126話 鉄の薔薇
「今日は
何で僕が水晶刀を持ってたって知ってるんだ。僕の疑問を余所に
「水晶刀にご執心だったからねぇ。でも雫がいればいいんじゃなぁい?」
「そうね、傷穴をあんなに大事そうに愛でていたものね」
二人の間に立つ老人は両手を腰の後ろで組んで故紙を伸ばしている。それに合わせて黒い薔薇の蔓が息をするみたいに動いている。
「あら、まだ分からない?」
二人の話を注意深く聞いていると逸が僕を嘲笑った。
「本当はね、自分で来たがってたのよ。でも貴方に水晶刀で刺されたでしょう?」
実際は僕が刺したんじゃなくて刀が勝手に刺したんだけど、免の中では僕が刺したことになっているらしい。
無意識に腕を引っ張ったらしく、僅かに痛みが走った。一瞬体が強ばるのを気のせいにして指先に理力を込める。
意識してから分かったけど、
「完全な状態ではないのにそんな傷を負ったから出歩けなくなってしまったのよ。どうしてくれるの?」
「ふふっ、流石にこれくらいでは驚かないわね」
「おい、もう良いだろう?」
「まぁ、慌てないで。もう少しお話しさせて」
指先に理力を集中させる。こいつらが
「しかし……早くせねば向こうの奴らが勘づくかもしれん」
「大丈夫だよぉ。来られないようにしておいたからぁ」
「あら、何かしたの?」
僕に気が向いていない今がチャンスだ。逸は背中を向けているし、その逸の陰で楚から僕は見えない。問題は天井近くにいる
「蕾の蔓を引っ張るように言っておいたからぁ。今頃地下牢に落ちてるんじゃない?」
一瞬、集中力が途切れた。そのせいで理力の流れが僅かにぶれる。
「ほぅ。地下牢とはなかなか……。あそこは花を活けるための剣山が敷き詰められている。それに食虫植物もいるはずだ。水精が落ちれば喜んで水分を吸いに来るだろうな」
潟さんが危ない! ダメだ、こんなところでグズグズしていられない。助けにいかなきゃ。指先に溜まった理力を一気に展開する。
「『
無数の氷柱が室内に現れた。久しぶりに使った理術だけどちゃんと出来た。逸たちに向けて一斉に放つ氷柱が砕けて周りが真っ白になった。視界が遮られているうちに氷刀を作り出して蔓を切ろうとした。しかし切るまでもなく、蔓が縮んで体との間に隙間ができた。腕と足を抜いて最後に体を抜くことができた。林さまに縫ってもらった服がボロボロになってしまった。あとで謝らないといけない。
「何か準備してると思ったらそれかぁ」
「確かに木精相手なら水系よりも氷系がいいよねぇ。でもねぇ、
「そうね、今の楚は
そうか、だから花茨城に近づいたとき金属の玉が飛んできたのか。薔薇の蔓なら氷で傷つけられるけど、鉄が相手だと氷では歯が立たない。ただ幸いだったのは、鉄は温度が下がると多少縮む。それで抜けられたわけだ。
「さぁ、そろそろいきましょ?」
「どこへ行くんだ?」
少しでも抵抗したくてぶっきらぼうに聞き返す。僕では敵わないかもしれない。でもだからと言ってこのまま従うのは嫌だ。僕が従うのはただひとりだけだ。
「
「渾?」
オウム返ししてしまった。渾は兄の名だ。でもその名を呼ぶのは母上くらいで、兄弟ですらあまり呼ばない。僕も含めて美蛇の兄上と呼ぶことが多かったはずだ。なぜ逸がその名を知っているんだ。近づいてきた逸に刃先を向けると、逸は微笑みながら指を刃先にくっつけた。
一瞬、氷刀の刃が赤くなって瞬きしている間にドロドロと落ちだした。氷は溶ければ水になる。それは当然だ。でも溶けた先に溜まっていたのは水ではなく溶岩だ。まるで貴燈山のマグマのようだ。でも眺めているうちに溶岩もなくなり、全て灰になってしまっていた。僕の理解が追い付かない。
「おい、待て!本当に俺を理王にするんだろうな」
いや、逃げるなんて考えたら敗けだ。ちゃんと戦わないと。勝って帰りたいけど勝てなくてもせめて……せめて一矢報いたい。そうじゃないと淼さまに顔向け出来ない。
「大丈夫だよぉ。僕がちゃんと木理王を始末してあげるしぃ、
木理王さまを始末する!?
今、恐ろしいことを言った。
それと今言った
「本当にうまく行くのか?」
「大丈夫だよぉ。架は即位したらすぐに寝たきりにさせるよぉ。そしたらぁ、君を王太子に推薦してあげるよぉ。過去のことは反省してるから、水に流してってねぇ」
「なら良い。あの忌々しい
「野心がある精霊は好きよ。もう実力もあって家柄も良い精霊はほとんど
「降る氷 命じる者は 雫の名 極寒の下 凍てつき光れ 『
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