第7話






「――…降りてこないわね、キュルル…。どこに行ったのかしら…」


腕を組んでソワソワと歩き回るカラカル。

先ほどまで、みんなにバレないように――耳の良いサーバルには筒抜けだったが――部屋の隅でこそこそとキュルルに謝る練習をしていたが、いつまで経っても姿を見せない彼女にやきもきしているようであった。


フレンズ達は、お互いのことをよく知るために、縄張りが同じ者も違う者も関係なく話し込んでいる。

【いりょうしせつ】から帰ってきたチーターとプロングホーンを始めとする、走るのが得意なフレンズ達も、皆から事情を説明され、各々がしなければならないことを理解したようだった。


「つまんない意地張ってる場合じゃないってことね」

「プライドが高い君も、嫌いではないがな」

「…っるさいわね」


チーターは顔を赤くして悪態をつきながらも、プロングホーンが差し出した手を握り返し、握手を交わす。

その二人の元へ、助手が歩み寄って訊ねた。


「――大変な役を引き受けてくれて、ありがたかったのです。礼を言うのです。…それで、運んでくれた皆の様子は…どうでしたか?」


ピクッと耳を動かして、サーバルはその会話を漏れ聞く。


「あぁ……レッサーパンダたちがやってくれた止血のおかげで、皆悪化することなく運ぶことができたよ。――かばんは、あの爪を一度棒で防いでいたのが功を奏して、致命傷は免れたようだ」

「あとの三人も、無事よ。博士の言うとおり、ラッキーさんがちゃんとした手当てしてくれるみたい。っていうか…あのアライグマ?は大丈夫なの?任せるのだー!って言ってた割には、かばんの様子見て真っ青になってたけど」


プロングホーンとチーターの報告を受け、助手は安心したように表情を緩めた。


「そうですか…良かったのです。アライグマは――ああ見えて頼まれたことはきちんとこなす子なので、平気でしょう。一緒にいるフェネックがしっかりしていますし」


サーバルは一連の会話に、無意識のうちに聞き入ってしまっていたが、ほっと息を吐いて胸をなで下ろした。


「――…よかった…」


何故か、酷く泣きそうになっている自分がいる。

サーバルが丸めた手で顔をぐしぐしと洗っていると、カラカルが痺れを切らしたかのように、あーもう!と声を上げた。


「ちょっとあたしキュルル探してくる!」

「え、えー!?待ってよ、カラカル!」


完全に気を抜いていたサーバルは、駆け出したカラカルに遅れをとってしまった。

階段まで一気に走って、そのままの勢いでそれを駆け上ろうとしたカラカルは。




「わあっ!?」

「ミャア!!?」




ちょうど、その階段を駆け下りてきたキュルルとぶつかり合って、もつれ合って、床に倒れ込んだ。


「キュルルちゃん!?」


思わず上げたサーバルの声に、フレンズ達が反応する。


「いたた…――あっ!カラカル!?」

「あいたー…もう…何が起きたの――」


未だに何が何だかわかっていないカラカルの身体を、キュルルは倒れたまま抱きしめた。

そこでようやくキュルルの存在に気付いたカラカルは、彼女のとった行動に耳と尻尾をぴんと立たせて困惑した。


「ニャッ!?」

「カラカル!ごめん!ほんとにごめん!!今更こんなこと言っても許してもらえないかもしれないけど、でも、本当はぼく、あんなこと思ってなくて――」

「ちょっとまってわかったわかったから!一旦離して、立って、話はそれから!」


慌てるカラカルと、一生懸命謝ろうとするキュルルを見て、サーバルは嬉しそうに微笑んだ。









「あの…本当に、ごめんなさい…!取り乱していたからって言っても…ぼく、みんなに酷いことを言っちゃって…」


フレンズ達の中心で、キュルルは深く、深く頭を下げて謝罪した。

頭をあげたキュルルは、サーバルとカラカルにも向き直って眉を下げる。


「二人も…ほんとに…ごめん。ぼく、二人にいっぱい、いっぱい助けてもらってたのに…むきになって、あんなこと――」


サーバルは首を振った後、屈託のない笑顔をキュルルに見せた。


「へーき!キュルルちゃん、本当はそんなこと思ってないって、信じてたから」

「キュルル……あたしの方こそ、ごめん。アンタの口から、そんな言葉聞きたくなくて、あたし、思わず…」


耳を力なく垂らして謝るカラカルの言葉を聞いて、キュルルはもう一度二人に頭を下げた。


「もし、二人が許してくれるなら…この先も、ぼくの旅を手伝ってほしいんだ。ううん…手伝ってください。これは、ぼくからのお願い。二人と一緒に、もっといろんな所に行きたいよ」


つい、涙声になってしまう。バクバクと心臓が暴れるのがわかる。

しかし、サーバルはあっけらかんと、カラカルははっきりと答えた。



「許すも何も、わたしは怒ってないし、この先もキュルルちゃんのおうち探し、手伝うつもりだよ?」

「あたしも。叩いたこと許してくれるなら、キュルルの力になりたい」



頭を下げたまま、ごしごしと顔をぬぐい、キュルルは笑顔を二人に向けた。


「…ありがとう、二人とも」


三人のやりとりを静かに見守っていたフレンズ達を見回し、キュルルは先ほどまでは上手く伝えられなかった自分の思いを、しっかり述べていく。


「ぼくは…自分のことが自分でもよくわからなくて…それで、みんながぼくに期待してくれても、それにちゃんと応えられる自信がなくて…酷い八つ当たりをしちゃって…」


自分の手の平を見つめ、キュルルは続ける。


「【けものじゃない】っていうのも、否定しきれないんだ。ぼくは自分がどうやって生まれたのかもしらないし、フレンズなのか…正直本当にヒトなのかどうかさえわからない。でも――」


その手の平をギュッと握りこみ、もう一度皆を見回した。



「正体なんか、どうだっていい。ぼくができることがあるなら、みんなの力になりたい。みんなの力が借りたい。――お願い、協力して…もらえないかな?」



しん…と静まりかえった空気が流れる。

そして。



「言いたいことはそれだけやな…?」


ヒョウが低く震える声でそう呟き、キュルルは少しばかり身を震わせた。

瞬間。


ガバッとヒョウ姉妹が床に膝をつき、手をついて、額をつけた。


「ウチらかてごめんやでえええー!!」

「ほんま許してやああああー!!」

「えっ、えええー…!?ちょ、ちょっと、そんなことしないでよ…!」


突然の事に慌てふためくキュルルを見て、ヒョウ姉妹は顔だけあげて眉を顰める。


「えっ!?これじゃアカンの!?これが【ヒト】が本気で謝るときの姿勢やって、博士から教えてもろたんやけど!?」

「何かまちごうたんかな!?姉ちゃん!」

「いや、そういう意味じゃなくて…!」


わあわあと騒ぐヒョウ姉妹に続き、イリエワニとメガネカイマンも、キュルルに倣って頭を下げた。


「アタイらも、ビーストをどうにかしないとって気で焦って、アンタに変なプレッシャーかけて悪かったね…」

「あなたが怒る原因を作ったのは、わたしたちです。本当に、ごめんなさい」

「え、え、えぇ…!?これどういうこと…!?」


フレンズ達の代わり具合に完全に混乱しているキュルルだったが、その後もフレンズ達の謝罪や励ましは、しばらく続いた――。









「――試してみたいことがある…?」


キュルルとフレンズ達の仲違いは解決したものの、根本的なビーストとの対立問題は何も変わっていない。

一通り会話が落ち着き、再び皆で協力してその問題について考えようとなったとき、キュルルがそう提案した。


「うん。これが本当に解決策になるのか、正直わからない。けど――今、こうやって自分の問題に向き合ったときに、気付いたんだ。ひょっとしてビーストは、さっきまでのぼくと同じなんじゃないかなって」

「キュルルと…同じ?」


言葉の意味がわからず、顔をしかめるカラカルに、キュルルは説明を続けた。


「ぼくは、自分が何者なのかわからない不安と、安心して過ごせる【おうち】がない焦りで、気持ちが不安定になっちゃって、イライラしてみんなにやつあたりしちゃったよね。…きっと、ビーストもそうなんじゃないかな」


キュルルは博士を見て、少し前の会話を思い返す。


「博士は、あのカルガモさんたちを襲ったビーストも、他のビースト達も、パーク中をうろついてるって言ったよね。ぼくが前に出会ったイエイヌさんも、ビーストはパーク中どこでも現れるって、言ってたんだ」


それってつまり、と皆を見回す。




「ビースト達は、自分自身のことがよくわかってなくて…決まった縄張りが――【おうち】がわからないから、そうやって縄張りを求めて動き回ってるんじゃないかな。そうやってウロウロしてる内に、フレンズのみんなとぶつかって……自分の身を守らないといけないって一心から襲いかかっちゃうんだよ」




「自分が何者なのか…どこに行けば良いのか…訳もわからず彷徨っている、と?」


拳を口に当て、博士はキュルルの言葉を要約して飲み込む。


「そう。そして、最近は危険なセルリアンの数も増えてるんでしょ?一層気が休まらないよね。だから、みんなさらに気が立って…凶暴になってるんじゃないかな?」


そうか、とゴリラが腕を組んで唸った。


「わたしらは自分が何者で、何を得意としてるのか知ってる。居心地の良い場所もわかるし、自分らである程度作れる。敵がなんなのかもちゃんとわかってるし、信頼できる仲間も居る。――けど…アイツらは孤独だし…それがわからないかもしれないのか」


キュルルは大きく頷いた後、再度口を開いた。


「フレンズとビーストが、いきなり仲良くするっていうのは…できたらいいんだろうけど難しいと思う。でも、縄張り争いを防ぐために…試してみたい作戦があるんだ」


フゥ、と一つ息をついて、キュルルは力強く、皆に提案した。






「――ビーストに、【おうち】をつくってあげればいいと思うんだ。安心して身体と心を休めることができる、居心地の良い…自分の縄張りを。そこが――【君の巣】なんだって、教えてあげられれば…少し、落ち着くんじゃないかな」





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