第9話

「おはよう。モニ。」


 「…………………………」


 あれから更に一ヶ月がたった。


 モニの石化は全身に回っている。


 石化していないところは、顔の部分と、首までだった。


 いや、その部分ですら、まだらに石化している。


 「今日もモニはすごく綺麗だね。」


 「…………………………」


 もう、モニは喋ることが出来ない。


 ただ、すごく調子の良いは、眼球とまぶただけ動く。


 「アルゴジュース飲むかい?」


 「………………………」


 今日は調子がいいようだ。


 少しだけ目線が上に動いた。


 「昨日、すごく甘~いアルゴの実が手に入ってね。これ食べたらほっぺが落ちちゃうぞ~~」


 「…………………………」


 「あぁ、ごめんごめん。ほっぺが落ちるっていうのはね、僕達の世界でほっぺたがとろけちゃうぐらい美味しいって意味なんだよ。ホントにほっぺが落ちるわけじゃないよ。」


 「…………………………」


 「ギュシッ!ギュシッ!」


 「ほら。メリィも食べたんだよ。すごく美味しかったよな~~。」


 「ギュシッ!…ンゴクッ」


 いつもの様に、アルゴジュースを作る。そして、手に入れた綿にアルゴジュースを浸す。


 びしょびしょじゃぁダメだ。適度に絞らないといけない。もちろん、絞りすぎてもダメだ。


 ベストな濡れ具合がいいのだ。


 適度に濡らした綿を、ゆっくりとモニの舌に乗せ、舌を湿らせる。


 モニの口を開けるときにも細心の注意が必要だ。急に開けると口周りの石化が割れてしまう。ような気がする。だからゆっくりと開ける。その点でも綿は優秀だ。細いこよりのようにもできるから。あんまり細くなりすぎると、何度も舌に乗せる必要がある。でも、そんなことは問題じゃない。何度だってすればいいのだ。何も苦じゃない。


 一ヶ月前だったら、アルゴジュースをそのまま飲むことが出来た。


 ただ、その次の日当たりから、もうモニは話せなくなっていた。


 その時はまだ、目が忙しなく動いていた。だから、何がしたいんだな、とか。これが困っているんだな、ということがわかった。


 でも最近は、目の動きや瞬きが本当にゆっくりになっている。


 もちろん、それは、石化の進行によってより顕著になっている。


 気付いたことがある。


 どうやら、胸も石化しているが、心臓は動いているようなのだ。


 当たり前か、心臓が動いていなければ、瞬きすらすることは出来ない。


 一度耳を当ててみると、ものすごくゆっくりとではあるが動いていた。


 五秒に一回程度だったろうか。


 ただ、最近は十秒に一回程度になっている。


 ゆっくりとではあるが、確実に石化は進んでいるようだ。


 「どう?美味しいだろー?今まで食べたアルゴの実では一番おいしいんじゃないかな。」


 「ギュシッ!ギュシッ!」


 「…………………」


 メリィが話すと少し反応が良くなる。


 モニはメリィのことを可愛い可愛いと言っていたからな。その感性は未だ納得できないが。


 メリィもそれを知ってか知らずか、なるべく目の前で話すようにしている。


 この前なんか一時間ぐらいモニの目の前で独特なダンスを踊っていた。一週間ぐらい続けて。


 俺は、ねぎらいのためにアルゴジュースを作る。


 「ンゴクッンゴクッンゴクッ……ッギュハーーーーーー!」


 いつも不思議だが、こいつのどこにアルゴジュースが入っているのだろう。


 明らかにこいつの体積より多いんだが。


 モニを見ていると、ゆっくりと喉仏が上下していた。


 どうやら飲み込めたようだ。


 「どう。もう少し飲むかい?一杯あるよ~~~」


 「………………………」


 「そうかそうか。もうお腹いっぱいかな。」


 「………………………」


 「ん~~~、今日はなんのお話をしようか……………」


 パコッ


 メリィがコップを俺の頭に当ててきた。


 …ほう、やるか。

 

 俺らの遊びはもう遊びじゃ済まなくなってるぜ…?


 基本的にメリィを捕まえることは出来ない。触ろうとしてもスカッスカッと通り抜けてしまう。ホログラフのように。でも、どうやら魔力を調整するとメリィを捕まえられることに気付いた。ただ、その調整の度合いが、その日によって違う。いや、その瞬間瞬間毎に違うのだ。だから、メリィを捕まえるその瞬間に魔力を調整し、捕まえる。うまくいかないときもあれば、うまくいくときもある。最初は、一度魔力を調整すればその日の調整は必要なかった。でも最近は時々刻々とメリィの魔力が変化していくので、それに合わせて調整しなければならない。戦いは心理戦の様相を呈してきている。


 何故こんな鬼ごっこをしているのかというと、魔力操作の訓練のためでもあるが、何よりもモニが楽しんでいるようなのだ。


 この鬼ごっこをした日は、アルゴジュースをよく飲む。


 だから、俺達はなるべくこの遊びをすることにしている。


 前はほとんど捕まえることができなかったが、今は五分五分だ。


 捕まえた後は撫で繰り回したり、変顔をさせたり、俺の脇の臭いを嗅がせてやったりとあまりひどいことはしていない。


 今日はどうやら俺の勝ちだ。


 ふふっ、だんだん勝率が上がってきている様な気がする。


 「ギュシ…………グッグウッ…………」


 今日は人形劇をしよう。もちろん人形はメリィだは。


 「むかし~むかし~ドン・パッチョという騎士がいました~~」


 「ギュシィ…………ギュシィ…………」


 「ドン・パッチョは~、実は~自分を騎士と思い込んでる~お馬鹿さんだったのです~」


 「ギュッ!?……………ギュシィ…………」

 

 「ドン・パッチョは~、ある時~風車小屋を~~ドラゴンだと思い込んだようです~~」


 「ギュエェェェ…………?」


 「ドン・パッチョは~、勇敢な騎士でした~~、ドラゴンにもひるまず~、何度も突撃を繰り返したのです~~~何度も、グフッ、何度もです~~プククッ」


 「ギュエ…?ギュ…ギュエ?キュ…キュゥゥゥン?」


 そんな可愛い鳴き声をしても無駄だ。いつぞやの股間の借りを返してやるぞ?グヘヘヘ。


 俺は何度も何度もメリィを木に叩きつけるふりをし、十分怖がらせた後、開放してやった。


 今日は俺の勝ちだ。


 だいぶ日が暮れてきた。

 

 最近はモニにかかりっきりだ。


 「さ。モニ。今日もお風呂に入ろうか。さっぱりしたいよね~~」


 「…………………」


 「お風呂上がりにはアルゴジュースだよ。美味しいよ~~」


 「…………………」


 「よ~し、少し待っててね。すぐ準備してくるから。」


 いつものように風呂の準備を始める。もう慣れたもんだ。水の組み換えもスムーズにできる。肉体強化魔法は、ゆっくりとした動作だったら、強化出来る様になった。素早い動きは無理だが、単純な動作だけなら力を上げることが出来る。コツは、自分の筋肉を自分で動かそうとしちゃだめだ。肉体強化魔法だけを使って、体を動かすようにする。そしてなるべく日常生活でもそれを使うようにする。最初は、ナイフ作りのときにこれを利用した。細かい作業、繊細な力加減、ゆっくりとした動作でもいいってことで、大分良い訓練だと思う。これは続けていこう。


 準備が完了したので、モニを連れてくる。もちろんモニを運ぶときは肉体強化魔法なんて使わない。万が一があったら困るからだ。決して傷つかないよう、ゆっくり、ゆっくりとモニを運ぶ。もう殆どが石化していて、お湯の温度なんてわからないだろうけど、お風呂に入った後はモニがすっきりした顔をしているのがわかる。だから、お風呂は今でも毎日入っている。


 モニの体を洗う。カラシの実を使ってしっかりと泡を立てて洗う。実は髪の毛も石化してきた。モニの柔らかく、うっすらとした桜色の髪の毛は、もう殆どが固く、灰色だ。それでも髪の毛を洗う。いつもモニが気持ちよさそうにしていたから。もう、撫で付けるぐらいしか出来ないが。それでも、気持ちいいのだろうか、モニの口がゆっくりとパクパクしている。こんな状態になっても癖っていうのは変わらないものなんだな。


 お湯を染み込ませた布を絞り、温かい布巾にしてモニの顔を洗う。モニの感覚が残っている部分は、もう、顔と喉のあたりだけだ。だから、ゆっくり、丁寧に、モニの顔を拭く。少しでも綺麗にしてあげないと。モニは女の子だから。


 モニの風呂が終わったら、ベッドに寝かせた。


 そのあと、アルゴジュースを湿らせた綿を舌に載せ、丁寧に飲ませなきゃいけない。


 モニの喉仏がゆっくりと…、うん、動いたな。飲み込めたみたいだ。


 今日はもうお腹いっぱいかな。眠たそうにしている。


 いつもどおり、モニが眠りに落ちるまで、モニの頭をなで続けた。


 彼女の寝顔はとても美しかった。とても美しかったんだ。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽ 


 「おはよう。モニ。」


 「……………………」


 今日は少し調子が悪いようだ。


 「大丈夫?調子が悪そうだね。アルゴジュース飲むかい?」


 モニの様子を確認するために、近づいた所で気づいた。


 石化が顎のあたりまで進んでいる。後頭部から頭頂部にかけてもだ。いや、もうおでこも少し石化している。


 昨日は、首はまだ石化していなかった。おでこはまだ肌色だったはずだ。


 無事なところは、目、鼻、口ぐらいか。でも、目はまだ動いている。


 こんな状態でもまだ、意識があるのか。


 早く楽になってほしい…、いや、まだモニが生きてるんだ。生きてるほうがいいに決まってる…。いや、両方共自分勝手で独りよがりな気持ちだ…、胸クソが悪くなる。


 どちらにしろ俺が傷つきたくないだけなんだ。


 彼女のほうが苦しいに決まっているのに。


 「…………………………」


 「そう…。アルゴジュースは今日はいいか。じゃあ、水だけでも飲もうか。少しだけね。」


 「…………………………」


 「うん。ちょっと待っててね。」


 俺は汲んできたばかりの水に、綿を浸し、水を含ませる。含ませた水をモニの唇にそっと塗る。もう…顎の部分が石化しているらしい。歯を開くことができなかった。


 「そうだ。今日は天気が良いから、少しだけ外で日向ぼっこしようか。」


 「……………………」


 「そうだね~~~、気持ちいいよね~~~」


 俺は彼女を日当たりの良い、木の根元あたりに連れて行く。


 そして…、気づいた。気付いてしまった。


 彼女の石化がゆっくりと進行しているのだ。


 今までは、寝ているときにしか進行していなかったのに。


 でも、今は。起きていても進行している。もう…………目に見えてわかるほどに。


 いや、ひょっとしたらもう殆ど寝ている状態と同じなのかもしれない。


 俺はモニを撫で続けながら、焦る。何をしたらいいんだろう。


 モニは俺をずっと見つめている。彼女の目から彼女が何をしてほしいのかがわからない。


 「あ~~~~、今日はすごくいい天気だな~~~、太陽が近いからかな、俺が住んでた場所よりも暖かいんだよね~~ここ」


 何かをしなきゃと思い、どうでもいい話を続ける。


 眉毛の上辺りまで、石化が進んでいる。


 「そうそう。俺が住んでたところはさ、場所によっては氷点下になるときもあるんだぜ。あ、氷点下っていうのは水が氷る温度ってことね」


 こんな話なんてどうだっていいだろ。


 鼻から右の頬にかけて石化した。


「氷といえば、子供の頃さ~~、道が凍ってることを知らずに自転車で爆走しちゃってさ~~……………」


 何かしなきゃいけない。何か。何か。


 顎は、もう石化しきってしまった。


 「あ、そのときのテレビでやってたっていうのは、映画でさ。指◯物語っていうやつなんだけど、少しこっちの世界と似てるんだよね~~、もしかしたらさ~~……………」


 彼女に言うべきことはないか。いや、なんだ、それ。彼女がまるで死んでしまうみたいじゃないか。


 あぁ・・・・、右目が…右目が石になってしまっている。


 「子供の頃は、なんかなんでも歌っちゃう子供だったらしいんだよね~~、もしかしたら、俺って歌手の才能が……………」


 彼女は俺をずっと見つめている。どうしたらいい。


 左目も半分石化している。どんどん進んでいる。


 「そういえば、モニも結構歌好きだよね。俺の歌ってた曲も気に入ってくれたみたいだし。俺の世界じゃいろんな楽器があってさ~~、おすすめは…………」


 彼女はとても優しい目をしている。少し微笑んですらいる。なぜ、こんな表情ができるのか。


 「……………moniche……moniche………」


 彼女の最後の言葉だ。決して聞き漏らしてはいけない。


 「…………moni………che」


 結局monicheの意味は教えてもらえなかったな。


 「…………ショー………好き………ショー…………」


 「ショー………………」


 「………………ショ…………………」


 「………………………………………………………」


 「モニ?………………モニ?」


 「モニ?…………もう一度だけ、なぁ、モニ?……………」


 「モニ?………………モニ?…………………」


 彼女の名前を呼ばなきゃ。何度だって。何度でも。


 でももう、彼女から返事が返ってくることは、無い。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 モニは、石になってしまった。


 あの後、彼女をベッドに運んだ。


 何もする気は起きない。


 アルゴの実を食べて、水を飲んで、寝る。


 ただ、それだけをして過ごしている。


 彼女のそばは離れない。もしかしたら彼女が起きてくるかもしれないから。


 彼女から目を離さない。少しでも動くかもしれないから。


 しばらくそんな生活をしていたら、ふと、思い出した。


 訓練は一度も休んではいけない。毎日続けるのが大事だと。必ず続けるよう約束してと。そんな話を昔モニとしたような気がする。


 約束だったか。


 約束は守らないといけない。モニとの約束だし。


 取り敢えず、肉体強化魔法の訓練のため、肉体を操作しながら浮島を一周する。ものすごいゆっくりになってしまう。でも、いいか。これ以外考えなくてもいいのがいい。


 拠点に帰ってきたときは、日が暮れていた。


 暗い中帰ってこれたのはメリィがいたからだ。夜道を照らしてくれた。


つぎは、魔力の増加訓練と、操作訓練だ。いつも通りナイフを作っていてはたと気づく。


モニのベッドが壊れかけていることに。


素人の日曜大工よりお粗末なものだ。これじゃいつか壊れてしまう。


木も少し腐っている。


そりゃそうか。雨のときは水を受けてたんだ。だんだん腐ってくもんだろう。


でも、どうしよう。また作ったとしてもすぐ壊れてしまう。


もっと長持ちするものがいいな。


木じゃなくて石で作るか。


これなら壊れることはないだろ。


どうやらここには地震なんてものはないらしいし。


うん。豪勢なベッドを作ろう。もちろん天蓋付きだ。雨風がしのげるからな。


今日から作り終わるまで、毎日やろう。


浮島の外周を走るときは必ず肉体強化魔法と身体強化魔法をかけながら走る。走るというよりは歩くだけどどんなに遅くても必ず一周はしよう。


帰ってきたらモニのベッドを作る。彼女がいる所をつまらいない場所にしたくない。


それを繰り返す毎日、毎日と絶対忘れない。


魔法が成長してるような気もするが、よくわからない。


ただ、モニのベッドは段々豪勢な物になっていっている。最初はシンプルなものだったが、なんか…、物足りないような気がして色々な装飾を足していった。


結構驚いたんだけど、川底にある砂金を出来るだけ集めたら、大体ソフトボール大の大きさの結構な量になった。こんなにあったのか。これはベッドではなくモニ自身の装飾品を作ろう。頭に飾る、…ティアラだっけ?あと腕輪とか指輪がいい。女の子なら…きっと喜ぶだろう。ベッド自体にも装飾したほうがいいな。といっても石を加工する位しか出来ないか。モチーフは風と羽だ。石しか使えないけど全部ダマスカス鋼風にしよう。モニが綺麗だと言っていたから。そういえば、モニの左翼は随分と損傷していた。あれだともう使えないだろう。よし。このベッドを覆うような大きな左翼を作ろう。うん。そうしよう。


毎日同じことを繰り返してるけど、特に辛くない。じッとして何かを考えてしまうのがただただ嫌だ。


走って、作って、走って、作って。合間に鳥を狩って、アルゴ果実を食って。


余った金があったから、メリィ用のティアラも作ろう。こいつには世話になったからな。


メリィ用のティアラをプレゼントしたらめっちゃ喜んでいた。モニとお揃いにしたのが良かったのかな。


モニの寝ているベッドに、モニの好きだった花を敷き詰めよう。これはいい匂いがするからな。モニはこの花を気に入っていた。ただ、問題はすぐに枯れてしまうということだ。どうしたもんか…。


試しに、体を強化するように、摘んだ花に魔力を通してみる。…違いはよくわからないな。


 でも一応それをモニの横に敷き詰めておこう。


 また、訓練の日々に戻る。とにかく一日何も考えられなくなるまで、訓練を続ける。


 最近は浮島を一周しても日が暮れることはなくなったから、もう一週追加している。


 石の加工にも気付いたことがある。石同士をくっつけることができるようなのだ。


 両方に魔力を流し、魔力の感じを同じ状態にして、くっつける。その後さらにそこに魔力を流し、中身を均一にならす。この時接合部の材質が同じであればあるほど、滑らかにくっつけることができる。これに気付いてからは、モニのベッドはより大きく、頑丈になっていった。


 訓練の日々は続く。最近は午前中に浮島を一周する。午後は川で鉱石のようなものを探す。


 砂金はもう失くなったが、他にも面白い石が見つかった。一つは緑色の透明な石だ。多分何かの宝石だと思うのだが、俺は宝石には詳しくない。あと、水色の石も見つかった。そして、最後にだが砂鉄が見つかった。そりゃそうだ、砂金があるんだ。砂鉄があってもおかしくない。いや、むしろ砂鉄があるほうが可能性が高いだろう。…そうだよな、たぶん。新しく見つかったのはこの三種類か…。とにかくこの3つを探すことが訓練の日課に加わる。


 この緑色の石の加工は何故か出来ない。でも綺麗だから、モニのベッドの装飾の足しにしよう。モチーフは風だったからちょうどいい。俺の中では、緑って風の色のイメージなんだよな。


 水色の石も加工が出来なかった。今まで加工してきたものは、すんなりの自分の魔力が石の中に入っていった。でも、この魔石は反発がある。それでも無理やり入れていくと、今度は魔力が吸い取られる感覚になったんだよね。血液が波打っている様な感覚っていうか。どんどん吸い取られていくとついに「バキャッ」っと音を立てて割れた。そしてその時水が出てきた。水だ。コップ一杯分くらいの水。明らかにおかしい。そんな量の水が入っているとはとても思えないサイズだったからだ。…となると水の魔法が発動したのだろうか。今まで、水の属性魔法は全然発動しなかったのにか?…いや、今までは大気中にある水分を操るイメージで水の魔法を使おうとしていた。でも、違うのか?体の中の血液を絞り出すように水を発生させるのか?試しに、体の中の血液を通るように魔力を流し、水の属性魔法を発動させようとしてみた。すると、ひとしずくだけだが、水が指先からこぼれ落ちた。……出来た。今までずっとできなかったのに。今になって。モニにも見てもらいたかった。…いや、やめよう、今ここで考えることじゃない。訓練だ。訓練。取り敢えず、この石の加工は後回しにしよう。わからないことが多すぎる。


 砂鉄に関しては結構多く取れる。これでネックレスのチェーンの部分を作ろう。モニからもらったペンダントを失くさないようにする必要があるからな。うん。これなら相当なことがあっても大丈夫だろう。ちょっと不安だったから、太めに作っちゃったけど、大丈夫だろう。それと、この砂鉄でナイフを作ってみた。最初はか加工が難しかったけど、鉄だけを集めてからは問題なく加工できる。出来上がったナイフは石のナイフとは段違いの切れ味だ。木に向かって投げたら、2本貫通した後、後ろの石に突き刺さった。…マジかよ。今まで、石の投げナイフは作ったそばからそこら辺に投げ捨ててた。材料はいっぱいあったし、訓練のためにたくさん作る予定だったから。ただ、今回は材料が限られているし、性能もいい。いざと言う時のために常に身につけられているようにしたい。だから、ホルスターのようなものを作ろう。一つは腰のベルトに引っ掛けられる鞘みたいなもの。もう一つは、刑事の銃を胸に吊り下げられるような、胸にかけるベルトを作り、そこに投げナイフ用の鞘をつけよう。時間はある。ゆっくりやっていこう。


 訓練漬けの日々が過ぎていく。とにかくやることがいっぱいある。毎日訓練しなければ。


 川から取った宝石は全て、モニのベッドにつけることが出来た。正直自分でも美しく仕上がったような気がする。なかなかのもんじゃん。…あれに似てるな。あの、ローマ法王の後ろにあるやつ…。彫刻と言うか、石や宝石を自分の思ったと売りに加工するとき、指とか手だけだとそんなにうまくいかない。多分、何年、何十年の訓練が必要だろう。ただ、ここに魔力の加工も加える。細い溝を作りたいのなら、その溝の形に合わせた細い棒のような魔力を作り、その魔力に合わせるように石を削っていく。羽の形に石を加工したかったら、羽の形に魔力を型取り、そこに石を合わせ込む。この時重要なのは、手先の器用さより、イメージ力だ。頭で正しく形を想像できる方が重要だ。俺はこれを魔力の手と呼んでいる。この魔力の手を使った加工ができるようになったからこそここまで精巧な彫刻ができたのだろう。


 ホルスター作りも順調だ。腰のベルトに挿す用の鞘とナイフは作り終えてる。…疼き出す…。我が14歳マインドが…。いや、これは必要なことだ。これから行くハルダニヤはモニをあんなにしたような奴らだ。油断はできない。備えあれば、憂い無しだ。胸に掛けるベルトづくりは少々時間がかかってる。どういうものにするか迷っていた。鎖のようなものだと、痛いし煩い。


…あれだな、鎖ではなく、腕時計のベルトのような物にすればいいのでは?腕時計持っててよかった。じっくりと観察して真似すれば…。壊そうか?とも思ったが、機械式だし……、誕生日プレゼントでもらったやつだからずっとカバンに入れて大事にしてたし…。…これは小さな四角い板が連なっているのか?板の端の辺に沿うように丸い穴が貫通している。この丸い穴を次の板の丸い穴と重ね合わせ、間に棒のようなものを差し込んでいる…んだろうか。少しずつでいいからやっていこう。


魔力での加工で一番便利なところは、その場で瞬間的に加工ができるところだ。もし、サイズが合わなかったら、もう一度外して、サイズを調整しなければならない。大きすぎたときは削ればいいが、小さすぎたときは作り直しだ。でも魔力を使えば、削ることはもちろん、付け足すことができる。これは大きなアドバンテージだ。俺みたいな素人でも簡単にそこそこのものが作れる。出来上がった物の改良もし易い。


 今日も、いつもの様に浮島の外側を走る。もう走れるレベルでは身体強化が出来るようになった。


ん?あれは…、遠くの方に大きな建物が見える…?塔か?


いや、あれは巨大な木だ。大きすぎて、こんなに遠くからでも見れるのだ。ヴィドフニルの傘だ。


 …後もう少しで、ハルダニヤ国につく。


 加工のペースを上げたほうがいいな。


 鉄のベルトとホルスターは出来上がった。そこに差し込む鉄の投げナイフも。


 でも大事な加工が終わっていないんだ。


 この浮島にモニはずっといることになる。俺はまたここに戻ってくる。…もうモニに二度と会えないのは嫌だし、彼女を治す方法があるかも知れない。だからこの場所が分かるように双子魔石をベッドにつけておきたいんだが…。杖の先の本体?の一番でかい魔石を取り外すことが出来ない。杖からどう頑張っても取れない…。この本体を取り外すのに結構時間が掛かる…。いや、もう取り外さなくてもここに杖指しておけばいいか…?いや、でも何かあって倒れて…、倒れるだけならいいけど、浮島から落ちたらもう二度と…。もうそのまま取り付けるか?いや、でもここまで綺麗にしたんだから最後も完璧にしたい…。いや、でもいいか。拘らなくたって。…なるべく杖の部分は隠しておこう。あと双子魔石の小さい方をペンダントに何個か入れておこう。


 これを俺が肌身離さず持っていれば、いつでもこの浮島の位置がわかる。そして、彼女を治す方法が見つかったら、またここに戻ってくればいい。いざとなったら、リヴェータ教の奴を攫ってきてでも治させれば…。


 そんなことを考えていたら、気づかないうちに俺たちの浮島はヴィドフニルの傘にたどり着いていた。

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