第19話
「とにかく無事で帰ってこれてよかったよ。私の取り越し苦労だったみたいだね。」
苦笑しながらイニーアさんが話しかけてくる。
「いえ、イニーアさんがご心配してくださったのはすごく嬉しかったです。ですから、この覚悟は…」
「それは持ってな。私は冒険者じゃないが、あんたは一人前だ。だからそれはあんたが持っておくべきなのさ。」
「…ありがとうございます。これを使うことがないようにしたいです。」
「その方がいい。いいかい。生きてりゃなんとかなる。泥すすってでも、どんな屈辱にまみれようとも、生きていける可能性があるならみだりにその薬は飲むんじゃない。いいね。」
「はい。」
「そういえば、しばらくゆっくり出来るのかい?」
「いえ、実はいくつかのグループがまとまって、大規模な遠征をするらしいのですが、そこに参加することになってます。」
「まためんどくさそうな依頼だね。ま、商売繁盛なのはめでたいことだがね。で、討伐?」
「いえ、調査だそうです。ある森の奥深くで不可思議な現象が頻発しているとか。その原因を調査してくれだそうです。なんだっけな…ウェルフェ村の奥にある森だとか。」
「ウェルフェ村!?随分と遠いじゃないか。別の領地だろう?なんで王都の冒険者が…?」
「えぇ、確か直轄領ではなかったはずです。なんでも、魔物の間引きと悪質な奴隷商の取締で騎士も冒険者も人手が足りないそうで。」
「それで王都がねぇ。ま、切羽詰まった状態じゃ調査関係の依頼は優先度が下がるわな。騎士が出張るような案件でもなさそうだしね。それで王都の冒険者か。」
「えぇ、まぁ。確かに別の領の冒険者でもいいですよね。」
「ま、困ってます助けてくださいと言われて王が何もしなかったら、メンツが潰れるからね。取り敢えず、冒険者に依頼を出して軽く調べとこうかってとこじゃないの。」
「そんなもんですか。まぁ、一ヶ月位先なんで、ぼちぼち別の依頼をこなしながらゆっくりしますよ。もちろん、狩りもして食料調達もしますよ。」
「そうしなさいな。今日は取り敢えず、休みなんだろう?」
「えぇ、はい。でも、図書か…」
「おーいぃ!ショーがお前らと遊びたいってさ!」
「マジで!?しょーがねぇな!ほら!こっち来いよ!」
「え?いや、これから図書館の方で調べ物を…」
「ショーさん!!今日も練習しましょう!イニーアさんを落とす道のりは遠いですよ!取り敢えず品評しますので皆の前でお願いします!みんな~!ショーさんあれやってくれるって!」
「あ、あのさ、あれやんのすごい恥ずかしいんだよね。マ、ママごととかにしない?アナリア…?」
「ママごとぉ!?馬鹿言っちゃいけませんよ。あたしら、暇なときゃ逢引宿に覗きに行って、男女が何するかぐらい知ってんすよ。ママになる前の話が知りたいんすよ。あ?」
「あ、すいません。あ、あ、ごめんなさい。」
「え、うそ。俺たちも連れてってくれよ…」
大人の階段を一緒に登ってると思っていた相手達が、実はエレベーターに乗って降りてきてから登っていたと気付いた男子達が傷ついている。許せない。このイケメンお兄さんに任せな。
「ふぅ…、いいかい?男女の繋がりは様々ある。そこだけを見てすべてを知ったきになるのは良くないんじゃないかな。」
アナリア他女子全員は、舞台の設営に精を出している。俺の言葉なんか聞いちゃいねぇ。
「マ、ママゴトだってさ、好きな人と一緒になった後、幸せな家庭を築くための練習だと思えば無駄じゃないだろ?」
屍になった男子たちを指揮しながら、着々と砂場を盛り上げていく。くそっ!余った鉄でシャベルなんか作ってやるんじゃなかった。なにが「俺、将来鉱山で働きたいんだ!親父が鉱山の事故で死んでさ。俺孤児になったんだ…、なんつーか、敵じゃないけどさ、挑戦してみたいっていうか…」だ。なんか同情して、シャベル・スコップ・ツルハシなんて作ってやるんじゃなかった。今思えば、後ろで不自然にアナリアと女子友達が話していた気がする。よく考えりゃ、話してた時一回も目を合わせてなかったじゃねーか!クソッ!照れてるだけだと思ってたのに…。
「おい男子~~。そんなんつまんないよな?俺は解ってるぞ!あ、そうだ!いつものアレやろう!人間木の葉!あれ、お前たち好きだよな!?」
お!?男子達に若干の光が目に宿り始めた。いいじゃないかと。周りがどんだけ先に進んでいようと。俺達は地道に一歩ずつ進んでいけばそれでいいじゃないかと。それが…成長なんだと。そんな感じのことを思っていたらいいなぁ。ふふ…、集団が一つの意思を持つことなんてそうそうないわ。相手の戦力を切り崩すのは基本戦…、ん…?…女子が男子に耳打ちを…、…あぁ、男子たちの目から光が…。
「お、おい!諦めんな!諦めんなよ!これからだよ、これから!どーせ、女子たちは嘘しか言ってねーよ!騙されんな!頑張れよ!!」
あぁ…、中には震えながら顔を覆っている男子もいる。何を言われたんだよぉ…。孤児院ってこんなに殺伐としてるのかよぉ…。ちなみに舞台にはアナリアが立っている。斜め上を見上げ、切なげに目を潤ませている。後ろに並んでいる女子たちがいなければ、素晴らしい光景といっていいだろう。すぐ横でイニーアが座りながらメモ用紙を見ている姿がまた絶望を誘う。なに採点する気なんだよぉ…。
ゆっくりと男子の一人が近づいてきて俺に伝える。
「兄ちゃん。俺達握られてるよ…秘密を。あいつら、全ての宿の覗き方を知ってるって…。孤児院も…例外じゃないって…」
言いながら泣きそうになっている。ちなみに俺も泣きそうだ。俺のマイハウスでマイサンの頭を洗ってることを知ってるってのか…?彼に手をひかれながら断頭台に登っていく。
「はい。スタート!」
結局俺は5人目までで心が折れた。その後は哀れな男子達が犠牲になっていた。十分女子たちを満足させた後、人間木の葉の遊びもした。強い竜巻を作って、その中で風のちからを利用して飛び回るという遊びだ。最近は子供くらいなら縦横無尽に動かせるようになってる。男子たちを十分楽しませてやった後、女子たちは念入りに飛び回らせてやった。そりゃもう、横に縦に回転に。パンツは見えるわゲロは戻すわ。正義は我にありだ。
そのあと、秘密を握られていることに気付いてそそくさと退散した。この勝負、勝ちか負けかで言ったらアウトかな。
最近は図書館に暇を見つけて行くことにしている。
やはりこちらの常識を集められるのはでかい。
最近は常識以外にも魔法関連の書物を見ている。
とはいっても特殊な魔法などなは一子相伝で伝えられるようなものが多く、誰かに師事しなければならない。ただ、広く一般的に知られている基礎的な知識や、魔法を元にしたおとぎ話などを読むことが出来た。
おとぎ話と言ってばかにすることなかれ。
だいたいおとぎ話とか伝説っていのは実際にあった話が元になっている事が多い。
その話の中で出てくる魔法も実際にあったものが多いということだ。
読んだからすぐ使えるようなものではないが、少なくともあると知っていればいつか使えることだってあるかもしれない。
敵が使ってくることを想定できるかもしれない。
そんなこんなで今は本を読み漁っている。
ただ、王都…いや、人間が扱う魔法と俺が扱う魔法がどうも違うロジックを元にしている用に感じる。
基本的に俺はモニに魔法を教えてもらった。
体感的な部分は自分でコツを掴んだが、それ以外の知識はほぼ全てモニから学んだ。つまり、元を正せばナガルス族の魔法ということになる。
それに対して人間の魔法と言うものはナガルス族のそれとは少々趣が違う。
ナガルス族の、つまり俺の魔法はここではないどこかにある魔力を、自分の体を門にして持ってくる。そして、体の中に魔力を通し、魔法を発動する。この際、体の中を通す経路や強弱によって属性が変わってくるといったようなものだ。そして、どうやら魔力というものは体に溜め込めるようである。魔力を使えば使うほど体が魔力に馴染み一度に溜め込める魔力の量が増えてくると言うものらしい。違うところから自分の体に魔力が流れて来る量は常に一定のスピードで、量が増えることはないという。そして、それは一般的に言ってそんなに多くない。だからこそ、自分の体を休めているときに魔力を回復させ、なるべく沢山の量を体に溜め込めるようにする。その為には日々の鍛錬が欠かせないというわけだ。
それに対し、人間の魔法というものは空気中に漂っている魔力を集め、自身に収束させ魔法を発動させるらしい。魔力はこの世界に満ち足りているもので、それを集めることで、さまざまな属性魔法を発動させる。一説によると、この世界に最も存在する水、つまり海が魔力のもととなっており、それが蒸発することで空気中にも魔力がふんだんに存在すると言われている。だからだろうか、人間の魔法には水魔法が強力なものが多い。また、リヴェータ教の回復魔法も水魔法がもととなっているらしい。
ナガルス族とはだいぶ違う考え方だ。しかし、これで確かに人間は魔法を使えているらしい。どちらも正しいということだろうか。どちらも正しいということは根本的にどちらも間違っているといえる。ただ…、自分にはよくわからない。しかし、時間があったら人間法での魔法の発動も練習してみよう。体感することで何かわかることもあるかもしれない。
もう一つ面白いことがわかった。
リヴェータ教は死者と話すすべがあるらしい。死者が生き返るわけではない。ただ、死んだ後、姿を型取り、生前の記憶を有し、会話ができるらしい。これが、リヴェータ教が絶大な信仰心を集める理由の一つだ。残された者たちは死者の思い出にすがる。そしてゆっくりと別れを惜しみ、次第に現実を受け入れ、日常生活に戻っていく。リヴェータ教への信仰心を植え付けたままに。死というものはどの人間にも必ず訪れるものであり、つまりは、確実に信仰心を増やすことの出来るイベントと言い換える事もできる。死んだ人間と話せると言うのは救いではあるかもしれないが、リヴェータ教にあまりいい感情を持っていない俺からすると、いやらしい信仰心の増やし方だな、と思う。ものすごい奇跡ってやつではあるんだろうけどさ、本当にそれは死んだ人間なのか?とか、誰かが騙ってるんじゃないのか?とか考えてしまう。
そして、ほかにも興味深いことがわかった。
この世界では精神的な疾患と言うものが意外と病気として認知されている。いわゆるこちらで言うところの鬱とかPTSDといったものだと思う。こういった症状は特に戦争中や戦争後に現れるものらしく、そこでそういった知識が発展していったそうだ。しかし、こういった知識が発展していく背景には沢山発症する人間がいるということと、その治療法があるという条件が必要になってくる。そして、治療法とはつまりリヴェータ教の回復魔法…らしい。リヴェータ教の人間が言うには回復魔法とは違う、また別の方法で救ったと述べているらしいが、助けられた人間にとっては大して気にするところでもない。どうやらリヴェータ教の回復に関しての実力は相当高いらしい。これもリヴェータ教が受け入れられている理由の一つとなっている。
調べていけば行くほどリヴェータ教のシステムっていうのはよく出来ている。いかに信仰を集めるかに苦心しており、それはリヴェータ教の立場を高めることに一役買っている。リヴェータ教を信仰している人が少ない南部大陸でも、リヴェータ教の大司祭以上に逆らう奴は少ない。やはり、リヴェータ教には細心の注意を払うべきだろう。
今日の成果に満足しながら帰り支度をしていると、本棚の本を取ろうとしている人に気づく。
確かあれは、ホビット族…だろうか?
王国は(リヴェータ教は)基本的に他種族に排他的だが、それでも人間として認められている種族もある。認められているなどとはそもそもおかしな話だが、リヴェータ教によって、名誉人族に認定されないと、王国の中で暮らしていくのは絶望的になる。
ホビット族はその名誉人族の内の一族だ。背格好が小さいだけで外見が人間のようであることも理由の一つであったらしい。冒険者にも、斥候として活躍しているホビット族が多い。金にがめつく損得勘定に煩い。しかし、金を介しての仕事はしっかりやり通すことから、仁義もある。意外と人間に好かれている種族だったりする。
眼の前にいるホビットは学士の格好をしており、どうやらギリギリ手が届かない位置に、本があるらしい。わざわざ台座を持ってくるのも面倒くさいしな。
気持ちがわかった俺は、その本を取って手渡してやる。
「…この本じゃない。隣りにある『魔法概論新設~基礎4元素陰陽説~ アズ・ワルディック著』が欲しい。」
んなんだこいつ…。
まずはぁ~、ありがとうじゃないんですかぁ~。
とは思ったが、子供相手に大人げないと思いつつ、隣の本を渡してやる。ホビット族だからそもそもこいつ大人だわと気付いたのは、本を手渡した後だった。
「…確か君は、最近図書館に入り浸っている変わり者の冒険者だな。珍しい男だ。」
「…ま、確かに冒険者は図書館なんて全く来ませんね。」
「全くということでもないさ。学士メディンはたまに来る。」
「学士メディン…?…もしかして城下級冒険者のメディンですか?」
「城下級?…あぁ、確かに彼は城下級らしいね…。全く意味のないランクだ。彼の価値を考えたら荘園級でも収まらないんじゃないか?強さのみが指標というのは悲しいことだと思うがね。」
「…でも冒険者は強さが資本じゃないですか。強さがなければ依頼をこなせない。」
「依頼の種類にもよるさ。強いということが生き残るということならば、彼の強さに及ぶ冒険者はそうそういないんじゃないかな?実際高ランクの冒険者になるほど、彼に敬意を払っている。」
「それは、学士でありながら冒険者をしているからじゃないんですか?」
「学士…?あぁ、学士メディンというのは彼の二つ名さ。実際に学士であるわけじゃない。ただ、彼の実戦経験に基づいた知識は、実際の学士もかなわないことがある。王都の学士は良くメディンに指名依頼を出す。彼の仕事の精度もさることながら、彼の知識も価値があると知っているからだ。」
「…そうですか…」
「メディン程じゃないが、君もなかなか見込みがある。最近は良くここで見かけるからね。冒険者でありながら知識の重要さをわかっており、学士に対する礼儀もわきまえている。なかなか有望だ。何かわからないことがあったら聞いてくれていい。できるだけ教えてあげようじゃないか。」
偉そうな言い方に違和感を覚えるが、学士とは元の世界で言うところの、医者とか弁護士、官僚レベルの頭脳を持っている。実際に立場も偉いわけだから、まぁ、当然か。
「えっと、じゃあ…この本の陰陽説ってどういうことですか?僕が勉強していた魔法の知識にはこんなものなかったんですが。」
「ほう。この本が気になるか。確かに、この説はここ10年のうちに出てきた新しい理論だ。だから、そこらの基礎的な本には乗っていないだろうね。簡単にでいいなら説明しよう。」
「お願いします。」
「うむ。まず、基礎4元素は知っているな?火、水、土、風のことだ。それに加え、光、闇、氷、雷といった属性がある。他にも様々な属性があるが、基礎4属性と応用属性で今まで魔法の区分けがなされてきた。陰陽説というのは、簡単に言えば、基礎4属性以外の属性は、すべて基礎4属性で説明できる。という説だ。」
「え!?あれ?そうなんですか?」
「ま、もちろん、この説は、様々な学士が現在精査中だから確実にそうだとはいえない。だが、かなり有力な新理論だと言われている。」
「も、もう少し詳しくお聞きしても?」
「あぁ、いいぞ。まず、基礎4属性には陰陽がある、というのがこの説の肝だ。とはいってもたしかにわかっているのは、火属性と土属性のみだが。まず、火属性とはつまり熱属性ではないかと言われている。熱が上昇することが陽側の変化、熱が下降することが陰側の変化ということだな。熱が上昇するということは当然温度が高くなるということだ。逆に熱が下降するというはどういう状態になることだと思う?」
「え…、そりゃ、温度が下がって、氷ったりするんじゃないですか?」
「そう。その通り。つまり、氷属性と言うものは水属性に連なるものではなく、火属性の陰側の魔法だったわけだ。」
「!…なるほど…、確かに、言われてみればそういうことになりますね。」
「これは魔法界に激震が走ったよ。ただ、他の学士が調べれば調べるほど、陰陽説の根拠が出てくる状態でね。今一番熱い研究テーマということさ。」
「土の陰陽は何なんでしょうか。」
「土の陰陽魔法は、扱える鉱物の種類が変わるらしい。細かい規則はわかっていないが、陽側に行くに連れ、重くなっていくことは間違いないらしい。」
「そもそも、魔法を使っていて、これが陰側の現象だとか、陽側の現象だとかってどうやって判断するんですか?」
「良い質問だな。ただ…、なかなかこの説明が難しい。かなり個人の感覚に頼った話になってくる。」
「個人個人違うということですか…」
「そう…とも言えるし、そうでないとも言える。まず、火属性を例に説明してみるが、通常魔力をどんどん込めていくと一般的にはどうなるだろうか?」
「そうですね…、発動する火の温度が上がったり、体積が増加したりといったことでしょうか。」
「うむ。そのとおりだ。意識的にすれば、体積が小さくなったりもするが、まぁこれは置いておこう。この体積の変化についてはどの属性でも起こり得る普遍的な現象だ。ところが、温度が高くなるという現象は、他の属性では見られない、火属性独自の現象と言える。」
「えぇ、たしかにそうですね。土属性に力を込めても温度が上がったことなんてありません。」
「そうだ。この魔力を上げた時、温度が上がる変化を陰陽変化での陽側の変化としている。」
「と、なると魔力を少なくすると陰側の変化と言えるわけですか。」
「いや…、そうではない。陰側の変化と言うのは、どうやら魔力を薄めるということらしい。魔力を薄めつつ、魔力を込める。そうすると陰側に大きく振れた火属性の現象が起こるらしい。これが出来る魔法使いというのはあまり多くない。私も出来ないしな。」
薄める?俺が探査しているときに使っている魔法の糸。俺は魔力を薄めるイメージで使っていた。
「そして、この陰側に変化させるための魔力操作がわかった時、陽側に変化させるためには、魔力を込める必要がある、という考えも間違っていることがわかった。本当は、魔力を重ねるといったイメージで発現させると、陽側の変化ということになるそうだ。」
「だいぶ感覚的な話ですね…、それだとあまり信頼性はないのではないですか。」
「そう言っている一派もある。だが、ゆっくりとではあるが次々に証拠が出てきている現状、なかなか信頼性のある理論だ、というのが学士の大体の認識だ。」
「なるほど…」
つまり、俺が今まで使っていたのは陽魔法側だったということか。
「さて。他に質問がなければそろそろ失礼するよ。」
「あっ、はい。ありがとうございました。…え~と、お名前は?」
「私は、マチダックだ。君は確かショーくんだったね。」
「はい。マチダック先生。ありがとうございました。」
「…まだ、学士見習いだから先生はいらない…」
!
なんですとぉ!!
なんであんなに偉そうだったんだよぉ!
「いえ、いろいろ教えていただいたので…、ありがとうございました。先生。」
「…そうか。また、何かわからないことがあったらなんでも聞いてくれ。学士ショー。」
「…その二つ名は勘弁してください。」
「ふん。図書館に入り浸っていたらそのうち嫌でもつけられるさ。諦めるんだな。」
「…うぇぇ…」
うぇぇ…。
なかなか有意義な時間を過ごせたと思う。
特に属性の陰陽の話は興味深かった。
火属性は温度の上下を陰陽としている。土属性は…おそらく原子番号じゃないだろうか。水兵リーベのやつだ。原子番号がどんどん大きくなれば…ウランとかプルトニウムとか出来るんじゃないか。よくわからないけど、核爆弾…とか。今後はそういったところも意識しなければならないのだろうか。
風と水についてよくわかっていないのも面白い。確かに、火属性が氷を作れるのであれば、水属性の説明がうまくつかなくなってしまう。でも、土属性が陰陽を極めて行くと、原子の作りだとか成り立ちにたどり着いていくのに対して、水属性は仮に陰陽を極めて言ったとしても、どこまで言っても水にしかならない。
もっと、水を示す根源的な何かが陰陽に関わってくるのではないだろうか。
もっと化学とか物理とか学んでいればよかったな…。
軽く依頼で儲けようと、ギルドに向かう。
ここ最近はガルーザさんに全て依頼の受注をお願いしてしまっているから、そもそもギルド自体に行っていない。
受付する必要もなく、依頼が始められるのだ。
いつも申し訳ないと思いつつ、甘えてしまっている。
彼らも戦力としてあまり役立てていないから、それ以外の部分で力を尽くしてくれているように感じる。
それを邪魔しないようにしているところもあるんだけど。
ギルドについて簡単な依頼を探す。
薬草採取系の仕事が簡単かなと思ったけどもあまり旨味は少ない。
かなり経験を要する仕事だからだ。
確かに、初級ランクでも出来る仕事ではあるが、結局沢山採取するためには森の奥まで行かなければならない。
それに付随する魔物から我が身を守るためにも、それなりの強さが必要になってくる。
逃げに徹すればなんとかなるとのことなので、やるやつは多いが、初級ランクでもそれなりに経験を積まないとうまく稼げないので、今日俺がいきなりこの依頼を受けたとしてもあまり旨味は少ないだろう。
やはり、ゴブリンかうさぎを狩ってくるほうがいいのだろうか。
でも余裕があるうちに色々な依頼に手を出してみたいし…。
ん?あれはガルーザさんか?
随分と奥まったところにいるようだけど、だれと話しているんだろう。
彼は非常に情報収集がうまく、人脈も広い。
村長級の人間とはだいたい顔見知りだし、城下級の人たちも何人か知っているそうだ。
事前準備を入念にこなしていった結果だろう。
僕も見習って、いろいろな人に話しかけたほうがいいんだろうか。
いや、出来ることは全てやったほうがいい。
でも恥ずかしいしなぁ…。誰か話しかけてくれないだろうか。
俺が知ってる城下級の人だと…、メディンさんか…、多分あの人は俺のこと嫌ってるしなぁ…。
後は…、ガルーザさんと話しているマルダスか…。
ん?なんでガルーザさんとマルダスが話しているんだ?
あの二人は大分お互いの印象が悪かったはずだ。それがきっかけでガルーザさんと仲良くなったってのもあるけど、それにしても随分と親しげだな。
と思っているとマルダスがこちらを見てガルーザに何事かを話している。
キョトンとした顔を見せてこちらを振り向いたガルーザが、声を掛けてくる。
「おお!ショーじゃないか!どうしたんだい?こんなところで…」
「こんなところって、僕も冒険者ですからね。簡単な依頼を受けに来たんですよ。遠征まで時間があるからすこし稼ごうかなって。」
「この前のジャックポットで大分儲けたくせに。僕ならしばらくゆっくりするけどね。」
「まぁ、体がなまらないようにっていうのもあるんですけどね。」
俺がマルダスがいたところに目を向けると、彼はもうどこかに行っていた。
「あぁ、彼かい?あの後何回か話す機会があってね。短気だけどなかなか気持ちのいい人間だよ。」
「そうですか?とても気持ちのいい人間には見えませんでしたけどね。」
「まぁ、そういう風にして持ち上げてるってことだよ。ギルド内でなるべく敵は作りたくないからね。今度の遠征には彼も来るから、無用な衝突を避ける意味合いもある。」
「え?あの人も来るんですか?」
「あぁ。結構色々な人間が来る仕事だからね。不詳な身だけど、僕も一部音頭を取らせてもらっているよ。主に下位ランクのまとめ役だけどね。」
「すごいですね…、村長級で大規模遠征のまとめ役って…」
「一部さ、一部。それにギルド主導の依頼じゃないからね。そこら辺融通が効くのさ。」
「ギルド主導じゃないんですか?それは初耳です。」
「あぁ、商業ギルドが手動しているんだよ。今回の依頼場所では、魔物もそこそこ出てくるところでね。わざわざ冒険者ギルドが間引き依頼を出すほどではないが、間引きをしてくれるとありがたいって程度なんだ。それで商業ギルドが依頼を出したのさ。」
「その程度で、わざわざ依頼を出すのも太っ腹ですね。」
「他にも理由がある。というよりも、その理由がいちばん大事なんだよ。というのもね、今回調査する場所ってのは色々不可思議な現象が起きている。変な音や匂い、魔物の活動範囲の変化、どうやら新しい生き物が目撃されたって情報すらあるらしい。こういうところにはね、出やすいんだよ、当りがね。」
「当たりですか!そりゃ、大儲けのチャンスじゃないですか!もっと人が集まってもいいようなもんですけど…」
「そこは、情報を得たのが王都の商業ギルドだからね。そこに依頼をだして、人集めも商業ギルドの息がかかってる、それに依頼内容に『得られた収穫物は全て商業ギルドに属する』っていう但し書きまである。ここまで入念に準備しているんだ、儲けは全てあっちのものさ。高ランク冒険者に取ってあまり旨味は少ない。僕らみたいな低ランクであれば、報酬が大分高額な分人は集まって来るがね。商業ギルドのお眼鏡にかからない人たちは悪いけど遠慮してもらってる状態さ。」
「それでも、勝手に行っちゃう人達もいるんじゃないですか?」
「ここまで商業ギルドが入念に準備してるんだ。この仕事は彼らのものさ。そこから後で横入りなんてことしたら、商業ギルドの顔を潰すことになってしまう。賢い奴はそんなことしないさ。冒険者ギルドの方も推奨していないはずだ。」
「はぁ~~…。すごいですね…。一つの依頼にそんな複雑な事情があるなんて…。僕は全く考えたことがないです…。」
「色々情報を集めていくとそういうものがおぼろげに見えてくるものさ。集め方にもよるけどね。」
「そういえば、情報ってどうやって集めるんですか?作法のようなものがあるのでしょうか?」
「…そうだね。基本的には冒険者ギルドに聞くのが安牌かな。ただ、お上品な情報しか彼らは教えてくれない。立場上、下品な情報を発信はできないわけだ。そして、僕らが気にするのは下品な情報さ。」
「そうですね。役立つ生きた情報がほしいです。」
「そういう時は、ギルドに居る情報屋みたいなのに渡りをつけることだね。そういうやつに金を渡して聞けば、大体の基本的なことは教えてもらえる。」
「でも、その情報屋が嘘を付く可能性はないんですか?金だけふんだくろうっていうような…。」
「まぁ、全くないとはいえないなぁ…。安全を期すならやはり、複数人から情報を仕入れることだね。出費は痛いが、確実さを求めるならそうすべきだろう。そうしていけば信頼性の高い情報を扱っている人間も見極められるしね。他にも、気に入ってもらうためのコツが有る。」
「コツですか?」
「あぁ。情報をもらうときに、こちらの情報もすこし開示するんだ。自分の目的でもいいし、扱う武器、魔法、得意な依頼。それとなく、伝えておく。彼らは情報を集め、売るのが仕事だ。確かに、金を払えば必要なことは教えてくれるだろう。でも、彼らからしてみれば、売るものが減っていくだけで、増えはしないわけだ。もちろん、正式な取引だから文句は言わないし不満に思うことはないだろう。でも、彼らの性質的に、扱う情報が増えるっていうのは何よりもありがたいことなわけだ。それが、価値のある情報だろうが、価値のない情報だろうがね。」
「価値のない情報でもありがたいんですか?」
「情報っていうのは、いつ、どんなときに役立つかわからない。今、価値がないと思っていても、ふとした時に役立つ時がある。噂好きのゲス野郎達は何よりそこに快感を求めるものさ。金を介して情報を引き渡した時点で、そいつらの得にはすでになっている。そこから更に、どんなゴミ情報でもいい、渡しておけば彼らへの賄賂みたいな位置づけになる。そりゃ、心象も良くなろうってもんさ。簡単な自己紹介って捉えてもらってもいい。」
「でも、自分の情報ってなるべく隠すべきだって言ってたじゃないですか。」
「それも正しいさ。だから、渡せる情報、渡せない情報っていうのは予め整理しといたほうがいい。依頼をこなしていけば自然とバレるような情報なんてのは先にこちらから公開しちゃったほうが得さ。」
「なるほど…、ちなみにこのギルドでの情報屋って誰なんですか?」
「僕さ。気付いてるかもしれないけどね。」
「やっぱ、そうですか。博識ですもんね。」
「ふふ…、そりゃうれしいね。あとは、方向性は違うが、城下級のメディンさんもそんな位置づけかな。」
「そうなんですか…、やっぱメディンさんにしっかり謝って、色々教えてもらったほうがいいかな……」
「ハハッ!そんなこと気にする必要ないって。君には僕がいるじゃないか。ま、情報屋なんてやってる連中は、戦う力のないくすぶってる連中って相場が決まってるからね。僕も含めてだけど!」
なんとも返しにくい自虐を言われた後、色々とギルドの裏情報を教えてもらった。
主にギルド員の恥ずかしい秘密ばっかりだったが。
しかし、なんでこんなことまで知っているんだろうか…。
メディンさんも他のギルド員のケツの拭き方とか知ってるんだろうか…。
ちょっとイメージ変わっちゃうな…。
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