第4話 花見失格


 大学の講義をさぼったある日。家でゲームも飽きたので、あてもなく構内を練り歩いていると、大学の敷地内の桜の木の下で、同期が何人か集まって花見をしていた。俺は即座にそちらに向かって小走りで行く。

「うぇーーーい、皆こんな所で何してるんだい?」

「あ、うぇーーーーい、昂輝じゃん。今テンションぶちあげ中。昂輝もこんなとこで何してんの」

 山田が俺に顔を向けた。

「ああ、ちょっと徘徊をね」

「じじいじゃん」

 山田は自分で突っ込み、自分で笑った。

 その様子を見て、今度は花木が話しかけて来た。

「ちょ、皆見てぇ! 今日の昂輝ちょっと私服ダサい~」

「うっせ、綾も今日の化粧濃いわ!」

「はぁ~!? ナチュラルだから~」

 有象無象の部員たちと適当に話す。やっぱり、大学生活はこうして楽して遊ぶのが一番いい。

「ところでるかちん、こんな所で何してんの?」

 再度、山田に訊いた。

「いや、どうみても花見っしょ! 昂輝ほんと草」

 バンバンと俺の背中を叩いてくる。

「うるせ。新入生の花見パーティーはまだもうちょっと先じゃなかったかい?」

「たまたま食堂で花見の話になったから、じゃあ今から行かね? って話になったわけ」

 山田は酒を煽りながら、焦点の定まらない目で話す。どうやら相当酒が入っているようだ。

「いや、じゃあ教えておくれよ! るかちんは薄情だなぁ~」

「いや、めっちゃ連絡したし」

 からからと笑う。

「嘘」

 スマホの電源をつけてみると、十件もの通知が来ていた。

「ごめん、通知切ってたよ」

「うっぜーーーーー!」

 軽く目をすがめ、空で手刀を切る俺に、山田は蹴りを繰り出す。あははは、と俺は笑った。

「でさ、でさ、そういえば私連絡しなきゃいけないことあったんだよね~」

「連絡事項?」

「そそ。んーとさ、なんか学祭に出店する料理のPRしろって話。そのPRに絵描かなきゃなんだけど、昂輝その担当じゃね?」

「あぁ~~……」

 思い出す。飲み会で軽率に引き受けてしまった、学祭の広報担当。

「それ学祭のパンフレットの店舗情報に載るから、マジめんどいと思うけど、出来たか訊いといたわけ」

「出来てないね」

 完全に忘れていた。

「えっと、いつが締め切りだったかな?」

「明後日だけど」

「ごめん、締め切りも忘れてた」

 舌をちろりと出して、おちゃらける。

「ちょっとぉーー! ちょ、マジ早くしてよ! これは売上にも関わる大事な事なんだから、次の部会でちゃんと持ってこいし! 私が学祭係りなんだから! マジない」

「おっけー。いやぁ、ごめんごめん」

 適当に謝り、そのまま俺も花見に参加した。

 あんな軽はずみに学祭の広報担当なんて受けるんじゃなかったな。無駄に時間を奪われる。俺は学祭のPRのことを頭の片隅に置きながら、酒を飲み、乱痴気騒ぎを楽しんだ。

「昂輝ぃ~、飲んでるぅ~? いぇ~!」

「飲んでる飲んでる~」

 宴もたけなわ、桜なんて二の次になった宴会場で、山田が俺に肩を組んで言ってきた。

「ねぇねぇ昂輝ぃ、これで今日終わるのもつまんくな~い?」

「ほんそれ」

 その場で花木と肩を組んでいた安藤が言った。

「これからまたどこか行きたくね~?」

 安藤の言葉に反応して、山田が言う。

「あーね。分かる」

「待って、ちょっと笑える」

 話が通じているのか、酒の入った安藤と花木が返答する。こいつらも大分酒入ってるな。

「皆聞いたぁ~? 昂輝がどっか行こうぜ、だってぇ~!」

 山田が周りの部員に顔を向ける。

「「「うぇーーーーい!」」」

「昂輝いいこと言うなぁ、マジ!」

 安藤が俺にも肩を組んでくる。その横で花木が千鳥足になりながらついてくる。

「昂輝の傲りで寿司でも食いいくかぁ~?」

「「「うぇーーーーい!」」」

「ちょ、止めろよ瑛士! 今金欠なんだってマジ!」

 安藤の無茶に呵々大笑する。

「じゃあ男気で寿司食い行くかぁ? おーい! これから男気で寿司食い行かね~?」

「やれやれー!」

 山田が賛同する。

「いやいや、飯食ったのになんでまた寿司行くのさ! ラクワンでいいんじゃないかな?」

「ラクワン全然あり!」

「それ超いいじゃん! ありよりのあり」

 さすがに今こいつらの分を全額払わされることになったら経済的にヤバい。別案として、俺はラクノウワンを上げた。

「これからラクワン行かね~!?」

 山田が参加者を募り、その場のほとんどが手を上げた。

「はい決定―! じゃあ皆撤収してラクワン行きま~」

「おーーー!」

 俺たちはラクノウワンへと向かった。


「ねぇねぇ昂輝ぃ、私超あれ欲しいんだけど」

「お、なんだい。言ってみると良いよ」

 ラクノウワンへと来た俺たちはそれぞれ少人数ずつに別れ、俺はユーフォ―キャッチャーへと来ていた。

「あのにわとりのキーホルダーが欲しいなぁ」

 猫なで声で山田が言う。

「任せときなさい! ユーフォ―キャッチャー有段者の僕に取れない訳がないね!」

「さっすがー!」

 山田はぴょん、と小さく跳んだ。しっかりと狙いを定めユーフォ―キャッチャーを動かし、俺はキーホルダーを獲得した。が、

「ひよこのキーホルダーが取れちゃったよ」

 取れたのはにわとりのキーホルダーではなく、ひよこのキーホルダーだった。

「えぇ~、つまんなぁ~い。私にわとりのキーホルダーが良いって言ったのにぃ」

「いやあ、ごめんごめん」

 なんでにわとりにそんなに執着してるんだよ。俺がまた金を入れ、にわとりのキーホルダーに狙いを定めていると、安藤が話しかけて来た。

「俺にわとりのキーホルダー取ったけど、るかちんいるか?」

「えぇ~、マジぃ!? いるいる、絶対いる!」

 結局、山田は安藤が獲得したにわとりのキーホルダーを貰った。

「ちょっとちょっとぉ、ひよこのキーホルダーはどうしたらいいんだい?」

 俺はひよこのキーホルダーを持て余したまま山田に訊いた。

「さぁ? そこらへんに捨てとけばいいんじゃね? どうせ落ちてるのでも欲しい人いるでしょ」

「……なるほどぉ~」

 一瞬遅れて返答した。

返事が遅れすぎれば山田の言葉に反感を持っていると思われる。でも、どうしても先の山田の意見には賛同できなかった。が、そんなことは言えない。非道な事を言うなと、そんなことを言えば俺が逆に弾かれる。

冗談だとは思うが、冗談でもあまり聞きたくない言葉だった。

「……」

 俺は捨てるのも忍びなくて、ひよこのキーホルダーを鞄の中に入れた。

「お前も良いご主人様が見つかると良いな」 

 誰かが丹精を込め作ったであろうデザインのひよこに、俺はそう言った。

「じゃあ次ローラースケート行かね?」

 安藤が打診した。

「行く行くぅ~! じゃあまた九パーの酒飲んで酔いながらローラースケートやりますかぁ?」

「えぇ~やだ~! あれ本当気持ち悪い!」

「あははははは!」

「前、綾もすごい気分悪そうにしてたしねえ」

 はしゃぐ安藤たちと共に、俺は今日も平凡で楽しい日常を送っていた。


 大学は、最高だ。

  

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