154話 再会
いくら待っても水理王の侍従を名乗る人物は現れなかった。上等の
「ここへも来ると思ったのにな」
店の裏にいても
偵察隊を除くと埴輪達も暇らしく、勝手に組体操を始めている。角度的に僕に披露してくれているようだ。毎回拍手待ちをしている。五段の塔が出来たのは凄いけど、落ちたら割れるんじゃないかとハラハラしてしまう。
「あっ、危ないっ!」
一番上の埴輪が下りる際に二番目の埴輪がバランスを崩した。素焼きの体は斜めに落ちたら絶対に割れる。落下点に飛び込んで埴輪を胸に抱え込んだ。ギリギリだ。
埴輪は無事だったけど、飛び出した勢いで隣の敷地に入ってしまった。まずい、早く出ないと失礼だ。怒られるかもしれない。埴輪を抱えたまま立ち上がろうとすると、膝がヒリヒリと痛んだ。今日はよく擦り傷を作る日だ。
「おや? 誰かいるのかな」
しまった。見つからない内に出ていこうとしたのに、裏に来た主に鉢合わせしてしまったらしい。ここは素直に謝って……
「おぉ! これはいつぞやの坊っちゃん!」
責めの一声を覚悟していたのに掛けられた言葉は予想を覆して親しみを感じるものだった。
「あ……さ、笹のおじさん!」
懐かしい。僕が初めて市に行った時に親切にしてくれたおじさんだ。確か竹伯の弟だったはず。
「いやいや、お久しぶりですな。こんなところでお会いするとは」
「お久しぶりです。その節はお世話になりました」
お互い挨拶を交わす。髪と目のどっちも色が変わってしまった僕を瞬時に認識してくれたのは商売人故だろうか。
「おじさんはどうしてここにいるんですか? 今日は土の市ですよね」
木精の市は一昨日だったはずだ。笹のおじさんとは二回会っているけど、その時はどちらも竹伯が作った作品を市で取り扱っていた。
「いや、今日は友人の手伝いなのですよ。私どもはしばらくお休みでございますな」
「何かあったんですか?」
つい聞いてしまったけど、もしかしたら深入りしない方が良かったかな。聞いてからちょっと後悔した。
僕の『しまった』という顔を見ておじさんは安心させるように笑った。
「慶事でございます。先の木太子が新しく木理王に就任し、兄が重臣に引き立てられたのですよ。細工物を作っているどころではなくなりましてな」
「あぁ、
そう返すとおじさんは『おや?』という顔をした。すぐに視線を下げて少し僕の服を見ると納得したように頷く。
「流石は坊っちゃん、新太子の御名をご存じとは……王館勤めでいらっしゃいましたか。しかも水理王直属の部下の方とは……いや、これは今までとんだご無礼を」
おじさんは一瞬僕の顔を見てすぐに視線を逸らした。そのまま地に膝を付こうとしたので慌てて止める。
「いや、ちょっ……頭を上げてください。どうしたんですか、急に」
「恐らくそれは初代水理王の紋章でしょう。初代さまの加護を受けられるのは、当代理王の命で挑む試練から帰った者のみと、兄が申しておりました。王太子やそれに匹敵する方がほとんどだと」
おじさんは立ち上がってくれたけど、チラッチラッと紋章を見ている。見たいけど凝視するのは失礼だとでも思っているのかもしれない。
変な誤解を招いてしまったようだ。ちゃんと自己紹介した方がいいかもしれない。
「僕はそんなに偉大な者じゃないですよ。僕は……いえ、私は水理王付の侍従長、
何だか肩書きが長くなった気がする。
「これはご丁寧に。私は
腕の中の
「すみませんでした。敷地に勝手に入ってしまって」
本当は最初に謝るべきだったんだろうけど、懐かしい再会にすっかり忘れてしまっていた。
「いえいえ、別にそれは。しかし、水理王の侍従長ですか……」
穏やかに答えてくれているけど、等さんの顔つきが険しくなる。
「先ほどもそのように名乗る方が見えたのですよ」
「えぇぇっ!? い、いつですか!」
「昼前ですかな。いつも隣に構えている宝石売りはどうしたのかと聞かれましてな。当方も存じませんとお答えした次第でして」
いつもと違う店構えが裏目に出てしまった。物は良いんだから見て行ってくれれば良かったのに、警戒させてしまったのかもしれない。
「……ふむ。坊っちゃ……いえ、雫さま。訳ありとお見受け致しますな。失礼ですが
「
腰に付けたまま徽章を等さんに見せる。鑫さまたちに作ってもらった傑作だ。
「お背中の紋章と同じですな。ということは先ほどの侍従は偽物。いや、これは……試すようなことを申し、失礼しました。どうかご容赦ください」
どうやら本人確認をされていたらしい。確かに名乗っただけではどっちが本物かなんて分からない。むしろ等さんの行動は正しいと思う。
「雫さま。もしやここにいらっしゃるのは偽物探しでございますか? 宜しければ私にお話しくださいませんか? お力になれるかもしれません」
等さんは言い訳するときみたいな早口で、やや前のめりに話し出した。等さんは悪い精霊ではないと思うけど……思いたいけど、僕の一存で協力を仰ぐことはできない。
「雫、何やってるさー」
振り向くと
「
ちょうどいいタイミングだった。等さんを連れて戻ると不思議そうな顔をしつつも不快な様子はなかった。
「
「あ、そうです。お知り合いですか?」
坟さんだけではなく、等さんも不思議そうな顔をしていた。
「いえいえ、知り合いなど恐れ多い。私は一介の
「叔位? その理力でか?」
いぶかしむ
「侍従長の雫さまから窺いましたが、偽の侍従長を探していらっしゃるそうですな。私で良ければ必要な情報を提供できると思うのですが」
等さんの何がそうさせるのか分からないけど少し鼻息が荒い。
「そうは言ってもねぇ、どうする? 太子」
続けて垚さまも出てきてくれた。隠れて様子を窺っていたらしく、
「別に良いわよ。竹伯の弟なら身元も保証されてるし」
垚さまから驚くほどあっさり許可が下りたので等さんに詳しく説明することにした。欠伸を噛み殺している様子を見ると、ただ考えるのが面倒くさかっただけかもしれない。けど、知り合いの助っ人が増えて少し心強い。
「貴方ってあれでしょ?
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