第2章 修練の時
25 助手
一希は当初、住み込みという言葉を特に重く受け止めていなかった。職員室で教官たちに笑われるまで、相手が男であることすら意識しそびれていた。
資格を取ったらすぐに活躍できるよう、今のうちに現場のことをもっと知っておきたい。その意欲だけに突き動かされて、尊敬する処理士の自宅に押しかけ、間借りするに至った。しかし、蓋を開けてみればそれは紛れもなく、男性と二人きりで暮らしをともにすることだった。
洗濯一つ取っても、家族でもない男性の汗が染みた衣類に触れることに、最初は何だか申し訳ないような気分になった。一希の方は、一応これまでのやりとりを経て知らない仲ではないつもりだし、恩義も感じているし、これからお世話になる相手でもあるせいか、不快感や嫌悪感は湧かない。しかし、当の先生の方はどうだろう。
特に下着などは、助手とはいえ女性に洗われることを本人が嫌がるのではとも考えたが、それだけ残すのも失礼な気がする。かといって、わざわざ聞けばこちらも気まずいし、向こうも遠慮するかもしれない。しばし考えた末に思い切ってまとめて洗ってみたところ、特に
しかめっ面のイメージが強い新藤だが、決して気難しい人物ではないことはすぐにわかった。仕事以外のことは
一希が加わったことによる生活面の変化にも丸っきり
洗面所の床に積まれていた汚れた衣類は一希が用意したかごに入れるようになったし、洗面台に無造作に横たえられていた歯ブラシも、一希が空き缶を持ってきて自分の歯ブラシと一緒に立てておいてやればそれ以降はきちんとそこに立てている。
扉を半開きにしたまま小用を足す後ろ姿を見かけることも、三日目にはなくなった。それでいて便座だけはいちいち下げない辺りが、師匠としての尊厳を主張しているように思えて笑いを誘われた。
一週間ほど経った頃には、なぜかたっぷりと水を吸った上で絞られた形跡のある
乾いた洗濯物を取り込み終え、一希は新藤のカレンダーに目をやる。
(今日は五時まで現場、だったよね。どこって言ってたっけ?)
予定帳で場所を確認し、車での所要時間の見当を付ける。大抵はどこかへ寄り道をしてから帰ってくるらしいから、帰宅は七時近くになるだろう。いつもこれぐらいの時間に帰ってきてくれれば、夕食のタイミングが見計らいやすいのに。
初日から一希も薄々勘付いてはいたが、新藤の食事は非常に不規則だった。家で
いずれ食べるだろうと台所のテーブルに数品出しておいてやれば、それが何であれ黙ってつつき、処理室か大机に戻っていく。しかし、一希もそれなりに新藤から仕事を与えられているため決して暇ではない。ちょっと油断して料理を出し忘れていると、冷蔵庫に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます