80話 病の木理王
「君は何者だ?」
答えに詰まる僕に林さまが同じ質問を投げかける。薄い灰色の目に僕が映っている。
「僕は……
「そうじゃない! なんで
そんなこと言われても困る。僕が何かをしたわけじゃない。それに僕だって何で木理王さまが回復したのか分かっていないのだ。詰め寄られて一歩下がってしまう。
「違うんだ。尋問してるわけじゃないんだ」
僕が離れた分、林さまが距離を詰めてきた。
「麿は王太子としても、麿個人としても御上に恩がある。だから
静かにゆっくり肩を掴まれる。
「教えてくれ、君はどうやって御上を助けた?」
肩に置かれた手に力が込められる。多分無意識だろうけど少し痛い。顔をしかめてしまったのか、それとも僕の肩が跳ねたのか、林さまの手がパッと離れた。
「悪い」
林さまは僕から少し離れた。首の後ろに手を当てて少し気まずそうだった。
「淼に……失礼、水理王に尋ねてもはぐらかされるから、つい」
「私が何だって?」
棚の陰から淼さまが覗き込んでいた。腕組みをしながら近づいてくる姿にちょっとだけホッとする。
「林、何度聞かれても同じことだ。先日は緊急だったから雫に水球を出させた。これ以上、雫の水は使わない」
林さまは淼さまを少しだけ睨んでいるように見える。けど、言い返すことはしない。
「必要以上に手を出せば
「しかし、麿は……」
何かを言いかけた林さまだったけど、淼さまの無言の圧力に耐えられなかったのか、口をつぐんでしまった。属性は違うけど、そこは王太子と理王だ。立場も力も差が大きい。
淼さまは林さまの様子を確認すると、深めのまばたきで視線を外して話題を変えた。
「雫と話したいそうだ、おいで」
腕組みをしたまま顎だけでついて来るように指示される。林さまを置いていってしまって良いものか。ちょっと様子を窺うと、目があった瞬間に無言で頷かれた。行って良いという意味に捉えて淼さまの後を追う。
淼さまはちょうど寝台横の椅子に腰かけようとしているところだった。回り込んでその隣に立つ。
「よぐ来だな」
「へあ、はい」
声をかけてきたのは木理王さまだ。赤茶の髪が緑の壁に映えていた。多分、『よく来たな』って言ってくれたんだと思うんだけど、合ってるよね? 変な声だしちゃったけど……。
林さまが少し遅れてやって来た。
「け」
「……毛?」
毛がどうし……あ、まさか、お茶に僕の髪の毛が入ってた!? どうしよう! 手伝うなんて言うんじゃなかった。
「木理……出来れば、もうちょっと、その分かりやすく」
僕がオロオロしている間に淼さまが言葉を濁しつつ、木理王さまの腕を軽く叩く。
「あ、悪がったな。……少し待でよ」
木理王さまは上半身だけ振り向いて、枕元の植木鉢から葉を一枚千切る。どうするのかと見ていたら、それを自分の口の中に入れた。
咀嚼する様子はなく、少し見えた感じでは舌の上に乗せているようだ。
「さて、これで聞き取れるか?」
「あ、はい!」
「悪いな、素で話すと初対面の者には聞き取れないよな」
淼さまは林さまから受け取ったお茶に口をつけていた。しかし熱かったらしく、自分で氷を足している。僕が受け取ったお茶にもそっと二、三個入れてくれた。
「生まれ育った所の言葉だから大切にしたいんだけどな。会話が出来ないんじゃ始まらないからな。必要なときはこの『
木理王さまはさっきの植木鉢を指差した。網状脈の肉厚な葉がたくさんついている。
「便利な植物だぞ。舌のある精霊なら話が通じるようになるからな」
『言の葉』っていう植物らしい。初めて見た。川や泉の近くには生えないのかな。小さな植木鉢に大きな葉っぱが青々と繁っている。地面に植えたら大木になりそうだ。
「まあ、そんなことは置いておいて。雫くんだったな、
上半身を軽く前に倒す木理王さま。それに合わせるように、隣に立つ林さまもお盆を持ったまま頭を下げる。
「あ、頭を上げてください。お願いですからっ」
そんなことをされては僕の方がどうして良いかわからない。
「全く情けないことだ。理王ともあろう者が、多くの者に迷惑をかけて、巻き込んで……」
「それはお互い様だ。私も昔は貴方によく迷惑をかけていた自信がある」
「ハハハッ確かにな!」
淼さまの冗談めかした言い方に木理王さまは声をあげて笑った。しかし、すぐに咳き込んでしまう。林さまが背中を擦りながらお茶を手渡す。
淼さまはそのお茶をすでに空にしていた。余程お口に合ったのか飲むのが早い。果物茶……絶対、真似しよう。
「
林さまもさっき言っていたことだ。淼さまは特に動じることなく、残った氷をガリガリと噛んでいた。きっと周知のことなんだろう。
「だがな、
林さまも動揺を見せず、目をつぶって静かに聞いている。
「
「木理王の病……」
木の理力が乱れている。でも木の理力を正しく流すのは理王の仕事なんだから、乱れも直せそうな気がする。
「理力があれば循環させられる。でもな、巡らせるべき理力が減る一方ではな。どうしようもない」
減る一方? 木の理力って減ってるの?
「しかし、
理力には二種類ある。先生の最初の授業で教えられたことだ。
ーー理力とは概ね二種類に分かれておる。ひとつは己の本体が有するもの。もうひとつは誰でも自由に使えるものじゃーー
木理王さまは、誰でも使える……つまり、世にあるはずの理力を補うために、自分の理力を使っていたのか……。
「勿論、調整はしていた。だが、急にガタが来たな、吾も歳だな」
「御上はまだまだお若いです!」
林さまが口を挟んだ。それを嗜めるように木理王さまが軽く手を上げる。
「君のとこの理王ほど強ければな、こんな無様なことにはならなかっただろうけどな。ついには太子にまで力を削がせてしまった」
王太子の本来の名である『森』を名乗れなくなってしまったことに対して、木理王さまの方が悔しそうだった。
「雫くんにこんな話をしたのは……頼みがあるからだ」
「な……何でしょう。僕に出来ることですか?」
真剣な眼差しで見つめられる。呼び捨てて下さいという言葉を飲み込んでしまう。
「二度と、
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