第11話

 「ようこそいらっしゃいました。勇者様」


 ……勇者?何を言っているんだこいつは。


 「ハルダニヤを…、世界をお救いください。」


 深々と、まるで土下座のように頭を下げる女が一人。俺の眼の前にいる。


 「いきなり事に、理解が追いつかないかとは思いますが、どうか我々の話を聞いていただきたいのです。そして、助けていただきたいのです。」


 目の前の女性は、どうやら体調が悪いようだ。顔色が尋常じゃなく悪い。


 ただ、顔色を抜かせば絶世の美女と言っていいだろう。


 彼女の後ろにいる十数人程度の人間も同様に頭を下げている。


 「ちょ、ちょっとまて。ここはどこだ?あんたらはだれだ?僕はあんたたちのことはしらないですよ?助けるってどういう意味?」


 「もちろんご説明させていただきます。勇者様。」


 「わ、悪いが、僕は勇者って名前じゃない。佑樹だ。食也佑樹。あんたは?」


 「ご紹介が遅れて申し訳ありません。私の名はラドチェリー・ゲム・ハルダニヤ。ハルダニヤ王国第一王女です。」


 「第一王女?どういうことなんです?」


 「我が国、いえ、我が世界は危機にさらされております。これは、我が国、いえ、全世界の人々の力を合わせても、もはや危機を脱することの出来ない所まで来てしまいました。」


 「…………」


 「古来より、しかし確かに伝わる伝承では、勇者召喚の義で呼び出される勇者は、偉大な力を授かり、世界を幸福に導くと伝えられております。」


 「私達は一縷の望みに賭け勇者召喚をし、そして佑樹様をお呼びした次第です。」


 「ちょっとまってくれ…………、お呼びした?つまり…つまり、ここは日本じゃないってことだよな!?日本に、元の世界に帰れるのかよ!!」


 「それは無理でございます。少なくとも伝承ではお呼びした勇者は、我が国で生涯を過ごされたと記されております。我々もこの召喚を行う前に綿密な調査を致しましたが、ついぞ勇者様を送り返す方法は見つかりませんでした。」


 「そんな…、そんなことって…、か、帰る方法もわからないのに呼んだのか?こ、これじゃ人攫いと同じじゃないか!?」


 「重々…佑樹様のお怒りは重々承知しております。ここにいる私めをいかような目に合わせて頂いても構いません。どのようなことをされても罪に問われることも私達が恨みに思うこともありません。私の後ろに控えている者共も私と同じ気持ちでございます。」


 「は……?…なん、ですか、それ。…殺してもいいってことかよ。」


 「かまいません。殺しても、犯しても、奴隷にしても拷問しても一切罪に問いません。」


 「…………」


 よく見ると後ろに一緒に土下座し続けている人は全員女だった。


 「ただ、どうか。どうか。ハルダニヤの、いえ、全世界の民に慈悲を授けて下さいませ。」


 「その代わり、佑樹様の憎悪は全て、私共が承ります。」


 ぞ、憎悪って…そこまで…。


なんだあの服?彼女たちが着てる服って、いや、あんなのとてもじゃないが服とは言えないだろ。でかい布に穴を開けてかぶっただけのものじゃないか。しかも、僕の直ぐ側に、抜き身の剣、、ナイフ、斧…なんでもあるじゃないか。この世の全ての武器がありますと言われても信じるな…。


 で…、全ての柄の部分は僕に向けられている。


 …犯すも殺すもご自由にってことなんだろう。


 少なくとも、ここにいる人達は全て本気で言っているのだ。


 膨れ上がりつつあった怒りが萎えていくのがわかる。


 「憎悪なんて…、そんな、殺したいほど……、……わかりました。僕の出来る限りのことはします。いや、でも俺は元いた所では戦いなんてしたことのないただの学生だったんです。せっかく呼んでもらってなんですが、なんの力にもなれないと思いますよ。」


 「…ありがとうございます。佑樹様の深い御慈悲を、我ら一同、一生忘れることはないでしょう。それと、ご安心ください。佑樹様にはすでに素晴らしい力が授かっているはずです。」


 「素晴らしい力?なんにも感じないんですけど……。あの…、それと皆さん顔を上げてもらってもいいですか。ちょっと、そこまでされると、こちらも緊張してしまうんです。」


 「わかりました。…皆さん、佑樹様のご指示です。…お立ちに(・・・・)なってください。」

 

 !!


 まじで、布かぶってるだけじゃない!


 横からガッツリ見えてますよ!


 うわ、おほ、へぇぇぇうっへっへ。


 …目は逸らしておこう。


 「…佑樹様。こちらにおいでください。佑樹様のお力を調べます。」


 ラドチェリー王女の後ろについていけばいいのか。


 …そして僕の後ろに裸同然の女の人達がついてくる。


 ……ものすごく緊張するんですが。

 

 殺されても文句は言わないといったにも関わらず、彼女たちには悲壮感はない。


 殺したりはしないと言ったからだろうか。


 かと言って安堵感があるわけでもない。


 どちらかと言うと集中していると言った風だ。


 …僕は色々スポーツが出来た。部活に入ってはいなかったけど、結構な部活から助っ人に呼ばれた。


 これは自慢じゃないが、僕はだいたいどんなスポーツでもできる。一度その動きを見れば、だいたいどんな風に動けばいいのかが感覚でわかる。


 後は、自分の体格に合わせて動きを調整すればいいだけだ。


 僕が助っ人に入ったチームはだいたい勝つが、もちろん、負けそうになる時だってある。


 後一点、二点で勝てるぞって言う時、対戦相手はよくこういう目をしていた。


 僕だけを見てるんだ。


 たとえ、どんな些細なことでも見逃さない。そんな風に見つめてくる。


 そして相手チーム全員がそんな目をしていたとき、決まって僕は負けていた。


 そしてもちろん、彼女たちは全員そんな目をしている。


 …油断はできない。


 たかがスポーツの経験だけど、まるで命の掛かっていない経験だけど、今までの修羅場は無駄じゃない。


 先程緩められた気持ちがまた、元に戻りつつある。


 緊張しているわけでも、だらけているわけでもない。自然と、不必要なものを切り捨てていっている感覚だ。ただ、こんなとき僕は周りの様子がクリアにわかるようになる。


 サッカーとか、バスケとかだと重宝する能力だ、目が届かない範囲でも見えることがある。…誰も信じないから言ったことはないけど。…兄貴もおんなじような感じになるって言ってたこと有るな。


 ほら、いまだって、右後ろすぐの女の人は裾を直している。一番後ろの左側の女の人は、右手の人差し指と親指を擦り合わせている。癖かな。


 ただ、今日の感覚はいつもの感覚よりも強力だ。やっぱり、いきなりの状況に感覚が研ぎ澄まされているのか?


 廊下の脇に立ち並んでいる騎士たちの中身すら見えそうだ。今通り過ぎた右の騎士、俺を見ていない。後ろの女性たちだけを見ている。仕事しろ。逆に、少し左前にいる騎士は俺だけを見つめている。その表情は憎悪一色だ。ちなみに、騎士は全員フルフェイスの甲を被っている。見えるわけがないが、今の俺には見えている。なんとなくだが…多分絶対間違ってない。ここまで強力に研ぎ澄まされたことは今までにないな。


そして俺の前を歩いている第一王女。…あんた、今笑ってるだろ?


 警戒、警戒だ。警戒されていることを悟られないように王女に着いていかねば。


 …まぁ、どんなに油断しないようにした所で、所詮は一介の高校生。


 この中の騎士一人にすら勝てない。


 最高に警戒したとしても、王女が一言「殺れ。」といったらそれで終いだ。


 素晴らしい力と言われても、それがホントに素晴らしい力なのか、その力を使いこなせるのか、そもそも本当にそんな力があるのかどうかもわからない。


 だからといって警戒が無駄だとは思わない。うまくすれば後ろの誰かでも人質に取れば逃げられる位は出来るかもしれない。


 こちらのアドバンテージは、僕が警戒していることを多分周りの人は知らないってこと位だろうか。


 出来れば、出来れば、この人達が僕のことをバカで扱いやすい奴だと思ってくれるように努める位しか、今の僕にやることなんてないんだ。


 もうやけくそだな…、ん、ここか?部屋か?


 壁は…薄い水色で出来てる。筒状の部屋だ。上から光が指しており、その光が余すことなく部屋全体を照らしている。まるで、水中の中にいるような気がするが、もちろん息苦しさなんてない。いや、むしろ、たまらなく心地よい。不思議なほどに。何だこれ。中心には小さな丸いテーブルのような台座?かなありゃ。でも水がコンコンと湧き出しているな。噴水だろうか。そういう技術は有るんだな。湧き出た水は床に溜まり、床一面足首くらいまで水が溜まっている。


 奥に人がいる…。


 一人は若い女性。もう一人はかなりの年の、男性だ。


 もう、おじいさんとも呼べるその人は椅子に座りこちらを見ている。ギラギラした目で僕を見ている。…誰かに似てる気がするな。


 もう一人の女性はニコニコと温和な笑みを浮かべながら、こちらを見ている。


 ラドチェリー王女は、そのまま中心に向かった。少しだけ躊躇して僕も続いた。


 「ラディ、そちらのお方は…?」


 「お父様、こちらは勇者召喚の儀で召喚した佑樹様です。」


 「佑樹です。喰也佑樹と申します。」


 「おぉ……、あなたが……、あなたが勇者様でございますか…」


 そう言いながら、ラドチェリー王女の父、恐らくこの国の王であろう人物は椅子から崩れ落ちるように膝をつき、僕の手を取った。


 「どうか…、どうか、我々をお救いくださいませ勇者様……。もう、我々ではどうすることも出来ないところに来ております…ゥ…グゥゥゥ……」


 おいおい、王様膝濡れちゃってるじゃん。いいの?こんな偉い人がこんなことして。


 それに、力があるかどうかもわからない俺の手にすがって…泣いている。


 …この涙はきっと演技じゃない。たぶん。ただ、ただ、さっきの第一王女の笑いが気になる。


 いや、そもそも俺が調子乗って見えないところも見える!キリッ!って言ったけど、そもそもほんとに見えないところが見えてるかなんてわからないじゃないか。確かめたわけでもないのに。


 百歩譲って王女が信じられなくてもこの王様は信じられる。


 こんなにも、哀れで、弱々しくなってしまった彼の手を僕はしっかりと握り返した。


 「僕に…、僕に何ができるかはまだわかりませんが、出来るだけあなたの力になります。ですので、どうか、席にお戻りになってください。お体に障ります。」


 「おぉ…、この愚かな老いぼれをいたわってくださるとは。いいのです。勇者様の寂しさと不安と、いきなり呼び出されて争いに巻き込まれる恐怖と比べたら、わしの痛みなど毛ほどでもありません。」


 「……………」


 「いや、これは失礼いたしました。勇者様のお気になさることではございませんでしたな。ポポス、勇者様に水心式のご用意を」


 呼ばれて出てきたのは、先程から後ろで静かに佇んでいた女性だった。


 年齢は…、20歳よりも下だと思う。ただ、落ち着いた雰囲気が年齢を煙に巻いている。


 「国王様からご紹介に預かりました、ポポス・ハーパーです。勇者様にはこれから、こちらの台座に手を置いていただき水心式をなさってもらいます。」


 「水心式?」


 「はい。この儀式は、ここハルダニヤ国祭壇の間でしか出来ない特殊な儀式となっております。この儀式は、私、リヴェータ教の祭司を務めておりますポポスが承ります。勇者様、こちらの台座に手を置いていただけますか。」


 常に笑顔を絶やさず語りかけてくる。纏う雰囲気、何故か感じる神々しい気配、もし、聖女という人がいるのならこういう人を言うのだろうな。


 ただこの笑顔、さっきから一ミリも動いていない。ずっと笑顔のままだ。


 日本にもたまにいた。笑顔をずっと崩さない人、笑顔がずっと同じ顔の人。テレビに出てるタレントとかによく見た。…そういう人は不気味だ。


 おそらく、その顔になるように訓練しているんだろう。だから、その顔は楽しくて、面白くて笑顔になっているわけではない。


 ずっと表情を変えない人がいたら変だろ?ずっと笑顔っていうのはずっと無表情っていうのと変わらないだろ。


 その点、さっきの王女様は、まだ人間らしくていい。俺に背を向けたとき笑っていたのであれば、という意味だが。欲とか願望とか、…卑怯さがある方が人間臭い。


 だから、この人は不気味だ。まるで人間らしさを感じない。少なくとも、腹の中は晒していない。まぁ、僕だって晒していないんだ、それもしょうが無い話か。


 取り敢えず、言われたように台の上に手を置く。薄く張った水が、僕の両手をひんやりと冷やしている。ちべたい。


 「天に、地に、我らの真におられる神よ、古き盟約のもとに顕現し、我らヴィドフニルの子らにその道をお示しくださいo roukaruche warisyuga inti an gidam gouhen twest …」


 !!


 いきなりわからない言葉を話し始めた。


 よく考えたら今喋ってる言葉って日本語か?僕はさっきから日本語しか喋っていない。


 でも、彼らの口の動きと僕に届いている日本語の口の動かし方がマッチしていなかった。


 自動的に翻訳されているのか…?


 まぁ、召喚なんてある世界だ。言葉を訳す魔法があったっておかしくはない。


 ただ、途中から訳されなかった理由はわからない。魔法が切れたのか?言葉の勉強もしなけりゃならないのか。嫌だなぁ…。


 お、台座の中の水が光ってる。


 お、おお…水が盛り上がっていく。何だこれ?


 段々と水の高さが高くなっていく。明らかにこぼれてしまいそうなのに、水はまるで形を持ってしまったかのように高さを、幅を、増していく。


 そうして、しばらく立った後、目の前にできたのは水でできた人だった。


 ぼやっとしてるな…貫頭衣のような服を着た女性かな?なんていうか…、聖母マリアのイメージに近いな。


 その女性は俺の目をしばらく見つめたあと、微笑み、ゆっくりと口を開いた。


 「ようこそいらっしゃいました。勇者佑樹よ。あなたが、ここでも幸福な人生を送ることを願います。」


 …もう、こっちで生涯を送ることは決定かよ。神様でも匙を投げるのか。


 「勇者よあなたには特別な力があります。魔法、体術にすぐれ、あなた自身にナグルスの古代魔法の力は及びません。この力は必ずやヴィドフニルの子等の救いとなってくれるでしょう。」


 そういうと、彼女は形をなくし、ただの水となった。当然、落ちるに任せるわけで。目の前にいた俺はびしょびしょなわけで。俺この宗教嫌いだ。


 どうすんのよ、これ。みたいな感じで回りを見渡すと、何か騒然としてるな。


 「おお…、これは…、まさか…」


 「これはすごいですね…」


 「さすがは佑樹様です。初めてお会いしたときから、偉大な方だということはわかっておりました。」


 持ち上げてきますね。ラドチェリー王女。わざとらしい持ち上げは苦手だが、真剣に褒めてくれるのは嬉しい。彼女も真剣に褒めてくれていると感じた。ただ、褒めた内容に根拠はない。にも関わらず、これだけ本気で俺のことを褒められるって…。…薄ら寒いんですけど。


 取り敢えず、ラドチェリー王女は一旦おいておこう。


 「いったいどういうことなんでしょうか?教えていただいても?」


 「おお!失礼いたしました。詳しい説明は後ほど専門のものにしてもらうとして、簡単にご説明いたしますぞ。勇者様は、ナガルス・ル・アマーストというものが使う魔法が効かないという力を持っております。」


 「ナガルス?ルアマ…って言う人はどういう人なんですか?」


 「長年ハルダニヤ王国と敵対している人物でございます。彼女の子供や孫も同様に我らの敵となりますな。」


 「え…っと、とは言っても一人と家族ぐらいなんですよね?ハルダニヤ国?の人たち全員でかかれば勝てそうな気がしますけど?」


 「まず、勘違いが2つございます。彼女は一人で強大な古代魔法を使います。たとえ一人だとしても、おいそれと倒せるものではありません。たとえ国の総力を上げてもです。そして、もう一つ。確かに彼女の家族全員が敵です。そして彼女の子供は、28代目まで確認されております。」


 「?!28代目?え?え?つまり、曾曾曾曾曾曾…孫みたいな人達がいるということですか?」


 「そのとおりです。勇者様」


 「一体何歳なんです。その人…」


 「2000歳は超えているでしょうな。」


 「に!?…2000歳!?寿、寿命で死ぬということは?」


 「ないでしょうな。彼女は不老と言われております。」


 「そりゃ…すごい人ですね…」


 「ええ、恐ろしい者です。しかし、佑樹様がいれば彼奴めの牙城を崩すことが出来るのです。この世界を救うことが出来るのです。」


 「いったい彼女は何をしようとしているのですか?」


 「後ほどご案内しますが、この国にはヴィドフニルの傘という大樹がございます。その根本深くにはつなぎの魔石というこの国の国宝が安置されております。この国宝、この世界の理をつなぎとめているとされており、我が国はこの宝珠を守ることで発展してきました。」


 「彼女はその宝珠を狙っている…ということでしょうか」


 「その通りです。もっと詳しく言えば、破壊しようとしているのです。」


 「随分と詳しいのですね…」


 「お互いがお互いの国に間諜を送る。戦時では当然の行いです。」


 「なるほど…、つまり僕は、彼女たちから宝珠を守り、できることなら彼女を打ち倒せばいいということですか。」


 「そういうことになります。彼女の国は彼女を王としたナガルス国というのですが、良くも悪くも彼女一人の国です。彼女さえいなくなれば、国が分裂とは行かなくても、少なくとも我らの宝珠を狙うことはなくなると考えられています。」


 「…僕はすぐに戦いに出るのでしょうか。」


 「いえ、ご安心ください。今までも何度かは耐えてきました。次の潜入があったとしても数回程度なら持ちこたえられるでしょう。勇者様にはその間に、魔法、体術の訓練をしていただき、さらに、彼奴目とだけ戦ってくださればよろしい。彼女の魔法を防げるだけでも、我々が勝つ確率は圧倒的に高くなります。」


 「…わかりました。王様の仰る通り、その人と戦ってみます。訓練を、お願いします。」


 こう言わなきゃどうなるんだろうね。本当。


 「もちろんでございます。勇者様…ありがとうございます。」


 「陛下、勇者様もお疲れでしょうから、取り敢えず今日のところはお休み頂いたら如何でしょう。ラドチェリー王女だってお疲れでしょうし。」


 「…うむ。そうだな。勇者様、今日の所は、お休みなさってはどうでしょう。いまお部屋にご案内いたします。」


 「…そうですね…お言葉に甘えます。今日は色々な事がありすぎて…、少し疲れているようです。」


 「…そうでしょうな。ラディ、勇者様をお部屋へご案内しなさい。」


 「はい。陛下。勇者様こちらです。」


 確かに今日はもう休みたい…。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 案内された部屋はとても広い。


 教室2つ分くらいの広さはある。こんな部屋使ってもいいのだろうか。


 あまりの広さに少々慄いたが、気持ちよさそうなベッドにすぐ飛び込んだ。


 あぁ~~~~~、こりゃ、ダメだぁ……………。


 僕はすぐ眠りに落ちた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 何か布をこする音がする。


 そんな音聞こえるわけがないのに…。


 なんだよ…。


 暗闇だ。夜だから当然か。


 しかし、人の気配……がする。様な気がする。


 「……誰かいるのか?」


 これで誰もいなかったら恥ずかしいな…。


 ギシぃッとベッドに腰掛ける音が聞こえた。


 「誰だ?」


 「ラドチェリーです。佑樹様」


 「王女様!?いったいここで何を…」


 「夜分遅く申し訳ありません。どうしてもお願いがございましてお部屋にお伺いしました。勝手に入ってしまって申し訳ありません。」


 「いや、それはいいけど…」


 本当は良くないが、こう答えるしかないだろう。この国の王女様なんですから。


 「よかった。佑樹様に嫌われてしまうかと思っておりました。」


 そう言いながら、彼女は横たわっている俺にしなだれかかってくる。


 しなだれかかってくるぅ!?ん?あ、あれ、これって…。

 

 「ラ、ラドチェリー王女…あ、あの、裸?に見えるんですけど…」


 「勇者様は御目もよろしいのですね。」


 「あ、うん。両目とも2.0だから…いや、そうじゃなくて、何故王女様が裸でこちらに!?という意味でございますよ。」


 動揺して変な敬語になった。


 「もちろん、勇者様をお慰めするためでございます。」


 お慰めって…、もちろん頭をヨシヨシするって意味じゃないよな…。


 「いや、あの、だ、大丈夫ですよ。慰められなくても、僕は元気です。」


 主に一部がだが。


 「勇者様、私はあなたを召喚した後、あなたに殺されると覚悟しておりました。しかし、あなたは殺さなかった。だから、御恩をお返ししたいのです。命を救われた御恩を。」


 「い、いや、殺さないなんて当たり前のことでしょ、あなたが恩を感じる必要はありませんよ。」


 「それだけではございません。佑樹様は今お一人でございます。家族も友人も、……もしかしたら恋人も向こうにおいてきてしまわれました。我々の勝手な都合でです。そしてもう二度と会うことは出来ません。」


 「……………」


 「私だけは、あなたの味方です。」


 「………い、いや、でもゃん!」


 「ご安心ください。母から殿方の扱いは全て叩き込まれております。…私は、子供の中では筋がいいほうなんですよ。」


 ああ…、そんなことそんな笑顔で言わないでくれ。


 「全て私におまかせください。」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 おまかせしちゃいました。


 素晴らしい夜でした。


 ラドチェリーのお母さんが教えてくれたということは…、陛下ぁ…もしかしてあなたが異様に老けているのは…、いや、まさか…。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 「お初にお目にかかる勇者殿ぉ~!今日から勇者殿に魔法を教えるフォステリア・ドイト・ハルダニヤどぅぇっす!フォシーってよんでね!さて、この世界では魔法が全ての基礎となっている。だから、剣術を学ぶにしろ、体術を学ぶにしろ、まず魔法を習ってからのほうが都合がいい。だから、今日は魔法の基礎ってもんを学んでもらう。今後も、魔法に関しては私が担当する。わからないことがあったらいつでもなんでも聞いておくれ。」


 「ハルダニヤ?王族の方ですか?」


 「まぁ、むかしそんな時期もあったかな。今は公爵かなぁ~。フォシーって呼んでね。」


 「フォステリアさん…でしょうか。僕は今まで魔法なんて無かった世界から来ました。そんな簡単に習得できるものなのでしょうか。」


 「……」


 フォステリアさんは優雅に紅茶を飲み始めた。


 その後口にしているお菓子はなんだろう。分厚いクッキーみたいなものにクリームみたいなものをタップリ付けて口に入れている。


 そして、ゆっくりと一息ついた後…、また紅茶を飲み始めた。


 …………どゆこと?


 こっそりと、ラディが耳打ちしてくる。


 「フォシーと……、呼んであげてくださいな。」


 そういうこと…。


 「ん”ん”っ……、フォシーさん。僕は魔法を習得することができるんでしょうか。」


 「できるできるぅ!!今の佑樹ちゃんは、例えるなら生まれたばかりの赤ん坊よ。新しい魔力って存在に敏感になってるわけ。この敏感な感覚を利用するため、むしろ、この時期こそ訓練をすべきなのよ!」


 「なるほど。なら、早いほうがいいですね。早速お願いします。」


 「簡単に説明するとだね、魔力というものは生きとし生けるものに、あらゆるものに、大気中にすら漂っているものなんだよ。この周りの魔力を集め、魔法を顕現させるわけ。だから、ゆうちゃんには周りの魔力を感じてもらうことから始めてもらわなきゃいけない。」


 呼び名がだんだん変化しているのは気になるが、言ってることはわかった。


 「…申し訳ないですけど、そういうものはとんと感じることが出来ません。」


 「まぁ、そうだよね。一日も経てば熱いお湯にも慣れてしまう。さて、もう一度熱いお湯を感じてもらうには一度風呂から出てもらわなければならない。」


 「…………地球に戻るってことじゃないですよね。」


 ありえないことを聞く。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ期待を込めてしまった。


 「…そういうことじゃないんだ。…誤解させる言い方をしてしまってすまない。」


 「いえ、大丈夫です。続きをお願いします。」


 「ん…、では、どうやって風呂から出るのか。この部屋にある魔力を一瞬全部無くしてしまえばいいわけ。」


 「なるほど。そんなことも出来るんですね。」


 「うん。ハルダニヤ国で魔法を習う人はこの方法を使う。それでも、生まれた時から魔力が周りにある生活していると、この方法を使ったとしても時間が掛かるね。」


 「僕なら生まれた時から魔力がない環境でしたからね。」


 「そう。魔力がない環境が長かったから、すぐにその感覚を思い出してくれるだろうってことさ。そしてまた、熱いお湯に驚いてくれる。」


 「熱いお湯に驚いた直後はどうすればいいんですか。」


 「おぅ、そうだったそうだった。そのお湯を自分の中に取り込んで、体の中に流す。そして、手元に集めて、「炎よ」」


 ボッ!


 うおッ!


 火の玉!?


 彼女の手元の上、2~3cm上空を火の玉がゆらゆらと揺れている。


 大きさは、サッカーボール位だろうか。


 「大事なのは、炎という現象を強く想像すること。これはまだよくわかっていないが、魔力は頭で考えた通りに動いたりする。我々の脳が魔力に影響を及ぼしているのか、魔力が脳の影響を受けているのか…まだまだわからないことが多い。不気味な力よ。」


 「フォステリア様。リヴェータ様の御力をお疑いにならないでください。リヴェータ教の耳に入ったら…」


 「あぁ、すまないすまない。まぁ、そういうイメージを持つことが重要だってことだ。より具体的に想像するって言うことさ。早速だが、やってみようか。」


 ッ!!


 いきなり、周りから音が消えた…わけではない。なんというんだろう。新幹線に乗っているときに行き成りトンネルに入ったとき、こんな感じだ。ッウ”っと来る感じ?


 でも、しばらくするとこれが懐かしい感覚だと気づく。さっぱりとした感覚だ。バスケの試合が終わったすぐ後、バッシュを脱いで、あの蒸し暑い体育館から出てきた直後の感覚が一番近いかな。この後、古い蛇口から、サビ臭い水をがぶ飲みするのが大好きだった。…もう、戻ることは出来ないんだな。……あぁ、やっぱり日本は良かったんだなぁ。…もう少しだけ、このままでいたい。


 「…………さて、申し訳ないが、そろそろ元に戻るよ。…いいかな?」


 よく見ると、フォシーの顔には汗がダラダラ流れている。かなりきつい作業なのか。


 たぶん、俺が郷愁に駆られているのを見て、少し待ってくれたんだろう。


 「えぇ、お願いします。」


 言い終わった瞬間、ッウ”っとした感覚とともに、懐かしい思い出が消えた。


 同時に自分の周りにヌメッとした感覚がまとわりつく。周りの空気の密度が上がったというか、粘っこさが出来たというか。…これが、魔力か。


 このヌメッとしたものを動かそうと想像してみる。


 どうやらゆっくりとだが、動かせるようだ。このヌメッとしたもの、大気と一緒に吸い込んでるけど、体の中ではどうなっているんだ。


 そう思った瞬間、周りの魔力が体の中にも入っていっていることがわかった。どうやら、呼吸と一緒に取り込んでいるようだ。取り込んだ魔力をゆっくりと手のひらに集めていく。


 外の魔力と内の魔力。操りやすいのは内の魔力だということがわかった。


 「炎よ。」

 

 ボッ!!


 先程の火の玉と同じサイズの。そして青い炎が生まれた。


 「…どうやら勇者様には魔術の才能があるようだ。昔の彼も、勇者も魔法は得意だった…。君は彼にそっくりだ。驚くくらいね…。他の魔法を教えていこう。きっとすぐ物に出来るだろう。」


 フォシーは優しく微笑みながらそう言ってくれた。


 思いがけない彼女の笑顔に少し動揺した。結構自由で奔放な人だと思っていた。でも、本当に失言したと思ったら、紳士に謝るし、きつい思いをしてでも僕に思い出に浸る時間をくれた。見かけによらず、優しくて気の使える人なんだろう。いや、そういう人だからこそ人の上に立てるんだろうな。


 少し先のことについて不安に思っていたが、フォシーもラディも悪い人ってわけじゃなさそうだ。


 これなら頑張っていけそうだ。魔法も正直少し楽しいし。


 やっていこう。


 自分の出来る限りを掛けて。

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