161話 数度目の帰館

「あぁ、おかえり。昼には帰ってくると思ったけど遅かったね」

 

 王館に戻れたのは日が暮れる頃だった。


「色々あったんでさー」


 王館まで帰ってくると垚さまはそのまま土の王館に暮さんを連行していった。僕はひとりでも戻れると言ったんだけど、グレイブさんが送ってくれた。ひとりで帰したら淼さまや潟さんから何を言われるか分からないと垚さまが面倒臭そうに言っていた。


「土太子の手際がもう少し良ければ早く戻れたさー。あの役立たず」


 グレイブさんは機嫌が悪い。帰館の直前、大切な埴輪を壊した犯人を王館に連れ帰るというのでひと悶着あった。暮さんの頭を土器で殴ろうとしたときは流石に僕も止めたけど、その代わりと言わんばかりに垚さまが殴られていた。


「土太子は情報を取り入れるのが得意だから、手法は会話が多い。時間がかかるのは仕方ないことだ。土師クリエイターには手間をかけさせたね。雫を送ってくれてありがとう」


 淼さまが垚さまをフォローしつつ、グレイブさんに口を挟ませずに謝意を述べた。そのせいでグレイブさんの機嫌が少し良くなった。


「雫はよく働いたよ。水理皇上の教育の賜物さー」

「そうか、そう言ってもらえると嬉しい。ついでと言っては悪いが、今後の流れは分かるか?」


 市での出来事はまだ詳しく話していない。ただ暮という仮り名の精霊を捕縛したことだけ報告した。他は後でゆっくり報告できるけど、土の王館での動きはグレイブさんの方が分かっているはずだ。


「さぁ、あっしは直接関係ないからね。詳しくは分からないさー。ただ位の剥奪も名の没収も出来ない。本体なんてどこにあるんだか分かんないしねぇ。厳罰は難しいと思うね」

「なるほど。せいぜい騙し取った石の対価分、労働させることくらいか」


 位がないから降格も剥奪も出来ない、名前も仮り名しかないから奪えないらしい。真名を奪ったら人型になれなくなってしまうけど、真名がない状態で仮り名を奪うと存在自体が危ぶまれるそうだ。本体は、そもそもこの世界の精霊ではないから、グレイブさんの言う通りどこにあるのか分からないから没収も出来ない。

 

 ところで闇の精霊の本体って何なんだろう。


「それも野に放つのは出来ないだろうな」

「あっしは気に入らないけど、王館に留めることになるんじゃないか? もしそうなったらこき使ってやるさー」


 グレイブさんの手が土をこねるように力強く動いている。指の骨が音を立てていた。


「そうだな……。ありがとう、よく分かった。土理と垚によろしく」

「はいよ」


 グレイブさんは威勢のいい返事とは裏腹に丁寧な礼をすると、入り口近くの植木鉢へ吸い込まれていった。見えなかったけど、蚯蚓の姿で潜っていったに違いない。


「さて雫、おかえり」

「ただ今戻りました」


 このやり取りは何度目だろう。帰る場所があることとお帰りと言ってくれる人がいることに深く感動してしまう。


「どうした?」

「いえ、何でもありません。そういえば潟さんから連絡はありましたか?」


 ひとりで感動していたのを誤魔化すように潟さんの様子を尋ねる。先生のお加減も知りたいところだ。


「あぁ、連絡はあった。大分よくなったそうだけど、他に気になることがあるので少し調べてから戻ってくるそうだよ」

「気になること?」


 連絡があると思って聞いたわけではないので、ちょっと意外だった。潟さんは結構律儀なようだ。なんにせよ先生の腰が良くなってきたのは良かった。


「海が少し荒れているそうだ。漣の腰に影響を受けたんだろうけど、他に原因があるのかもしれないから見てくると言っている」


 海が荒れるっていうと大雨とか大風とかのイメージだけど、今回はそうではないらしい。


「まぁ潟は昔やんちゃだったけど、サボり癖はないから放っておいても大丈夫だろう。雫も無事に帰って来たことだし……あぁそういえば、詳しい話を聞かせてもらおうかな」


 昔やんちゃだった話を詳しく聞きたい。けど席を立ってしまった淼さまにその続きを聞くことは出来なかった。ソファに深く体を沈めて……あれは多分お茶を待っている。その話はあとで潟さんに聞かせてもらおう。


 二人分のお茶を用意してソファに戻り、市での出来事を細かく話す。その中で等さんの話は淼さまも食いついてきた。


「竹伯の弟に会えたのは幸運だったね。彼には会ったことがないけど竹伯同様に筋の通った人物だと聞いている。横の繋がりが強いのを利用して情報収集のために竹伯が市中に放っているという噂だけどね」


 竹伯が作った細工物をただ捌いているだけではなかったのか。そういえば焱さん等さんを訪れたときも情報が早かった。

 

「本当は仲位に匹敵する精霊だって聞きました」


 ただのおじさんだと思って、櫛を売ってもらった頃が懐かしい。


「らしいね。私もその辺りは詳しくないけど。それで暮が来たのはその後?」


 淼さまでも知らないことがあるのか。他属性だから当たり前なんだけど、何だか不思議な感じた。

 

「はい、等さんに協力してもらって……」


 淼さまにその後の出来事を説明する。等さんが市の皆と落とし穴を用意してくれたことや、その後の地下室での出来事など。

 

 けどそこまで話してふと思い出したことがあった。


「淼さま。垚さまの地下室の様子ってご覧になってたんですか? 途中で鉄砲水みたいな水流があったんですけど」

「さぁ、どうだろうね」


 はぐらかされてしまった。淼さまは目を閉じているけど、上がった口角は肯定にしているように見えた。

 

「それはさておき、闇の精霊とは貴重な存在に出会ったね」

 

 淼さまにしては不自然な流れで話題を変えた。あまり突っ込まれたくないみたいだから、僕もそれに従う。

 

「歴史の話だと思ってました」

 

 光や闇の精霊がいると学んだのもごく最近の気がする。

 

「私も会ったことはないよ。この件に関しては雫の経験が上だね」

「や、やめてください」

 

 淼さまよりも経験が上だなんて冗談が過ぎる。それに暮さんと会ってから一日経ってない。その状態で何の経験も積んではいない。

 

「精霊が元々暮らしてた水の星って別名『地球』っていうらしいですね」

「あぁ、水の星なのに何で土属性の別称が付いてるんだか不思議だよね」 

 

 それは僕も思ったことだ。けどそれより淼さまも理由を知らないということの方が驚きだ。今日は淼さまが知らないことを認識する日のようだ。

 

「名前だけなら土球ボールみたいだけどね」

「生物が住むくらいですからもっと大きいんじゃないでしょうか」


 以前、メルトさんと対峙したときに土球を打ち込まれたことがあった。大きさは水球と大して変わらなかったけど、土剋水の性質と煬さんとの実力差で、僕の氷壁はあっさり破れた。

 

 何度も言われてるけど、よく無事だったと自分でも思う。そういえばわかちゃんとたぎるさん元気かなぁ。

 

「そうだね。いずれにせよ、そのまま帰すわけにはいかないだろうね。決定権は土理にあるけど、土師クリエイターの言うように身柄預かりになる可能性は高い」

 

 お姉さんのために帰りたいっていうかもしれないけど、そうなったら王館内で会う可能性もある。出来れば水の星の詳しい話をもっと聞かせてほしいなぁ。

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