第5話 部会失格
翌日――
「じゃあ今から部会始めまーす」
「うぃーーー」
週に一度の部会、俺たちはいつものように最上階の食堂の席を占領しながら、部会の連絡を聞いていた。
部長が連絡事項を話しているが、何も頭に入らない。こういう連絡事項だとか前置きだとかは、どうせ聞いても聞かなくても何も変わらない。何の意味もない無駄な言葉がつらつらと流れているだけだ。
「じゃあ次、文化祭のPRの絵が今日期限だけど――」
「……」
俺は食堂に来る女の子を適当に見やる。お、あの女の子は可愛い。お、あの女の子はちっちゃくて愛嬌がある。お、あの女の子は乳がでかい。そんななんでもないことを考えていると、不意に肩を叩かれた。
「昂輝、学祭のPR絵持って来た、って?」
「ん……? あ、あぁ、勿論」
るかちんが心配そうな顔で俺を見た。
「じゃ、これ」
「さんきゅ」
俺はPR絵をるかちんに渡した。
「さてさて、昂輝はどんな絵を描いてんの~?」
るかちんは折りたたんであった用紙をその場で広げた。
「…………ぇ」
PR絵を見たるかちんはその場で固まった。
「え、昂輝が絵描いたの? なになに、見せてよ!」
その一言を皮切りに、他の部員たちが集まって来た。
「え、俺も見たいんだけど」
「俺も俺も」
「え、ちょっと私にも見せてよ!」
「見たい見たい!」
多くの部員たちが声をあげる。が――
「…………」
「……ん」
「…………へぇ」
「これ昂輝が描いたのか?」
「……」
「は……はは」
俺のPR絵を見た部員たちは、途端に押し黙った。嫌な汗が背中を流れ始める。
「これが昂輝が描いた絵なんだ……そうなんだぁ……」
抑制しきった、冷え切った感想。そこに称揚も賛辞もなく、ただただ軽蔑しかない。
「こんな絵描くんだね……はは」
女が一言、どうにかこうにか絞り出したような感想を言う。まずい。冷や汗がぶわっと噴き出す。
やった。やってしまった。
即座に、直感した。こんなに分かりやすい反応はない。
「あ……あはは……」
やって、しまった。
眼前に広げられたのは、一枚の絵。可愛い女の子が夢中でご飯を食べている、そんなイラスト。普段ならこんなことにはならないだろう。だが、今回ばかりは場所が悪かった。先日、取柄の少ない俺の唯一の長所を褒められたことで、つい舞い上がってしまった。頑張って描けば皆も褒めてくれるかもしれないと、そう思ってしまった。それがまずかった。それがいけなかった。
同期は死んだ魚でも見るような目で俺を蔑み、俺は顔を上げることも出来ない。分かっていた。こうなることは分かっていた。でも俺は自分を止めることが出来なかった。もしかしたら紗子ちゃんみたいに喜んでくれるんじゃないか。もしかしたら紗子ちゃんみたいに目を輝かせてくれる人がいるんじゃないか。そう思ったのが、まずかった。
こいつらは、人が頑張る姿が大嫌いだ。俺と同じく、努力して何者かになろうとしているような人間が大嫌いだ。叶わない夢を追うような輩も、何かに真剣に打ち込むような輩も見たくない。自分が努力することを放棄したからか、自分に対するあてつけのようにすら見えてしまう。俺はそんな『叶わない夢を追うあわれな人間』の役目を今背負ってしまっているわけだ。
るかちんを見る。ぴくぴくと口端が動いている。あいつらが紗子ちゃんを見る時と同じ目だ。大粒の汗が滴った。どくどくと早鐘のように心臓が鳴る。いつもは全く気にもならない心音が、まるで耳の横で実体を持っているかのように聞こえる。
俺はぶわ、とかいた冷や汗を拭い、
「いやあ、だよねえ! まさかこんな絵が描かれてるとは思いもしなかったよ」
あははははは、と笑い、絵の描かれている紙を手に取った。
「締め切り直前まで描いてなかったから特急で知り合いに描いてもらったんだけどまさかこんな気持ち悪い絵が描いてあるとは思わなかったなあ~。いやあ、ごめんごめん」
頭をかきながら、皆に向かって軽く頭を下げる。サークル仲間は数瞬静まり返った。
そして、
「だよねぇ~! いやあ、昂輝がこんな気持ち悪い絵描くわけないよねぇ! でも知り合いに描かせるとか昂輝ほんと鬼畜~~。ていうか自分で描くのが面倒くさいからってこんな絵描くような奴に任せちゃダメじゃんちょっと昂輝~」
「あはははは、ほんそれ。友達選べよ~」
「こんな絵、俺らのサークルの看板とかなったら辞めるわ」
「あははは、いやあ、ごめんごめん。まさかこんな絵になってるなんて」
俺は手の中の紙をぐちゃぐちゃに丸めて、適当に鞄の中に入れた。るかちんは新しい紙を俺に渡した。
「ちょっと昂輝、でもどうすんのよ~、また学祭実行委員に待ってもらうことなんじゃ~ん」
「いやあ、大丈夫大丈夫。今から描くからさ」
「ほんとしっかりしてよね昂輝」
「じゃあ昂輝は部会中にそこで絵描く罰な」
「早くしてよ~もう~」
同期言われた俺はいやあ、かたじけないかたじけない、と言いながら席に着いた。
結局、可もなく不可もない、上手くも下手でもない凡庸な絵を描いて、最近流行りの芸人の決め台詞を添えて出した。同期からは大好評だった。
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