第10話 取引失格


「え~、では今日の講義を終わります。今回の課題はデートプランを考える、です。次の講義は私の都合で休みなので、来週の講義までに各々デートプランを紙に書いて提出してください」

 俺が唯一まともに来ている講義、コミュニケーション研修が終わった。また今日も訳の分からないテキストを読まされて、コミュニケーションのやり方の座学なんてものを学んだ。まともに講義に打ち込まなかったから何を言っていたのかもう覚えていない。

 が――

「宮戸ちゃん、聞いてたかい、次回の課題?」

「……」

「宮戸さん、聞いてたかい、次回の課題?」

「デートプランを考える、よ」

「そうそう!」

 講義終わりに出された課題だけは聞いていた。デートプランを考えるなんて、まさしく今の俺に必要だった課題だ。

「それで宮戸さんさ、一緒にデートプランを考えないかい?」

「嫌よ。気持ち悪い」

 あえなく一蹴。

「いやさ、デートプランなんて言われても僕はピンとこないからさ、宮戸さんみたいな美人な人にその極意を教えて欲しいなあ、という率直な願いだよ」

「もう次の専門講義があるから」

 そう言うと宮戸は立ち上がり、またいつものように俺の下を離れた。

「……じゃあ、もう一つ宮戸さんに手伝って欲しいことがあるんだけど」

「はあ……」

 大きくため息を吐くと、またいつものように不機嫌な顔で俺を見る。

「あなた前言ったこと学習してなかったの? もう少し謙虚になったらどうかしら。私があなたに付き合う義理はないと言ったはずよ」

「他人に乗っかってるなら……だよね?」

「……」

 無言。

「今回は違うお願いがあるんだよ。宮戸さんにゲームのシナリオを作って貰えないかな……と」

「……は?」

 宮戸は歩きながら、不機嫌そうな顔を一層不機嫌にした。

「宮戸さん、次は専門講義なんだよね? 僕はここで待っとくから講義が終わったら来てくれないかな?」

「……」

 迷っているのか、足を止めた。

「じゃあ少しだけ見てあげるわ。あなたのその虚妄に満ちた言動に乗ってあげる」

「あはは、ありがとう」

「私は昼休みから先、講義がないわ。昼休みに食堂で私を見つけなさい」

「分かったよ、ありがとう」

「それじゃ」

 そう言うと振り返りもせずに、宮戸は行った。

「……ふう」

 まさかここまで上手くいくとは思わなかった。紗子ちゃんとやっているゲームのシナリオを頼めば俺の話を聞いてくれるかもしれない、となんとなく思っただけだったが、少し予想外だった。

 だが、そう思うと同時に、紗子ちゃんと一緒にやっているゲーム制作を宮戸と会うための口実に使ったような気がして、宮戸と仲良くなるための道具としてゲーム制作を使ったような気がして、罪悪感で胸がちくりと痛んだ気がした。

 


 

 昼休み、俺は食堂に来ていた。幸か不幸か、主にサークルの部員が集まるのが四階の最上階で、食事を取るのが二階なので、同期と鉢会わすことはほとんどない。

 俺は二階の食堂で宮戸を探していた。きょろきょろと見渡してみると、端の席で一人ぽつんと食事をしていた。

「やあ宮戸ちゃん」

「……」

「やあ宮戸さん」

「そろそろ学習しなさい」

 返事が来た。何度話しかけてもちゃん付けで呼ぶことをよしとしてくれない。ああ、面倒。

「いやあ、まさか宮戸さんが来てくれるとは思わなかったよ。ゲームのシナリオライターとして是非力になって欲しいと思ってたんだあ」

「嘘ならもう二度と私に話しかけないでね。そして、半径二キロ以内で息をすることも止めて」

「もちろんもちろん、僕は宮戸さんの力を借りたかっただけなんだから!」

「あなたがゲーム制作ね……」

 宮戸は水を飲んだ。コップのふちに着いた口紅を軽く拭く。良い女だ。

「これを食べ終わったら私は一度部室に帰るわ」

「ああそうなの。何かシナリオを作るのに必要なものを持って来るのかい?」

 にこにこと笑顔で問う。が、反面、宮戸は眉根を寄せ上げ、俺を射すくめた。

「別に私はまだ手を貸すとは言っていないわよ。あなたの作ったゲームがシナリオを作るに値するかどうか見極めてから。話はそれからよ」

「はーい」

 何様のつもりだよ。お前に一体どれだけの権力があるんだよ。

「あ、ちょっと訂正させてくれないかな。僕が作ったゲーム、じゃないね」

「……は?」

「ゲームを作ったのは僕じゃあないんだよ」

「……」

 宮戸は荷物をまとめて帰ろうとした。

「ちょちょちょちょ、ストップストップストーップ!」

 俺は宮戸を押しとどめる。

「僕はイラストレーターとして関わってるって訳だよ」

「……そういうこと」

 宮戸は腰を下ろした。危ない所だった。

「そうそう。ゲームを実際に作ってるのは僕の友達。友達がシナリオで悩んでるみたいだから誰かいないかなあ、と。そこで宮戸さんに白羽の矢が立ったわけだよ」

「理解したわ」

 宮戸は水を飲みほした。

「じゃあ私は部室に行くわ。その後どこに行けばいいのかしら」

「あ、じゃあ僕も部室に行っていいかな? シナリオを担当してくれるかもしれない宮戸さんが普段どういう所で小説を書いてるのか気になるんだよ」

「……あ?」

 座っている俺を、宮戸は真上から見下ろすあらため見下す。

「お願い!」

「……勝手にしなさい」

 すりすりと手を合わせてお願いすると、失望まじりのため息を吐きながら、なんとか許してもらえた。小説を書くとも言っていたし、案外創作することを質に取れば大抵のことは許してもらえるのかもしれない。そんな醜い欲望をこしらえたまま、俺は宮戸について行った。



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