第8話 ゲーム会議失格
ある昼下がり、俺は紗子ちゃんと約束をして、大学構内のベンチで待ち合わせていた。ベンチと共に木製の大きな机が設置されてあり、人の往来も少ない。人目につきにくいこの場所は大学内でも中々穴場のスポットだ。
「あ、お待たせしました」
「お、紗子ちゃんこっちこっち~!」
ノートパソコンを持った紗子ちゃんがぱたぱたと歩いてくる。小動物っぽくて可愛い。
「すみません、遅れました」
「いいよいいよ別に。僕が来たくて早く来ただけなんだから」
紗子ちゃんは、はあはあと息を切らしながら額の汗を拭う。汗を拭い視線を落としたと同時に、俺が持っているスケッチブックを見た。
「あれ……生島さん、そのスケッチブックはなんですか?」
「あぁ、これ? いやあ、前紗子ちゃんに言われてから絵を描く面白さを思い出しちゃってさあ。最近はここらへんで適当に絵描いてるんだ~」
あはは、と笑いながら頭をかいた。
俺は別に君に近づくために絵を描いている訳じゃないんだよ、元々絵を描くのが好きなんだよ、というポーズでもあった。下心で近づいたわけじゃないんだよ、という免罪符のつもりで持って来た。
「す、すごいです。見ても良い……ですか?」
「あぁ、いいよいいよ。どうぞどうぞ」
俺は紗子ちゃんにスケッチブックを渡した。こうなることも織り込み済み。見せることも想定して、少し古い、既に半分以上使ったスケッチブックを持って来た。このスケッチブックを持つのは一体何年ぶりだろう。大学に入る前はよく描いていたんだけどな。
「すごい……」
紗子ちゃんは一心不乱にスケッチブックをめくり、目をきらきらと輝かせながら絵を見ている。
「私は絵が描けないんで、絵が描ける人凄い尊敬します。生島さん、すごいです……」
「いやあ、そんなことないよ。昔取った杵柄ってやつだよ。僕も紗子ちゃんみたいに色んなパソコンの知識とかないしねえ。あ、そういえばあと――」
俺は鞄からUSBと、着色済みのイラストを出した。
「これ、はい」
「え、これ……」
「そそ。前紗子ちゃん小城木紅羽驚き? って書いてある棒人間のやつあったでしょ? あれ、僕なりに解釈して描いてきたんだけど、見てくれるかな?」
「えええええぇぇぇぇ! 本当!? 嘘!? いいの!?」
「いいよいいよ」
あはは、と紗子ちゃんに合わせて笑う。興奮しているからか、喋り方が砕けている。
「すごいすごいすごいすごい! 生島さんこれ何で色塗ったの!? 上手すぎ!」
「パソコンでやったよ。色とか塗る用のツールも持ってるからねぇ。あまり時間かけてないからまだ粗だらけかもしれないけどねえ」
またやってしまった。俺はいつもこうやって自分のやることなすことに保険をかけて、傷つくことを恐れる。俺が全身全霊でやったことなんて、今までないのかもしれない。
「そんなことないよ! 生島さんすごい! これ使ってもいいの!?」
「どうぞどうぞ。というかそのために持って来たからね。ちょっとでも紗子ちゃんのゲーム作りに貢献出来たら僕も嬉しいよ」
「やったあぁ! ありがとう生島さん!」
俺のあげたUSBとイラストを持ってぴょんぴょんと跳ねる。可愛い。
「その代わりといっちゃなんなんだけどさ」
「……?」
紗子ちゃんは小首をかしげる。
「紗子ちゃんが作ってるゲーム、どんななのか見せてもらってもいいかな?」
「え――」
そこで目に見えて分かるほどに、紗子ちゃんの顔が真っ赤に染まった。
「えっと……私が作ってるゲーム……ですか?」
「そそ」
「えっと、恋愛シミュレーションゲームなんですけど、それでもいいですか?」
「いいよいいよ、見たい見たい!」
そういえば初めて会った時も画面を見ようとしたら恥ずかしがってたなあ。宮戸はその反面何も恥ずかしがることがなかったな。まあ結局紗子ちゃんも見せてくれるんだけど。
ちら、と宮戸の顔が脳裏をよぎった。
「えっと……私恋愛とかしたことなくて。嘘みたいな恋愛なんですけど、それでもいいですか?」
「大丈夫だよ紗子ちゃん。そんな笑ったりしないよ~」
卑屈だな。イライラする。
「じゃあ、ちょっとずつ動かしていきますね」
というと、紗子ちゃんはノートパソコンをいじりだした。意味の分からないアルファベットの羅列がずら、と画面に出てくる。
「わ~、ちょっと何書いてるかわかんないや」
「今使ってるのは結構初心者の人にも使いやすい奴なので生島さんも出来ると思いますよ!」
俺の言葉を聞いた紗子ちゃんが、期待の目で俺を見てくる。プログラミング勉強してるなんて言うんじゃなかったな。面倒くさい。
「まあまだその時じゃないかな~。今はパスかなあ」
「そうですか……」
露骨にしゅんとする。自分の好きなものを他人がやってくれたらそれは嬉しいだろうね。でも、俺は大学に入ってまでそんな勉強まがいな事はしたくない。
「じゃあ動かしますね」
紗子ちゃんがかちゃかちゃとパソコンを動かすと、画面が変わった。
「おっ!」
画面の中央にでかでかと【恋愛シミュレーションゲーム ~華の学園編~】と映る。だっせえタイトルだ。
「へ~、これが紗子ちゃんの作ったゲームか~。面白そう!」
「あ……あはは」
照れているのか、紗子ちゃんは苦笑して誤魔化した。
「で、でもまだストーリーのつながりがよく出来てないんで、画面の遷移くらいしか出来てなくて……」
「へぇ~。やってみて?」
「は、はい」
キーを押すと、画面がポンポンと変わる。告白編だとか出会い編だとか、色んな文字が画面に表れては消えていく。イラストが一枚もないからか、あまり見ごたえはなかった。
「これで終わりです……」
「なるほど~、すごいね紗子ちゃん」
エンディングに突入したところで、紗子ちゃんは手を止めた。
「ちょっと生島さんに貰った絵を挿し込んでみますね」
「お願い~」
俺があげたUSBを差し、俺のイラストが出て来た。
「やっぱり生島さんの絵、お上手ですね」
「いや~、そんなことないよ~」
「じゃ、じゃあイラスト差し替えてみますね。画像サイズを変更して入れてみます」
また同様にして謎の文字を打ち込み、紗子ちゃんは黙々と作業を続けた。
「で……出来ました!」
「お、出来た~?」
暫く時間がかかるということだったので、絵を描いていると、隣から紗子ちゃんに声をかけられた。
「じゃ、じゃあやってみますね」
「よろしく~」
先ほどと同様に紗子ちゃんが画面を動かしていく。出会い編とか学園編とか色んな文字が質素なイラストと共に映る。
「つ、次が生島さんのイラストのシーンになります……」
紗子ちゃんの手が震える。えい、と小さく言いながら次の画面に移った。
「「お……おおおおおぉぉぉ!」」
画面に映るイラストとセリフを見て、俺と紗子ちゃんは同時に声を上げた。
「凄い! 凄いよ生島さん! これ見て! 本物みたい!」
目を輝かせながら画面を指さし、腕を振る。子供みたいだ。
「いやあ、すごいねえ。僕のイラストがちゃんと使われてるようで感激だよ」
「ありがとう! ありがとう生島さん!」
ぶんぶんと両腕を振って喜びを表現してくる。
「でも絵があるだけで随分印象も変わるもんだね~」
「生島さんの絵があってこそですよ!」
「そうかな~」
何度も何度も称賛を浴びようとする俺の姿が、そこにはあった。
「じゃあさ、他のシーンも描いて持って来ようか?」
「え、い、いいんですか!? 本当に!?」
「オッケーオッケー。僕も最近絵また描き始めたし、リハビリ代わりにも是非描かせてよ」
「や、やったやった! ありがとうございます! ありがとうございます!」
小さな体を目一杯動かし、ぶんぶんと頭を振る。
「じゃあ一緒にこのゲーム作ろうね」
「は、はいっ! よろしくお願いすぃます!」
「あはは、噛んでるよ紗子ちゃん」
「――!」
顔を真っ赤にして手で覆う。
「じゃあ紗子ちゃん、これからよろしくね」
「はいっ! 生島さん!」
俺は紗子ちゃんに手を差し出し、握手した。ぶんぶんと手を握って笑う彼女は、本当に美しかった。
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