二章 水精混沌編
17話 外へ
王館に上がって早十年。初めて王館の敷地外へ出ることになる。
いつも中で過ごしている王館を改めて外から見上げる。黒塗りの壁が
「雫、行くぞ。忘れ物……置き忘れたものはないな?」
「あ、うん。昨日から増やしてないよ。……えっと」
どっちへ行けばいいんだっけ? キョロキョロとあたりを見渡すが出口はどこだろう。美しい中庭には色とりどりの花が咲いているが、今はゆっくり鑑賞している場合ではない。
「こっちだ」
淡さんから離されないように中庭を抜けていく。池に浮かぶ水連、白い
僕がそんなことで悩んでいるとは気づかないまま、淡さんは振り向かずに僕に言う。
「王館は全部で五つある。雫が普段過ごしているのは、黒塗りの水の王館だからな、迷ったらとりあえず黒い建物を探せ」
何だか気が遠くなってきた。今の王館だけだって広くて、掃除とか掃除とか掃除とか大変なのにそれがあと四つだって? 今までうっかり王館から出ようとしなくてよかった。出たら確実に迷って
急に
「これはこれは。水門からお出掛けですか? ごきげんよう、
「淡≪あわ≫・雫。水理王並びに火理王の許可を以て通るぞ」
「……はっ。かしこまりました」
何か門番と話しているようだがよく聞き取れなかった。門番が何か言ったのを淡さんが
「雫行くぞ。今日中に実家に行くなら少し急がないとに夕方になっちまう」
二人で片側だけ開けられた黒塗りの門をくぐった。
ところで僕の実家への行き方を
僕の実家と言っても僕の本体はなくなってしまったので、母上の河が僕の実家といえるだろう。このまま一時間ほど歩けば、細い川にでるのであとはその川を辿って行けば、そのうち母上の河に着く。時間は……まぁ、三日も歩けば着くんじゃないだろうか。今回は船で行くから、一日で行けるそうだ。
二、三分歩いたところでふと思った。
「母上にお土産を用意すればよかったなぁ」
僕が用意できるものなんてタカが知れてるかもしれないけど、ちょっと手土産みたいなものがあったらよかったと出発してから思う。
すると淡さんが足を止めて僕を振り返った。
「それなら……到着が夜でもいいなら、
「
さっきから
でも『知らないことを知らないといえる素直な気持ちは大切だ』と以前、
「精霊が集まって、自分の管理する本体で収穫したものなんかを交換し合っているところだ。あまりのんびりは出来ないが、せっかく外に出たんだから見ていくのもいいかもな」
「交換って言われても僕何も持ってきてないよ」
僕の愛用している鍋とか掃除道具とかすべて置いてきてしまった。持ってくれば何かと交換できたかもしれない。ちょっと失敗した。
「物がなければ金でも平気だ。
「かね? 鐘? 貰ってないよ」
「ちょっとアクセントがちがう気がするから、たぶん間違ってるぞ。こういうの渡されてねぇの?」
淡さんが自分の服のポケットから金属の丸い板を一枚取り出した。あ! それなら!
「それなら何かに使うかも知れないから持っていきなさいって……えーと……ほら!」
腰に結んでいたので、重さで結び目がちょっときつくなってしまったが、なんとか外して
「…………うわ。引くわ。どんだけ持ってんだよ。五十金貨とかないわ。どんだけ親バカなんだ」
「僕の母上はバカじゃないよ」
ちょっとムッとして答えるが、淡さんは首を振った。
「お母上のことじゃねぇよ、気にすんな。そんだけあれば結構いいものと取り替えてくれるぞ」
「何か心配になってきた……やっぱ俺が預かるわ、貸せ」
「うわぁ!! すごい!!」
市につくと、ものすごい混み方をしていた。
「今日は木行日だから、木精が品を出してるはずだな。道の両側で品を並べているのは皆木精だ」
「市の日が決まってるの?」
混雑に流されないように淡さんの目立つ赤い髪からはぐれないように気を付ける。淡さんが振り向いて僕の腕をつかんだ。
「はぐれないように気を付けろ。ここで迷ったら市が閉まるまで会えないと思え。日行日じゃなくて良かったな。日行日なら全属性が市を出すからこれの五倍は混んでたぞ」
淡さんの説明によると……
火行日は火精の市の日で、水行日が水精の市、木と金と土はそれぞれ木精と金精、土精の市で、日行日は全属性の日だそうだ。ちなみに月行日はお休みらしい。
「まぁ、いつも同じやつが構えてるとは限らないけどな。さて、何を見るかだな。木精が出しているものというと、花とか果物とか、あとは机とかの家具なんかだけど、鞄に入らないものはやめておけよ」
「う……うん」
なんとなく返事はしたけど見てみないことにはよく分からない。
淡さんの言うとおり果物や花を並べている所が多い。母上は色とりどりの花も甘酸っぱい果物も好きなはずだが、せっかくだから何か形に残るものを贈りたい。
「いらっしゃいませ~。あなたのかわいい方にお花を贈りませんか?」
「いらっしゃい!! 椀・皿・匙・もろもろ! 漆塗りなら是非こちらへ!」
「お兄ちゃんたち! ちょっと見ていかないかい!?」
淡さんが両脇からかかる声をうまくかわしてくれる。
「そちらの火精の坊っちゃん方、寄っていきませんか?」
斜め右の方から静かだけど真っ直ぐに通る声がした。僕らは水精なんだけど、僕たちの方を見ているから間違いなく僕たちに声をかけている。
あ、
茶色の髪に緑の帽子を被った姿勢のいいおじさんがニコニコしながら話しかけてきた。
「ようこそ、火の坊っちゃん方。見ていってください」
「こんに」
「水精だ、間違えるな」
あ、やっぱり間違われたのが嫌だったんだ。
僕が挨拶しようとしたのを遮って淡さんが否定の言葉を入れた。
「水精……? あ、本当だ。こちらの坊っちゃんは水精ですね。失礼しました。上等の
「もういい、ここの品は何だ」
木精のおじさんは淡さんの圧力にめげずにニコニコしたまま品物を見せてきた。
「私どもはですね、竹で作った小物を取り扱っております。こちらの竹の皮で作られた紙入れなどは水精の坊っちゃんにお似合いかと思いますが、いかがですか? そちらの火精のお」
「買うのはこいつだけだ、俺に話を振るな」
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