第10話

島の動きが止まっている。


 しばらくここに滞在すると言っていたのは本当だったようだ。


 …色々準備してきたが、そもそもわざわざハルダニヤ国に行く必要があるのか?


 俺がここから出ていったら、モニはここに独りぼっちになってしまう。


 そもそも、リヴェータ教のやつしか解呪できないんだろう?奴らはナガルス族を恨んでいる。どうせ解呪なんてしてくれないんだろう。だったら、わざわざそんなことしなくてもいい。


 この島で、ずっと、モニとメリィと俺で暮らしていけばいい。


 何かあったときモニを守れるやつが必要だ。だってモニはまだ死んでないんだから。そうだ。そうしよう。


 「…なぁ…メリィ」


 「ギュッ?」


 「この島での生活ってさ、結構楽しかったよな。三人だけだったけどさ。」


 「ギュシッ!ギュシッ!」


 「だからさ、だから俺、この島に残るよ…」


 「……」


 「だってさ、俺が行ったらモニが一人になっちまう。モニの花も毎日変えてやらないと……。そうだ!これからは、たまに風呂も入れてやろう!モニは風呂が好きだったからな。」


 「………」


 「メリィもどうだ?たまには風呂入れてやろうか。お前も女の子だもんな。」


 「…………」


 「俺とモニとメリィ…三人で暮らすだけだったら、大丈夫だよな。きっと生きて」


 バンッ!


 痛ッ!!


 なんだ?と思って見てみると、メリィだった。


 俺に思い切りぶつかって来た。


 「な、何すんだよ。」


 バンッ!!


 また、ぶつかってくる。


 正直かなり痛い。こんな力あったっけ?


 「い、痛いって。やめろよ。」


 たまらず、俺は後ろに下がる。


 メリィはものすごい形相で睨んでくる。


 バンッ!バンッ!!バンッ!!


 ぶつかってくるのをやめない。俺はさらに後ろに下る。


 「な、なんでこんなことすんだよ。」


 バンッ!


 「俺たち今までうまくやってきただろ?」


 バンッ!!


 「こ、このままさ、三人でずっとこの浮島で」


 「グルルロァ!!!!!!!!」


 「ヒッ」


 気付いたら、メリィは巨大な熊の様な生き物になっていた。


 メリィが俺に突撃してくる。口を開けて。


 「ゴアアアア!!!」


 「ハヒッ」


 食われると思った。逃げなきゃ。今まで訓練してきた身体強化と肉体強化が役に立った。


 走る途中の木の枝なんて物ともしない。スピードだって今までとダンチだ。


 だからなんとか逃げることが出来た。本気のメリィから。


 浮島の端まで来た。後ろにはメリィが迫ってくる。更に逃げるためには、ヴィドフニルの傘に飛び移らなければ。今なら行ける。すごい近いから。


 でも、でも、もう一度だけ話してみよう。メリィならわかってくれるはずだ。


 「おい!メリィ!何怒ってんだ落ち着けって。これからもさ、皆で一緒にいようぜってだけだよ。一体何がふま


 !!


 なんだ!初めて見る景色だ!!


 違う!すごいスピードで振り回されてるんだ!


 メリィが、メリィが俺を喰おうとしてる!!


 俺は必死に、…ああ、糞っ、もうむちゃくちゃだ。


 身体と肉体強化魔法を全力で使い、めちゃくちゃに暴れた。


 ドサッ!


 「ガッ!」


 なんとかメリィの口から逃げた。


 そこから脇目も振らずにヴィドフニルの大樹に飛び移る。


 メリィは…追ってこない。


 ずっとこっちの方を睨んでいる。


 少し別のところに移動して飛び移ろうとしても、ずっとついてくる。


 決して入れさせない。そんな決意を感じる。


 「な…、なぁ…!なんでこんなことすんだよ!」


 「今まで俺達、うまくやってきたろ!?」


 「ずっと、ずっとうまくやってきたじゃないか!!」


 「そりゃ・・・ちょっと喧嘩したときもあったけどさ!!そんな…殺し合いするまで…嫌い合ってたわけじゃなかったろ!?」


 浮島が…動き出す。


 もう、用はないと言わんばかりに。


 「だから、だからさ!俺とメリィとモニの三人でさ!!一緒に暮らしていこう!!ずっとさ!!」


 「飯食うのは俺だけだからさ!!食うもんがなくなることはないぜ!モニは今、ちょっと、ちょっと調子が悪いからさ!あんまり食えねぇからさ!!」


 「でも!そうだな!!モニが治ったら、モニの食べる分も探さなきゃな!!」


 浮島は徐々にスピードを上げていく。


 着いていかなきゃ。離れる訳にはいかない。足場が不安定だ、畜生。


 メリィはまだそこからどかない。決して、俺から目を離さない。


 「そうだ!!今のうちからアルゴの種を植えておこう!!そうすりゃさ!!」


 「そうすりゃモニが目覚める頃には!!アルゴの木がいっぱいだ!!」


 「メリィはアルゴの実が好きだったもんな!!モニも大好きだった!!」


 浮島は、少しずつヴィドフニルの大樹から離れていく。


 …もう、飛び移ることは出来ない。離れすぎてる。


 メリィは、いつもの姿に戻っていた。モニが大好きな、あの姿に。


 「モニはさ!!アルゴの実が大好きだったから!!少しずつでいい!!每日だべさ"せてやってくれ!!


 「ギュシッ!」


 「モ"ニ"は"さ!!き"れい好きだったか"ら!!ち"ょっとずつでいい!!毎日体を拭いて"やって"く"れ"!!」


 「ギュシ"ッ!」


 「モ"ニ"はさ"!!あ"の"花が好き"な"ん"だ!!一本ずつ"でい"い"!!毎日変え"て"やって"く"れ"!!」


 「ギュ"シ"ッ"!」


 「モ"ニ"は!!さび、さびしがり"やだか"ら"!!ま"い"に"ち"!話し"か"け"て"やって"くれ!!」


 「ギュ"ッ…シ"ッ"!」


 「モ" モ"ニ"は!! あ"、あ"た"ま"!撫でられるの!!す"き"だか"ら!!ま"い"…ッち、毎日!!撫でてやってくれ!!」


 「ッギュ"…ッ…ッギュ"!」


 「モ"ニ"は"!!・・・・・」


 「……ッシ"!……」


 「モ二・・!・・・!!・・・・・!!」


 「……!!………」


 俺はずっと叫んだ。メリィの姿が見えなくなっても、浮島の姿が見えなくなっても。声が続く限り、ずっと。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 声が枯れ、枯れたことにも気付かず口から息を出していた。


 あたりはもう真っ暗だった。


 もう、声が絶対に届かないことに気付いてからは、座り込んでいた。


 こんな暗いのに移動する訳にはいかない。明日下に降りよう。


 メリィは…なんであんなことしたんだろうか。


 俺のこと……、いや、そうじゃない。最後、あいつも泣いていた。


 きっと、俺が嫌いであんなことをしたんじゃない。


 あいつがあんなことした理由はわからないけど、あいつのことを信じてみよう。


 この双子魔石があれば、いつだって彼女の所に帰れる。


 リヴェータ教の人に何とか頼んでみて、彼女を解呪してもらおう。……もう、手遅れってことはないはずだ。…きっと、大丈夫なはずだ。


 ここで、色々情報収集する必要がある。暮らしていくだけのお金も必要だ。もしかしたら、解呪にお金がかかる可能性だってある。


 冒険者ギルドに行って金を稼ごう。


 そして情報収集もしよう。できれば、ナガルス族の人にあって、助けてもらおう。


 殆どの荷物は置いてきてしまった。


 持っているのは腕時計と、身につけているナイフ類、装飾用に使った金の残り、そんなところか。


 けど、この金を売れば、当面のお金には困らない。


 いざとなったらこの時計を売ってもいいだろう。


 落ち着け。これからやることを整理するんだ。


 まず、冒険者ギルドに行く。

 

 お金を稼ぐ。


 モニを治すための情報収集をする。


 ナガルス族に協力してもらう。


 まずはこれを目標に頑張ろう。


 頭が整理されていったら、眠気が出てきた。


 俺はそのまま眠る。涙は、もう乾いていた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 …もう朝か。


 浮島の頃とは違い、だれもいない。


 でも、景色はすごい美しい。


 眼下に沢山の緑と、建造物が見える。


 明らかに城のようなものもみえる。


 高さは、どれくらいだろうか。


 前に一度スカイツリーに登ったことがある。


 上から見える景色はそれよりもっと高い気がする。


 いや、分からない。上から見たときの高さの違いなんて調べたこともない。


 ただ、降りるのに骨が折れそうだと言うだけだ。


 足元をしっかり確認して降りなければ。


 ロッククライミングみたいに降りていかなけりゃならないんじゃないかと思っていた。


 しかし、実際、ヴィドフニルの傘に降り立ってみると、一本の木という感じではない。


 沢山の巨大な木が、お互い捻り合って成長している。

 

 それが、天辺まで続いている。


 螺旋階段を降りているような感覚だ。


 正直簡単に降りていけるので拍子抜けしている。


どれくらい歩いただろうか、もう木の中腹位か。


 ここら辺から、枝や葉っぱがほとんどないな、木の幹だけだ。


 下に行けば行くほど木の幹は巨大になっていく。今の位置の幹の太さは2,3個の街くらいならすっぽりと入る位だろうか。


 しかも、下に向かってどんどん太くなっている。

 

 これを、螺旋に沿って降りていたら、一日じゃ降りきれない。


 ただ、本当に山のように根本の方が広がってるし、ここからは巨大な階段を降りるように、そのまま真下に向かえるだろう。


 根本に近づくに連れ、人の声が聞こえ始める。


 なぜか、無性に嬉しくなる。


 少し急ごうか。


 根本には街が広がっていた。


 活気のある街だ。


 家はレンガ造の民家が多い。


 茶色と赤色の二種類のレンガが民家全体の統一感を出していて、全体的に調和が取れている。


 服装は、モニが来ていたものよりもいいものを着ている人が多い。縫製もしっかりしているようにみえる。


 時代としては、1890年ごろのイギリスと言った風だろうか。モニと一緒に社会の教科書を飽きるほど読んだからか、世界史に詳しくなってしまった。


 車や電気はなく、魔法が使われているようだ。馬車も馬じゃない。四足の…なんかでかいトカゲみたいなものに引かれている。


 ここはどちらかと言うと、庶民の街だろうか。


 明らに貴族、といったお偉いさんはいない、ようにみえる。


 モニと一緒に勉強した世界史が役に立っている。立っているのか?


 地面に近づくに連れこの木にも結構な人が登り、そして降りているのがわかる。


 この人達の昇り降りに紛れたからか、あまり注目もされていない。


 上着は脱いでいて、黒のパンツに白いワイシャツだ。


 一年浮島で暮らしていたからかいい感じに汚れてぼろぼろになっている。


 だからだろうか、あまり目立ってはいないようだ。


 そうしてやっと地面に降り立つ。


 やっぱり木の上を歩くのとは違う、確かな手応えが、いや足応えが安心する。


 周りは市場のようだ。


 ものを売りたい側の人間の呼び込みが絶え間なく響いている。


 ものを買いたい人間の値切りの声も負けじと反響していた。


 「すいません」


 「なんだい兄ちゃん!随分ぼろぼろだな!!」


 ホッ…どうやら言葉は通じるみたいだ。


 「田舎から出てきたばっかりで…、服はこれしか持ってないんです。」


 「ほー、そりゃ可哀想に。それで?なんのようだい?」


 「田舎からものを売りに来たんです。売る場所ってどこでしょうか?」


 「どこって、そりゃなぁ……、デケェ商会に行けばだいたい買い取ってくれるぜ。ただ、そういうところは大体安く買い叩かれる。すでに、確実な販路を持っているからな。わざわざ小さく売りに来る奴らから買い取らなくても、やってけんだ。小さい商会だと珍しいものを扱うことで生き残ってるところが多いから高く買い取ってくれるかもしれん。ただ、騙される確率はたけぇ。」


 「そうですか…。信頼できる小さい商会ってありませんかね。」


 「ん~~~そうだなぁ、……ちなみに兄ちゃんは何を売りたいんだい?」


 「……鉱石と、自作のナイフです。」


 金を見せようと思ったが、それはやめ、自分で作ったナイフを取り出した。


 鉄のナイフだ。……実は結構評価されるんじゃないかと思い、2個売却用に作っておいたのだ。


 持ち手の部分に風と羽の意匠を凝らした、作業用ナイフ。手のひら2個分のサイズだ。


 腰に3つ吊っている。


 一つは自分が使うよう。


 一つは売却用。

 

 一つは……賄賂用だ。


 「……ほう。なかなか…いい出来だな。」


 「…よろしかったら、お一つお譲り致しましょうか。」


 「…いいのかい?そこそこ値段すると思うが。銀貨5,6枚は硬いぜ。」


 取り敢えず、冒険者ギルドの登録料はクリアできそうかな。


 「自分が作ったナイフが初めて人から評価されました。これは、その祝ということで。右も左も分からない田舎者ですので、色々教えていただけると助かります。」


 「…ふ~~ん。なるほどな。わかった。こいつはいただこう。お!?銘が入っているのか。」


 「えぇ、自分なりに良く出来たものには自分の銘を入れることにしております。」


 「なんと読むんだ?」


 「これ一文字で、翔と読みます。」


 「ショーだな。覚えておこう。宝石とナイフを売りたいのだったな。なら、あそこの武器屋に行けばいいだろう。小さいながらも堅実に商売してきたいい店だ。最近は貴族への納品もしているらしい。なにより、素晴らしいのは店主の先見の明だ。有力な冒険者や行商人、自分の弟子に至るまで有能だと思った相手には多少の損をしても投資してくれる。」


 「なんて名前のお店なんでしょうか?」


 「「手垢の付いたアルマの剣」だ。最近貴族にも卸しているから装飾品用の宝石なんかも扱っている。売ってはいないが、買い取りはしてくれるだろう。そういった加工もできたほうがいいと言っていたからな。」


 「ありがとうございます。」


 「おう!気をつけろよ!」


 俺は店主に再度お礼を行った後、アルマの剣に向かった。


 ヴィドフニルの傘の根本には、広場があり、そこに市場があった。


 木からまっすぐ離れるように大通りがあり、その大通り中ほどを右に入りこんだところにアルマの剣があった。


 多分…間違っていないはずである。


 ……一応ノックをしてから入ろう。


 トントン…ガチャッ……「…失礼しまーす」


 カウンターの向こうにぽかんと口を開けた人がいるな。


 「……店に入って来るときに、ノックした人は初めてだ。」


 俺だって初めてだよ。吉野家に入るときにノックしてたら変だろうが。ただ、入る前の店構えが他の家と変わらないように見えたから、念のためにノックしたんじゃい。


 「母に他人のうちに入るときはノックしなさいと教わったもので。」


 「…そいつは、随分教養のある御母堂だね。いらっしゃい。アルマの店にどんな御用かな。」


 「こちらで、武器と、鉱石の買い取りをして頂けると聞いたのですが…」


 「買い取るよ。いいものだったらね。とにかく見せてご覧よ。」


 「こちらになります。」


 俺は売却用のナイフと、金塊を見せた。


 「金……。これはいったいどこで?」


 「そういうのって聞いていいものなんですか?」


 「こと、金、銀、銅に関してはね。どれも貨幣に使われている。金山銀山はだいたい国が管理しているはずだ。管理の目を盗んでここに来たものなら…買い取ることは出来ないな。」


 「これは、川底にあった砂金を集めたものです。」


 「砂金…?大分大きな塊に見えるが?」


 「これは、俺が魔法で一つにまとめました。だから、純度は大分高いはずです。」


 「魔法……。たしかに、ドワーフのある会派では魔法を使って金属の錬成をしているところがあると聞いたが…、君はまさかドワーフじゃないよね?」


 「見ての通りですよ。まぁ、見たうえでそう思われたならちょっと傷つきますが。」


 「いや、すまん、すまん。決してそんなことじゃないんだ。あまりにも驚いてね。でも、たしかにドワーフにできるのなら人間に出来たっておかしくはないよね。」


 「どうやってそんな魔法を習得したんだい?」


 「申し訳ありませんが、師匠から固く口止めされておりまして……」


 「そりゃそうか。私としたことが失礼してしまった。そうだな、しかし…ちょっとその魔法が使えるのか確かめてもいいかい?別に金でやらなくてもいい。鉄とか、そこら辺にある金属でもいい。僕に見えないよう後ろを向いてやってもいい。複数の金属を一つにできるかを確認したいんだ。」

 

 「………えぇ、まぁ、構いませんが……」


 「おや?不満そうだね?」


 「…いえ、そんなことはありません。ただ随分直接的に仰るのだな、と思いまして。」


 「君は商人になる予定かい?」


 「いえ、冒険者として名を上げようと思っています。」


 「なるほど、では教えてあげよう。商人になりたいのなら駆け出しの頃の痛い思い出にしてもらうつもりだったが。」


 「いいかい?君が僕の店の商品を買うのなら、僕は君に信頼してもらう必要がある。ちゃんとした商品をおいている店か、不当な値段で売っていない店か、顧客の情報をぺらぺら話さない店かとかね。基本的に商売なんて言うのは、売りたい人が買って貰う人にどれだけ信頼してもらうかということなんだよ。なぜなら、貨幣がほぼ絶対的に信頼性があるのに対し、売り物の信頼性は不明なわけだからね。そして、今回は君だ。君が私に商品を売りたいわけだ。君が私の信頼を勝ち取る必要がある。どんなに素晴らしい、この世に二つとないものを売りに来たとしても、それが盗品だったり、3日で壊れる物だったりしたら目も当てられないからね。僕としては君の売ろうとしているものが粗悪品ではないだろうということは何となく分かる。しかし、君が信頼できるかどうかは、また別の話だ。」


 「…冒険者は良く採取したものとか狩ってきたものを売ると聞きましたが。」


 「そうだね。冒険者ギルドが仲介してね。責任と信頼はギルドが負ってくれている。個人の冒険者と取引しているような商人は、かなりお互いに信頼関係がある場合だよ。それかどちらかが切羽詰まっているときだね。」


 「………」


 「どうだい?やるかね?たまたま仕事柄、金のクズが大量にある。これで試してみるかね。」


 「わかりました。やります。」


 確かに、店主の言うとおりだ。相手の信頼を得る必要がある。しかし、目の前でやるのも怖い。自分の魔法がどういった風に見られるのかわからないからだ。ここでは敵視されているナガルス族の事を調べるんだ。目立つのは良くない。


 「お言葉に甘えて後ろ向きでさせていただきますね。」


 「もちろんだとも。やりやすいようにしてもらって構わない。では、これを」


 雑にアルマさんが箱にたまったクズ金を僕の両手に移してくる。


 後ろ向きになり、そのクズ金を床においた。さらに、口元を隠し、何事かを呟いている風にする。


 こんなことしなくてももちろん、金を一つにまとめることはできるのだが、念には念をだ。


 自分の技が相手に悟られない工夫をする。


 後ろを向いて数十秒で、野球ボールより少し大きい金が出来上がった。そこからさらに、中に入っている空気やゴミを除いていく。


 一分と少し立ってから、まとめた金を店主に差し出す。


 「どうぞ。こちらになります。」


 「………………なるほど。ちょっと、調べてみてもいいかな。」


 「えぇ、よろしかったら目の前でしてもらってもいいですか?出来れば鉱石や武器の鑑定の勉強をしたいんです。」


 意趣返しのつもりで聞いてみる。


 「……あぁ、もちろんだよ。……ちなみに君はだれの紹介でここへ着たのかな?」


 「ヴィドフニルの大樹の根本近くにいた、みどりのバンダナを巻いた背の高い人です。…そういえば名前を聞くのを忘れてました。」


 「あぁ、ロッセか。奴の紹介ね。そういえば、もう一つ武器を売りたいとか?」


 「こちらのナイフです」


 「………ほぉ…、これは鋳造も鍛造もしていないね。さっき言っていた魔法で作ったということなのかな。ふむ、こちらも調べよう。」


 「構いません。」


 そう言うと、アルマさんは、金に金属の棒を押し付けたり、白い皿にこすりつけたりしていた。手で重さを確認した後、「うん、この金は本物だね。かなり純度も高いし」


 次は、ナイフの鑑定に移った。


「ふん……。」


 随分時間がかかっているようにみえる。


 「うん。金については金貨五枚で買い取ろう。この国の金山で取れる純度じゃない。入手は別のところからだ。さっきの魔法を鑑みても、砂金というのも嘘ではないだろう。だったら、べつにここで買ってもいいだろう。なに、盗品だとしても、すぐに形を変えちゃえばバレやしないって。」


 おい、信頼どこいった。


 「こちらのナイフについては、銀貨40枚くらいでどうだろう。ナイフとしての品質は銀貨5,6枚ってとこだが、この持ち手の装飾が気に入った。貴族の子弟あたりに売れるだろう。あまり華美じゃないところもいい。無骨な武人家系の家には好かれるだろうな。結構踏んだくれるかもな。」


 「じゃあ、それでお願いします。」


 「ほ。値上げ交渉はしないのかい?」


 「ロッセさんが信頼できる店はここだと。なら、いいです。」


 「それならなんで、鑑定するときに疑ったのさ。」

 

 「鑑定や見極めは身につけようと思ってたんです。もちろん、優秀な人から。ハハッ」

 

 「そりゃありがたいですね。どんどん参考にしてください。…はい。こちら金貨五枚と40枚ね。」


 「ありがとうございます。ちなみに、冒険者ギルドはどちらでしょう。」


 「やっぱり、冒険者かい。商人としても結構やってけると思うよ。ギルドはあっちだ。もし、他にいい武器が手に入ったらまた売りに来てくれ。」


 「ええ。もちろんです。」


 おれは、そのまま、アルマの剣を後にし、冒険者ギルドに向かう。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽




 剣と盾そして、道…かな?そのモチーフがある看板の下から、建屋に入っていく。


 中は意外と清潔だ。いろいろな店が入っている。薬や携帯食料、消耗品などを売っている店がある。他にも、武器防具のメンテナンスをするための人間が多数店を出している。店と言っても、先程市場で見たような、ござを引いてその上に人がいるだけだが。


 窓口は…、あれかな?


 窓口は幾つか設置されているが、今は人が少ないのか?座っている人は一人だ。


 「すみません。冒険者登録をしたいのですが。」


 「はい。承りました。登録証銀貨1枚となります。こちらが登録用紙となります。」


 「はい。それと、申し訳ない。読み書きができなのですが。」


 「失礼しました。それでは私が代筆いたしましょう。」


 必要な情報だけは伝えた。名前、出身地、特技、扱う武器、扱う魔法。伝えられるところは伝えたが、難しい部分は多少濁して伝えた。


 「はい。ありがとうございます。後ほどギルドカードを進呈いたします。こちらの方なくされますと、再発行となります。その際、お金がかかりますのでご了承ください。」

 

 「冒険者ギルドについてご説明しましょうか?」


 「よろしくお願いします。」


 色々聞いていくと、モニに聞いていた内容とだいたい同じだった。

 

 冒険者はそれぞれの強さによってランク分けされていること。ランクは、長兄級、家長級、村長級、城下級、荘園級、国家級、大陸級とあるらしい。範囲がでかくなるほど強いランク。あと、ギルドカードが身分を保証してくれること。ただし、市民権ではなく、準市民権であること。ランクに応じた依頼書があり、自分のランクから1つ違いのランクまでしか受注できないこと。有事の際は所属しているギルドが拠点にしている国に従属すること。全ての冒険者は戦争が始まったとき、兵士として駆り出されること。一番高いランクを除き、全てのランクに徴兵は適用されること。そして、徴兵を終えた冒険者は、準市民から市民へと身分が上がること。これは、どのランクにも適用されるということ。


 大体こんなところだろうか。基本的に冒険者ギルドは、冒険者同士の争いに関知しないが、冒険者同士の直接的な暴力は禁止されていること。殺人や窃盗、暴行を起こせば、当然この国の法に従って裁かれるとのことだ。また、ランクの査定はギルドが行っているが、素行が良い冒険者はランクが上がりやすいし、そうでない冒険者はそれなりということだ。基本的には、冒険者十番通則を守っていればいいとのこと。


いろいろな情報を集めるのには図書館があるらしい。これは、王都であるここにしかない珍しい公共施設だ。ただし、おれは文字が読めないから意味がない。読み書きの勉強をするには、冒険者ギルドでも教えているが、出来れば、読み書きの授業を報酬として依頼をしてほしいとの言われた。孤児院とか修道院のお金がないところからの依頼をそういった技術の報酬で受注したりすることはよくあることらしい。


ちょうどいいので、その依頼をうけた。孤児院の修繕及び食料の調達という依頼だ。今日はもう遅いから、明日から始めよう。実はそんなに遅い時間じゃないけど、とにかく宿に行って休みたい。人間の飯を食いたい。


安くて飯の旨い宿屋を教えてもらい、いざ帰ろうと思ったとき、ふと気になって聞いてみた。


「これは、ただの雑談なんですけど…」


「?えぇ、なんでしょう。」


「俺の知り合いに、酒に酔って前後不覚になるとmoniche, monicheって叫ぶやつがいるんですよ」


「俺の田舎にゃそんなこと言ってるやつ一人もいなくてですね、何かのおまじないなんですかね?」

 

 「ッフッフ…、失礼。その方は随分と子供らしい方ですね。」


 「?まぁ、15、6歳だと思うから、大人とは言い切れないか?な?」


 「その年でしたら十分成人としてみなされるはずですし、普通そんなことはいいませんよ。」


 「で?結局なんて意味なんですか?」


 「「お母さん」って言う意味ですよ。ただし、すっごい小さい頃に言っているような、いわゆる赤ちゃん言葉ってやつですね。いいところの出身の子供なら5歳になったらもう使いません。」


 「…そうですか、ありがとうございます。」


 俺は、冒険者ギルドを後にした。


 そうか、だから、最後まで教えてくれなかったのか。


 日本で言うところの…ママとかパパみたいな感じか。


 最後までずっと…ママといっていたのか、モニは。


 ……あんなに苦しんで、辛くて…それでも最後までモニは母親のことを…。ナガルス・ル・アマーストの事を心配していたのか。母親が、モニを助けてあげるべきじゃないのかよ。


 …。


 俺の目標を決めよう。


 まず、冒険者になって、強くなりながらお金を稼ぐこと。


 次に、情報収集をしつつモニを救う方法を探すこと。


 最後に、ナガルス族に会い、モニの母親、ナガルス・ル・アマーストにモニが戦っていたことを伝えること。


 おまけに、モニの母親が、少しでも彼女を侮辱したら、心を込めてぶん殴ってやること。


 いや、侮辱しなくてもぶん殴ってやろう。


 必ず叶えよう。


 この世界に来て右も左もわからないけど、これだけは絶対に成し遂げよう。


 自分の、命に変えても。

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