122話 叔位の斧折樺

 花茨はないばら城から飛んでくる金属の玉を避けるために雲を低く飛ばす。すると城から少し離れた空き地で手を大きく振っている人影があった。周りは木で囲まれているから見つかりにくい。


 空き地に下りると雲はすぐに消えてしまった。元々乗る予定はなかったから急いで作ったそうだ。あまり丈夫ではないらしい。道理で隙間があると思った。


「竜宮の方ですね! おぉお待ちしておりました!」


 駆け寄ってきたのは体格の良い木精だった。たぎるさんを思わせるような体つきだけど背は滾さんほど高くない。ただ筋肉質な体は重ねて着ている服の上からでも分かった。


「雨伯の依頼で応援にせました。貴方の名は?」


 せきさんが一歩前に出て尋ねる。警戒をしているようだ。もしかしたら襲撃した甥の方かもしれない。油断は危険だ。


「は、はいっ。そ、それがし叔位カール斧折樺おのおれかんば あらいと申します!」


 ……噛んでるけど大丈夫かな。そんなに切羽詰まった状況なのか。木精に多い緑の髪をやや乱しながら元気よく名乗ってくれた。


「こ、この度はごごごらごごらいご来訪っまこ誠に……」

「挨拶はもう結構。こちらは雨伯の末子で水理王の侍従長を務める雫さま。私は先々代水理王の子で理王付近衛のせき。雫さまの護衛を致します」


 あらいさんがヒィッと短く悲鳴を上げた。確かに肩書きだけ聞いてるとすごい。他人事のように聞いてきたけど、せきさんは短い台詞の中で理王という言葉を三回も使った。相手を威圧して敵か味方か試しているんだろう。


 敵なら怯むか、それとも開き直って向かってくるかのどっちかだ。けどあらいさんは違う。演技とか驚いたふりとかではなく感極まっている様子が感じ取れた。


「そ、そそそんな偉大な方たちが助っ人に……あばわはかぁやさら」


 何を言ってるのか分からないけど、多分感動か恐縮しているんだと思う。味方で間違いない。さっき叔位カールだって言っていた。理王関連の高位精霊と関わるなんてあり得ないことだ。僕も少し前まで低位だったから気持ちはよく分かる。


 アワアワしているあらいさんを宥めようとして肩にポンと手を置いた。


「僕たちが役に立てるかどうか分かりませんけど、頑張ってかんばさんを助けましょう!」


 あらいさんは一瞬目を大きく見開いて瞬きをしないままポロポロと大粒の涙を溢し始めた。木精がそんなに水分を出したら枯れてしまうんじゃないかな。


「そ、それがしにそそそんな言葉をか、かけっかけっ……うぉあおぉん」


 会話が出来ない。結構熱くなりやすいタイプみたいだ。自分の世界に入ってしまった。詳しく話を聞きたいんだけどな。


「それであらい。状況を説明してください。芳どのはどこに?」


 せきさんも同じ気持ちだったのか、いきなりあらいさんを呼び捨てにした。高位が低位を呼び捨てるのは普通のことだけど、良いのかなと思ってしまう。僕が高位に成りきれていない証拠だ。


「あ、は、はい」


 現実に引き戻された桀さんが時々どもりながらも説明を始めた。花茨城の当主である芳さんは応接間で甥を迎え入れて、そのままそこに閉じ込められているらしい。

 

「襲ってきたのはかんばさまの甥、薔薇のしもとどのです。ご身内ですから特に疑うこともなく歓迎し、芳さま自ら応接間に迎え入れたのですが、その直後に多くの精霊たちが敷地内に雪崩れ込んできて……」


 慣れてきたのか桀さんがスラスラと喋り始めた。でも今の話でひとつ気になることがある。薔薇の精霊って聞いたことがあるようなないよう……誰だっけ。

 

「私は庭掃除のために外に出ていました。なのでなんとか逃げられたのですが、助けを求めに行くにも根の道は切られてしまい……ちょうどそこへ竜宮城の端が見えたのでお願いに上がった次第です」

 

 なるほど。だからあらいさんだけ逃げられたのか。竜宮城へ来た件は雨伯から聞いていた通りだ。

 

「そんなことは分かってます。応接間はどこにあるんです」


 せきさんの口調が少し荒くなってきた。何か怒ってるみたいだけど顔はニコニコしているままなのが怖い。淼さまも前は笑ったまま怒っていることがあったけど最近は……。


 あ! 思い出した! 笑いながら怒る淼さまの顔を想像していたら思い出した。少し前に淼さまが話してくれたこと。王太子時代の淼さまの話だ。

 

 ーー木理が林を連れて駆け込んで来てね。外皮がボロボロに傷つけられていて、ひどい有り様だった。手を出したのは木理の遠縁で、同じく王館勤めの薔薇バラだった。

 

 ーー薔薇は林を傷つけた罪を木理に着せて、自分がその地位キャリアを引き継ごうとしていたらしい。

 

 ーーまぁ、そのせいで薔薇は下位に降格。下位だと王館に居られないから……。

 

 居られないから? その後は?

 

 だめだ。その後の淼さまの言葉が思い出せない。その後の薔薇はどうなったんだっけ?

 

「では三階ですね。雲が狙われた以上、侵入はバレていますので正面から突っ込みます」

 

 大胆だ。そして潟さんに睨まれたあらいさんは涙目だった。体つきに似合わないつぶらな瞳が潤んでいる。可哀想になってきた。

 

「雫さま。ご存知かと思いますが、木精には生半可な理術は効きません」

 

 水生木すいしょうもくルールだ。水は木を生かすから、例えば普通の水球なんかだと吸収されてしまうはずだ。僕たち水精が木精と戦うのは難しい。土精を相手にするほど不利ではないけど。

 

「そうですね、気を付けます」

「もし対峙するようなことがあれば氷系か物理攻撃をお薦めします」


 そういうせきさんの手にはすでに太刀が握られている。潟さんのお洒落な燕尾服に似合わない丸々と太った鮭のような太刀だ。

 

「そ、某は何を」

「貴方は足手纏いです。木の王館から応援が来たら合流しなさい」

 

 潟さんは容赦ない。もしかして僕が知らないだけで元々こうだったのか。あらいさんはちょっとだけシュンとしているけどコクコクと何度も頷いていた。

 

 せきさんが太刀を肩に担いで建物に足を向けた。僕も後に続く。本当は僕が後に続いてはいけない。気は進まなかったけど、雨伯の子としてここに赴いたのは僕だ。僕が行かないと!

 

 空き地から木々を抜けて、手入れされた垣根を通りすぎる。ここからが花茨城の敷地だろう。足を踏み入れた瞬間、僅かに空気が揺れた。

 

「ハッ!」 


 植え込みや木の陰から飛び出してくる影が見えた。二人だ。僕が玉鋼之剣に手を掛けると足元に転がり込んできた。足を狙われると厄介だ。慌てて飛び退く。片手をついてバランスを取りながら顔を上げると二人が四人に増えていた。けど起き上がる気配がない。

 

「あれ?」

「雫さま、どうしました? 先へ参りましょう」

 

 立ち木の陰に入ってしまった潟さんが顔を見せた。僕に笑顔で語りかけているけど、右手で太刀を担ぎ、左手で木精を絞めながら持ち上げている。

 

「わぁー……」

 

 つ、強い。

 

 木の棒でも投げるみたいにポイッと投げ捨てる。倒れた四人の近くに落ちたのを見届けて城内に踏み込んだ。

 

 大きな扉を潟さんが押し開ける。広い空間の真ん中に大きな階段があって途中から左右に分かれている。どちらから上がっても二階の広間に繋がっているようだ。

 

 辺りを見渡すとひどい有り様だった。飾られていただろう絵や陶器は落ちたり、割られたりしていた。更に所々棚が倒れ、壁紙が破れている。上の階に行くとそれが更にひどかった。

 

「雫さま、十二名来ます。一階の十名私が相手しますので、二階から来る二名をお願いできますか?」

「分かりました!」

 

 割合がひどい。けど助かる。

 

 せきさんが言った通りすぐに木精が飛び出してきた。僕の相手は階段にいるひとりと、二階の手摺てすりに足を掛けているひとりだ。武器は持っていなさそうだ。となれば理術で攻撃してくるはず。

 

「てめぇら! 邪魔すんじゃねーぇっ!!」

 

 手摺を踏み越えて木精が飛び降りてきた。

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