第9話 読書家失格
「暇だなあ~」
「本当それ」
食堂で俺とテニサーの部員たちは何をするでもなくだらだらと時間を過ごしていた。トランプで遊ぶ部員、パソコンを開いて動画サイトであるマイパイプを見ている部員、音楽を聴きながらスマホを見ている部員、様々だった。
「あ、そういえば昂輝これ見てみてよ?」
「ん?」
花木がスマホで何かを検索すると、俺に見せて来た。俺は花木とスマホをのぞき込んだ。
「これ超エモくない?」
最近流行りのダンスをする男女の姿が、そこにあった。最後に皆で顔を見合わせ、馬鹿笑いして動画は終わった。
最後に笑うところまで動画を編集したのは、私たち笑えることしてるでしょ、というポーズなんだろう。真面目にやってるわけじゃないんだよ、と、そう言外に示すための行動。真面目にやるなんて馬鹿げてると、そう言われたような気がした。
紗子ちゃんと会う時に昔のスケッチブックを持って行ったことを思い出した。
「分かる~!」
間髪を入れずに、言う。
「これ私と昂輝でやらない?」
「いや、ダンス覚えてないよ」
ぺし、と突っ込みを入れる。
「いいんだって、こんなの適当で。じゃあ元の動画見せるから一緒にやろ?」
「分かった分かった、分かったから!」
花木に押されるようにして、俺は元の動画を見た。誰がこのダンスをやって、どういう意図で発信して、何の意味があるかなんて関係ない。
「じゃあカメラセットするから昂輝練習してよ」
「うぃ~」
何の思い入れもないダンスの振り付けを覚える。
「適当に覚えたら私に合わせてちょ」
「オッケー」
俺は隣で踊る花木に合わせて体を動かす。
そうそう。これでいいんだよ、俺の人生は。こうやって日々楽しく過ごす方が俺には合ってる。努力だとか夢を追うだとか、そんなくだらないことに時間を割く奴ほど馬鹿じゃない。
俺は覚えたてのダンスで、目一杯剽軽に演じてみせた。
花木たちと別れ、俺は昼食を買いに生協までやって来ていた。
「お」
生協ショップの中で、一人だけ明らかに浮いた女がいた。纏う空気が違う。宮戸だ。やはり宮戸は容姿容貌だけは、誰よりも優れている。宮戸は文庫本コーナーで大量の本と対峙して、そこにいた。
「やっほー、宮戸ちゃーん!」
「……」
声をかけるが、黙殺される。
「おーい、宮戸ちゃーん!」
「……」
隣で体を揺らしながら言うも、反応されない。手をぶんぶんと振っても、宮戸の視界に入るように小さくジャンプしても何も反応しない。
「……宮戸さーん」
「何」
なるほど。ちゃん付け禁止令が今でも出ていたわけだ。
「ごめんごめん、そんなに怒らないでよ宮戸さん。ついちゃん付けで呼んじゃうのは癖だからさ~」
「ああ、そう」
反応が薄い。宮戸は一冊の本を手に取った。
「あ、そういえば宮戸さんは小説が好きなんだったね。どれかお勧めとかある? 僕も本を読むのは好きでさあ」
嘘だ。本なんて全く読まない。宮戸の趣味嗜好に合わせれば、自然と仲良く出来るだろうという考えだ。相手の趣味嗜好に合わせていくのは恋愛の基本だ。紗子ちゃんの時と同じやり口。
「ならこの本棚の中でどれか好きな作品があるのかしら? 教えてくれる?」
「えー……」
挑発的に、宮戸は言う。
「……」
名前だけは聞いたことがあるが、一冊も知っている本はなかった。
「くだらない嘘は止めて」
宮戸はもう一冊本を手に取ると、レジへと向かった。俺はレジの出口に先回りする。宮戸が精算を終えると、俺はまた宮戸の隣についた。
「いやあ、ごめんごめん。宮戸さんと仲良くなりたかったからさあ。でもこれから本を好きになったっていいだろう?」
「そんなことを言っている人間が本を好きになる訳ないでしょ。そんな簡単には人間は変わったりはしないわよ。自分を見つめ直しなさい」
目も合わせずに、宮戸はすたすたと歩いて行く。
「えぇ~、そうかなあ。あ、そうだ、宮戸さん、ついさっき今流行ってるダンス覚えたんだけど一緒に動画とか撮らない? 宮戸さんほどの美人が躍ってる動画とか絶対バズると思うんだ~」
「……」
死んだ魚でも見るかのようで宮戸はこちらを見て来た。ああ。思い出した。俺が学祭の絵を出した時の同期と同じ目だ。
「大丈夫大丈夫、結構僕も踊れるようになったからさあ。一緒にやってくれない?」
「うるさい」
一喝。
「何が嫌なの宮戸さん? 絶対楽しいって~。宮戸さんはまだこの楽しさに気付いてないだけだよ」
「黙ってって言ってるでしょ」
ぴしゃりと言われる。
「私はあなたみたいな軽率な人間が嫌いだわ。近寄らないで欲しい」
心底見下した目で見られる。
「流行り流行りってうるさいのよ。流行りに乗っかってるあなたほど無個性な人間はいないわよ」
俺が、無個性?
「他人の生み出したものに乗っかって私を誘ってこないで。前も言ったわよね。次はないわよ」
そう言うと宮戸は立ち去った。
「……」
またかよ。俺はただそう呟くことしか出来なかった。
「あ~、花蓮ちゃん暇~」
「そうだね~」
夜、俺は花蓮ちゃんとまたこの誰も来ないコンビニで暇をしていた。
「花蓮ちゃん、飲みだけど次の土曜日でおっけー?」
「あ、うん大丈夫。今度の土曜日に行くね」
店の掃除をしながら、花蓮ちゃんは言う。
「そういえば花蓮ちゃんって部活とかサークルとかって何入ってるんだっけ?」
「ん~、部活とかは特に」
「えぇ、本当に!?」
驚いて変な声が出た。
「大学生なのにサークルとか入ってないのかい!? どうして!?」
「え~、だって面倒くさいも~ん」
「いやいやいやいや。別に大学のサークルに入ってないから人生の半分損してるとまでは言わないけどさ。大学生活の半分以上は絶対損してるよそれ!」
「ん~、それにうちあんまりお金ないし……」
「そっ……か」
なるほど。それなら確かにバイト生活に勤しまなければいけないかもしれない。飲み会で金を消費してるからバイトしてるわけじゃなくて、お金に困ってるからバイトしてたのか。知らなかった。
「でもたまに顔出すためのとことかあった方がいいんじゃない? それにほら、講義は代筆してもらえばほとんど行かなくても済むでしょ?」
「代筆とかはしないかなぁ……」
「……」
なんでお前らはそんなに真面目なんだよ。なんで真面目に講義なんて受けてんだよ。馬鹿らしいんだよ。
「ほら、代筆しちゃうと講義の内容分からないままだしさ! 講義は出来るだけ自分で受けたいなぁ……とか」
花蓮ちゃんは尻すぼみにそう言った。
「そっか……」
俺は何も言えなかった。
「あ、いらっしゃいませー!」
来店を告げる音と共に花蓮ちゃんはレジに立った。何故だか、自分自身がひどくみじめな人間になった気がした。
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