第6話






我武者羅に階段を駆けあがったキュルルがたどり着いたのは、屋上の庭園だった。

開けたその場所には何本か木が生えていて、キュルルはその内の一つの根元に身体を預けて空を見上げた。

いつの間にか辺りは真っ暗で、自分の大荒れの胸の内とは対照的に、キラキラと綺麗な星空が、皮肉のように輝いていた。


(最悪だよ、何もかも…)


先ほどと同様、抱えた膝に顔を埋め、キュルルは涙を浮かべた。

自分でも、何故こんなに余裕を失っているのか、よくわからなかった。

自分で自分がわからない。

このまま暗闇にとけて、消えてなくなってしまいたい。

黒に、包まれて――


「…あれ?」


本当に、黒に包まれている…?


「えっ!うわ!?なにこれ!」


身体に纏わり付いてくる黒い何かを手で払い、キュルルは声を上げた。


「【これ】とはシツレイだな」

「クロにツツまれたいとネガったのはおマエだろう?」


聞き覚えのある声が耳をつく。

なんとか黒いものを払いのけると、スケッチブックを探していた際に出会った、カタカケフウチョウとカンザシフウチョウが側に立っていた。


「い、いつの間に…」

「どうだ?ワタシのハネは。クロのナカのクロだっただろう?」

「おマエはこれでマンゾクなのか?」


羽根の自慢をしてくるフウチョウ達から、ふいと顔を背けて、キュルルは小言を述べた。


「……そういう意味じゃないし……」

「ほう、ではどういうイミなのだ?」

「ヤミにとけて、ジブンをケして、それでどうなる?」


少しばかり地面から浮遊し、自分の周りをゆっくりと滑るように飛ぶ二人。

キュルルは歯を軋ませると、立ち上がって喚いた。


「う、うるさいな!もうほっといて!一人にしてよ!!」

「なんだ、ケしたいのはジブンではなくて、マワりのモノたちではないか」

「ヒトリがいいのか?ずっとダレかとトモにタビをしていたのに?」


カタカケフウチョウが首を傾げると、カンザシフウチョウも首を傾げる。

二人の淡々とした問いかけが、乱れたままのキュルルの心を揺さぶった。


「――…一人がいい…。こんな思いをするなら、一人で旅してたほうが、よかったよ…」


すぅ、とカタカケフウチョウが目を細めた。


「ほう?」

「そう、だよ…。あの二人といたら…何かとトラブルに巻き込まれるし、他のみんなも…変わった子が多くて、ふりまわされて…ばかりだし――」


引っ込みがつかなかった。

自暴自棄な言葉ばかりが口からこぼれ落ち、否定的な考えばかりが渦巻いて。






「――それならいっそ……出会わなかった方が――」






言ってはいけない言葉が、形になろうとする。


「そうか。では、やりなおそう」


その言葉を最後まで聞かずに、カンザシフウチョウがニヤリと笑った。


「…え?」


その言葉の意味がわからず、ぽかんとするキュルルにグイと顔を近づけて、カンザシフウチョウはもう一度淡々と言い放った。


「やりなおせばいい。おマエにオモくノしかかってクルしめる、そのミンナとのタビを――【記憶の彼方】にケしサって」

「何を……言ってるの…?」


愕然としたまま訊ねるキュルルから離れ、カンザシフウチョウはカタカケフウチョウを見る。

カタカケフウチョウも怪しい笑みを浮かべると、バサッと羽根を広げた。


「もうイチド、ワタシのハネにツツまれるといい。ワタシのハネは、ヒカリをもスいこむ、ホンモノのクロ――おマエのキオクをクロにスいこみ、ヌりツブしてしまうことなんて、たやすいぞ?」


カンザシフウチョウが、踊るように飛んでキュルルの後ろに回る。


「キオクをケしたあとは、おマエがサイショにメザめたトコロへカエしてやろう。これで、ノゾみドオりだ。フフフ…ビーストにオソわれなかったらいいな?」


カタカケフウチョウが羽根を広げたまま近付いてくる。

キュルルは、二人の得体の知れない不気味さに、後ずさりながら乾いた笑いを溢す。


「あ、はは…何言ってるの…。そんなこと、できるわけないじゃん…」

「なら、タメしてみても、カマわないな」


カタカケフウチョウは微塵も躊躇することなく距離を詰めてくる。

気付かないうちにかなり後ずさっていたキュルルは、後ろにいたカンザシフウチョウとぶつかった。

そのまま、カンザシフウチョウはキュルルの肩に手を置いて、それ以上逃げられないよう動きを止めた。


「なに、イタみはない。スコしのアイダ、ネムるだけだ」


二人の行動に、迷いはない。

まさか、本当に可能なのか。

たしかにこのパークはサンドスターやセルリウム、セルリアンなど奇跡と謎に溢れている。

セルリアンに食べられた者が記憶を失うように、ひょっとするとこのフレンズ達も、そんな力を持っているのかも――


「さぁ、いくぞ…」


カタカケフウチョウの羽根が、キュルルを包み込もうとする――




「や、やめて…!!」




瞬間、キュルルはカンザシフウチョウを振り払い、カタカケフウチョウから逃げるように距離を取った。


「ナゼニげる?」

「ヒトリになりたいのだろう?」

「ツラいオモいをするのなら、メンドウにまきこまれるなら、ヒトリのほうがよいのだろう?」

「――デアわなかったほうが、よかったのだろう?」


不思議そうに首を傾げる二人。

キュルルはゆるゆると首を振った。




「…………ち、ちがう…それは…ぼくの、本当の気持ちじゃ…ない」




フウチョウ達に向かって、必死に言葉を紡ぐ。

言葉にしながら、気持ちを、思いを、整理していく。


「ぼくは、一人じゃ…なにもできない…。カンザシさんが言ったみたいに…きっとビーストやセルリアンに、すぐ襲われちゃうよ…。ぼくが、ここまで来ることができたのは…サーバルやカラカルが、手伝ってくれたから…。みんなが絵の場所を、一緒に探してくれたから…」


フウチョウ達は黙ってキュルルの言葉を待っている。


「たしかに大変なことやトラブルも、いっぱいあったけど…それ以上に楽しいことや素敵なこともいっぱいあった…!みんなが、ぼくの提案した遊びで遊んでくれたり、仲良くなってくれたりしたのは、嬉しかった…!」


次第に声に、力強さが戻ってくる。


「ぼくはかばんさんとは少し違うし、みんなとも違うのかもしれない…!でも、違うからこそ、力になれることが、あるかもしれない…!!ぼくだけだと無理でも、みんなと一緒なら…!!」


キュルルは、フウチョウ達に向かって、勢いよく頭を下げた。




「嘘ついて、ごめんなさい!記憶は消さないで!ぼくはみんなに謝らなきゃいけないんだ!みんなと一緒に、ビースト達のこと、考えたい!まだまだサーバルやカラカル達と、おうち探しを続けたい!」




星明かりの瞬く夜空に、キュルルの声高な謝罪と願いが吸い込まれていく。

荒波立っていた胸の内が、すぅ、と落ち着いていくのを、感じた。

ずっと無表情でキュルルの言葉を聞いていたフウチョウ達は、少し間を置いて、二人同時に溜息をついた。


「それがおマエのホンシンだな?」

「ならば、そのホンシンをミウシナわないようにするんだな。ジブンのことがあまりわからないおマエが、ホンシンまでクロくヌりツブしてしまったら、さっきのようにジブンをコントロールできなくなってしまうぞ」

「ダイジなトモだちを、キズつけてしまうぞ」


心なしか今までよりも柔らかな笑みを湛えて、フウチョウ達は代わる代わる口を開く。

その言葉に、冷静さを取り戻したキュルルはハッとした。


「ひょっとして…ぼくにこのことを、気付かせるために…?」


フウチョウ達は、特に変わった反応をすることもなく、二人とも踊るようにくるくると回りながら、飄々と返す。


「さぁ、どうだろうな?」

「ただ、おマエのハンノウをタノしんでいただけかもしれんぞ?」


キュルルは微笑むと、小さく首を振って礼を述べた。


「それでもいいよ。ぼくの本当の気持ち、見つけさせてくれて、ありがとう」

「…」

「…」


二人はスッと舞い降りると、呆れたように微笑んだ。



「フフフ――それにしても、ヨユウをなくしてフアンテイになって、イラダってマワりにアたりチらして……まるでおマエはビーストだな」

「あるいは、ビーストはおマエとオナじなのかもしれないな」

「うっ……」



今まで通り、少し棘のある言葉回しを始めるフウチョウ達に、キュルルは困ったように苦笑しつつ項垂れる。

これが本来の彼女達のペースなのかもしれない。相変わらず謎の多い二人だ。

しかし、そう言われてしまうのも無理はない行いをしたと、自分でも痛感し、反省する。



まるで自分は、乱暴に暴れ回ってみんなを傷付けたビースト。






ビーストは、自分と……――同じ?






「―――……っ!!!」


大きく息を呑んだキュルルを見て、フウチョウ達はクスリ、と笑った。


「そっか……そうだ…そうだよ!きっとそうだ!」


思わず顔がほころぶ。拳に力が入る。

キュルルはがばっと頭を起こし、声を張った。


「カタカケさん!カンザシさん!ありがとう!ぼく――」


その言葉は、途中で止まってしまった。

つい先ほどまで側にいたはずの二人の姿は、忽然とその場から消え。



夜の闇に包まれた屋上には、キュルルと、海が奏でる波の音と、クスクスと楽しそうに笑う二人の小さな笑い声だけが、残されていた――。



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