187話 霓の忠告

「ガハハハ! いきなり帰ってくるとは思わなかったぞ。あきらは元気か?」

 

 雷伯が僕の肩を掴んでいてお酒を勧めてくる。これで何杯目かもう分からない。

 

「ホントね~。まさか迎えもなしに昇ってくるとは思わなかったよ~」

 

 げつさんも同じテーブルについている。けどお菓子を口に運んでいるだけで、お酒は呑んでいなさそうだ。グラスに注がれた液体が異なる色をしていた。

 

 ここは応接間だろうか。以前に食卓を囲った長いテーブルではない。どこにでもありそうなローテーブルとゆったりしたソファ……と言ってとも高級そうなことに変わりはない。

 

 王館暮らしが長すぎて僕の感覚がおかしくなっているようだ。

 

「わはははは。流石我が一族なのであろぁ! わはわはわは」

 

 雨伯はすっかり出来上がっていた。わらいっぱなしで顔は真っ赤だし、呂律も若干回っていない。子供の体でお酒は毒なんじゃないだろうか。

 

「大丈夫よ~。父上の分は無酒精ノンアルコールだから」

 

 逆に無酒精ノンアルコールであれだけ酔えるのもすごい。

 

「雫、呑んでるか? 今日はお前の立太子祝いだ。呑めよ!」

「は、はい。いただいてます」

 

 空になった瓶はすでに二桁だ。お腹壊しそう。

 

「雫ちゃんが王太子になるのは分かってたけど~。思ったよりも時間かけたわね~」

「分かってた……んですか?」

 

 ある意味、聞き捨てならない。いつからそう思われていたんだろう。

 

「それはそうよ~。雨伯一族うちのこになった時点で、いずれそうなるんだろうなーとは思ってたよ~」

 

 霓さんは視線を送り雷伯に同意を求める。雷伯は首を大きく縦に何度も振っている。首で釘が打てそうだ。

 

「どうして雨伯の養子になると……王太子になると思われたんですか?」

 

 確かに雨伯は古参の精霊で誰もが一目置く伯位アルなのは間違いない。でもそれだけで、僕が王太子になるって予想できるだろうか。

 

「うーん? 女の勘?」

 

 霓さんが可愛らしく首をかしげている。疑問系で聞かれても僕には分からない。

 

 隣で雷伯が首を縦に振りっぱなしだけど、多分雷伯にも分かっていない。見た目より相当酔っている。

 

養子むすこも孫も王太子れぇ、我輩は誇らしいのれある!」

 

 雨伯がバンッとテーブルを両手で叩いた。それで力尽きたように突っ伏してしまった。ぐうぐう寝息が聞こえる。

 

「あらら、父上寝ちゃったわね」

 

 霓さんがそう言うと目の前の酒に雷が落ちた。酒精に火がついて独特の色合いを放っている。

 

「兄上も寝ちゃったのね、お酒弱いのにそんなに飲むから」

 

 雷伯はお酒弱いんだ。見た目はすっごい呑みそうなのに。

 

「さて、雫ちゃん。呑み直すわよ~」

 

 ドンッとテーブルに新しい瓶が置かれた。どこから出したんだろう。瓶は琥珀色の液体でたっぷり満たされている。

 

 私の取って置きよーとウィンク付きだ。給仕から新たなグラスを渡された。

 

「雫ちゃん、寝る必要ないんでしょ? だったら一晩イケるわね」

 

 霓さんの中で夜を徹しての酒盛りが決まったようだ。明日壊すのがお腹だけであることを祈ろう。

 

「雫ちゃんもお酒強いのね~。仲間が出来て嬉しいわ~。うちの男共ときたら皆ダメなんだから」

「いや、ダメっていうか……」

 

 雷伯だって結構呑んでいた。ただ単に霓さんが強いだけだろう。

 

ほう姉さまも弱くはないんだけど、やっぱりひさめの姉上が一番だわ~」

「霈さんですか……」

 

 王館の水柱に見せてもらったイメージが蘇った。僕は悲惨な霈さんしか知らない。体に穴が空いていて、最後の言葉を残している姿だ。

 

 ベルさまが霈さんを大切に思っているのはよく分かる。それに雨伯や霓さんたち家族にも大事にされている。ベルさまは積極的に霈さんのことは語らないけど、ここに来ると時々話題に上る。

 

「霈さんは……どんな方だったんですか?」

  

 ベルさまの大切な精霊ひとのことを、僕も知りたい。それに僕の義姉でもある。知らなくてはいけない。

 

「どんなってそうねー。御上と仲が良かったんだけど、御上から聞いてないのー?」


 僕が首を振るとげつさんは不思議そうな顔をした。それでも昔を思い出すように天井あたりを眺め始めた。 


「姉上はたくさんの精霊ひとから愛されてたわ~」

 

 霓さんの口元が緩やかに持ち上がる。楽しい思い出に浸っているみたいだ。

 

「姉上は優しくて、強くて、面倒見が良くて、困っている精霊ひとがいると放っておけないのよね~」

 

 なるほど。聞いただけでも良い精霊だ。僕も力をつけて、困ってる精霊に手を差し伸べられるようになりたい。

 

「曲がったことが嫌いでね、時々無鉄砲に突っ込んでいくのよね~。行き過ぎて相手をぼこぼこにしちゃうこともあったわ~」

 

 ……良い精霊の定義って何だろう。

 

「そ、それで相手から恨まれたりしないんですか?」

「それがそうでもないのよ。どういうわけか、それを切っ掛けに固い絆が生まれちゃって、仲良くなってるのよね~。あれは今でも不思議だわ~」

 

 どうやったらそんなに心を掴めるんだろう。倒した相手と仲良くなれる裏技みたいなものがあるのだろうか。あるなら教えてほしい。僕も霈さんに会いたくなってきた。

 

「私は先々代の時に王館に勤めてたんだけど~。代替わりするときに入れ替えでひさめの姉上が王館に上がったのよね~。それで王太子付になったのよね~」

 

 ベルさまが王太子だったときに側に仕えたわけだ。強くて優しい霈さんは、僕なんかよりもずっと近くで、役にたっていたに違いない。

 

 ……駄目だ。ひがみっぽくなってきた。考えるのやめよう。

 

「だから仲が良いんですね」

「そうね~。この間、くしろを持ってきてくれたでしょ? あれは姉上が御上に片方差し上げたのよ~。その時はまだ王太子だったけどね~」

 

 それは知っている。霈さんの肖像画でも見たし、雨伯が教えてくれた。霈さんの腕にはしっかり釧が嵌まっていた。

 

「でもね~、雫ちゃん。姉上は確かに多くの精霊に好かれていたけど、それを面白く思わない精霊もいたのよ」

 

 げつさんが二本目の瓶を取り出した。取って置きが二本もあるのかと突っ込むべきか否か。

 

 僕のグラスに液体が注がれていく。まださっきのが残っているのに。

 

「姉上は元々、御上の側近になるはずだったのよ。今の先代理王ね~。でも当時王太子になったばかりの当代御上がなんだか放っておけなくて、先々代に直訴して王太子付にしてもらったのよ」

 

 なんだか放っておけない……なんだかって何だろう。あんなにしっかりしてるベルさまにも何か苦手なことがあったんだろうか。

 

「でもそれをね~。『理王を見限って王太子に付いた』とか何とか噂し出す連中もいてね~。勿論、姉上にそんなつもりはないのよ~。姉上は言わせておけば良いと相手にしなかったみたいだけど、当時の御上はそうじゃなかったの」


 げつさんがグラスを呷った。良い呑みっぷりだ。

 

「当時の御上は家柄こそ良かったけど……その、えーっと実力が伴ってなくてね~」

 

 霓さんが言葉を選んでいる。でも、どんなに言葉を選んでも当時の水理王は、詰まるところ弱かったってことだ。

 

「それに比べて王太子は家柄も最高、理力も最大級、実力も文句なし~。いずれ偉大な理王になると多くの精霊が確信していたわ」

「それでは先代理王の立場が……」

 

 僕がそう言うと霓さんは大きく頷いた。

 

「そう……それが結果的に流没闘争を引き起こしたのかもしれないわ」

「え、どうして流没闘争に結び付くんですか?」

 

 理王と王太子の微妙な立場の話から何故流没闘争に発展するんだろう。

 

「『かもしれない』ってだけよ~。私の推測だから」

 

 質問を変えて何度か尋ねる。でも霓さんはそれ以上のことを教えてくれなかった。


「雫ちゃん、貴方も王太子になったから色んな精霊と出会うことになるわ~。その中には貴方に悪意を向ける者もいるはず。心して向かいなさ~い」

 

 のんびりした口調とは異なり、霓さんは真剣な顔をしていた。

 

「ご忠告ありがとうございます」

 

 経験者の身内から貰える忠告ほど正しいものはない。霓さんの言葉を心に刻んだ。

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