カクヨムの世界にようこそ!
篠騎シオン
3月29日、午前11時57分
「はあ、はあ、はあ」
時刻は3月29日、もうすぐ12時になるところ。
俺は必死に走っている。
物語の世界の中を。
「作者様、急いでください。締め切りまであと3分もないですよ!」
サポートAIが騒ぐ声が聞こえる。
ええい、わかってる。
でも、ここのラストが気にくわないんだ。
どうしても、ここだけは直して見せる。
走りながら必死に世界を構築する。
手に持つペンは震え、世界もプルプルと震えている。
それでも、締め切りまでには間に合わせるっ。
左手で震える手を抑え、世界の揺れを修正する。
「これでっ、どうだ!!」
最後の直し、世界の揺れは完全に収まり、綺麗な形となって俺に微笑む。
「よし、OKだ。リンドバーグ、ドアの作成を頼む」
「了解です、作者様」
目の前にドアが現れる。
俺は、そのドアを開け、向こう側へと飛びこんだ。
急いでドアを閉め、右手に持つペンでドアにサインする。
「題名、それにタグっと」
ドアは綺麗なフクロウへと姿を変えるとタグを咥えて、空に向けて飛んで行った。
「ま、間に合ったぁ」
全身の力が抜ける。俺はその場にへなへなと座り込んだ。
「作者様、お疲れ様です。最後の三分でよくあそこまで仕上げましたね。良く書けていたと思いますよ、下手なりに!」
AIであるリンドバーグが俺の顔を覗き込みながら言ってくる。
「下手なりに、かぁ」
俺は、その場にごろんと横になる。
下手、という言葉にはへこまないわけではないが、自分の文章の下手さは理解していた。
今回のカクヨム三周年記念選手権では、運営から提示されるテーマとは別に、カードという特殊能力を持った世界の話を9本書いてきた。ただ、思いのほかPVは伸びない。
ランキングで上位に食い込んでいる、星やハートをたくさんもらえる作者たちを眺めるばかりだ。
「ん?」
マイページ=カクヨムでの俺の家が揺れ、誰かからの反応があったことを知らせる。
「この家の揺れかたはハートか?」
カクヨムには、話数ごとに送れる応援というものと、タイトルごとに送ることができる。ちなみにハートはやさしい揺れかた、星は少しとげとげとした揺れかただ。
俺は部屋の中央にある、閲覧用の椅子に座る。操作盤の上昇のボタンを押すと、椅子の周り1mほどごと、床が上昇していく。リンドバーグも椅子の横に待機し、一緒に上昇した。
マイページは、小さな家だ。平屋建てのまあるい建物。キノコのような感じだ。
そして、コメント、応援のハート、レビュー、星などすべて屋上に届く。
届くというか刺さる。
俺は、さっそく届いていたハートを回収した。
俺が触れると、ハートはきらきらという音を立てて霧散していった。
コメントや、レビューがあればこの時、頭の中に伝わってくるのだが、今回は何もなかったようだ。
「また、コメントなし応援か。嬉しいんだけどさ、でも、なにか伝えてもらえたほうがやる気出るよなぁ」
思わず俺がつぶやくと、元気づけようとしたのか、リンドバーグが明るい声で言う。
「作者様、出してこんなにすぐ読んでくれる読者がいるということは、非常に嬉しいことなんですよ! まあ、すぐにレビューじゃないってところが作者様らしいですけど!」
「うん。君、一回黙ろうか」
このAIはなんだかんだで、俺の心をえぐってくる。
「にしても、屋上からでも、隣の数軒ぐらいの家しか見えないな、なあバーグ。カクヨムって、どのくらいの作者がいるの?」
「えーっとですね、少々お待ちください?」
リンドバーグが空中にいくつもウィンドウを開いて調べ始める。俺はしばらくその様子を見ていたが、ふと俺の頭の中に天才的なアイディアが降ってきて、俺は閲覧用の椅子へと走る。
「いいや、バーグ。直接見に行ってみる!」
「え、作者様、何をするつもりですか?」
俺は、閲覧用椅子の上昇を強く押した。すると、椅子と床はぐうううんと音を出して、上昇を開始する。
「いや、待って!」
すんでのところでリンドバーグが、床に飛び乗る。俺は彼女を抱きとめた。ふわりといい匂いがして、俺はすんすんと鼻を動かして香りを楽しんでしまう。
「作者様……」
そんな俺の不審な動きに気付いてか、リンドバーグから殺気のようなものが放たれる。
「それ以上、匂いをかがれるようでしたら、私は作者様のAIを辞退させていただきます」
リンドバーグの顔を見ると、真顔。真顔、怖い。どうやら、サポートAIとの恋はご法度みたいだ。でも何があろうと、こいつが俺をほめてくれることが俺の支えの一つであることは変わらない。俺は気持ちをそっと心の中にしまった。
そんなことをしている間にも、俺たちはぐんぐんと上昇を続けていた。
俺と同じような家がたくさんある。無数に、見渡す限りに。
家々の間をフォローという名のパイプがつないでいる。
「すごいな、すごい数だ。それぞれが複雑につながってる」
俺の口から思わず感嘆の声が漏れる。
「まあ、もう3年になりますからね。ここも。それだけあれば複雑にもなりますよ」
「そうか。あ、じゃあ、俺ここができたときからいるから、ここでの執筆歴三周年? 紙とペンで必死に書いていた時代が懐かしいよ。」
「今は紙とペンじゃなく、世界を創造するペンで執筆してますからね」
「そうだなぁ。でも、この3年間、あっというまだったかもな」
「三周年おめでとうございます! あ、おめでとうは書籍化した時まで取っておいたほうがいいですか」
「いや、そんな日が来るかもわからないしな。今おめでとうでいいよ」
リンドバーグはどうしてこんなにも俺の心をえぐる一言を送ってくる。そして俺は、なんでこれに快感を覚え始めているんだっ。
「作者様、どうかしましたか?」
ぼんやりしていた俺を気遣ってか、リンドバーグが尋ねてくる。
「あ、いや、なんでもない。あ、そういえばさ!」
俺は、そんなことを考えていたのをばれたくなくて話を逸らす。リンドバーグのことは好きだが、真顔は怖い。真顔、ダメ、絶対。
「ずいぶん上ったけど、書籍化作家のいるエリアはまだ?」
「作者様。書籍化した方たちは上にいるわけではないですよ」
「え、そうなの? 俺は書籍化作家のほうが偉いから、てっきり上にいるものかと」
俺が上を見上げる。そんな俺を見てかリンドバーグは、くすりと笑った。
「別に書籍化作家が偉くて、してない作家が卑しい存在って判断してるわけではないですよ」
「卑しいまでは言ってないけど……」
「ほら、あそこですよ。書籍化された方たちのエリアは」
リンドバーグが指さしたのは、大きな湖の中の島だった。
「この世界ではみんな平等です。ルール上は面白い小説が書ければみんなあそこにいけるはず。でも、いまだにそうなれていないのはルールの改善の余地がありそうですね」
「いいなぁ。俺もあそこに行きたいなぁ」
俺は、楽園のような島を見つめる。
「作者様。あそこにいる人たちもいる人たちで、いろいろな苦労をなされているんですよ?」
うん、それはわかってるよ。でもさ、
「いろんな人に俺の作品、読んでもらいたいんだよね」
「……作者様」
『警告、警告。これ以上の上昇は認められていません。直ちに退去してください』
いきなりアナウンスが流れる。リンドバーグと違う声、ここで初めて聞く声だ。
「作者様! ここ立ち入り禁止エリアです。すぐに立ち去らないと、アカウント停止になりますよ!」
「ええ!」
俺は慌てて、下降を押す。ゆっくりと、椅子が下降を始めるとともに、警告のアナウンスは止まった。
椅子に座り、改めて周囲を見る。
飛び交うハート、☆。
揺れる家々。
一見穏やかな世界に見えるが、パイプが太くつながる家、ほとんどつながってない家、屋根にたくさん評価が刺さっている家、評価が来ないためにさみしく上空を見つめている作者の家。様々だ。
様々な人が、いろんな事情を抱え、ここにいる。
「この中で一番にならないと、あっちの書籍化作家の島にはいけないのか」
それを思うと絶望的な気分になる。周囲には、俺よりたくさん評価もパイプもある家がたくさんだ。俺にその日がやってくることは、たぶんない。
「一番になんか、なれないよなぁ」
「別に二番目でもいいじゃないですか」
「え?」
落ち込んでいた俺にリンドバーグが言う。
「圧倒的な一番は、それはもう書籍化しますよ? でも2番目でも光るものがあれば、運営さんはきっと認めてくれるはずです。もしかしたら、もっと下のほうでもそうかもしれません。作者様、一緒に書いていきましょう」
微笑んでくるリンドバーグの言葉に表情に、俺は、不覚にも泣いてしまう。
「ちょ、ちょっと、作者様、どうして泣いているんですか、もう!」
視界がぼやける。
あれ、涙を拭いても拭いてもぼやけるな。
なんだろう、意識も遠のいてきた。
ピピピピピピピピ
携帯のアラームが起床時間を告げていた。
私、篠騎シオンは3月30日の朝を迎える。
「ううん」
伸びをして、体の凝りを取る。なんだかおもしろい夢を見ていた気がした。カクヨムの世界の夢。
「そうだ!」
私は携帯を取り出して、カクヨム公式のツイッターを開く。昨日、会社の休憩時間に見たKAC10のお題は確か——
「カタリかバーグさんの出てくる物語」
それを再確認した私の顔はにやにやが止まらない。
さあ、書こう。
マラソンもこれで終了だ。
執筆の楽しい時間を思って、私は破顔した。
カクヨムの世界にようこそ! 篠騎シオン @sion
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