120話 竜宮城の食卓
こんなに緊張する食事は久しぶりだ。そしてこんなに大勢の
食事と言えば淼さまと取ることが多い。けど最近は淼さまが王館を離れることが多くて、潟さんが付き合ってくれていた。潟さんは食べなくても良いらしいけど食べることは好きらしい。だからいつも食事は二人だった。それに比べて今はたくさんの目があって緊張する。
……いや、待ておかしい。水理王と食事をしている方が緊張しないと言うのもどうなんだろう。
「雫ちゃん、美味しい~?」
「は、はいっ! 美味しくいただいておりますっ」
斜め前に掛ける
「誰だ、食い辛い物を準備したのは。雫のメニューを改めろ」
向かいにいるのは
「あっ、いえ、だ、大丈夫です! ちょ……ちょっと手が滑ってしまって」
決して誰かのせいじゃない。僕のミスだ。正直に
「あら、食器が滑りやすかった? 誰か! 今すぐ滑りにくい物に取り替えなさい」
上座にいる雨伯のすぐ近くから声をかけてきたのは長女の
「だ、大丈夫です! すみません、ちょっと緊張して」
次から次へと贈られる気づかいの言葉に変な汗が出てきた。
「緊張? おい! すぐに
待って給仕さん! 走って呼びに行かないで! ……という心の声は届かなかった。すでに命令を受ける体勢だった精霊はすごい勢いで部屋から出ていってしまった。
ちなみに今、命じたのは
「ならもっと落ち着く香を焚いてあげて」
「待て、食卓で香なんか焚いたら食事の香りと混ざるだろ? それより温かい飲み物を出してやれ」
「えーと、えーと、私は……私のデザートあげるからね」
もう誰が喋っているのか分からない。僕も何も喋れない。迂闊に口を開けばきっと何か命令が出されるに違いない。皆さっき紹介されたばかりだ。義兄姉の名前と顔を一致させるだけでも大変なのにそれを止めるのはもっと大変だ。
「わははは。賑やかで良いのである!」
雨伯は長いテーブルの隅の方で見た目に似合わない液体を傾けている。遠すぎて顔が見えない。例え見えたとしても目の前の料理に集中していていないと、真っ白なテーブルクロスに染みを作ってしまいそうだ。
「普段なら皆、イベント毎に集まるのだが、二、三日で急に各自忙しくなったのだ。結局、来られたのはこの子らだけである」
「末弟に初めて会うのに仕事なんかしてられるか。強引に切り上げてきた」
僕の訪問兼帰宅はイベントになるらしい。僕から見える範囲の全員がうんうんと頷いている。嬉しいような申し訳ないような複雑な気持ちだ。
「それはそうと父上、
「そういえば、使者に部屋を取らせたのですか?」
話が変わった。ちょっとほっとしながら耳を傾ける。花茨城が襲撃されたと知らせが飛び込んできたのはまだ今日の話だ。もうずっと前のような気がする。
「うむ。少々怪我をしておったので治癒した上で休ませておる。しかしすぐに帰りたがっておるので明日には下がらせるつもりだ」
「何があったのですか?」
「謀反だ。当主
声にならない声で食卓がざわつく。心なしか
「
「木理皇上には知らせてあるのよね~?」
「うむ。
「父上、お待ちを。何故花茨から王や太子に直接報告しなかったのです。先に
「花茨から王館までの根之道が切られたらしい。新しく伸ばすにも幽閉されていてはそれは叶わん。だが、ここなら雨雲に葉を飛ばせれば来られるのだ」
また知らない言葉が出てきた。でも話の流れから判断すると、根の道というのは花茨城から王館に行くための道と考えて良さそうだ。そこが断たれてしまったので何とか竜宮城に辿り着いたってことか。
「木の王館からの救援が来るだろう。だが、それでは
雨伯は済んだ食器を下げさせて新たにグラスを手に取った。
「立場上、我輩が行くわけには行かない。そなたらの中で誰か行ける者はいるか?」
シーンとしてしまった。皆黙っているけど目をそらすわけでもなく、皆一様に雨伯を見ている。行きたくないという感じではない。
「父上、我々は皆ここ数日急に雑務におわれ、誰も手が空いておりません。カズ兄さまに
カズ兄さまって言うと焱さんのお父上だ。でも確か今……
「だめである。カズには我輩の補佐でいつも苦労を掛けているのだ。
再び沈黙が訪れる。何か言った方が良いのかな。でも僕がでしゃばるのもおかしい。
「失礼ながら発言しても宜しいでしょうか」
重い空気を破ったのは意外にも
「先々代の息子であるな。楽にして良いぞ! 何であるか?」
雨伯が発言を許可したので僕も背もたれに手を掛けて体の向きを変える。潟さんが見えるようになった。
「僭越ながらこちらの
皆の視線が僕に注がれた。
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