157話 地下室
垚さまが手を地につけると、笹の絨毯が盛り上がる。弱い地震のような震動を伴って、笹を押し上げながら岩が現れた。土ぼこりから目を守るために袖で庇う。
「く、くそ、放せ! 放すでござる!」
腕をはずしたときには目の前に背丈ほどの岩が立ちはだかっていて、さっきの男が笹の
フードは首までずり落ちて黒髪が
「さぁて、覚悟は良いかしら。偽の侍従長さま?」
ヒッと短く小さな悲鳴が上がった。一方、垚さまは舌なめずりでもしそうな雰囲気だ。これではどっちが悪者か分からない。
「とりあえずここだと往来の妨げになるから店まで戻るわね」
「分かりました」
垚さまは満足そうに鼻を鳴らし、腕を組み替えた。すると岩が意思を持ったように移動を始める。ズズズと引き摺る音の割には揺れはない。
垚さまが腕を組んだまま指をちょこちょこ動かしているから、多分坟さんが待つ店までこのまま護送する気だ。
結ばれた男は苦しそうな青い顔をしているから移動している側は楽ではないみたいだ。酔わなきゃ良いけど。
「
店に戻ると坟さんは外で
「あっしのかわいい子達をこんな目に……あのやろう、ただじゃ置かない。歯を石で砕いて、喉に砂を流し込んで、鼻に粘土詰めてやるさー」
丁寧な仕事ぶりと乱暴な言葉が合っていない。ぶつぶつ言う姿に恐怖を覚える。一方、その周りで修理済みの埴輪同士が手を取り合って踊っている。それは可愛いのに後ろの坟さんの様子と合わせてみるととても不気味だった。
「……あの子はダメージが大きいからそっとしておきましょ」
「離れないでね。……『地盤潜入』」
「う、わ」
足場が不安定になった。固かった地面が垚さまの一言で
「ひっ……は、放すでござる!」
足がズブズブと沈んでいく。勿論縛られた男も岩ごと土へ引っ張られていき、青ざめた顔がひきつっている。僕も不安だけど垚さまの様子を見ていると平気そうだ。垚さまは鼻歌を奏でながら、少し背丈の低くなった岩に手をかける。さらに片足をかけて力一杯地面に押し込んだ。
「放っ……ぐぶぶぶっ」
「沈むわよ、雫ちゃんはちょっと息止めてた方が良いわ。ついでに目も瞑って」
「は、はいっ」
垚さまは片手を上げながら土の中へ潜っていってしまった。まるで海にでも入るような軽やかさだった。
僕が肩まで沈むころには岩も垚さまも見えなくなっていた。顎の先に土が触れる感じがあったので胸いっぱいに息を吸う。垚さまに言われた通り息を止めて鼻をつまむ。地面が視線に重なる直前に目を閉じた。
これってどこへ向かっているんだろう。そもそも出口があるのかな。どこまで耐えれば良いんだろう。いつまで息が持つか分からない。垚さまにちゃんと聞いておけばよかったけど、詳しく説明してもらう暇がなかった。
このまま土に埋まって窒息なんてことになったら……母上くらいは悲しんでくれるかな。淼さまは……どうだろう?
「……雫ちゃん、いつまでやってるの?」
「え?」
垚さまの呆れたような声に思わず目を開ける。男が縛られた岩に寄りかかって垚さまが僕を見ていた。暗い空間だけどその様子を確認できる程度には明るかった。
「えーと、ここは?」
改めて周りを見ても、明るさが足りなくてこの空間がどこまで広がっているのか分からなかった。ただ岩がすっぽり収まってもまだ天井には余裕がありそうだから、相当広い空間のはずだ。
薄暗い空間で鼻をつまんだまま及び腰で突っ立っている僕は、さぞかし間抜けに見えたことだろう。……恥ずかしい。
「ここはあたくしの
何故か途中で言い直す垚さまは少し慌てるように早口になった。
「さぁて、仕事にかかるわよぉ」
「く、くそ!」
垚さまは岩の男に向かいあった。男は高い位置に結ばれているので、垚さまが見上げる形になる。
「洗いざらい吐いてもらうわよ」
「ふ、ふん……拙者は拷問になど屈しないでござる。煮るなり焼くなり好きにすれば良いでござる」
さっきまで垚さまに怯えていたのは何だったのか。急に強気になって威嚇を始めた。
「ふぅん……とりあえずお名前から聞こうかしら?」
「……」
今度は突然黙ってしまった。垚さまは想定済みとでも言うように軽く肩を上げた。
「まぁ、簡単に喋るようならこんな騒動にはなってないわよね」
「さっきまであんなにビクビクしてたのに……」
僕の発言に垚さまが意外そうな顔をした。僕がそんなこと言うなんて思っていなかったんだろう。
「だっ……誰がビクビクしていただとっ!」
うん。思った通りだ。見事に釣れた。
「別に誰とは言ってませんけど、地上にいたとき垚さまに睨まれて『ヒィッ』って言ってたなぁと思って」
ちょっと挑発してみた。僕の性格がだんだん悪くなってきた気がする。
「な、せっ、拙者が驚いたのはその男の女装が気色悪いからでござる! 決して怯えてなどではない!」
「気色悪い女装ですってぇっ!」
あ、まずい。
と思った瞬間にはドンッという音が反響していた。
垚さまが岩に拳を叩きつけたようだ。岩の中程でヒビが入り、男を結んだまま倒れた。男はちょうど岩の下敷きになっている。
「ぎ、垚さま! 助けないと……助けないとまずいです!」
「分かってるわよ!」
垚さまが軽く手を振ると岩は元通りにくっついた。ヒビの跡すらなく、丈夫そうな岩が佇んでいる。元の状態と違うのは、くくりつけられた男がボロボロになっていることだ。
「くっ……なかなかやるでござるな」
直接的にはまだ何もしていない気がする。
「ふんっ。ファッションが理解できないなんて残念な奴ね」
垚さまは少し冷静さを取り戻し、再び男と向き合った。男は垚さまに見つめられるとギリギリまで顔を横に向けた。
「ふぅん……」
「なんでござるか。拙者、殴られようが蹴られようが思い通りにはならないでござるよ」
「じゃあ、殴る蹴るじゃない方法にしようかしら」
垚さまは腕を伸ばして男の顎を鷲掴みにする。自分と目を合わせるように強引に下を向かせると、男の首が折れそうな音を立てた。
「さっさと吐かないと
「ぎゃあぁっ! 止めるでござる!」
「ぶっ!」
予想していなかった台詞に僕が吹き出すと、それと同時にどこからか土砂が噴き出してきた。それは僕の前を通りすぎてピンポイントで垚さまを弾き飛ばした。
「ぎ、垚さまっ!?」
垚さまが壁に叩きつけられてズルズルと落ちてきた。ここで初めて壁があることが分かった。天井は高くてもそんなに広い空間ではないらしい。
壁から戻ってきた垚さまはフラフラだ。
「だ、大丈夫よ。も、もう
ヘラヘラと笑う垚さまの上に、今度は岩が落ちてきた。
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