24話 帰路へ

 ハッと目が覚めた。自分の息が上がっている。背中に冷たい感触がある。すぐ近くで火がはねる音がするので、首をそちらに動かした。

 

「雫! 気がついたか!?」

「あ、あわさ……」 

 

 淡さんの顔が目の前にあった。

 

「動くな。気分はどうだ?」

「うん、なんか……鳥肌が……」

「寒いのか? 湯を飲むか?」

「うぅん、寒くない。大丈夫、ありがと」

 

 淡さんが僕に覆い被さりながら話を続ける。寝かされた僕の近くでは火が焚いてある。かけた鍋から湯気が出ているが、僕自身が火に近づきすぎるのは危険だ。

 

「腕はどうだ?」

 

 腕……?

 ガバッと起き上がってしまった。あわさんが反射的に避けてくれたので、ぶつからずにすんだ。慌てて左腕を見る。

 

「……治ってる?」

「治しておいた。痛みはどうだ?」

 

 治しておいた? どうやって?

 

「何で? みたいな顔されてもな、そういう理術があんだよ。それより痛みは?」

「うん……痛くない」

 

 念のため、腕を曲げたり伸ばしたりしてみる。手のひらも閉じたり開いたりしてみた。特に以上はない。服は裂けてるけど腕は何ともない。

 

 ………ってこの服!!

 

「淼さまに借りたのに……どうしよう」

 

 外では絶対来ていろと言われた外套がいとう。氷柱が刺さって穴だらけだ。

 

「大丈夫だ。帰ったら元に戻せるからそんなに心配すんな」

「本当? 縫うの?」

「縫いはしないけど、元通りにはなるな。任せておけ」

  

 あわさんが僕の背中を撫でてくれる。さっき鳥肌が立つって言ったからだ。温かい手が心地よい。 

 

「……外套がいとうよりあいつらがどうなったか聞くのが先じゃねぇ?」

「あ、そういえば。……どうなったの?」

 

 今更だけど、あの五人はどうしたのだろう。

 

「まだ雪に埋もれてる。簡単には溶かせないし、出てこられないだろう」

 

 だから取り敢えず放置、と淡さんは言い切った。

 

「多分、あの様子だと本体まで凍りついてるだろうな。その内、身内の誰かが気づくだろ」

 

 確かに川が不自然に凍っていたら何かあったと思う。兄弟がいるだろうから誰かが探しに来るだろう。


「静かだなとは思っていたが、突然、水が散るような音がした。俺はそれで気づいた。……行くのが遅くなって悪かった」

 

 淡さんが僕の背中を撫でていた手を止めた。

 

「本当なら捕縛して水理王に突き出すんだが、五人一度には連れて帰れない。……これはキツイお叱りを受けるな。雫を守れなかった上に加害者の放置」

「そんなことないよ。母上のとこで助けてくれたよ。そうだ! あそこで見せてくれた水球、凄かったよね! あとで教えて!」


 あわさんが目をパチパチしている。ちょっと視線をそらして、その内な。と言われてしまった。


「……それより、もし動けそうならここを出るぞ」

「え? でも、明日の」

「本当は明日の午後、発つ予定だったけどな。雪詰めのあいつらと一緒に過ごしたくないだろ?」

 

 ちょっと繰り上げようと言いながら、あわさんはわんに湯を注いだ。茶葉を直に入れて飲んでしまう。ワイルドだ。

 

 その様子を見ていたら、僕にも同じものを渡してきた。

 

「……なぁ、あいつらホントに雫の兄弟か?」

 

 椀に手を添えて温かさを味わう。じんわりとした温かさが心地よい。

 

「うん、多分」

「多分? 違うかもって?」

「僕を兄弟として扱ってくれるのは、美蛇みだの兄上だけだから。水は繋がっているけど皆、僕のことを兄弟だと思ってない」


 あわさんが片膝を立てて、そこに肘を乗せている。乗せた腕で椀を口に運ぶ姿はちょっとさまになっていた。

 

「話には聞いていたが……ここまでするとはな。脇腹と肩の怪我は浅かったけど、左腕は危なかったぞ。もう少し深かったら……」

「…………」

 

 昔から多少の暴力はあったけど、ここまで本気で攻撃されたのは初めてだ。僕が覚えてないだけかもしれないけど。

 

 本気で……消されるかと思った。自分に向かってくる大量の氷柱つららと込められた殺気。恐怖と激痛。今、思い出しても怖い。

 

「それにしても、雫が外でも上級理術を使うとはな」


 あわさんがちょっと興奮気味に話題を変えた。僕は椀を口に付けて、茶葉の苦さを噛み締めていた。

 








 

 

 

「大丈夫か?」

「うん、平気」

 

 あれからすぐに荷物をまとめて、鍾乳洞しょうにゅうどうを出た。雪が溶けてあの五人が動きだす前に離れようという淡さんの意見だ。

 

 僕も早くびょうさまのところへ帰りたいので賛成した。予定より早いのに、そうさんが都合をつけて迎えに来てくれた。

 

 今度はちゃんと波乗板サーフボードも出来たので、引っ張ってもらった。行きのように急ぎじゃないから、ゆっくりゆったり穏やかに進んでいく。

 

 外套がいとうの穴から入ってくる風が冷たい。ボロボロの外套でも着ていた方が良い、と淡さんが言うので、そのまま着ているけど。

 

「これだけ離れれば、仮に雪が溶けても追いかけては来ないだろう」

「うん……そうだね」

 

 元々、僕が目障りなだけだから、いなくなれば寄っては来ないだろう。

 

水理皇上すいりこうじょうに報告することが山ほどあるぞ」


 淡さんが波乗板に寝そべってしまった。凍らせてあるから冷たいはずなんだけど。

 

「あの……さ、淡さん。言いにくいんだけど」

「…………なら言うな。嫌な予感しかしない」

「ひどい! 聞いてよー!」

「イテテ、何だよ」

 

 寝ているあわさんの脇腹をちょっとつねってみた。


「あの、市に寄って、びょうさまに」

「今、何つった?」

「……淼さまと先生におみや」

「何で増えるだよ? おかしいだろ!? お前、襲われたんだぞ? さっきまで怪我してたんだぞ! それで何で寄り道しようっていう発想になるんだよ!?」 

 

 淼さまに早く会いたいとは思っている。でも、折角外に出たんだから、母上にあげたみたいに贈り物を差し上げたい。それにお詫びもしたい。

 

「交換する金は水理王の金だぞ?」


 ……言われてから気づく。例によってまた交換できそうなものはここにはない。

 

氷飲器アイスグラスとか」

「駄目だ、簡単に作れる」

「お、お掃除します券とか」

「帰る気あんのか?」


 もっともな意見にぐうの音も出ない。

 

「何でそんなに市に拘るんだ? 贈り物なら帰ってから用意すりゃいいだろ?」

「……服」

「あ?」

外套がいとう! ボロボロにしちゃったから、お詫びをしたくて」

「それは後で直してやるって言ったろ?」

「でも……」

 

 出発前に破れたり、汚れたりしても構わないと確かに仰っていたけど、これはあんまりだ。もちろん物で許してもらおうとは思わない。精いっぱい謝るつもりだ。

 

「無事に帰ってきましたって、気持ちもあるし、日頃の感謝の気持ちも伝えたい……早く出た分、時間はあるよね? あわさん、お願い!」

 

 淡さんに詰めよって手を合わせる。起き上がらないままだ。

 

「仕方ないな……短時間だぞ!」

 

 寝返りをうって反対を向いてしまった。

 

「ありがと、淡さん!!」

「俺も雫には甘い気がする……」

 

 漕さんの引っ張るスピードが上がった。僕らの話を聞いていたんだろう。寄り道のために速度をあげてくれたようだ。


 本当は漕さんにもあわさんにもお礼の贈り物をしたいけど、まずはびょうさまだ。

 

「今日は水行日だ。ちょうどいいと言えばちょうど良い。最悪と言えば最悪」

「最悪? どうして?」

「治安が心配だ。それに水理王に水の贈り物ってどうなんだよ?」

「えっと、ピッタリ?」

「……水の理力でも知識でも何でも持ってる方に、水精が作ったブツあげてどうすんだ?」

 

 あれ? 逆効果?

 

「帰る気になったか?」

「いや、あの見てから……」

 

 あわさんが呆れたようなため息をついたのが聞こえた。気のせいか、波乗板サーフボードをひくそうさんからもため息が聞こえた気がするけど、川の水の音だったことにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る