カタリの語り、バーグのバグ(KAC10)

つとむュー

カタリの語り、バーグのバグ

「もしかして、入れ替わってる!?」


 私はマイクに向かって演技する。少年の声で。

 すると、コントロールルームから社長の声が飛んできた。スピーカーを通して、スタジオブースまで。

『ダメダメそんな演技じゃ。オーディションに通らないよ!』

 私の名前は保里井優絵(ほりい ゆえ)。

 小さな事務所に所属する声優だ。

『今、演じてもらっているカタリィ・ノヴェルは、特殊能力を持つ男の子なんだよ。左目の力で、人々の心の中に封印されている物語を見通すことができる。いくら男の子とはいえ、そんなアホみたいな驚き方はしない』

 はいはい、すいませんね、社長。単純な演技で。

 だって、入れ替わってるんでしょ?

 普通、派手に驚くよね。男の子なら。

「じゃあ、ちょっと達観入れて、語るように演技してみます」

「頼んだよ」


「もしかして、入れ替わってる!?」


 今度はテンポをスローにして演じてみた。抑揚も押さえ、セリフの最後の疑問に余韻を持たせて。

『さっきよりは良くなったかな。でも、まだまだだ……』

 社長は気に入らないようだ。


 三日前。

 新企画のオーディションの通知が会社に届いた。

 なんでも、ネット小説サイト「マルヨム」が大型企画を実施するようで、イメージキャラクターの声優を募集しているとのことだった。

 私は社長に呼ばれ、こうして事務所のスタジオに籠って応募用のセリフを収録している。


『いいか? カタリは人の心の中の物語が読めるんだよ。だからこのセリフの心情は、こんな感じなんじゃないのか? 「君の心の中に入れ替わりストーリーがあることは分かっていた。でもまさか、それを僕で実行するとは思わなかったよ」ってな具合にな』

 確かに社長の言うことは一理ある。

 しかしそれを演技で表現するのは至難の技だ。

 ――なんとかして、その「まさか感」が出せれば……。

 そこで私が思い出したのは、先日友人の由佳がやらかした出来事。内緒だよと念を押して教えあげた事実を、事もあろうかグループラインに流してしまったのだ。

 その時の驚きを思い出し、私はセリフに静かな怒りを込める。


「もしかして、入れ替わってる!?」


『おお、いいねぇ。それ、もらった!』

 ようやくもらえた社長のオーケー。

 しかし、社長は私を離さない。

『じゃあ、次のキャラ、行くよ』

「ええっ? まだあるんですか?」

『あるよ、もう一人。今回のオーディションは、少年と少女の一人二役を演じられる声優を募集しているんだ。だから私は、君に声を掛けたんだよ』

 確かに私は、事務所の中では少年役、少女役のどちらにも声が掛かる声優だろう。

 それだけの自負はあるし、経験も積んできた。

 ――さっきは少年だったから、今度は……。

 少女役だ。

 私は喉に手を当て、声のトーンを調整する。

『次のキャラはリンドバーグで、愛称はバーグさん。少女の姿をしたお手伝いAI――という設定だ』

 AI?

 それって、ロボットってこと?

 どんなセリフかというと――ええっ、またこれ?

「セリフは、またこれでいいんですか?」

『そうだ。まずは一回やってみてくれ』

 ええい、どうにでもなれ、と私はバーグさんを演じてみる。


「もしかして、入れ替わってる!?」


 ていうか、これ、誰と入れ替わってんの?

 もしかして、さっきのカタリって少年?

 そもそも少年と少女型AIが入れ替わるものなの?


『ダメダメ。いくらAIと言っても、それじゃぁ完全なロボットだよ。説明には喜怒哀楽があるとか、アメとムチの使い分けが下手って書いてあるから、相当ドジっ娘なんじゃないのかな?』

 ドジっ娘AI?

 それって、演じる時はただのドジっ娘でよくね?

「わかりました。やってみます」

 今度は明るい少女を演じてみる。突っ込みどころ満載って感じで。


「もしかして、入れ替わってる!?」


『まあ、可愛らしさは出たかな。でも、うーん、ちょっと物足りないんだよなぁ……』

 確かにさっきのは少女っぽくなったと思う。

 でもAIらしさは、と言われると何か足りないような気もする。

『説明には、作者を泣かせたり、逆に作者をけなしたつもりが喜ばれるって書いてあるから、少しバグった感が出るといいんじゃないかな?』

 バグった感?

 なんなの、それは?

『例えば、入れ替わりに驚いてないけど驚いたように受け取られるとか、その逆とか?』

 いやいや、演技する方は受け取られる側に寄せるでしょ? そういう風に聞こえるんだから。

 社長が言いたいことも分からないわけでもない。

 ――驚いたのか驚いていないのか微妙な感じがいいのかな?

 私は、少しバグった感が出るように演技してみた。途切れ途切れの場所をわざと作るようにして。


「もしかして、入れ替わってる!?」


『うん。これでいいんじゃないかな。オーケーです!』

 やっと録音が終了した。



「ところで社長、今回オーディションする作品って、少年と少女型AIが入れ替わるストーリーなんですか?」

 録音が終わってから私は、休憩室で社長にコーヒーをご馳走になっていた。

「それが何も分からないんだよ。特別企画ということ以外は」

「演技していてふと思ったんですが、これってすごい特殊なシチュエーションですよね」

 少年と少女型AIの入れ替わり。

 それは本当に可能なのか?

 さらに私には、もっと疑問に思うことがあった。

「だって、カタリが持っている能力って、心の中の物語が読めるんでしょ? それってAIのバーグさんにも通じるのでしょうか?」


 特殊能力を持つ少年が、少女型AIの心の中を覗く。

 つまり、奇跡の目がデジタルの感情を読み解くのだ。

 はたしてそこには、どんな神秘が待ち受けているのだろう?


「そこを掘り下げるんじゃないのかな? 今回の特別企画では。AIに心はあるのか、なんて面白そうなテーマじゃないか」

 それなら、なかなか興味深い。

 そんな作品に声優として関わることができたら、どんなに楽しいことだろう。

 しかし、ここから社長の妄想が大暴走。

「もしバーグさんにはバグがあって、彼女の心の中の物語をカタリが読めたとする。そこには一体、どんな物語が書いてあると思う?」

「人間になりたい少女型AIの純粋で切ない気持ち……とか?」

「そんなことあるわけないじゃないか。バーグさんは作家のお手伝いAIなんだよ。心の中には、その作家の次回作が眠っているに決まってる。カタリはそのことを知らずに、詠目の能力で世の中に出してしまうんだ。その次回作を」

 おいおい、何だか雲行きが怪しくなってきたよ。

「そして、その次回作が大ヒットしてしまう。バーグさんのところの作家は、アイディアを盗まれたと大激怒」

 いやいや社長。せっかくロマンス溢れるシチュエーションだったのに、無理やりそんな社会派にしなくても。

「作家は必死になって、アイディアがリークしたルートを探るんだな。そこで浮上するのがバーグさんとカタリ。二人はだんだんと追いつめられるんだ」

 まさかのミステリー展開?

 この先、どうなってしまうの?

「悪意なしに盗作してしまったカタリ。自らのバグのせいでその悲劇を生んだバーグさん。追い詰められた二人の罪悪感がシンクロして、ついに入れ替わりが起きてしまうんだ」

 ええっ、ここで入れ替わりですか?

 入れ替わりは最初なんじゃないんですか?

「それから先は……ちょっと分からねえな。特別企画だし」

「そうですね。とりあえずこの音源を送って、オーディションの結果を待ちましょう、社長」

「仮にだ、もし最初に入れ替わりが起きた場合は、すごい展開になりそうだぞ」

 もうやめましょうよ社長、そんな妄想は。

「だってカタリと入れ替わったバーグさんは、本物の人間の心を体験し、そして覗いてしまうんだよ。バーグさん自身の体の中にある真実の物語を」

 はいはい、それはそれは面白そうな展開ですね。

「そうなったら君も大変だぞ。だって、一人四役をこなさなきゃいけないんだからな」

 言われて私ははっとした。

 ――カタリ、バーグさん、バーグさんと入れ替わったカタリ、カタリと入れ替わったバーグさん。

 この四通りの演技を、声色を使い分けてこなさなければいけないことになる。

 そんなの無理だよ、不可能だよ……。

 その日以来、私はオーディションに落ちますようにと祈っていた。



 一ヶ月後。

 不幸なことに、事務所にオーディション合格の通知が届く。

 私は胃が痛くなる思いで、マルヨムのオフィスを訪問することになった。


「最初にお聞きしたいのですが、この作品はどんな映画になるんですか? やっぱり、少年と少女型AIの入れ替わりストーリーなんですか!?」

 打合せの初日、私は思い切って聞いてみた。マルヨムの担当者に。

 この一ヶ月の間、気になって気になってしょうがなかったからだ。

「えっ、映画? それに入れ替わりって?」

 しかし担当者は困り顔。どちらについても全く考えていなかったという様子で。

「だって、オーディションのセリフが「入れ替わってる!?」だったじゃないですか」

「ああ、あれは貴女のところの社長さんの趣味じゃないかな。募集要項には、セリフは何でもいいって書いてたんだけど」

 まんまとやられた! あのタヌキ社長に。

「それに今回の特別企画は映画じゃないよ。三周年のイベントに参加してくれた作者さんに、カタリとバーグさんが登場する小説の朗読をシークレットボーナスとして贈ろう、という企画なんだけど……」

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