第18話


 初日から順調に狩りは続いていた。


 もう3日目になるが、ジャックポットを見つけるコツを見つけてから、かなり狩りがしやすくなった。


 ジャックポットはゆっくり移動している。つまり、周りにある果物や野菜と言った植生もゆっくりと移動していっている。


 もちろん、ポットがいなくなると、そこにあった栄養価の高い植物は枯れてしまい、またもとの雑草に戻っていく。


 しかし、そのためか太い道のように植生が変わっていた名残が見つかる。


 その道の部分の植生は、新鮮な雑草が多く、背の高い草と言うものは少ない。


 俺の探知魔法はどうやら生命体であれば、大まかな形状がわかるらしい。つまり、魔力を有しているものであることが重要であるらしいのだ。


 ただし、ただの石とか、土とかの形状や大きさはわからない。魔力の反発を感じないのだ。


 そういった観点から草の道を探し、道に出たら、より雑草が成長していない方向に進む。


 そうすると、ジャックポット本体が見つかるようだ。


 生命体を見つけるための探査方法ではなく、形を探るための探査方法であるため、魔力の糸を薄くするのではなく、なるべく魔力を通した濃い形にする。


 魔力の消費が激しいが、日々の訓練のためかそこまで疲れてはいない。


 このペースであれば一日使い続けても問題はないだろう。


 ただ、魔力を薄くしていないせいか、どうしても物理法則に引っ張られるイメージが出来てしまい、探査範囲は200mに届かなかった。


 それでも順調に狩りを続け、3日目の時点で15個のジャックポットの魔石、40個以上の他の魔物の魔石を手に入れている。


 「いや~、ショーの探査魔法はとんでもない精度だね!!この難しい狩りをこんなに簡単に…。正直笑いが止まらないよ!!」


 昼食を食べながら、ガルーザさんが興奮した様子で話し出す。


 「探査魔法もすごいが、ショーの機転もなかなかのものだぞ。ジャックポットの通り道から見つけていけばいいってのは気づかなかった。」


 「それもショーさんの探査魔法の精度ありきですからね。やはりショーさんの魔法は飛び抜けたところがありますね。」


 「そうなんですか?僕は他の魔法使いの魔法をあまり見たことがないもので…」


 「まぁ、私達もあまり見れませんよ。なるべく隠すものですから。」


 「とは言っても、伝え聞くところはある。それと比較してもショーの探査魔法は飛び抜けているといっていいだろう。」


 「他の探査魔法ってどういったものがあるのですか?」


 「様々としか言い様がないね。いちばん有名なのはエルフの使う風魔法での探査だ。遠いところの音と匂いを術者に知らせる。精度はそこそこだが、かなりの広範囲探査できるらしい。3、4kmといったところだろうか?たぶんね。」


 「3,4km!?すごいですね…」


 「しかし、精度はあまりない。人数も、大きさもよくわからないらしい。泣き声がわかっていればどんな魔物かぐらいはわかる。喋っている感じから人数も何となく分かるらしいけどね。詳しくはわからないよ。」


 「私は他の魔法を聞いたことがある。どのような属性魔法かは分からないが、暗闇の中でも生き物がいることがわかるらしい。ただし、範囲はそう広くないらしいぞ。2,30m程度だと言っていた。しかし、ショーは昼でも夜でも問題ないしな。ショーのほうが上手なわけだ。」


 「私はあまり魔法に関しては聞いたことが無いですね。しかし、オーク2匹を一人で倒せるということは、少なくとも村長級以上の力は十分にあるはずです。」


 「そうなんですか…。といことは、城下級はもっと強い魔物を倒さなければならないのですか?」


 「う~ん。荘園級以上に関してはモット強い魔物を狩る必要がある。城下級の強さに関してもクリアしていると思うよ。ただ、城下級はちょっと特殊でね。強さの他に知識も必要だったりするんだ。だから、強いだけじゃ城下級には上がれない。」


 「筆記試験のようなものがあるってことですか…。面倒くさいですねぇ…」


 「ま、文武両道なものが人の上に立つってことだね。どこの世界でも同じさ。」


 「いや、わからんぞ。とんでもない功績を立てて、一足飛びにBや国家級になることだってありうる。」


 「確かにそんな事例もあるけどね…。はっきり言って英雄レベルの働きをしなきゃいけない。僕ら凡人は地道に上がってくほうが近道だと思うけどね…。」


 「ふん。城下級の何人がオーク2匹を相手にして戦えると思っているんだ。そんなやつをずっと村長級に置いておかなきゃならないギルドのシステムがおかしいんだ。システムが。」


 「それでも、戦闘能力さえ高ければそれなりに評価してくれるからね。冒険者はランクだけが全てじゃないさ。」


 「まぁ、そうだが…。荘園級以上になるのはやはり冒険者の夢の一つだからな。」


 「それはそうですねぇ。荘園級以上になったら依頼もかなり優遇されますし、依頼を受けなくても冒険者をやめさせられませんし。」


 確かに城下級以下は依頼を受けてない期間が長いとギルド員失格となる。みたいなルールがあった気がする。荘園級以上になればそれはないわけだ。どの世界でも安定っていうのは一つの特権なんだろうな。


 「ま、そこまでなれたら士官だってよりどりみどり。冒険者をやる必要だってないさ。さて、とりあえず、かなりいいペースで狩りが出来ている。あと、一日程度狩りをするだけでも予定以上のペースだ。今日は早めに上がって、明日一日だけ狩りをしたら帰ろうか。」


 「そうだな。狩りすぎたせいか、段々樽草をみつけるペースも遅くなってきてる。それぐらいがちょうどいいだろう。」


 たしかに段々見つけるペースが遅くなってきている。明日一杯狩りをすれば十分だろう。


 「じゃあ、午後は一匹狩れればいいって感じで。行こうか。」


 そしてまた俺達は狩りに戻った。



 昨日の狩りに引き続き、朝から狩りを続けている。


 結局昨日はあの後、2匹のジャックポットを見つけることが出来た。


 そのせいもあってか今日は早めに上がろうとなっている。


 午前中で近場の村まで切り上げる予定だ。


 恐らく時間的にこれが最期の狩りになるだろう。


 今回のターゲットは、ゴブリンのみが周りに集っている。


 その分数が多い。10匹前後だろうか。


 だがこの程度なら何ら問題はない。むしろ他の魔物がいない分かなり楽だ。


 ガルーザといつもの様に釣っていきゴブリンを狩る。


 まぁ、ゴブリンがガルーザ達にたどり着く頃には半分以下になっていたが。


 最期の一匹にとどめを指したのを見計らい、ジャックポットの魔石をの回収に向かう。


 今や魔石回収に関してはなんの問題もない。


 当初は死んだ後でも生き物という感じがして気持ち悪さが拭えなかったが、今はちゃんとただの肉の塊として見ることが出来ている。ちゃんと成長しているわけだ。……成長しているのか?


 今回の樽草の魔石も質がいいのがわかる。きれいな球体であり、色に濁りがない。きれいな土属性の色をしている。


 基本的に魔石っていうのは、その魔物の属性というか使っていた魔法の属性によって決まってくる。


 土属性の魔法だけなら琥珀色に。水属性の魔法だけなら水色にって言う寸法だ。複数の属性を使う魔物は、魔石の色も複数の色が混ざったものとなる。


 大概、一つの属性だけの魔物というものは珍しい。だから、大抵の魔石は色が混ざったものとなっている。その組み合わせによっては価値がある物もあるらしいが、そうでないもののほうが多い。


 そんな中、純粋に一族性だけで、且、大きい魔石のものと言うだけで価値が高い。また、魔石というものが未だに全て解明されていないのだが、どうやらこのジャックポットの魔石にだけは植物の成長を促す効果があるらしい。


 この魔石を加工して作った肥料というのは、開拓地などで大変な人気がある。どんな土地でも確実に2,3年は豊作を約束してくれるからだ。


 俺がそんなことを考えながら魔石を回収していると


 「おい!これ!当たりじゃないか!?」


 アンナさんがそんなことをいい出した。


 他のメンバーがわらわらとよっていくと、ゴブリンの腰に何かが吊り下げられている。


 ガラス…?


 「確かに…、こんなものは初めて見る…、水筒か?中に入っているのは水か?」


 「すごい透明な入れ物ですね…、あ!曲がっちゃった!どうしよう……、いや、戻るんでしょうか…。あ、戻った。意外と柔らかいですね。」


 「おいおい。丁寧に扱ってくれよ。とんでもない儲けになりそうだ。」


 これは…。


 ガルーザさん達がしげしげと見つめている中、俺は愕然とした表情を浮かべていたと思う。


 「ん?どうしたんだい?ショー?当たりは初めて見るのかい?実は僕も初めて見るんだがね。」


 そう言って、当たりを僕に差し出してくる。


 「…これは、多分こうやって開けるんじゃないですかね…、ほら。中の水は…、腐っているようですね。捨てちゃいますか?」


 「…ほう。そういう風に開けるのか。確かに気づかなかった。中の水はそのままで。その水に価値を見出す人もいるかもしれないからね。」


 「いや、しかし、私達にも遂に運が向いてきたんじゃないか?樽草はこんなに狩れるし、当たりは引くし。最近付き過ぎちゃいないか。やはり、ショーが入ったのがでかいのか?」


 「アン。まだわからないよ。ジャックポット狩りは確かにショーの力が大きいが、この当たりはまだどういったものかわからない。当たりを引いても値がつかなかったことだってあるんだから。」


 「とにかく、狩りはこれで終わりだろう?とっとと帰って値をつけてもらおう。いや、オークションになるか?」


 「でかい商会に買い取ってもらうことも出来るけどね。大分値は下がると思ったほうがいい。ま、オークションに出しても値がつかない場合もあるが。」


 「なに、急ぐ旅じゃないんだ。ゆっくりオークションでいいじゃないか。」


 「そうだね。あまり当たりのことは言いふらさないようにしようか。ケチつけられてもつまらないし。」


 「そうだな。冒険者はしみったれたやつが多いしな。」


 たぬきの皮算用をしながら引き上げの用意をしている。


 ガルーザは当たりを布で包み、丁寧に保管している。


 中に入ったスポーツ飲料を万が一にもこぼさないように。


 そう、ペットボトルを丁寧にしまっていた。



 どういうことなんだろうか。


 拠点の片付けを終わらせ、近場の村に向かいながら考える。


 あれは確かにペットボトルだった。


 よく、夏場にあの飲み物のCMをやっている。


 女子高生とかがよく踊っているCMだったようなきがする。


 いや、どうでもいいことか。


 問題はなぜ、ゴブリンがペットボトルを持っていたのかということだ。


 中の水は半ばまでなくなっていた。飲みかけだったわけだ。


 ただ、ゴブリンがあれを飲んでいたようには思えない。


 だってめっちゃ腐っていたから。腐ってたらせめて中身は捨てるだろう。


 中身を川の水とかに入れ替えたっていい。


 それをしていないということは、中のものは取り出していなかったのでは?


 開け方がわからなかったのか?ガルーザたちも開け方はわからないようだった。


 綺麗だったから持ち運んでいたのだろうか。


 確かに、それはわかる。


 こちらの世界に来て気付いたのだが、綺麗な赤とか、綺麗な青、黄色、緑といった原色系の色といったものは殆ど無い。


 基本的に、くすんだ赤とか、青っぽい黒とか、茶色っぽい白とかいったような色しかない。


 染料の質の問題なのか、そもそも不衛生だからなのかはわからない。


 こちらで綺麗な色といったら金とか銀とかになる。


 金銀が装飾品としてもてはやされている理由がこちらに来てわかった。


 単純に綺麗なのだ。


 だからこそ、この森のなかで、ペットボトルがひときわ目を引いているのがわかる。


 日にかざせばキラキラと光るガラスのような透明な容器。


 綺麗な青と白で模様が描かれた装飾。


 しかも水で洗えば何度だってきれいになる。


 不思議な容器だ。


 暗く、緑と茶色しかない森のなかでこの容器を持ち運びたくなる理由もわかる。


 それはわかるが…。


 じゃあ、どこでそれを手に入れたってことだ。


 少なくとも日本にはゴブリンはいなかった。向こうから持ってきたなんてことはないはずだ。


 こっちで手に入れたんだろう。


 こっちにペットボトルが、なぜあるんだ。


 俺がこっちに来たみたいにペットボトルも呼び寄せられたのだろうか。


 …


 「そういえばガルーザさん。いわゆる当たりって言うものは他にどんなものがあるんですか?」


 「当たり?今回のやつみたいなものだよね?僕も全部知っているわけじゃないよ。」


 「それでもいいんです。知っているだけ教えてください…。」


 「そうだね…。前話したゴブリンの靴、今回の容器のようなもの?…、あとは…何か丸い風船のようなものだったり、大量の割れたガラスが見つかったこともある。他には…」


 「数十個のガラス玉が見つかったこともあったな、錆びないナイフも見つかった事がある。後は…、車輪が二つだけの乗り物が見つかったことがあったな。あれは確かとんでもない値段になったと思うが…。」


 「車輪が二つだけ?乗り物なんですか?」


 「あぁ、まず、尻を載せる部分らしきところがあること、それと中心にある歯車を回すと、車輪が回ること、中心の歯車はどうやら足で回すらしいことが解ってな。これは個人で乗る乗り物じゃないかと言われたんだ。」


 「ま、実際に乗りこなせる人はいなかったんだけど、明らかにそういった用途でしか使われないとわかるような形だったからね。絶対に乗りこなしてやるぞということで、大分人気になったんだよ。貴族の好事家に買われていったが、鍛冶屋に似たようなものを作ってもらい、外の好事家たちに配ったそうだ。そこからその貴族の勢力が増してね。王国内でもかなり力のある貴族の一人だよ。」


 バイク…、いや、自転車か?


 たしかに自転車だったらひと目見て乗り物だということはわかるだろう。構造だってそんな複雑じゃない。後輪へ動力を伝える機構さえなんとかすれば、それっぽいものを作るのは難しくないようなきがする。


 全部が全部そうだという保証なんてないが、どうやらほとんど、地球の物らしい。


 これはいったいどういうことだ。


 地球からこちらに色々来ているのか。


 人間だけじゃなく、物や何やらも。


 俺だけが特別こっちに来たものだと思っていたけど、どうやらそういうことじゃないのか…?


 地球から色々なものがこっちに来て、その内の一つが俺だったということか…?


 もしかしたら…、他に、他にこちらに来ている人間もいるかもしれないということか…?


 もし余裕があったら、こっちに来た人間を探してみてもいいかもしれない。


 なにか、もしかしたら、帰れるかも知れない…?いや、しかし、でも、ひょっとしたら…。


 「大丈夫ですか?ショーさん?」


 ミジィさんが心配そうな目でこちらを見ている。


 「え、えぇ、大丈夫です。一体いくらになるのか不安になってしまって…。」


 「ふふ、その気持はわかるぞショー。もしかしたら冒険者引退なんてこともあるかもな。」


 「…そうだね。アン。そうしたらこんなクソみたいな仕事からおさらばできるね。」


 「…生き生きと仕事しているお前が言っても説得力はないな。」


 「そうでもないさ。出来れば毎日穏やかに過ごしていきたいもんだよ。命の危険なしにね。」


 「…ふん。根性なしめ。戦って、稼いで、女をだいて、それが冒険者の醍醐味だろうが。」


 「アンナにそう言われるのは腑に落ちないけど、まぁ、そうだね。」


 「得たお金を寄進すれば、私も司祭にはなれるでしょうね。ありがたいことです。不安定な生活はやはり辛いところがありますからね。」


 「ショーもお金が入ったら引退するかい?」


 「いえ、僕はまだしばらく冒険者を続ける予定です。」


 「いいな。ショー。それこそ冒険者魂だろう。私も冒険者として成り上がって、王国筆頭騎士になるのが夢だ。」


 「城下級になれば、王国騎士への道は開けるよ。そう遠い夢でもないんじゃない?」


 「王国筆頭騎士だ!王国騎士だとまた一から下積みしなきゃならんだろうが。そんなまどろっこしいことやってられるか。」


 「っていうか結局君も安定志向じゃないか。」


 「煩い!」


 とらぬ狸の皮を算用し始めている。


 いや、今までの話からすればあながち皮算用ってほどではないのかもしれない。


 なんとか話をそらすことが出来てほっとしながら、また思考の渦に飲み込まれていった。


 いったい…、誰が俺たちを呼んだんだ?


________________________________________

 

 結局、答えの出ないまま考えだけが堂々巡りしながら、王都に着いた。


 王都に付いた後、早速、当たりと魔石の鑑定をしてもらった。


 ジャックポットの魔石は合計で18個、他の魔石は質のいいものだけで40数個となった。


 かなり受付に驚かれたらしいが、ある程度相場が決まっていたらしく値段は割と早く出た。


 全部で、金貨20枚と銀貨80枚。一週間とすこしでこれなら大分ボロいな。


 今回は4人で割らなきゃいけないが、俺一人で狩るようなら全部独り占めできるのか。


 これはいい仕事を教えてもらった。


 ガルーザさんも俺にできそうな仕事を紹介してくれたんだろう。


 ありがてぇ…。


 それとあたりに関してはやはりかなり驚かれたみたいだ。


 当然相場のようなものはないため、幾つかの商会に話を持っていって買い取ってもらうか、オークションしか正式に値段はつかないだろうとのこと。


 こちらとしては特に急いでいないのでオークションという形にした。


 一年に一度王都で開かれる、公式なオークションらしい。


 このオークションに参加するのは成り上がりの夢の一つらしいが、このオークションに品物を出すことも冒険者にとっては夢の一つらしい。


 ガルーザ達は随分それではしゃいでいた。


 しばらくして、次の依頼の打ち合わせを軽くした後、ガルーザ達と別れた。


 さて、彼らと別れた今、俺は図書館の前にいる。


 必死に読み書きを勉強した理由がここにある。


 最初どうやってナガルス族に会えばいいのかを色々な人に聞けばいいかと思っていた。

 

 多少人を選べば問題ないだろうと。


 しかし、こちらで暮らしていくうちにどうやらナガルス族への差別意識や忌避感は、大分根深いということがわかった。


 少なくとも、ここ王都ではそれは顕著だった。


 あのイニーアさんですらかなり言葉を選んでいたことからも根深さが伺える。


 そういったところで誰かれ構わずナガルス族の事を聞きまわったとすれば、変に目をつけられるかもしれないと思ったわけだ。


 どうせ急ぐ旅でもなし。読み書きは覚えて損もなし。ということで、自分で調べると決めたわけだ。


 図書館には、紙、筆等が売られており、写し書きやメモを推奨している。


 基本的に貸出は一切していない。


 まぁ、そりゃそうだ。見ればわかるが、ここにある本は全て鎖でつながれている。


 借りることは不可能だ。


 ただ、この図書館。王都にあるだけあって広く、蔵書が多い。


 そして明るく、静かだ。


 太陽の光をできるだけ取り込み、図書館内でカンテラやろうそくといった火器を扱わなくてもいいようにしている。


 基本的に王都の図書館には一般人はいない。読み書きが一般人に浸透していないというのもあるが、基本的には学士のための勉強場所となっている。


 この学士という職業は、王国、いや、大陸中で重宝されている重要な仕事だ。


 基本的に学士の資格を得ることができれば、王や領主の相談役になれる。


 基本的にどのような戦争があったとしても、学士は殺されることはない。


 国や領土を運営するにあたって重要な知識を有しており、貴重な財産とみなされている。


 学士を理由なく殺せば、学士の拠点がある場所に報告され、その国、組織への学士の派遣は停止される。


 それはすなわち情報から取り残され、叡智から遠ざかる。


 すなわち国の発展に暗雲をもたらすわけだ。


 また、学士は本人とその家族に至るまで生命が保証されており、学士になるための出生は関係ない。


 理屈から言えば、奴隷からでも学士になれる。


 冒険者が腕力で成り上がる職業だとすれば、学士は知力で成り上がる職業というわけだ。


 だからだろうか、荒くれ者の冒険者であっても学士に対しては一定の敬意を持っている。


 同じ、成り上がりとしての共感から来るのかもしれない。


 つまり何がいいたいかというと、図書館に来る冒険者っていうのは殆どいない。


 いや、全くいないと言っていい。


 よく、城下級冒険者のマディンがギルドの資料室を利用しているが、彼の方が異端だということになる。


 俺もその異端に仲間入りしてるわけだが、図書館の民達はそんな仲間に好奇の視線をチラチラだ。


 居心地悪さを感じながら、本を探し歩く。


 適当に物色した後、有望そうな本をいくつか見つけた。


 『ヴィドフニル旅行記 ―マーティン・ギャレット著―』

 『大陸種族生活様式~未接触部族から歴史的部族まで~ ―サリトス・ハーバー著―』

 『リヴェータ教とナグルス族の歴史的因縁 ―著者不明―』


 とりあえず、この3つを読んでいこう。


 開いている席に陣取り、読書に没頭し始める。


 こちらの本というものは基本的に内容はまとまっていない。


 PCなんて言うものもないし、そもそも紙自体が貴重だ。


 だからあまり書き直すといったことをしないらしい。


 著者が思うままに書いたものをそのまままとめて終わりっていうのも珍しくない。


 また、紙が貴重だからか、一枚の中にびっしりと書き込んである。


 これを解読しようと思ったらそりゃあ、ストレスが溜まる。


 本を読もうと思わなくなるのもわかるというものだ。


 加えて俺は、読み書きが出来るようになったとは言え、初心者もいいところ。


 流石にハードルは高いが、スラスラ読めるようになるまで待っていたらいつまで立つかわからない。


 読みながらスラスラ読めるようになればいいだけのことだ。


 …頑張ろう…。


 『ヴィドフニル旅行記 ―マーティン・ギャレット著―』はなかなか当たりかもしれない。モニに教えてもらった4大陸の事を全て網羅されている。不毛の大地についてはやはり記述が少ないが、それでも大まかなことが描かれている。

 

 ここの大陸はハルダニヤ大陸。ハルダニヤ国のみがこの大陸に存在することからそう呼ばれている。


 このハルダニヤ国については、地方や様々な観光地、領地をくまなく回っており、歴史から始まり細かく描写されていた。しかし、ナガルス族に対しての記述はなく、やはりこの大陸にはナガルス族へコンタクトを取ることは難しいことがわかった。


 ハルダニヤの南部に位置する大陸、これを南部大陸というらしい。モニから聞いたとおり、他種族が混在している国家が様々存在している。エルフやドワーフ、獣人や様々な部族がそれぞれ国や連合軍を形成している。混沌としている文化だが、戦いが常に身近にあるからか、軍部の練度は高く、そもそも個人個人の戦闘能力も高いらしい。そして、その国々の中に、ナガルス族の国があるらしい。国と言っても飛び地のようなものらしく、その本拠地は浮島にあるらしい。


 他にも、国家不在大陸や不毛の大地についての記述もあった。ナガルス族がいそうなところは国家不在大陸もあり得たが、ここは常に国が成り立っては消えていく厳しい大陸らしい。ナガルス族もここの大陸で開拓を進めている可能性もあるが、最初に目指す場所ではないだろう。取り敢えず、ナガルス族に会うには南部大陸に向かうのがいいだろう。


 『大陸種族生活様式~未接触部族から歴史的部族まで~ ―サリトス・ハーバー著―』では、主に南部大陸で生活している各種族や部族の生活様式を記録していた。ここでも、ナガルス族について描かれていたが、ここに住んでいるなガルス族は少なくとも人間に対して敵意を持っておらず、友好的であったと述べている。ナガルス族からしか手に入らない商品が数多あり、また、ナガルス族自体も人間からしか手に入らないものがあるらしく、ここは、どちらかと言うと、ナガルス族にとっての経済特区といった位置づけなのではないだろうか。また、本の後半になるに連れ、著者がリヴェータ教の価値観を捨てきれずに苦しんでいる印象を受ける。最終的には、ナガルス族と友好関係を結ぶべきという内容を示唆しており、この本を書くのは大分勇気が必要だっただろう。この本が、ここにあるという点から見ても、人間が全てナガルス族に対して敵意を持っているわけではないのかもしれない。


『リヴェータ教とナグルス族の歴史的因縁 ―著者不明―』はひどかった。とにかくリヴェータ教の正当性を述べるところから始まり、根拠のない自画自賛が大半を占めている。そこから、ナガルス族がいかに人類の敵かということを執拗に書き連ねている。あまり見ていて気分のいいものではなかったが、すこし興味深い記述があった。リヴェータ教が信仰している神とは実態のある神らしい。少なくとも、悟りを開いた人にしか見えないとか、神は皆の心のなかにいるとか言ったことはないらしい。数年に一度、神幸祭のときに、王都で教皇が神を顕現するらしい。ただ、名前はなく、彼の方とかあのお方とか言ったりするらしい。


 神が実態として存在する。というのは面白い。すくなくとも、元いた世界で神様を見たって言ってるやつがいたら頭がおかしいか、目がおかしいかのどちらかだ。けど、こちらではそんなことはないらしい。神幸祭で神を見たというものがそこら辺にいるらしい。そういうものなのかとも思うが、存在している神って神様って言っていいのだろうか?存在している時点で神様って自称しているだけの何かなんじゃないのか?


 まぁ、いいか。特に被害があるわけでもなし。今の俺には関係のないことだ。


 取り敢えず、次に目指すべき場所は南部大陸だ。


 南部大陸はナガルス族への忌避感もまったくないらしい。向こうの大陸に行ったら存分にききまわれば簡単に部族の場所は割れるだろう。


 今日はこれで十分だろう。


 明日からまた依頼を受けるが、こまめに図書館には来て調べ物をしておこう。


 特に魔法関連の書物を探すべきだろう。きっと役に立つ。


 最近はなんだか順調に進んでいる気がする。大分強くなったし、そこらの冒険者には負けなくもなった。次の目的地も明らかになったし、お金も順調に稼いでいる。


 ひょっとしたら俺は冒険者に適性があったのかな。


 俺ぐらい若くて強いやつなんて周りには一人もいない。


ガルーザたちだって今や俺がいなければここまで稼ぐことはできなかった。


 読み書きだってマスターしてる。


 このまま成果を上げていけば、貴族に士官なんてことになったり…、いや、もしかしたら領地何てもらえたりするんじゃ…。


 いや、流石にないか。ないない。そもそも目的だってあるし。


 でも、食いっぱぐれることは当分なさそうだ。


 明日は、どんな依頼だろうか。楽しみだな。 

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