155話 被疑者と協力者
「あぁ、だからか。何か
「まぁ、それは置いておいて。それでえーと……等どのって言ったかしら? 水理王の偽侍従について知っていることを全部話してちょうだい」
等さんの話によると、偽の侍従は目深にフードを被っているので髪色も目の色も分からないけど、背は僕と同じくらいだそうだ。声は少し掠れていて聞き取りにくいことがあるという。
市では午前と午後の両方一回ずつ端から端まで往復しているようだ。と言うことは今日もう一度チャンスがある。
それから等さんのアドバイスで店構えを変えることにした。今までは立派な土壁だったけど、派手できらびやかな造りの方がいいと言うのだ。
それを聞いた
「土壁ですと宝石というよりは土器や陶器売りに見えてしまうでしょう。……いやしかし、見事な土壁。流石は
「ふふーん。それならあたくしの出番よね。ちょっとお下がり。……『
垚さまが理術を発動した途端、土壁だった店の外観が眩しく輝いた。いつまで経ってもその輝きは収まらず、ほぼ真上に来ている太陽の光を反射して光の洪水を生み出している。まるで外壁全体が巨大な
「……すごい」
「ざっとこんなもんよ」
僕が感嘆の声を漏らすと、垚さまはふんぞり返っていた。一方、
「では、私は友人を通して市全体に『月長石入荷』の情報を漏らしましょう」
「情報漏洩ってことね。効率が良いわ」
「普通にお知らせじゃダメなんですか?」
等さんと垚さまの間で意見が一致している。普通に情報を広めるだけではダメなんだろうか。
「悪者っていうのは純粋な情報よりも盛れた情報の方が信じやすいのよね」
そういうものなんだ。僕なら逆に疑ってしまうと思うけど、社会の仕組みって難しい。
「いつもと違うこの店を目にしているから下手に公表なんてしたら余計に怪しまれるさー」
確かに午前と午後で店がガラリと変わっていたら一層不振がられるだろう。
「では私はここで失礼します。お役に立てそうならまたお呼びください」
等さんが僕たちに礼をして帰っていってしまった。友人の手伝いって言ってたし、勝手に長居は良くない。
「竹や笹は特に土と相性が良いからね。土の精と一緒にいてもおかしくないわよ」
「でも、木って土を破って出てきますよね? 良いんですか?」
「あら、ちゃんと勉強してるのね。でも相剋の中にも相生はあるのよ。例えばね……木の根が地下に張ることで土は流れ出るのを抑制することができるわ」
なるほど。大雨が降ったり、地震に見舞われたりしても根がしっかりと支えてくれれば崩れたり、流れたりするのは防げる。
「確かにそうですね。水は木を育むけど与えすぎると木が腐ってしまうって先生が言ってました。それと同じことですよね」
垚さまが頷く。普段は髪に隠れた眉毛が少しだけ跳ねたのが見えた。とても驚いた様子が伝わってきた。眉が見えなかったとしても驚いているのが分かったと思う。
「そうね。だから全ての土精が木を苦手としているわけではないわ。あたくしみたいな強力な土精なら、水を塞き止め、火を抑え、金を閉じ込め、木を弱らせ……なんてことが出来るわ」
垚さまが胸を張っている。後ろに反りすぎて背中を痛めそうだ。水精である淼さまのことが苦手っていうのは黙ってた方が良さそうだ。
「す、全ての属性に繋がっているんですね」
「当たり前でしょ? 全属性繋がってなきゃ世の中回らないわ。まぁ、土はこの世界の
垚さまのご機嫌はすこぶる良好だ。安心していたら、垚さまは上げていた顎を前に戻して急に僕と目を合わせてきた。
「悪かったわね」
「え、何がですか?」
今の話の流れで何か謝られるようなことあったかな。
「『おバカな子』って言って悪かったわ」
そんなこと言われたっけ?
全く記憶にないんだけど垚さまの勘違いじゃないかな。
「ぼ……」
「先々代のことも悪かったわ。別に本心で言った訳じゃないからね」
あ、忍耐力を試されたときの話だ。何故それを今謝られるんだろう。垚さまはプイッと横を向いているけど耳まで真っ赤だ。
「垚さま、それならすぐに謝罪の言葉をいただいてますよ。あと、僕は……」
「二人とも来るさー!」
店の中から
「来たよ。多分あいつさー」
等さんは仕事が早い。まだ別れてからそんなに時間は経ってないのに、もう偽侍従に情報を掴ませているらしい。いったい何者なんだろう。
「あ、あの薄い青ですか?」
こっそり表通りを覗く。少し離れた人混みのなかで布が動いている。まだ顔は見えないけどフードを被っていることは間違いないだろう。淡い水色のフードはかなり目立つ。黒や茶色の髪が多い土精の中では尚更だ。
「雫ちゃん、外へ出て。様子を見て、あとから入ってきて頂戴!」
「分かりました!」
小声で返事をする。
僕は店の横に回った。ここからだったら目的の精霊が店に入るのが確認できる。壁に背中をつけると自分の心臓がバクバクしているのがよく分かってしまった。どうやら僕は緊張しているみたいだ。
仕方ない。今回のような作戦は初めてだから。
今まで何度か戦闘は体験したことはある。
美蛇を含めた兄や姉。
本気ではなかっただろうけど
花茨城での
それに……
皆、実際に対峙して戦った奴らだ。こんな風に入念な計画をして捕らえるっていうのは経験がない。
深呼吸して速い鼓動を落ち着けようとすると、すぐ近くを水色のフードが通りすぎていった。輝く建物を一度見上げ、躊躇いなく入っていく様子に、落ち着くどころか心臓が跳ねる。
その直後、内容は分からないけど、中から話し声が聞こえてきた。ひとりは
こっそり表に回って、入り口から中の様子を窺う。上半身を水色の布で覆った背中が見える。その向こうには
更にその奧では垚さまが僕にしか見えない市にしゃがんで、タイミングを窺っている。
「
「そうだよ。あとあるのは
「
食い付いた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます