。心のメモに書き留める癖がついてしまった。
今まではベルさまにもお出してみようと思っていたけど、多分、もうお茶だしはさせてもらえないだろう。
「それで
桀さんも同じものを飲んでいる。一口でグラスの半分以上が減っていた。流石、木精だ。水分を吸収する力が強い。
「ああああああそれは、
桀さんは口を開く前にグラスを空にしてしまった。僕はまだ二口しか飲んでいない。
「大丈夫なんですか? 繋がりを切ったとはいえ免の配下だったんですよね」
本人は無自覚でもその事実は変えようがない。僕としては桀さんに大丈夫だと言って欲しい。
「ぜぜぜぜぜ前例がないので大丈夫だとは言い切れません。念のため御上が
予想外に
「ぴぴぴぴぴ
なるほど。金剋木の性質だ。同等の地位である
「ちちちちちちなみに某も御上も睡眠が必要なので、その間は
「あぁ、確かに。寝てる間に免が入ってきたら嫌ですね」
寝てる間じゃなくても嫌だ。
「王館の結界は易々と破れないとは思いますけど、用心するに越したことはないですね」
桀さんが首をクッと動かした。視線を辿っても何もない。あるのは緑の天井だけだ。桀さんは瞬きを繰り返している。真剣な表情そのものだ。話しかける気にはなれない。
「……しししし雫、御上がお呼びなので、失礼しますね。良ければ送っていきますよ」
木理王さまと話をしていたのか納得だ。先代の弔いで忙しいだろうに、煩わせてしまった。
「いえ、ひとりで大丈夫です。長居をしてすみません。失礼します」
桀さんに別れを告げて、元来た道を辿る。
邪魔にならないよう端を歩こうと思ったのに、皆が壁際に寄ってくれるので、結果的に真ん中を歩くことになってしまった。
しかもすれ違う精霊が皆、足を止めて
ベルさまなら堂々と歩を進めるだろうと、想像していてふと思った。僕も木理王さまと桀さんみたいに意思疏通できるだろうか。
初めての視察でベルさまから通信を受け取ったけど、僕から送ることも可能だろうか。
木の王館で試すのは失礼かもしれないけど、通信するなら少し離れたところの方が良い。ちょっとだけ試させてもらおう。
階段の踊り場で立ち止まって水球を作った。ここなら人通りも少ないし、邪魔にならないだろう。仮に通信できなくても、水球に話しかける怪しい精霊だと思われずに済む……と思う。
「ベルさまー?」
右手に納めた水球に話しかける。そもそも通信ってこれで良いのかな?
『……雫、王館内なら水球作らなくていいんだよ』
「わぁ!」
水球を落としてしまった。大きな声を出してしまった。慌てて口元を押さえる。小声で語りかけた意味がない。誰か来たらどうしよう。
『どうした? 何かあった?』
ベルさまの声が頭に直接響く。頭じゃなくて耳なのかな。よく分からない。
「あの、いえ、その、通信ってどうやってやるのかなと思って……」
話す内容くらい考えておけば良かった。通信の仕方が気になって試してみたのは良いけど、試されたベルさまは困惑しているに違いない。
『……良い心がけだ。理王と王太子なら呼び掛けるだけで可能なはずだよ。何を隠そう私も初めてだけど』
「初めて?」
理王と王太子で可能ならベルさまが王太子時代に体験していそうだけど。
『私からもやってみよう。一度切るよ』
「あ、はい」
ベルさまがそう言うとプツッと会話が途切れた。耳鳴りが止んだような感覚だ。急に静かになった。
『雫?』
「わぁ! はぉ!」
はぉって何だ。はぉって。
『あぁ、なるほど。こんな感じか。王館から出てどのくらいの範囲まで可能か、後で試してみよう。じゃあ、戻っておいで。次の視察について話をしよう』
ベルさまは一方的にそう言うと、再び通信を切ってしまった。とりあえず意志疎通の仕方は分かったから、良しとしよう。
その場を去ろうとして、水球を溢したままだったのを思い出した。木の王館を濡らしたまま去るわけにはいかない。濡れた床を足で踏んで気化させた。
その直後、壁の向こうから落胆の吐息が聞こえた。続いて、飲みたかったぁぁという囁きが耳に入る。
咳払いをするとその場から慌てて離れていく気配が二つ三つあった。いつから見られていたんだろう。久しぶりに顔が赤くなるのを感じた。
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