156話 偽物捕獲

「あるさー。値は張るけど」

「いくらでも構わん。あるだけ出すでござる!」

 

 荒い物言いにグレイブさんが少しムッとしている。それをこらえて足下から箱をいくつか取り出した。

 

「あるのはこれだけさー。しかし本当に高いよ。大丈夫かい?」

 

 坟さんがカマをかける。垚さまと一瞬だけ視線を交わして店に一歩踏み込んだ。

 

「失礼」

「いらっしゃい。だんなはちょっと待っててな」


 坟さんが僕に話しかける振りをしてチラッと後ろの垚さまを見た。

 

「先客か。品を見ていても構わないかな?」

 

 ちょっと尊大に言ってみる。垚さまと坟さんから偉そうに話せと言われているんだけど、うまく出来ているだろうか。

 

 坟さんは声を出さずに仕草で返事をし、視線をすぐ正面に戻す。

 

「さて、何と交換するのさー。これを全てとなると相当価値の高い物でなければ譲れないね」

「金貨で払うが生憎持ち合わせがござらん。ツケてもらえないだろうか」

 

 不自然にならない程度に水色フードに近付く。怪しまれないように水晶をひとつ手に取って眺める振りをした。きっと良いものなんだろうけど淼さまの水晶刀に比べると透明度が低い。

 

「信用で成り立つこのマーケットで初対面の客にこんな高額なツケを認める店がどこにあるさー」


 水晶を元の場所へ戻す。水色フードの後ろを通って反対側へ回った。今、確認した様子だと背中に紋章はない。それに理力は僅かしか感じられない。この感じだと恐らく季位ディルだ。

 

 ただ属性が分からない。感じる理力が少な過ぎて何の理力なのか判断できなかった。極少の理力なんて……昔の僕みたい。

 

「実は……さるお方からの依頼で参ったのでござる。本日中に月長石ムーンストーンをお持ちせねばならんのだ」

「それはそっちの都合だろ。あっしには関係ないさー。冷やかしなら帰ってくれよ」

 

 双方ともなかなか粘っている。でもグレイブさんは余裕そうだ。椅子に片足をあげて膝に腕を乗せている。お客を相手にしているとは思えない姿勢だ。商売に向いてない気がする。

 

「頼む。……ここだけの話だが拙者は水理王の侍従長でごさる。さるお方とは水理王だ。だから支払いは水理王へ請求していただいて結構でござる」

 

 来た。これだ。

 

 ベンと同じものを感じた。桀さんが指摘していた呼び方だ。木精なら木理王さまのことを御上と言う。この男は水理王の侍従長を名乗る癖にさっきから水理王、水理王と…………非常に不快だ。


「水理王の侍従長ねぇ。それなら……」

「お話し中失礼」

 

 二人の会話に強引に入り込む。少し身を乗り出すと水色フードが身じろぎした。顔が見えると思ったのに、残念ながら顔も同じ色の布で覆われていて、分かったのは真っ黒な瞳だけだった。

 

「だんな、ちょっと待つさー。今こちらの御仁と話中だよ」

「失礼。お話が聞こえて来たもので……」

 

 なるべく愛想よく見えるようににっこり微笑む。水色フードから目を反らして一旦坟さんと顔を合わせる。

 

「ぼ……私がそちらの方の分も支払いましょう」

「へぇ、だんなが? まぁ見たところ高位精霊のようだけど。だんなもうちは初めてだったはずさー。それ相応の支払いは出来るのか」

 

 適当に手近な翡翠を手に取って坟さんの前に置いた。ここまでの流れは全て練習済みだ。水色フードの中から痛いほどの視線を感じる。

 

「……拙者は」

「この翡翠とそちらの月長石を合わせて金貨で払いましょう。如何程になりますか?」

 

 何かを言いかけたのを無視した。腰から袋を外し、顔の横に掲げる。高さを維持したまま軽く振ってジャラジャラと音を立てた。

 

「へぇ、ずいぶん大金をお持ちだね。あっしは構わないさー。金貨なら五十一枚と半分だね」

 

 坟さんの前に十枚ずつ山にして、二枚を端に置いた。隣の男は大量の金貨に息を飲み、グレイブさんはにんまりしている。

 

「かなり良い品が揃っているので今後とも取引させてもらいたいですね。残った半金貨は顔繋ぎ料ということで」

「へぇ、偉い御仁だったとは失礼したさー。今度ともご贔屓に」

 

 上客ならこんな感じだという等さんのアドバイスがあったので、金持ちの小芝居が追加された。うまく出来たか不安だ。

 

「ほ、本当に良いのでござるか? こんな大金を払ってもらって」

「構いませんよ。金など帰れば市に出せるほどありますから」

 

 鑫さまの本体ですから。

 金の王館に行けば一部屋埋まっているらしい。

 

 水色フードの顔は見えないけど、急に胸を張って背筋を伸ばした。背はあまり変わらないと思ったけど、そういう姿勢になると見下ろされている感じだ。

 

「拙者は水理王の侍従長でござる。何かあれば……」

「それは奇遇ですね」

 

 相手の話を遮ってわざとらしく間を空けた。石を包んでいたグレイブさんが手を止める。奧にいる垚さまも息を止めているようだ。

 

「私も水理王の侍従長ですよ」

 

 にっこり微笑んで真っ黒な瞳を見つめながら徽章を掲げる。反対の手を胸に当てて、刺繍された水理王の紋章を示す。

 

 黒目が僕の顔と徽章と刺繍の間を二、三周回ったあと大きく見開かれて、同時に爪先の向きが変えられる。

 

埴輪達ガーディアンズっ!」

 

 駆け出そうとした男の行く手を阻むように、埴輪が大量に重なって出入り口を塞ぐ。そのせいで店内が暗くなってしまった。でも見えないほどじゃない。


「くそっ!」

 

 男は一瞬地団駄を踏むように足を鳴らしたかと思うと、埴輪達が塞ぐ入り口目掛けて突進していった。

 

 素焼きの埴輪達がそんなに頑丈に作られているわけはなく、ほとんどは崩れ落ち、数体は目の前で砕け散っていった。

 

「逃がさないわよ!」

 

 垚さまが奧から飛び出してきた。僕も跡を追う。ちょっと可哀想だけど埴輪の欠片は避けられなかった。足の下でパキッと音がして胸が苦しくなる。

 

「『大岩落下フォーリングロック』」

 

 垚さまが理術を放った。走りながら軽く指を振っただけなのに頭の上に大岩が現れて、水色フードに向かっていく。男が悲鳴と共に大岩に潰される瞬間が見えた。

 

 ……って潰しちゃだめだ!

 捕らえるんだから。隣からヤバッという声が聞こえた。垚さまが慌てて駆け寄り岩を消す。最悪の状態を覚悟したけど予想外にそこには誰もいなかった。

 

「……って嘘でしょ」

 

 ほとんど間を空けずに追いついたはずなのに男の姿がない。垚さまと岩の反対側を探してみても、あの目立つ水色フードは見当たらなかった。

 

「土太子さま、雫さま」

 

 そこへ隣の店から等さんが僕たちを呼んでいる声が聞こえた。小刻みに手招きしているようだ。

 

「等さん、男が! み、水色のフードで! あ、あのっ埴輪が!」

 

 うまく喋れていない。僕は興奮しているらしい。

 

「水色のフードではありませんが、今、岩の影から盛大に飛び出して来た輩がおりましたので……」

「え、えっ! まっ、ど、どこにっ」

「雫ちゃん、ちょっと黙ってて。その男、どこに行ったの?」


 垚さまの大きな手で口を塞がれた。ちゃんと鼻を開放してくれたので苦しくはない。

 

「そこにおります」

 

 等さんが指差すのは道の真ん中に不自然に広がる緑の絨毯だ。でもそれは絨毯とは思えないカサカサと乾いた音を立てている。

 

「市の皆に協力してもらったのです。飛び出してきた輩の足下に凹凸を発生させて転ばせた上、その先に落とし穴を仕込みました。中で絡め取っております」

 

 左右を見渡すと皆自分の店から顔を出して様子を窺っているようだ。出てくる気配はないけどきっと協力してくれたんだろう。

 

「邪魔にならないように自分のたなから出ないようにお願いしたのです。必要なら口外しないよう頼みましょうか?」

 

 等さんの手際が良すぎる。造作もないことのように、ニコニコしているけど、もう僕にはただのおじさんには見えない。

 

「流石、竹伯の弟ね。あたくしの活躍する場がなくなっちゃったわ。でもそっちはお願いするわね」

 

 等さんは僕と垚さまに一礼して去っていった。その後ろ姿を目で追うと等さんが歩を進めるにつれ、道の凸凹が平らになっていった。

 

「さて、面を拝んでやろうかしら」

 

 視線を垚さまに移すと、ものすごく悪い顔をしていた。

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