第17話


 馬車に揺られながら相乗りの人間と雑談している。


 人が乗る馬車はこれ一台だが、他に行商人らしき人が引いている馬車が何台か後ろについている。


 なるべく沢山で行動すれば、それだけ野盗に襲われる可能性も低くなるらしい。


 だから、行商人たちも乗合馬車のスケジュールに合わせて移動することが多いそうだ。


 今話している人は、王都に観光に来た帰りだそうだ。


 「へぇ、それじゃあんた達は冒険者かい?これは当たりだったねぇ。」


 「当たり?どういうことなんですか?」


 「ん?あぁ、新人さんかい?こういう乗合馬車に冒険者が乗っているとね、野盗が襲ってきにくくなるのさ。武器持った人間が馬車に乗ってるんだ。野盗だって手は出したくないだろう?」


 「あぁ、なるほど。そういうことですか。」


 「それにもし野盗に襲われても撃退できる可能性が上がるからね。戦える人間は多い方がいい。」


 「確かに。そのとおりですね。」


 「すこし前に王都で小競り合いがあったばかりだからね、騎士たちもピリピリしてるし。野盗が襲ってくることもないとは思うけどね。」


 「小競り合い?王都で何かあったんですか?」


 「おや?知らないのかい?一年ちょっと前にあったことだが、有名だと思ったんだけどねぇ。」


 「いや、結構最近田舎から王都に来たので…。余り物を知らないのです。」


 「そうかい。じゃあ、物知りマチーダさんが教えてあげよう。わざわざ、王都の定期新聞を購読している田舎者なんて私くらいだからね。」


 「新聞ですか!すごいですねぇ!」


 「ふふ、そうだろう。結構高いがね。情報の大切さってものを理解してりゃ、買わない手はないさ。」


 俺としては新聞があることがすごいと思ったのだが、マチーダさんは違う捉え方をしたようだ。


 「一年とすこし前、ナガルス族の軍勢が攻めてきたのさ。王都に直接ね。」


 「……ナガルス族って…、確か背中に翼の生えた…」


 「そう、ハルダニヤ国に仇なす不心得ものさ。奴らが2,300人の規模で直接王都に乗り込んだ。奴らの長、古代のナガルスは出張っていなかったらしいが、次代の王、青血のシャモーニ、終天のカジらが参戦していたらしい。」


 「青血のシャモーニ…」


 「あぁ、ナガルス族の最高傑作と言われている。魔法に長け、冷酷だ。今回の戦いは、向こう側からしたら大分本気だったってことなんだろう。今回奴らは何かを探しているようだったらしいが、実際のところの目的はわからない。」


 「結局どうなったんですか?王国は負けてしまったんでしょうか?」


 「面白いこと言うねぇ!負けたらあたしらはこんなにのんびりしてらんないよ。王国側も大分ダメージを負ったらしいんだけどね。ダックス様も負傷されてしまったらしい。しかし、なんと!あの最高傑作をだよ!?教皇さまが退けてくださったらしいのさ!」


 「退けた…、どうやったんでしょうか?」


 「なんでも、難しい呪いを掛けたと効いている。この呪いを掛けると死ぬ以外苦しみから逃れるすべはないらしい。」


 「…それは…、可哀想ですね…」


 「なーにが、可哀想だい。奴らはあたしたちの大敵なんだよ?全員滅ぼさなきゃ、あたし達に平穏は訪れないのさ。情けを掛けるべき相手を間違えちゃいけないよ。」


 「…」


 「奴らの長に呪いをかけたからか、そこから向こうは崩れたらしい。その隙をついて、空獣部隊の突入さ!!」


 「空獣部隊…」


 「あぁ。王都を空から守っている部隊さ。様々な空を飛ぶ魔物を使役し、とんでもない強さを誇る。数が少ないっていう弱点はあるが、それでも強い!ナガルス族と戦うときに必ず必要な方々さ。奴らをばらばらにし、敗走させた。そして遂に!ナガルスの最高傑作、青血のシャモーニにとどめを指したって寸法さ。今回は、あたしたちの大勝利ってことさ。」


 「…とどめ…?本当ですか?」


 「あぁ、空獣部隊隊長の飛竜のブレスを浴び、雲海に落ちていったらしい。あれでは助からないだろうってさ。」


 「そうですか…」


 「これでナガルスの悪魔どもの戦意をくじいてやれたのさ。あれから、一切の小競り合いすらない。とはいっても、王国騎士達は気を抜くわけには行かないけどね。ただ、どんなに気を張っていたっていきなり王都に攻め込んでくるんだ。騎士様たちも大変だよねぇ。悪魔どもなんざとっとと滅んじまえばいいのにねぇ。」


 「いきなり攻め込む?」


 「あぁ、奴らは全員空を飛べるからね。浮島に隠れながら王都に向かい、そこから急襲するのさ。だから、ある一定以上の浮島は必ずチェックされている。ヴィドフニルの大樹からね。まぁ、チェックされる前に襲ってくるからあまり意味は無いらしいが、かと言って何もしない訳にはいかないらしいからね。」


 「ヴィドフニルの大樹には毎日沢山の浮島が大小問わず流れ着き、そして出ていっているからね。一つ一つチェックなんて土台無理な話なんだよ。大きい島優先で確認はしているらしいがね。これも、空獣部隊の大事な仕事なんだよ。」


 「そうそう。お兄さんもよく知ってる口だねぇ。浮島の確認作業が空獣部隊の仕事の一つだっていうのあまり知られていないんだけどねぇ。」


 「ま、僕も数いる男子の一人ですからね。憧れた時期があったんですよ。」


 「なるほどねぇ。うちの息子もさ…」


 どうやら関係ない話になってきたようだ。


 ガルーザさんとマチーダさんの空獣部隊トークに花が咲き始めた。


 アンナさんとレジィさんは全く関係ないふりをしている。面倒くさいんだろうな。


 しかし、悪魔どもか…。ナガルス族っていうの大分嫌われているんだな。


 そして、モニは…やはり勇敢に戦っていたんだな。


 一人で飛竜を引きつけ、皆を逃したのか。


 彼女はたった一人で戦い続けていたのだろう。最期まで。そして、苦しんで苦しんで死んでいった。


 いったい彼女が何をしたというのだろう。


 仲間のために勇敢に戦い、母親に優しくされたいがために文句を言わず、痛みに耐えながらも決して仲間を売らなかった。


 そんな彼女が悪魔と言われるほどの人間なのだろうか。


 最期に泣きながらお母さん、お母さんと言っていた少女が、滅んでしまえと言われるほどの人間なのだろうか。


 …いや、そんなことはない。絶対に違う。


 あんなに一生懸命で、何かに身を捧げている人間が、悪魔な訳がない。滅んで良い訳がない。


 彼女の名誉は何も知らない人間が汚していいものじゃない。


 彼女は、あんたなんかより、崇高で、気高く、美しい人だ。


 お前なんかより…。


 自然と、ナイフに魔力を込めている自分がいる。


 もちろんマチーダに投げつけるわけじゃない。


 いつものトレーニングと一緒だ。


 これをすると気分が落ち着く。それだけだ。他の意味は…ない。


 !?


 常時展開していた魔力の糸に何か引っかかった。


 一匹だけだがこれは…、大鬼、オークだろう。


 このパーティーで狩りをしている時、一度だけ遠目で見たことがある。


 他のパーティーが狩っていたから手を出せなかったが、城下級パーティーで一体と戦っていた記憶がある。


 そいつが近づいてくるようだ。


 その後を数名の人間が追いかけている。


 このまま進むとこの馬車にかち合うようだ。


 オークを狩ろうとしている奴らは攻撃しながら追い詰めているらしい。


 ただ、このまま進めば俺たちに危害が加えられる。


 もし、こっちに顔を見せたら殺ってやろう。


 自分と、乗客を守るためだ。何も問題はないだろう。


 ぶっ殺してやる。


 馬車で立ち上がり、ナイフに全力で魔力を込めた後、来るであろう方向に渦魔法を展開する。


 最近、竜巻魔法を渦魔法と呼んでいる。


 竜巻というと自然災害というイメージがあったが、渦魔法だとしっくり来る。


 呼び名を変えてから、気持ち魔法の精度と威力が上昇したように思う。


 他の乗合者は何事かとこちらを見ているようだ。


 アンナとミジィも訝しげな目でこちらを見ていたが、俺とガルーザが同じ方向を見続けていることから何かを悟ったらしい。


 ミジィは他の乗客を宥め、アンナは盾を両手に持ち、兜を被った。


 ザ……ザザ…ザッ!……ガザッ!!ガザッ!!ガザザザ!!!


 茂みの音がだんだん大きくなってきたと思った瞬間、オークが姿を表した。


 「グaッ…………」


 奴がこちらを大声で威嚇しようとした瞬間、奴のドタマに向けてナイフをぶちかます。


 視認できるスピードを超えたナイフは、真っ直ぐ奴の額に向かい、後ろの木を爆散させた。


 途中にあったオークの頭は上半分が溶けた様になくなっていた。


 大分威力が上がってきたな。


 「…相変わらず、ショーのナイフはすごいね…」


 「あぁ…、私達の攻撃よりも威力があるんじゃないか?」


 「後衛が前衛より強いだなんて洒落にもならないね。」


 ぶっちゃけ、アンナとガルーザよりも攻撃力はある。戦っても負けない自信がある。


 でも、チームで戦うというのは一人でやるよりも圧倒的にメリットが有る。

  

 そんなに自分たちを卑下しなくてもいいと思うんだけどな…。


 「いやぁ、お兄さんすごいねぇ。今のは魔法かい?とんでもねぇ威力だ。こいつはマジでついてたねぇ。」


 「そのとおりですわ。こりゃあ、大分安心して旅ができますな。どうでしょう、商人の皆様方、少し早いがここらを拠点として晩を越しましょうか。」


 「そうですな。それがよろしいでしょう。」


 「えぇ、そのほうが結局安全でしょうからな。」


 乗合馬車の御者と行商人達が相談し、キャンプを立てるために散っていく。


 オークの魔石を取るため、俺も死体に近づいていく。


 「おい。こいつを殺ったのはあんたか。」


 オークを追いかけていた奴らが今、追いついたようだ。


 「そうだ。俺が殺った。あんたらは?」


 「このオークを追いかけていたものだ。傷を付け、ダメージを負わせていた。そして、あんたがとどめを指したって寸法さ。」


 なるほど、分前を寄越せといっているのか。いつもならくれてやってもいいが…、ムカつくな。


 「そうかい。その割にゃ、随分ピンピンしていたがな。」


 「なんだと?」


 「こいつは俺が殺ったんだ。魔石も他の部分もいただく。下手すりゃ一般人に危害が及ぶところだったんだ。文句はねぇよな。」


 言いつつ、こいつらに見えないようナイフを構える。


 いや、右手のナイフだけはわざと見えるように構える。


 「…だが、先に攻撃したのはこちらが先だ。そういう場合は…」


 「こいつはダメージを全然負っちゃいなかった。竜を狩ったやつがいたとして、その竜に先に小石を当てていたから、分け前を寄越せってか?随分と勇敢じゃねぇか。」


 「…チッ、じゃあ、討伐箇所だけもらうぞ。こいつは依頼討伐なんだ。」


 「ふざけんな。討伐したのだって俺だ。討伐箇所だって俺のもんだろうが。」


 「…てめぇ…、いい加減にしろよ。こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって。」


 奴らが剣を構える。1,2,…3人。加えて後ろに隠れている後衛が一人か。


 取り敢えず後ろのやつから削っていくか。右手のナイフを牽制として投げて…。


 「まぁまぁ、まぁまぁ。どうか落ち着いてくれ。どうしたんだショー、随分と苛ついているじゃないか。いつもの君らしくないぞ。」


 「…」


 「…お前は…、ガルーザか…。ということは、こいつがうさぎのルーキーか。…なるほど、そういうことか。」


 「あぁ、そういうことさ。迷惑をかけてすまないね。僕からギルドにも言っておくよ。君たちが貢献してくれたおかげで随分と楽に狩れた、ってね。」


 「…しかし、証明箇所がないとな…」


 「いや、証明箇所の角はないんだよ。頭の上半分が吹っ飛んじまってね。」


 「マジかよ。そいつは困ったな。」


 「討伐の証明は他の人間の証言でも問題はないはずだ。僕と…そうだな、乗合馬車の御者の方にお願いしておこう。それなら問題ないだろう?」


 「…わかったよ。ガルーザ。それでいい。たらしのガルーザ先生も随分と苦労しているじゃねぇか。」


 「…なに、それも長くは続かないさ。彼は本当はとっても良い奴だからね。」


 「ヘヘッ、そりゃいい。そういうことなら他の冒険者たちにもよく言っておこう。」


 「悪いね。このことは借りにしてもらってかまわないさ。」


 「そうかい。じゃあ、大きな仕事が入ったら俺らにも一枚噛ませてくれよ。」


 「わかった。近々、かなりでかい仕事が入るかもしれない。そんときゃ頼むよ。」


 「おう。任せておけよ。お前ら!!引き上げるぞ。」


 奴らとガルーザの交渉が終わった。どうやら、戦わなくて済んだようだ。


 最期にこちらを一睨みして帰っていったが。負け犬の最後っ屁かな。


 「どうしたんだい。ショー。随分と乱暴だったね。君らしくもない。」


 「…すいません。すこしイライラしていて。」


 「そういうこともあるさ。そういう時は僕らがカバーすればいいんだ。何か問題があったら僕らにいつでも相談してくれ。」


 ガルーザさんは弱いけど、こういう時は頼りになる。


 俺もすこし短絡的だったな。反省しよう。


 「ありがとうございます。次から気をつけます。」


 「なに。気にする必要はないさ。実際オークはほぼ君が倒したようなもんだからね。正当な権利さ。ああいう時はちゃんと言ったほうがいい。冒険者はなめられたら終いの稼業さ。」


 「はい。ありがとうございます。ホントにすみません。」


 「ほらほら。もう湿っぽい話は終わりだ。とっとと魔石を回収して、飯にありつこうじゃないか。皆を守ったヒーローだ。今日はうまい飯が食えるぞぉ!」


 ガルーザさんが肩を叩きながら、僕を薪前に連れていく。


 うまそうな飯の匂いが漂ってきている。


 とたんに腹が減っていることに気づく。


 「ショー。見事だったぞ。今日の大将はお前だ。腹いっぱい食うがいい。」


 「素晴らしかったですよ。ショーさん。ほら、お酒もすこし飲みましょう。今日の見張りは他の方々がやってくださるそうですよ。」


 アンナが大きめの碗に肉のたっぷりはいったスープを、レジィがコップに酒を注いで差し出してくる。


 その日は気分良く食って、飲んだ。


 なんとなく、彼らとホントの仲間になれた気がした。


 それからは順調に旅をすすめることが出来た。途中で魔物に襲われることもあったが、オークと比べるべくもない奴らばかりだった。目的地に付いた後、行商人の人たちは大分別れを惜しんでくれた。次の護衛依頼は君たちに任せたいとまで言ってくれた人もいた。その人達に丁寧に別れをいい、森の奥へ入っていく。今回の狩りは森の中ほどに拠点を構えたほうが良いらしい。認められたことが嬉しかったのか、随分と足取りは軽かった。


 

 「さて、拠点も構えたことだし、明日から狩りに入る。その前に軽く打ち合わせをしたい。」


 「まず、狩る対象植物は、マンドレイク属のドライアド種、ジャックポットだ。これは、大きな樽のような形をしている植物で、そこに魔物や動物を取り込み栄養とする植物型の魔物だ。こいつの魔石は良い堆肥になるいわれそこそこの高額で取引される。見つけてしまえば、狩ること自体は難しくない。」


 「狩るまでが大変なんですよね。」


 「そのとおりだ。生態はよくわかっていないが、こいつの周りには栄養価も高く味も良い実がなる気がたくさん生える。それを狙って様々な魔物や動物がおびき寄せられていく。おびき寄せられた生き物はこいつに引っかかるわけだ。」


 「しかも、こいつ自身ゆっくりとではあるが移動しており、必ず同じ場所で狩れるわけじゃない。こいつの周りに魔物が多いことから、狩るのも難しいとされている。が、だ。」


 「僕の出番ですね。」


 「そう。その通り。魔物が多くいる場所を探せば、こいつを見つけること自体は難しくない。おびき寄せられた魔物もこちらが先に探知できるから、隠れて狩ることもできるのではないか、と踏んでいる。」


 「そんなにうまくいくのか。」


 「うまくいかない場合もある。その場合はおびき寄せられた魔物を釣って、狩っていけばいいだろう。おびき寄せられた魔物はいいものを食っているせいか強い魔物が多い。しかし、ショーの力があれば、一匹ずつ釣って、先制攻撃をかませば狩るのは難しくないだろう。」


 「大分ショーさんの負担が大きくなりそうですねぇ…。」


 「構いませんよ。むしろお役に立てて嬉しいくらいです。」


 「すまないね。ショーくん。しかし、これで安定的に狩ることができれば、僕らだけの狩場ができる。自分たちだけの狩場がある。これは冒険者にとっても夢の一つだろう?」


 「ま、それはそうだがな。」


 「フォーメーションはいつもの通り、僕とショーが先行して、狩れるようだったらそのまま狩る。難しいようだったら、逃げるか一匹ずつ釣って、アンナと一緒に狩る。ミジィはいつも通り補助と回復を頼む。」


 「わかった。」


 「了解しました。」


 「質問がないようだったら今日はこのまま休む。明日の朝一から狩りだ。」


 特に質問はないようだ。


 食事の用意をし、泊まる準備をする。


 「?あれ?見張りはつけないのですか?」


 「あぁ、ここは問題ない。この泉の周りには魔物よけが掛けてある。」


 「魔物よけ?ですか?」


 「そう。冒険者は様々な場所に泊りがけで狩りをする場合がある。また、森の奥深くまで潜って依頼をこなす場合もある。そういうときの中継所として使えるように、冒険者たちの間でこういう場所を作っているんだ。」


 「は~~。ギルドが管理してるんですか?」


 「ん~~、そういう場合もある。しかし、ここは冒険者たちだけで管理している。よくここを狩場にする冒険者同士が打ち合わせて、ここに来た時に魔物よけを撒くのさ。継続的に長い間魔物よけを撒いておくと、そのうちほんとに魔物が一切寄らない場所が出来上がる。ここは大分長い間拠点として使われたから、ほぼ魔物は来ないと思っていい。ちなみに、これから僕は魔物よけを撒いてくるよ。」


 「こういう場所ってどうやって調べればいいんでしょうか。」


 「ここをよく使っている冒険者に聞くしかないね。しかも、金を払っただけじゃ教えてくれない。その冒険者に信頼されなければならない。そこが荒れてしまったら、その冒険者だけでなく他の冒険者全員に迷惑がかかる。大損害だからね。」


 「なるほど。…これは、僕が知っても良かったんでしょうか。」


 「もちろんさ。僕らは君を信頼している。君はここを荒らすようなことはしないだろう?」


 「もちろんです。」


 「いい返事だ。じゃあ、一応こういうところを使うに当たっての注意点を教えていこう。」


 ガルーザさんにここを使う際の注意点を幾つか教えてもらった。


 他の場所でもだいたいここと同じようなものらしい。


 基本的に、魔物よけを必ず撒いておく、きれいに使う、魔物よけを撒いた範囲内のものは小石一つであっても持って帰ってはならない、ここでは殺生をしてはならない、ここで自らも死んではならないといったところだ。


 自分は死なないようにするって難しくないかとも思ったが、自殺するなということらしい。


 死体があれば、それだけで魔物がよってくる。


 皆で使う場所はみんなのものだから、綺麗に使って、勝手に持ち帰ったりしてはいけません。


 まとめるとこんな感じだろう。


 キャンプ場みたいな感じかな。


 魔物よけの撒き方とか、その他細々したことを教えてもらいながら夜は更けていった。


 

 「そいじゃあ、いこうか。ショー。頼むよ。」


 「はい。」


 返事をする前から、魔力の糸を伸ばしている。


 たった一本の糸を長く、薄く、伸ばしていく。


 一本だけなら大分長く伸ばせる。


 この一本の糸を自分を中心に回す。


 レーダーみたいな感じだ。


 自分を中心とした半径300mの円ができがある。


 「今のところは…、反応はありませんね。」


 「わかった。取り敢えず森の中心に向かって歩こうか。」


 「了解です。」


 俺とガルーザさんは森の中心に向かって歩き出す。


 その後ろにレジィさんとアンナさんが続く。


 30分くらい歩いた頃だろうか。複数の魔物が近くにいる場所を見つけた。しかも、争っている形跡がない。……当たりか?


 「…ショーさん。このまま右手に真っ直ぐ行くと、種類の違う魔物が数匹たむろってます。」


 「…了解だ。」


 返事をしてすぐ、アンナさんとミジィさんに合図を送る。


 アンナさんは盾を構え、ミジィさんは俺たち全員に補助魔法を掛けていく。


 今回は、消臭、消音の魔法らしい。気配を消す事を中心に魔法をかけてくれた。


 俺たちは腰を低くしながら先へ進む。


 目的の場所はすこしくぼんでおり、高台から見下ろせる。といっても2,3m程度の高さだが。


 まず、ゴブリンが4匹いる。確認した瞬間、魔力の巣を全方位に展開。様子を確認したが、ゴブリンはここにしかいないようだ。


 その他には、狼らしき生き物が数匹、芋虫のような生き物が一匹、そしてオークが2匹。


 そしてそれらの中心には、でかいペリカンの口みたいな形をした植物がいる。


 ガルーザさんを見ると、こちら見て頷いてくる。


 どうやら当たりらしい。


 しかし、どうするか。


 他の奴らはまだしも、オーク2匹がな。2匹以上のオークには手を出すなと言われているし、どうしたもんだか。


 一応、ジャックポットの魔力の感じはわかったから、他のところに向かってもいい。


 だけど、ほかもだいたい似たようなもんじゃないのかね。


 ここで狩れなかったら、他でも狩れないような気がする。


 ガルーザさんを見ると…どうやら、やる気のようだ。


 そりゃそうだろう。お宝を目の前にして尻尾巻いては逃げらんないよな。


 俺は、自分を指差し、トロール二匹を指差した。その後、ガルーザを指差し、アンナの方向を指差す。


 ガルーザは頷く。


 了解をもらったと判断し、ガルーザの反対側に進んでいく。


 気配を消しながら歩いて行く。


 消音、消臭の魔法はかかっている。


 ただ、これはあくまで自分の体の音に限る。


 骨の軋む音、呼吸の音、体臭、口臭、そういったものだ。


 歩いたときに踏んだ土の音、葉のかすれる音、枝が折れる音、そういったものは消してくれない。


 だから、慎重に進む。アンナはたまに森の歩き方を教えてくれる。


 なるべく乾燥した葉や枝の上をあるかないようにする。


 最近、二つの足よりも手を使った四足で進むと音が少なくなることに気づいた。


 そしてどうしても、葉や枝を踏まなければならない時は、水魔法を使う。


 俺が出せる水は少ないし、飛ばない。攻撃にはとても使えない程度のものだ。


 せいぜい掌を濡らす程度のものだ。


 だから、掌を濡らして、四足で進む。


 乾いた枝や葉は水で濡れたことで音が鳴らなくなる。


 手で濡らした跡を足で踏んでいく。


 こうして歩くとわかる。


 雨の日に、森の中で、四足の動物が近づいてくる事を知るのは不可能だってことを。


 うまく風下から回るため、大回りになる。


 消臭の魔法をかけているが、念のため体中に水で濡らした土を体中に塗りつける。


 出来ることは何でもやっておいたほうがいい。

 

 死ぬことに比べたら泥に塗れるほうがまだましだろう。


 気づかれることなくオーク2匹の背後に回る。


 奴らは…アホ面下げて果物を食べている。二人で仲良く…。


 オークが2匹以上で行動する時、それは番であり、家族であるらしい。


 こんな森の奥にいたのなら人間を襲ったこともないだろう。


 あんなに仲良さそうにしているのに殺さないといけないのか…。


 いや、たとえ今まで危害を加えていなかったとしても、人間に会えば襲うに決まっている。


 何を考えているんだ。こんな当たり前の事を…。


 でも、人間だって…、戦争を始めれば人を襲うし、野盗たちだって人間から奪う。


 彼らを殺すのと人間の家族を殺すのにいったいどんな違いがあるっていうんだ?


 …いや、やめよう。無駄なことを考えてもしょうが無い。


 俺は強くなる必要がある。金だって稼がなきゃ路銀に困る。生きてくためには飯は必要だ。


 新しい魔法を勉強するためにだって金は必要だ。いい武器を買うのにだってもちろん必要だ。


 生き残って、金を稼いで、強くなる。


 ナガルスの長に会うまでは、死ねない。


 その為には奴らを殺すんだ。殺すんだ。


 両手にナイフを握りしめ、渦魔法を二つ、奴らの頭に伸ばす。


 やめろ。自分の果物を片割れに分け与えるな。


 魔力を込めれるだけナイフに込める。長く苦しまないように。


 汚らしい声を上げながら、笑い合うんじゃない。


 後は、ナイフを離すだけ。離すだけだ。


 静かに、静かに渦を整える。そうだ、渦が乱れると気づかれやすくなる。整えるまでまたなければ。


 呼吸が浅くなる。ダメだ。呼吸が浅いと気づかれやすくなる。深く、静かに吸い直さなければ。


 お互いを毛づくろいしている。俺もすこし前、モニの髪の毛をといでやっていた。


 いや、何を言っているんだ。消音の魔法がかかっている。吐息の音を気にする必要なんてない。


 生きるためだ。必要なことだ。なんの問題もない。


 ふと、2匹のオークがこちらを向いた気がする。


 いや、気付いているはずはない。


ただたまたま2匹ともこちらに首を振り、たまたま目があっただけだ。


 そして俺の手に、ナイフはもうない。


 気付いた頃には2体のオークの頭は消し飛び、重なり合うように倒れていた。


 水の中で叫んでいるかのような、ガルーザの声が聞こえる。


 ゴブリンも、狼も彼が引き連れていくのがわかる。


 後ろから削っていくために、のそのそと歩いて行く。


 目線は前に固定し、決してオーク2匹を見ないようにする。


 目線を固定したからか、足元が疎かになっていた。


 窪みに躓き、前につんのめる。


 すっ転ぶという無様は晒さなかったが、オーク達の死体が目に入った。


 たまたま2匹の手が重なって倒れている、その死体を。


 そう、たまたまだ。


 俺は反吐が出そうになるのを我慢しながら、ガルーザたちの方に向かっていく。


 一匹ずつナイフを刺して殺していく。


 結局なんの問題もなく、敵を全て殲滅した。


 アンナとレジィに魔物たちの魔石回収は任せ、ジャックポットの魔石をガルーザと回収する。


 野球ボール大の魔石だ。琥珀の様な色をしている。


 「うん。見事な魔石だ。これはいい値段になるぞ。」


 「…」


 「まだ、朝も早い。次の獲物を探すかい?」


 「…えぇ、そうしましょう。」


 俺達は次の獲物を探しに、また歩き続ける。


 金のために、生きるために。

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