63 説教

「ミレイちゃん、これちょっと運んでもらっていい?」


 あり合わせで極力ミレイの口に合うようにと頭をひねった末、牛ミンチの肉団子をあんかけにし、夏野菜の天ぷらと卵豆腐をえることにした。


 はーい、と応じたミレイが、台所のテーブルに並んだ料理に歓声を上げる。


「すっごーい! おいしそう!」


「だといいんだけど」


 その間に漬物を出そうと一希が冷蔵庫を開けていると、第一陣を運び終えたミレイが後ろからのぞき込んだ。


(あ……)


 一希の視線の先にある大鉢を、ミレイが見付けてしまったことが気配でわかった。一昨日の晩にたっぷり作ったおかずの残り。一希の、そして新藤の、好物の一つ。


「それ、なあに?」


 彼女の素朴な疑問にどう答えようか迷う。嘘はつきたくない。透明のラップの向こうに見えているのが骨であることはおそらく彼女にも察しがついているだろう。ただ、それと一緒に味噌で煮込まれているのが脳と眼球であることまでは見ただけでわかるかどうか。


「あ、これね。牛の……骨」


「なんで冷蔵庫に入れてんの?」


 一希は体中の血が熱くなるのを感じた。当然の疑問だ。彼女にとっては捨てる部位でしかないのだから。これでスープを取るとおいしいんだよ、とでも取りつくろおうかと思ったが、ミレイに先を越された。


「もしかして一希ちゃん、こういうの食べる人?」


 動物の骨やずいを食べる人が存在することはミレイも知っているのだ。そういう人たちに対するそれなりのイメージも持っているだろう。一希は子供相手に傷付くなと自分に言い聞かせ、何とか平静を装う。


「たまにね。ちょっと栄養つけたい時に……ごめんごめん、食欲なくしちゃうよね。今日は出さないから大丈夫」


 その上の段にあった漬物を取り、冷蔵庫を閉める。と、その時。


「ミレイ」


 新藤の厳しい声音こわねに、一希は思わず身をすくめた。名を呼ばれたミレイにも緊張が走る。


「ちょっと来い」


 つい先ほどまで言いたい放題だったミレイが、驚くほど素直に従う。うつむいたままおずおずと畳に腰を下ろした檜垣家の長女に、新藤が言った。


「お前はいつから食い物で人を判断するようになったんだ?」


 一希は唖然とした。たかだか十四歳の少女に対する、容赦のない追及。


「ちょっと先生、私は別に……」


「お前は黙ってろ」


 そんな大げさな話じゃないし、悪気があったわけじゃないと、ミレイをかばってやりたかった。しかし、そこには口出しがはばかられるだけの凄みがあった。ほんの数分前まで友達同士のように軽口を叩き合っていた二人の間には、今や明白な上下関係が見て取れた。


「判断してない」


 ぽそりと呟くその声からは、すでに抵抗の意思が消え去っていた。


「あいつが作った料理を見て、冴島一希という人間について何らかの感想を抱いた。違うか?」


 縮こまったミレイの後ろ姿が目に見えて動揺する。一希はまるで自分が叱られたような気になり、ほおの内側をぎゅっと噛み締めた。


「どう思ったのか言ってみろ」


 ミレイの押し殺した息遣いとともに、その肩が小刻みに震えた。


「本人にはとても言えないようなことを心の中で毒づいてたんじゃないだろうな? そうではないと誓えるか?」


 ミレイはついにこらえ切れずしゃくり上げた。ふりではない。何か言おうとしてはまたしゃくり上げ、そして咳き込み、それでも懸命に答えを述べようとする。新藤に泣き落としが通用しないことを身をもって知っている者がこんなところにもいたとは。


「ちょっ……ちょっと、き、気持ち、悪い、なっ……って、お、思っ……だけ」


 新藤はミレイの努力を認めたらしい。


「なるほどな」


 畳の上にあったティッシュの箱をミレイの前に突き出す。ミレイは思い切り鼻をかんだ。

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