169話 理王会議
円卓を五人の理王が囲んでいる。理王の持つ高い理力に耐えられるように頑丈に作られた卓だ。
理王会議は名前の通り五人の理王が集う会議だ。早いときには一日で終わるが、長いときには数ヶ月かかることもある。
今日で七日目だったか、十日目だったか。外と時間の流れが異なるのではっきりとは分からない。
時々王太子や御役から情報がもたらされる。それが時を知る唯一の手段だ。
「我は元より異論はない」
左向かいの火理王から声が上がった。真っ青な髪は一見水精を思わせる。
「
右隣の金理王も同様の意見だ。左右の色が違う目で、遠慮なく私を見つめてくる。
「
つい最近まで王太子だった木理王が、土理王に話を振る。
「ふん。他属性の王太子のことなんか興味ないな。いちいち聞いてくるな」
土理王は可愛らしい顔をしているのに言葉がきつい。いちいち突っ掛かってくるのは王太子になった頃からだ。あまり気にはしていない。
けど反対するとしたら土理王だと思っていた。彼女が反対しないとなれば満場一致だ。
「皆の賛同に感謝する」
瞼をゆっくり閉じて同格の理王に謝意を示す。皆、疲れが少し見えている。
元の議題に追加案件を持ち込んだのは私だ。原因のひとつは私にある。
「確かに土理の言う通りだ。水精の事情に身共の賛同など必要ないんじゃないか?」
金理王の言うことも尤もだ。水精内部の話だ。私の一存、もしくは……強いて言うなら先々代の同意があれば事足りる。
「念には念を入れておきたい。私が王太子になったとき、水精は真っ二つに割れてしまった。リスクはなるべく除きたい」
思い出したくもない過去を蒸し返し、わざと空気を悪くした。しかし避けられない話だ。見ないふりをすれば歴史を繰り返してしまう。
「すでに高位の水精全員から同意を得て、言質も取ってある」
「全員って……すごいな。麿は最近やっと半分謁見が終わったばかりなのに」
数ヶ月かけて高位精霊全員を王館に呼び出した。謁見で説得出来ない場合は自ら赴いて了承させたのだ。少しばかり忙しい日を送った。
「華龍どのの子が初代水理王の子だと知る者はほとんどいない。それを知らしめるだけでかなりの数は納得した」
初代理王なんて顔も知らない。私たちにとってもほとんど伝説のような存在だ。おとぎ話か神話でも聞いていると思うだろう。
一般的な精霊は存在すら信じないかもしれないが、私の父は大精霊のひとりだ。初代理王と同じ時を過ごしたという。
初代理王の存在を疑うことは父の存在を否定することになる。
「しかし随分、温めたな。麿は美蛇を倒した時点で就けるかと思ったのに」
そう言うのは木理王だ。眼鏡をかけていたときの癖なのか、何も乗っていない鼻の上を指が滑っている。
「木に先を越されてね」
嫌味っぽく冗談を言う。木理王は肩をすくめて笑っている。
花茨から帰館したときに、王太子の冠の話までしていたのだ。あの時間で先を越されてしまった感じがある。
「あ……」
木理王が短く声をあげて、すくめた肩を元の位置へ戻す。小さな声だったが、私を含めた四人の理王から視線を集めるのに十分だった。
顔の半分に手を当てて耳を済ませている。恐らくは王太子の森と話をしているのだろう。
お互いに通じる理王と王太子なら、王館内での意思疏通はどこにいても可能だ。
残念ながら私にはその経験がない。
「
今度は私が視線を集めた。皆にバレないようにゆっくり息を吐き出す。
「来たか。我らの罠にかかるといいのだが。土理、暮という輩が例の
火理王が土理王に確認をする。火理王は座っていても長身だ。小さな体の土理王と並ぶと威嚇しているようにも見える。
「何度も言ってるだろう! 闇の精霊だと言うのに付与された木の理力。それに混じりっ気の多い粗雑な他属性理力。水理王の水晶刀から出た結果と同じだ。何度も言わせるな!」
威嚇しているのは土理王の方かもしれない。
土理王のイラついた声にうんざりしたように、火理王が机の上に肘を付いた。指先が忙しなく揺れている。火理王も少しイラついているようだ。
「……おい。うるさいぞ」
土理王が不満の声をあげた。向かいからこっちを見ている。
「私は何も言っていないが」
「水理」
右隣から金理王の手が伸びてきて私の手を掴んだ。別に嫌悪感はないが、意外な行動に違和感を覚える。
しかし理由はすぐ分かった。右手の指先が痛い。
どうやら私は卓の足を引っ掻いていたらしい。さっきまで聞こえていたギィギィという音が聞こえなくなった。
「失礼」
そう言うと金理王はあっさり私の手を解放した。下で自分の手を見たら指先から少し血が出ていた。
「ふん。落ち着きのない奴だ。昔の冷酷さはどこへ行った」
土理王に鼻で笑われた。火理王がそれを諌めている。火理王はここでは在位最長だ。
「また雫を囮にしてしまった」
罪悪感でどうにかなりそうだ。自分にこんな感情があるなんて思わなかった。
「仕方ないさ。例の免は雫を狙っていると聞いた。なら他の誰かが行っても動かないだろう?」
「雫が外出禁止の願いを真面目に聞いたら駄目だったけどね」
金理は慰めているのかもしれないが、木理は雫の性格を見越して上での感想だ。雫が私に忠実なことはよく知っている。
「雫には王館の外へ出るなと言ったが、命令はしていない。彼は頑固で自我が強い。自分の思うことが間違いだと思わなければ、自分の意思で動くだろう」
雫には王館から出て欲しくなかった。けど、敵を誘き出すためには雫に行ってもらう必要がある。それに雫自身の力を発揮して欲しい。
矛盾した思いは結論が出ていない。
「ん? 身共の加護がひとつ外れたな」
金理王が珍しく焦った声を出した。
「加護というと……
木理王が頭を指差しながら金理王に尋ねる。鎏は本来王や王太子が被る冠に下げる物だ。
「あぁ、鑫の末妹を奪還した礼として身共が与えた。いずれ使うときが来るから与えても問題ないだろう?」
金理王は自信満々に答えているが、火理王は面白くなさそうだ。
別に問題はないのだが、理王や王太子ではない者が持っているのは珍しい。信任の証として与えることはあるらしいが、私ならいずれ壊れる物は与えない。
「外れたと言ったな。と言うことは持ち歩いているのか? 奪われたのか? そもそも冠もないのにどこにつけているのだ」
火理王の質問攻めに金理王が困っている。そんなこと金理王の知ることではない。
「腕……手首だ」
雫のことなら私の方が知っている。
「左の手首に巻いていた。潟が磁鉄鉱を市で手に入れたと言って、雫に渡したらしい。
留め金をうまく付けられないと言いつつも楽しそうな雫の顔を思い出した。一瞬、微笑ましく思ってしまう。しかし、何気ない日常を思い出すのは非常時の証拠だ。
「……流石によく見てるよ」
木理王が呆れているのは気のせいか。今のは誉め言葉として受け取っておこう。
「免というのが
土理王が大見得を切った。頼もしいが、今は手を出して欲しくない。
「土理よ。今回はそなたが出る幕ではない。そなただけではない。我ら理王と王太子はかの雫に手を出してはならない」
再び火理王が土理王を制した。年長と言うだけでなく、土を抑えるのは火の仕事だ。場を任せているのは決して土理王の相手が面倒くさいからではない。
「いずれひとりで戦わなければならないときが来る。いや、いずれではないな。すぐに……か」
ひとりで戦い抜いてこその王太子。そう私に言ったのは他ならぬ漣だ。代々そうやって理を守ってきたのだ。それについて異論はない。
雫は大切だが、
「水理。これでもし……もし万が一、彼が負けても、それが
遠慮がちではあるが、言いにくいこともしっかり言う。それが木理王の長所だ。感心しながら聞いていたのに、突然調子が変わった。
理解できずにいると、また右隣から手が伸びてきて私の手を机から浮かせた。
パキッという音がする。
卓が凍りついている。手前の方にはヒビが入っている。
「何をやってるんだ、落ち着け!」
自分では落ち着いているつもりなのて、土理王のいうことは実行できない。
「失礼」
再度謝罪をして場を収める。今度は金理王に手を放して貰えなかった。四方向からため息が聞こえる。
雫を失ったら、私は……。
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