37話 決着
「雫~。そなたと母を苦しめたこの兄を、さっさと懲らしめてしまえ~」
先生が口元に手を当てて遠くから叫んでいる。
「くっ……待て。俺の仲間はここにいる奴らだけじゃない。母がどうなっても良いのか」
兄が水鏡を引き寄せる。指し示した先を見ると、母上が映ってい……ない!
「何だと……?」
「うつけじゃのぅ。わしがこの三人を連行してきた時点で可能性を考えるべきじゃの」
先生は両腕を大きく広げ、『水の箱』を取り出した。初めて見る大きさだ、すごく大きい。中に入っているのは……
「母御は無事回収した。遠慮なくやって構わんぞ」
良かった。母上は先生の水の箱で守られている。兄も手出しは出来ないはずだ。斜め後ろの
「くそっ!! 河の気よ 命じ」
「うるさいのぅ。『
「ぁがっ!!」
先生の投げた氷結水球が兄の顎に命中した。白いものが飛んでいったので、歯が欠けたかも知れない。
「どうせなら上級理術でもぶちこんであげると良いよ」
僕が使える上級理術は二つだけ。ひとつはブリザード。でも今、ここで使ったら先生と淼さまを巻き込んでしまう。
「ほっほっほっ。敵一体に対して有効なのは何じゃったかのぅ」
先生は楽しそうだ。僕がちゃんと復習していたか見ているのだろう。敵一体への攻撃は、これだ!
「我が友よ
左手を握ったまま勢いよく突き出す。手の甲辺りに理力が急速に集まってくるのを感じる。謁見の間だけではなく、王館内から大量に集まってくる。
一瞬、川がそのまま現れたのかと思った。それほどに大きな龍が僕の左手から現れた。広い謁見の間が狭く感じる。水龍は大きく口を開けて宙を進み、体をくねらせながら兄に向かっていく。
「く、来るなっ! 来るな来るな来るな来」
バシンッ!という音がして兄が水龍に喰われた。水龍の腹部辺りにはまだ兄の姿が透けて見える。苦しそうだけど、水精も水で溺れることがあるのだろうか。
「……ここまでじゃな」
「
水龍の中で兄が消えた。目を凝らしてよく見ると、中に細くて長い蛇が一匹いるようだ。しばらくもがいていたが、ゆっくりゆっくり泡を出しながら形が崩れ、遂には見えなくなった。
「……これをもって」
水龍が役目を終えて消えるのを待って淼さまが口を開いた。振り返って玉座を仰ぐ。
「流没闘争の完全終結を宣言する!」
謁見の間だけでなく……水の王館だけでもなく、他の王館にも、世界全体にも通るような透明な声が響き渡った。
「母上……母上、しっかりしてください」
「華龍河の水温にしては低すぎるのぅ」
戦いのあと、先生の水の箱から母上を出して声をかけ続けている。先生は低すぎる母上の体温を上げようと、手を当てて理力を巡らせている。
「美蛇の罪状を述べる。
一、理王を騙し、謁見に臨んだこと
二、理王を攻撃したこと
三、弟たちをけしかけ、末弟を襲わせたこと
四、火精を取り込み、末弟を襲わせたこと……」
事後処理が忙しそうだ。放置したままだった八人の兄姉を叩き起こして、目の前に座らせている。足を畳んで床に直に座るのは痛そうだ。
「……だめじゃ。ますます体温が下がっておる。このままでは危険じゃ」
「母上……母上」
母上の手をしっかり握って
「美蛇に奪われていた理力は戻っているはずなんじゃがのぅ」
「あ……」
母の輪郭がぼやけてきた。姿が急速に縮んで手足が見えなくなっていく。僕が握っていたはずの手の感触がない。
「いかん! 雫、すぐに桶かバケツを持って来るのじゃ!」
「は、はい!」
桶を取りに浴室へ走り出そうとしたが、謁見の間の端にバケツが転がっているのが見えた。戦闘で穴が空いていないことを確認して先生のところへ戻る。先生は水球を二つほどバケツに入れると手で光の塊をバケツにそっと入れた。光が落ち着いたのでバケツを覗きこむと一匹の魚が入っている。
「川魚の見分けはちと分からんが、華龍河には違いあるまい。人型を保っていることすら難しいか……。水温を上げれば良いかの」
やっぱり母上だ。だとしたら……
「いえだめです。高すぎる水温では逆効果です。魚の姿では直接触れるだけで弱ってしまいます」
「ふむ。どうしたものかの」
どうしよう、母上が死んでしまう。何とかしなければ、何とか……。視線を彷徨わせていると、ふと自分の腕が目に入る。バケツを覗くために体を支えている左腕だ。体を起こして腕を掴む。
一月ほど前、左腕を怪我した。鍾乳洞で襲われたときだ。あの時、怪我を治してくれた
「あ……あ」
「どうしたのじゃ?」
呼びたいのに名前が分からない。あの
「……以上の罪によって美蛇を精霊界から永久に追放した。その方たちも同罪だが、美蛇に脅されていた部分も多少あると報告を受けている。よって、五名は
淼さまの……水理王の声が響きわたる。八人は項垂れているけど、気のせいか少しだけほっとしたようにも見える。
「これは……先の闘争を引きずる者を暴くために、余に協力してきた華龍河とその末子に免じての減刑である。これまでの己の振舞いをよくよく考え今後の戒めとせよ、良いな!」
淼さまはそういうと軽く手を振って八人を水柱で飲みこんだ。柱が消えた後には誰もいなかった。……あの時と同じだ。
「あ、の……びょ」
「分かってるよ、雫。全部聞こえてたよ」
玉座の前に走り出て両膝をつく。
「お願いします。母を助けてください! 僕にできることなら何でもします」
「雫、何でもするなんてことは言うんじゃない。そこにつけこんでくる者もいる」
「いいえ、何でもします。僕の残った一滴が必要ならお使いください。僕の理力が必要お取りくださって結構です!」
「御上よ。華龍どのはまだ涸れるべきではありますまい?」
先生がいつの間にか隣に立っていた。座りこむ僕の肩に手を置いている。淼さまは小さくため息をついた。
「私が助けてもいいけど……まぁもういいだろう。
淼さまがしゃべり終わらないうちに謁見の間に炎が上がった。火は危ないという意識から一歩引いてしまう。でも炎がおさまると中には一人の精霊が立っていた。ゆっくり膝をつくその姿は……
「あ……」
「火の太子、
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