16 任命
新藤は早くも部品の回収にかかろうとする。一希は食い下がった。
「せめて
「もういいと言ってるだろ。悪いが、実技には最初から期待してないんだ」
「えっ? でも、設定しろって……」
「
「ど、土橋って……もしかして土橋先生、ですか?」
「ああ。お前がどんな生徒か、電話で聞いた。口答えばかりでいつまで
確かに思い当たる節はあるが……。
「すみません。でも、決して口答えしてるつもりはないんです。本当にわからなくて……。単純なことならまだいいんですけど、ほら、例外とか変則的なこととか、いろいろあるだろうなあと思って、じゃあこういう場合はどうなんだろう、とか、こないだはああ言われたけどあれとは違うのかなあ、っていう純粋な不明点を確認したいっていうか……」
「お前にとっては純粋な疑問かもしれんが、誰も口にしない疑問をたった一人がぶつければ、『素直じゃない』とか『面倒な奴だ』と思われるのが世間じゃ普通なんだ」
確かに、「細かいことは気にしなくていい」、「難しく考えるな」、と教師からストップをかけられるのは小学校の頃からだ。疑問を放置しておけない自分の思考や行動があまり普通でないことは、薄々自覚してはいた。
ふと気付くと、新藤の目がまっすぐこちらを見ていた。そして、まさかの宣告。
「お前は向いてない。今すぐ中退しろ」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってください!」
慌てふためいた一希は思わず新藤に駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。
「すみません。あの、これからはちゃんと……黙ってやります。質問もしないようにします……なるべく」
すると、頭上から新藤の声が降ってくる。
「質問をするなと誰が言った?」
「え?」
「
「はあ……」
一希は理解しかねた。
「早川は決して悪い学校じゃないが、人間には向き不向きがある。お前にとっては時間と金の無駄だ。今すぐ辞めてうちに来い」
「え……今、何て?」
「お前がこの間からしつこく語ってた望みを叶えてやる」
「えっ? 本当ですか!?」
「お前をただ働きの使いっ走りに任命する。感謝しろ」
「あ、でも、学校を辞めるというのは……」
「学校で学べることは全部俺が教えてやる。雑用の報酬の代わりだ。質問はしたいだけいくらでもしろ」
(えっ、……えっ?)
思ってもみなかった事態に、腰が抜けそうになる。
「ただし、俺の小間使いは忙しいぞ。公民館と食堂の仕事も辞めてもらう」
そこではたと気付く。その二つが、今の一希にとっては収入の全てだ。
「あの……すみません、先日、親の貯金なんて言葉を出してしまったんですが、実は大した額じゃなくて」
よく考えたら、学校を中退するとなれば今の寮にも住めなくなるのだ。
新藤は土嚢を模した布袋を回収しながら、ついでのように言った。
「奥の四畳半を空けてやる。まあ広くはないが、今が寮なら大差ないだろう」
「えっと、それって……」
(ここに住む、ってこと!?)
「贅沢はできんが、生活費は丸ごと面倒見てやる。その代わり、お前がやると宣言したことは全部こなしてもらうぞ。荷物運びに片付け、帳簿管理、留守番、掃除、洗濯、お使い、だったな?」
(そんなに言ったっけ? すごい記憶力……)
「気に入らないなら無理にとは言わん」
「いえ、とんでもない! お願いします! やらせてください!」
「よし。じゃあ、まずは学校とアルバイトを辞めてこい」
「はい!」
一希は、夢ではないのかと瞬きを繰り返した。望みを叶えるどころではない。はるかに上回る展開だ。
「荷物は? 引っ越し屋までは
「はい。食器と
「わかった。準備ができたら電話しろ」
新藤はポケットから取り出したメモ帳に番号を書きつけ、ちぎって一希に渡した。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします!」
新藤建一郎の電話番号。電話帳から控えてあるし、とっくに暗記してもいる。しかし、改めて本人の直筆で受け取ることには予想以上の感慨があった。
* * * * * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます