第16話

 最近は随分調子がいい。


 朝の目覚めも抜群だ。

 

 教会の鐘がなる前に目が覚める。


 装備を整え、ナイフを一本取り出し、部屋の隅に向かって吸い出す。


 ナイフが部屋の角に挟まれるように差し込まれた。良し、今日の調子は抜群だ。


 朝食を食べたら、修道院に向かうか。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 「ショーさん!!今日も読み書きの練習ですか?」


 「アナリア!そうそう。ついでに何か直すものがあればとも思ってね。」


 「もうありませんよ…。ここ数ヶ月でショーさんが全部直しちゃいましたから。」


 「そうか…。じゃあまた肉でも狩ってくるかな。」


 「イニーアさん言ってました。ショーさんは読み書きは全部覚えたのに、あたしたちのために通い続けてくれてるって。」


 「いや、そんなことないって。ここにある本はシンプルで読みやすいんだ。田舎から出てきた僕はとにかく情報を集めなきゃならないからね。ギルドとか図書館にあるような本はちょっと難しすぎてね…、教材に使われているような本がちょうどいいんだ。」


 「…ここにある本もう2周目じゃないですか…」


 「…ま、あれだよ。何回も読んだほうが勉強になるし、イニーアさんにも会いたいしね。美人だから。」


 「話は聞かせてもらった!!」


 !


 「まさかそんなに…おまえが……私のことを……」


 「え…?あれ?アナリア?」


 いない。いや、いる。部屋の隅の方だ。


 横にいるのはこの修道院にいる悪ガキ共と、脳みそ恋愛少女達だ。


 ちなみにアナリアは、脳みそ恋愛溌剌少女だ。


 「たしかに私は美人だ。それなりにモテてもきた。だがな、決して尻の軽い女というわけではない。」


 「え…えぇ、そうですよね。僕もそう思います。」


 「3日とおかずに修道院に来ていたのは私に会うためだったということか。その努力は認めるが、私をそう簡単に攻略できるとも思ってほしくない。」


 「確かに。おっしゃる通りかと。やはり潔く身を引くのが男の器…」


 「だがしかし!!だが!しかし!だ!!初級冒険者にも関わらず、勉学に勤しみ、恵まれぬ子どもたちに奉仕するその心意気やよし!だ!」


 「ありがとうございます!!これも皆さんのおかげです!!これからも失恋に負けず一層精進を…」


 「その奉仕の心に免じて!!私を口説く権利をやろう!!毎回会うときに甘い言葉を使え!!」


 「いえ!!振られた男は潔く…」


 ゴッ!!


 イニーアさんの左フックが俺の肝臓に重く突き刺さる。


 「その奉仕の心に免じて!!私を口説く権利をやろう!!」


 「…」


 脂汗が止まらない。しかし、慎重に慎重に答えを返す。


 「…イニーアさんのような美しい方を口説くだなんて恐れ多い…」


 グイッ、ゴッ!!


 左肩を引っ張られ、腰よりちょっと上の背中に右フックが刺さり落ちる。


 あぁ、腎臓打ちか…。


 「その奉仕の心に免じて!!私を口説く権利をやろう!!」


 「…」


 「………」


 「…と、年上の方はちょっと…」


 「うわ~~、ショー言っちゃったよ…」


 「よく言えるね…あれ…」


 「俺でも言わないように気をつけてんのに……」


 外野が煩い。君たち。そういうのはもっと早くいいなさい。お兄さんいま絶賛後悔中だから。


 すると思いの外、優しい両手が俺の頬を包み、ゆっくりとイニーアさんの方へ顔を向けさせる。


 イニーアさんは…、あれ?すごく優しい笑顔をしている。


 なんだ。そろそろ冗談もおしまいってことか。流石だな。やめ時をわきまえているっていうか。なんていうか。こういうことができるから、子どもたちに慕われているんだろうな。そう思うと頬に当てられてる手も温かい。恥ずかしいけど、すこし、実家の母を思い出す。俺が子供の頃、母さんもよくこうやって耳を掴んで、…耳随分しっかりと掴んでらっしゃいますね。


 …耳、掴んでらっしゃいますね…。


 全然動けないんですけど。あ、優しく引っ張るんですね。


 あ、しっかりと握り直すのやめてもらっていいですか。なんか、ハハッ、耳が引きちぎられる想像なんかしちゃったりして…ヘヘッ…もちろん信じていますけどね?


 「その、奉仕の心に、免じて。私を、口説く、権利をやろう」


 「光栄です!!毎日口説かさせていただきます!!」


 「うむ。今日も哀れな子羊に恵みを与えてしまった。私の徳が上がってしまう。恐ろしい…」


 何言ってんだこのババア、肌と一緒に脳みそまで黒ずんでんのか、なんてことは微塵も思わない。


 なぜなら、まだ耳を掴まれているからだ。


 そしていま大爆笑しているガキども。いつの間にか修道院全員の子供が集まったようだが、復讐してやる。


 取り敢えず、修道院中に俺自作の最高に気持ち悪い翁面を各所に隠しておこう。


 特に夜中にトイレにいくときに自然と目につく位置に隠しておこう。漏らせ。ガキども。


 その後、読み書きの練習をつつがなくこなした。


 周りでガキどもがくすくす笑っていたが、勉強に集中した。


 勉強中にイニーアさんがこれみよがしに何回か目の前を通り過ぎたが、勉強に集中した。


 次に狩ってくるうさぎには下剤を仕込んでおこうか…。


 修道院を後にしながら効率的な復讐の方法を考える。ちくしょう。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 「やあ!ショー!明日は少し遠出をしようと思ってる。採集と配達だ。」


 「ガルーザさん!採集と配達ですか?あまり儲けが出るとは思いませんが…」


 「そんなことないさ。配達はおまけみたいなもんだけど、採集はそうでもないよ。採集といっても半分討伐のようなものだがね。」


 「半分討伐ですか?採集なんですよね?」


 「うん。これから採集しに行くのは植物の魔物さ。植物の魔物っていうのは数多くいるが、今回採集する植物から取れる魔石っていうのがいい堆肥になるんだ。だから結構な値段で売れる。ただし、この植物の周りには芳醇な果物が沢山なっていて、魔物もよってくる。大体の生息地はわかっているが、ゆっくりと動く植物だからか、探索しなきゃならない。つまり」


 「僕の出番ってわけですね。魔物の動きを探索して目的の植物を見つけると。」


 「その通り。正直、君がいなけりゃ受ける予定はなかったが、もしかしたらと思ってね。試しにいっちょ狩ってみるかってこと。」

 

 「配達は?何か関係があるんですか?」


 「いや、あまり関係ない。王都から南下したところにその生息地があるんだが、その途中途中にある村や街に手紙やちょっとした小物を届けるんだ。大した額にならないことが多いが、貧乏冒険者はこういう依頼でコツコツ小銭を稼いでいかなきゃね。」


 「なるほど。勉強になります。」


 修道院の奴らに教わるよりずっとなぁ!!


 「なに。いいってことさぁ!明日から出発。一日で目的地に到着。2,3日~一週間狩りをして帰ってくるって予定さ。」


 「結構な長さになるんですね。泊りがけの装備って無かったよな…」


 「そう!そうだろうと思ってね。今日は、ショーの長期間依頼用の装備を揃えようかなと思ったんだ。依頼はもう受けちゃったし。」


 「おう。なるほど。では早速行きましょう。」


 「任せてくれよ。いい店紹介するよ。」


 最近は、ガルーザさんたちとよく依頼をすることが多い。臨時パーティーを組んで依頼をこなしている。


 ガルーザさんはかなり気の利く人だ。パーティーのリーダーをやっているだけあって人の心の機微っていうものに聡い気がする。いつも完璧に準備をしてくれて後は出発するだけって状態にしてくれる。依頼中もなるべく疑問が残らないように説明しながらという気の使いっぷりだ。最近はギルドにほとんどよらなくても仕事ができてしまうぐらいだ。

 

 アンナさんもミジィさんも馬鹿にすることはあるが、ガルーザさんを信頼していることがわかる。ホントに重要な場面では、絶対に文句をいうことはない。お互いに信頼していることがわかる。少し羨ましい。


 何よりすごいのは、彼らは自分の力を過信するっていうことがない。俺の少ない経験だと、冒険者っていうのは、戦えるレベルのE~城下級になると、大体調子に乗っている。それ以上になると、物静かだったり、喧嘩は絶対に売らなかったりと心の何処かで油断していない奴らが多い。国家級以上にあったことなんてないが。そんな中で、彼らは、特にガルーザは、自分の力を過信することはない。そこまでしなくてもいいんじゃないかってくらい慎重だ。目上の人間にはもちろん、目下の人間にすら丁寧な物腰で接する。


 ガルーザの強みは徹底した自己評価と、臆病さから来る事前準備と情報収集だろうか。他の冒険者が疎かにしがちな情報についてもガルーザは重きをおいている。だからこそ、俺の探査能力についてもかなり高い評価だ。


 ただ、確かにガルーザ、そしてアンナもあまり強い冒険者というイメージはない。自慢するわけではないが、二人と戦っても勝てる自信はある。チームプレイと戦術で戦うパーティーといったところだろうか。ちなみに、ここにミジィが加わるととたんに勝てなくなるだろう。回復役はズルイよなぁ。


 一通り、ガルーザさんに装備を整えてもらったあと、一旦別れた。アンナさんとミジィさんと明日の打ち合わせがあるらしい。俺も参加した方がいいのか聞いたら、半分君への教育をどうするかみたいな話だから大丈夫だと言われた。


 少し時間があいてしまった。


 …冒険者ギルドによってみるか。ガルーザのことだからこれから向かう町や、魔物たちの詳細は調べているだろうが、俺が調べちゃいけないってことはないだろう。いや、ガルーザさんを見習って調べるべきだろう。何事も自分でやってみないと。


 冒険者ギルドの受付に資料室を借りる旨を伝える。


 中に入ると先客がいたようだ。あれはギルドでよく見る…確か、城下級のマディンさんだ。もう60歳以上になるけど現役で冒険者をしている。孫までいるらしい。まぁ、逆を返せばそれだけやってきて城下級にしかなれなかった人だとも言える。多分戦闘能力はあまり高くないだろう。恐らく戦えば勝てると思う。


 マディンさんはこちらを見た後一言。


 「うさぎのルーキーか…」


 「…そう呼ばれているそうですね。確かあなたは…マディンさんですね。」


 「あぁ…。うさぎしか狩っていない割にはなかなか礼儀正しい男だな。」


 「冒険者はランクが全てですからね。万年城下級の方にも敬意は払いますよ。」


 「ランクが全てっていうのはそういう意味じゃないんだがな。だが一面、正しい。サイコロに一面しかないと思えるのは若いやつの特権だな。」


 おうおう。随分と喧嘩売ってくれるじゃないのよマディンさん。


 「それに今はうさぎ以外にも討伐対象を狩っています。冒険者の義務は果たしていると思いますが。」


 「質の悪い奴らとパーティーを組んで、だろ?一人で何処までできるもんかね」


 「独りでだって出来ますよ。でも、ガルーザさん達がわざわざ俺のために時間を割いてくれて、色々教えてくれるんだったら、教えてもらったほうがいいでしょう?っていうかガルーザさんたちを悪く言うのやめてくださいよ。」


 「そうかい。とにかく一人でできるようになったほうがいいと思うがね。独りで前に勧めてこそ冒険だろう?冒険者のルーキー。」


 「……そのうちすぐ一人で活動しますよ。彼らから冒険者のいろはを教えてもらった後でね。」


 そのまま、資料室を出ていってしまった。なぜあんなに絡まれたのか分からないが、まぁ、いいだろう。こんなところでくだらないことにこだわっていられない。万年城下級なんて好きに言わせておけばいいさ。


 結局試料を確認することはできなかったけど、ガルーザさん達がいるからいいか。わからなかったら聞けばいい。


 宿に戻った後、購入した装備を確認し眠りについた。


 もちろんいつものトレーニングをした後に。


 

 今日も鐘がなる前に目が覚める。


 しばらくいなくなるから修道院に挨拶しておこう。


 

 「おはようございます!ショーさん!!今日も勉強ですか!?」


 「おはよう。アナリア。今日も元気だね。今日はちょっと挨拶に来たんだ。しばらく街を離れる依頼を受けてね。」


 今日もアナリアは元気だ。先日のことは忘れちゃいないが、元気なのはいいことだ。


 「そうなんですか…、わかりました!今すぐイニーアさんを呼んできます!任せてください!今度は皆で馬鹿にしたりはしません!皆ほんとに子供なんだから…」


 ハハッ、君も子供だよ、バーカバーカ。


 「呼ぶ必要はないぞアナリア。私はいつもここにいる。」


 意味わかんないですよイニーアさん。


 「おはようございます。イニーアさん」


 「………」


 イニーアさんは返事をしない。虚空を見つめ佇んでいる。屍のようだ。


 「二週間ほど街を離れるから挨拶をと思いまして。」


 「………」


 イニーアさんは返事をしない。おもむろにアナリアを抱きしめ、虚空を見つめ佇んでいる。屍だ。


 「しばらく食料も狩ってこれないので、大丈夫かなって。」


 「…………」


 イニーアさんは返事をしない。アナリアはこちらをチラチラ見ながらイニーアさんの頭を撫でている。イニーアさんは赤ん坊のような呻き声を上げながら虚空を見つめ佇んでいる。ゾンビだ。最高にムカつく。


 「…」


 「…………」


 「…イニーアさんの美しさは今日も花のようです。」


 「…」


 「…」


 イニーアさんは返事をしない。


 アナリアは、え?それで終わり?みたいな顔をしている。


 「あなたに会えない間胸が張り裂けそうでした。あなたに会えることでやっと胸の高鳴りが収まるのです。あなたに毎日命を救われているようなものです。この恩をどう返せばいいのか、日々悩んでおります。ああ、二週間もあなたに会えないなんて…胸が張り裂けて死んでしまうかもしれません。」


 イニーアとアナリアが目配せをしている。


 いいかな?


まぁ、いいんじゃない?こんなもんでしょ。


 努力賞ってとこ?


 笑


 みたいな会話を感じる。


神様ぁ!リヴェータ教の神様ぁ!今こそ天罰を下すときですぞ!今こそチャンスです!私毎やってくだされ!!


 「うむ。なかなか殊勝な心がけだ。依頼で出るのか?」


 「…いえ、それもあるんですが、メインは狩りです。泊まり込みで狩り続けようという話になりまして。」


 「そうか。回復薬は持ったか?冒険者の必需品だぞ。」


 「一応持っていますが、問題ないと思いますよ。リヴェータ教の仲間がいるんです。回復魔法があるから大体の傷は直してもらえます。」


 実は一度試しに回復魔法を掛けてもらったことがある。狩りで傷を負うことはなかったからわざとナイフで傷をつた。結構深く傷つけたが、ものの数秒で傷が塞がっていく様子は圧巻だった。ちなみにナイフで傷をつけたのはミジィだった。傷をつけたときの顔と回復魔法を掛けているときの顔のギャップにはドン引きしたもんだよ。ほんと。


 「……リヴェータ教の仲間?この王都にか?城下級以上の奴か?」


 「いえ、皆村長級だと言っていましたよ。ご存じないんですか?」


 「あぁ、知らないな。…はぐれか。……ちょっと待っていろ。」


 「?はい。」


 しばらく立ってイニーアさんが戻ってきた。手にはきれいな宝石のような物を携えている。


 「冒険者には3つの必需品があると言われている。剣と、薬と、覚悟だ。」


 「へぇ~、なるほど。それが薬ってわけですか?」


 「いや、これは覚悟だ。」


 「覚悟?それは抽象的な話ではないのですか?」


 「いや、そうではない。剣とは武器のこと。つまり最低限の戦闘力を持っているという意味だ。薬とは回復薬、もしくはリヴェータ教の回復魔法を習得した者を指す。リヴェータ教そのものをさす場合もあるが、つまりは、必ず生きて帰るという意味だ。冒険者とは生きて帰ってこそ一人前ということだな。そして覚悟はこの丸薬を指す。」


 「…どういうこと何でしょう。」


 「これは冒険者が城下級になったときにギルドから支給されるものだ。ただ、城下級未満のものでも持っていることはある。リヴェータ教から購入できるからな。」


 「この丸薬を飲むと、戦闘能力が著しく向上する。どのように強くなるかは一人ひとり効果が違い、法則のようなものはまったくない。基礎能力が高いほど、より高い能力になると言われているが、それも確実ではない。そして当然、副作用がある。」


 「…死ぬということでしょうか。」


 「いや、死ぬよりもヒドイ苦しみを味わうとされている。ある冒険者は、20歳でこの丸薬を飲むような状況に陥り、これを飲むことで危機を脱した。しかしその後80年間、皮膚が剥がれ落ち、再生するという呪いに悩まされた。老衰で死ぬ瞬間まで、気が狂う事もできず、自殺しようとしても直ちに肉体が再生した。」


 「しかし、この冒険者は100人以上からなる国家級傭兵団を一人で壊滅させた。自らの妻と子供を守ろうとしたのだ。後年、家族は彼を献身的に支えたが、彼自身、家族への怨嗟が止まることはなかったという。ちなみに彼は丸薬摂取時、家長級だった。」


 「…」


 「ある冒険者は、この丸薬を飲むことで、大陸をほぼ3日で横断した。病気の息子へ薬を届けるためだったという。横断途中のガジディアル山では3体のドラゴンの死体が発見されている。彼は幸運なことにしばらくして死ぬことが出来た。体に無数の足が生えてきて、最後の足が自らの頭から生えてきた後、息絶えた。一日一本の足が生えてきたとされ、生えた足は全部で97本だった。」


 「…もう、いいです。やめてください。」


 「いや、ショー。聞くんだ。お前は聞かなくてはならない。」


 「これは冒険者ではないがいちばん有名な話だ。彼はおおよそ国家級冒険者に相当する能力を有していた。この大陸が危機に瀕し、崩壊しようとした時、彼はこの薬を飲んだ。その結果、大陸の崩壊はとまり、多くの民が救われた。ただ、彼は永遠とも言える時間苦しんでいると言われている。」


 「?永遠ですか?老衰で死んだりはしなかったのですか?」


 「それすらわからない。ただ、おそらく生きているだろうと言われている。」


 「どこにいるんです?その人。」


 「我々の眼の前にいるではないか。」


 そういってイニーアさんは王城を指差す。正確には、その向こう側を。ヴィドフニルの大樹を。


 「かれは大樹となり、大陸中に根を生やすことで大陸の危機を救ったと言われている。初代国王ハルダニヤだ。そして今もなお苦しんでいると言われている。」


 「く、苦しんでいるなんてわからないじゃないですか。」


 「そうだな。だれも木の声はわからない。ただ、本当に苦しんでいないと思うか?」


 「…」


 「それが答えだ、ショー。」


 「ナゼこんな話を…?」


 「それは、この丸薬を渡す時、必ずこれらの話をしなければならないからだ。莫大な力を手に入れる代償に、受け入れるべき苦しみの可能性を。この代償を知った上でなお、丸薬を飲む必要があるかどうか、お前自身で判断するんだ。ショー。」


 そしてそっと丸薬を渡してくる。青く、ツルツルとした、宝石のような丸薬だ。


 「常に身につけているものに入れておけ。そのロケットとかにな。」


 「なぜ、これを渡してくれる気になったのですか。」


 「お前には目的があるだろう。何かはわからんが、必ず叶えると考えているはずだ。」


 「…」


 「そういう奴は行動でだいたい分かる。成り上がってやるとか、金持ちになりたいとか言っているやつはがむしゃらに目の前の事をこなしはするが、遠い先を見ての行動はできない。しかし、お前は違う。冒険者が通常したがらない読み書きの練習をし、毎日訓練もしているそうだな。儲けた金を幾ばくか貯金に回しているとも言っていた。遠い先の目的のために、今から必要なことを準備しておく。こういったことをする者は明確な目的を持っている場合が多い。」


 「でも、ナゼ今になって。」


 「お前の仲間のミジィという女。リヴェータ教と言っていたが、少なくとも王都出身のものではない。通常ギルドに派遣される助祭は、自らの街から出ることはない。その街での出世を考えているからだ。にも関わらず、その女は王都に来た。こういう助祭ははぐれ、といってな。信用出来ないやつが多い。」


 「ガルーザさんもミジィさんもいい人ですよ。誤解を受けているだけです。」


 「それであれば、それでいいさ。この丸薬を使わなければいいだけだ。」


 「ただ、もし、何かが起こり、お前が危機に陥った時、そしてどうしても目的を叶えたい時、この丸薬があれば、チャンスが生まれる。目的を叶えるためのな。」


 「…」


 「持っていけ。これは一人前の冒険者の証の一つでもある。お前にはその資格がある。」


 「ただし、この丸薬を飲んだ後、まともに生きていくことは難しいだろう。それこそ目的を叶えるなど夢のまた夢だ。これを飲まなければ死ぬ。そのようなときに初めて考えろ。もちろん、安らかな死を受け入れることも一つの手だ。」


 「…ありがとうございます。頂きます。もし、目的を叶えることが出来た後、僕が生きていたら必ず御恩をお返しします。」


 「そう、かたっ苦しく考えるな。お前は今まで十分良くしてくれた。そのお返しさ。どうしても恩を返したいというなら、そうだな…、そのときはまたここで働いてもらおうか。」


 「…はい。是非。」


 「それと、この丸薬は城下級以上の冒険者全てに支給されている。つまり、城下級以上の冒険者を追い詰めるとこの丸薬を飲まれる危険性がある。ま、こんな苦しむぐらいなら死んだほうがマシだってやつがほとんどだけどね。…だが、彼らを決して侮ってはならない。」


 「…肝に銘じます。」


 「あぁ、頑張りな。ショー。依頼が終わったらまた顔を見せてくれるんだろう?」


 「もちろんです。最高の口説き文句とうまい肉も一緒に持ってきますよ。」


 「楽しみにしているぞ。ちなみに今日の口説き文句は20点だ。」


 マジかよ…。あれで20点だと…。これ以上はないぞほんと。


 腑に落ちないと考えつつ修道院を後にし、王都の正門に向かった。


 「ショー!!こっちだ!」


 ガルーザさんが声をかけてくれる。


 「遅れて申し訳ありません。もう向かうんですか?」


 「いや、馬車に乗っていく。その馬車もまだ出ないからね。アンナもミジィも来てないしね…。ほんと、奴らにはショーの姿勢の半分でも見習ってくれたら…」


 「そんなこと言ってガルーザさんはいつも一番早いじゃないですか。僕も見習わないとって思ってますよ。」


 「嬉しいこと言ってくれるねぇ…。実際、護衛とか人と一緒にする仕事っていうのはすこし早めに来るだけで心象がすごい良くなるんだ。色々融通してもらえたりもする。すこし早起きするだけでこれだけお得なんだ。早く来るに越したことはないさ。」


 「そういえば…、ミジィさんってリヴェータ教の方ですよね。なんで、わざわざ違う街から王都に来たんでしょうか…」


 「ああ…、ちょっといろいろあってね。ナゼそんなことを?」


 「あぁ、王都の修道院の方と知り合いで…。リヴェータ教からギルドに派遣される人はあまり街から出ないものだ、と聞いたんです。」


 「そうか…、君は王都の修道院とつながりがあったんだっけ?まぁ、多分あまり良くないことを言われたんだと思うが、彼女の名誉にも関わることだからね…。僕の口からは言えない。できれば彼女に直接聞いてほしい。僕個人の意見を言わせてもらえれば、決して彼女が悪いわけではないと思うのだがね…」


 「そうですか…」


 ガルーザと話しているとアンナさんとミジィさんが歩いてきた。


 「遅くなったな。ショー、ガルーザ」


 「すいません。私も遅れました。ちょうどそこでアンナとあって…」


 「ま、今日はまだ馬車が来る前だ。時間通りと言っていいんじゃないかな。」


 「僕らも全然待っていませんしね。」


 「そういえばミジィ、ショーが聞きたいことがあるってさ!」


 「え!?ちょ!?ガルーザさん!?」


 なんてことをぶっ込むんだ!っていうかこんな人が沢山いるところで聞いていい話じゃないだろ!


 「あら?一体何ですかね。聞きたいことって、私もドキドキしてきました。」


 いや、俺のほうがドキドキしてますよ。だってなんか近いし。手、手を、俺の手をミジィさんが両手で包むように持っているし。そして何故か胸元に当ててくるし。


 「あ、いや、そんな大したことではなくてですね…」


 「はい。何でしょう。」


 「ミジィさんは、その、あの、…とてもおきれいな方だなぁ…と。つ、付き合っている人はいるのかなぁ…って」


 「あら~~、嬉しいですね~。ひょっとして口説いてくれているのですか?」


 「い、いえ、そんなわけじゃなくてですね…、単純な興味といいますか…」


 「付き合っている方はいませんよ。リヴェータ教は結婚するまで貞操を守らねばなりませんからね。ショーさんが立候補してくださるのですか…?」


 ミジィさんが上目遣いで見つめてきながら、両手に力を入れてくる。


 あ~…、俺の右手がミジィさんの胸に埋まっていく…、最高じゃないですか。


 「そ、そんな恐れ多い…。こ、これからもよろしくお願いします…。」


 「はい。よろしくお願いしますね?ショーさん」


 「はいぃ…」


 とんでもねぇ破壊力だったぜ。


 あ、もうちょっと胸に手を置いておきたかったのですが…。


 あと、ガルーザさんとアンナさんが後ろで大爆笑しているが、無視だ、無視。ちくしょう。


 何かわちゃわちゃしてたら時間が過ぎてしまった。


 一路、狩場へ向かうために馬車に乗る。


 いっぱい獲物が狩れればいいんだけどね。

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