4.2 ある日の処理士
放課後の新藤宅訪問はもはや日課と化しているが、新藤は現場を飛び回っているのか、あれ以来会えていない。
今日も
比較的平たい丘ではあるが、バス停から頂上までは大きくUターンを描く急勾配。
(よしっ、十本ダッシュ!)
車がほとんど通らないのをいいことに、一希は思う存分汗を流した。
何とか十本をこなし坂の上で呼吸を整えていると、ガラガラとシャッターの開閉音らしきもの。急いで駆け付けると、新藤が車庫の中で愛車の荷台に何か積み込んでいる。
「新藤さん!」
振り向いた新藤が深いため息をつく。
「またお前か」
歓迎ムードには程遠いが、存在をおぼえてもらえていることはありがたい。
「いらっしゃったんですね。またお出かけ中だとばかり思ってました」
車庫は普段シャッターが下りているため、中に車があるかどうかはわからないのだ。
「今日はお休みですか? あ、さっき、ブザー鳴らしちゃってすみません」
「ブザー? ああ、奥で作業中だったから聞こえなかったが」
「作業って……ご自宅でですか?」
やっぱり。やたら大きなこの母屋。きっと居住空間以上の用途があるという一希の読みは当たっていたらしい。
「輸送可能な場合はとりあえず現場から撤去して、他の場所で爆破もしくは安全化することもある。それは知ってるな?」
「はい」
他の場所というのは、その時々で例えばだだっ広い空き地だったり、海上や海中だったり、軍の専用施設だったりするというのが一希の理解だ。
「やっぱり、この中に設備をお持ちなんですね」
「ああ。オルダの解体用にな」
オルダというのは、片手で持てるような小さな爆弾を何百個とまとめて投下し、広範囲に攻撃を加える兵器だ。その一つひとつが不発のまま見付かれば、大型爆弾の場合と同様、安全確保のための処理が必要になる。
無資格者は立ち入りを許されない不発弾処理施設。しかし将来は自分が大なり小なり関わるであろう、一希にとっては魅惑の空間。それがこの壁の向こうにある。そう思うと胸が高鳴り、覗いてみたくてうずうずした。
その時、ジリリリリン、と母屋で電話が鳴り出した。新藤は戸を開け放ったまま電話を取りにいく。一希は戸口からそっと中の様子を
戸外より幾分ひんやりとした空気が漏れる。六、七メートル四方ほどの殺風景な空間。床はコンクリートが
入ってすぐの右手には古びた布張りのソファー。奥には大きな木の机に椅子が二脚。壁はほとんど棚で埋め尽くされ、工具箱や段ボール、各種ケースに本、書類などがぎっしり。左手の棚の両脇には一つずつ鉄扉。この中が不発弾処理室のはずだ。
新藤は右手奥の角、大机の向こうで電話に出ていた。壁掛け電話の螺旋状のコードが目一杯伸びきっている。視線の先には、壁に貼られた大きな地図。
処理士の自宅兼仕事場にはもちろん興味津々だが、一希は電話の内容の方が気になっていた。
「一キロ……だと、そうだな、南側のオフィス街が丸ごと入っちまう。……ん? ……ああ、そうか」
電話の相手の声も何とか聞こえないかと最大限に耳を澄ましてみるが、それはさすがに無理だった。
「まあ最終決定は現場を見てからだが、今のところ南は六百で想定しといていいぞ」
一キロ。六百。それらが近隣住民の避難範囲を意味することは一希にも察しがついた。
爆弾の信管を抜く安全化処理には、爆発の危険が常に伴う。そのため、周辺地域には必ず避難命令が出され、その範囲は爆弾の種類や大きさ、破壊力、周囲の状況によって決まる。……ということを、学校で習う前から一希は独学で学んでいた。
「その状態なら標準でいい。割増は
新藤が電話を切り、戸口の方へやってくる。こんな千載一遇のチャンスを逃す手はない。一希はすかさず食いついた。
「今のお電話、
「ああ」
「お仕事の依頼ですよね?」
「まあな。埜岩の不発弾処理部が警察から連絡を受けて現物を確認し、運搬の可否と、安全化か爆破かの見通しを立てて、妥当と思われる処理士に連絡してくる」
再び車庫に向かう新藤を追いかけて一希は尋ねた。
「『妥当と思われる』っていうのは、技術力のことですか?」
「まあ一つにはな。あとは自前の装備がどの程度揃ってるか、手が空いてるか、どこに住んでるか、それからあっちの予算との兼ね合いとか、いろいろだ」
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