真剣師事件・三
呪念と殺意には因果関係がある、どちらも負の感情から発せられる、しかし、呪念では人を殺せない、殺意もそれのみでは人を殺せない、呪念は殺意に、殺意が呪念に、ぐるぐる回る凶悪で暗澹な二匹の太極魚。
つまり、暗い太極図の完成とは復讐であり、それはきっと誰かを殺すはめになる。
◆
「で、動機は?」
彼女との話が漏れないようにホテルに連れ込んでから聞いた。
「復讐」
彼女はそう言った、それだけであり、それゆえに、分かりやす過ぎた。
「理由は?」
「貴方は逮捕された方を追ってたのよね、それは敵の敵も味方って事かしら?」
「それは分からんな、つまり、逮捕された方に惚れてたりしていたのか?」
「そうよ」
「その原因が彼にあると?」
「そうよ」
「そうか、それは誤認識だな」
「は?違うの?」
「真剣師そのものが問題ではない、一般家庭でそういう勝負をしようとしたのが問題であり、そこが問題なのだ」
その時、窓が割れる騒音が響いた。
ここはホテルでも高い場所であり、大きな古民家の近くの田舎にあるので向かいにビルなんてない場所であるが男がハリウッド映画のように、そして物理法則を無視したであろう侵入をしてきた。
窓の破片と共にさっきのとはまた違う老人が入ってくる、老人は二丁拳銃を持っていた、両方ガンブレードであり、ブレードの部分はエンハウスではなく武骨な鉈だった。
「フシュロォッ!」
老人は口から吐息を漏らすと同時に叫んだ、老人は見て分かるが臨戦体制だ。
「『結界』が壊されたわね」
彼女がベッドの上に無造作に置かれたレイピアを持ちながら、冷や汗と共に紡ぐ。
「わしの賭博仲間を殺したんや……、覚悟は出来とるか?」
関西弁が老人から述べられる。
「それも勘違いでうっかり殺されたからにゃぁ、絶対許さんぞ!」
「おいおい、俺は能力に目覚めないといけないのか?」
俺はぼやくが彼女と老人はホテルの狭い部屋で闘い始めた。老人の一歩で床は陥没する、どうやら物凄い跳躍力でこの部屋に来たらしい。
「まっ、ここを選んだのは逃げやすいからだぜ?」
俺は震脚をした、ただ脚を踏み込むのではない、中国武術の高等技術なので、床は崩壊したし、戦闘は中断された。
「ちょっ! 彼じゃないのに抱き締めないでよ!」
俺は崩れる足場で彼女を抱き抱えて外に飛び出した、この時期には誰もいないし、壊れる範囲の三階分の層の内、ここ以外の二つは時間をずらして偽名で予約してあるために空室である、そこの心配はしなくていい。
問題は横向きの雨のように放たれる銃弾とそれを乱射する老人である。
その老人は独り言をしていた。
「孫の『影武者人形』と賭博仲間は将棋をやってたから、そもそも、それに惚れるあの女もとち狂っておるが、賭博仲間を久しぶりに殺された程度で復讐をしようとするとはわしも奴の事を愛していたのかのぉ、いや、何故、わしは復讐をしようとしている?」
その崩れ行くホテルを近くの道から見物する赤いパーカーの男がいた。
「愛も呪念の一種、人にとって愛ほど殺意に直結しやすい概念はないんだぜ?太極魚の色が変わる循環はまさに笑殺話だぜ」
「諧謔を弄するようだなバールベリト」
もう一人、スケルトンのように細身で不明瞭な存在がいた。
「『盤上』に駒は揃い始めたな、今度はどうなる?」
「世界の命運を賭けたチェスだ、そりゃあ今度『も』下らなく終わるに決まってる、まるで三文オペラのようにな」
「つまり最後には恩赦が欲しいのか?」
「そうだな、悪魔は最後の審判で裁かれるがそれぐらいあってほしいな」
「ねぇよ」
地面を何かを引き摺る音がする。
引っ掻くような不快な音が響いてくる。
神父服をした美青年が彼に近づいた。
その引き摺っていたモノは剣、それも先端が細長いスティレット、そして、先端からは毒が滴っている。
「私はバチカン直下断罪教会司祭、アンタレス・ヴィクティム、簡単に言えば貴方達にとっての死をもたらす存在です」
スケルトンのように細身で不明瞭な存在がそれを嘲笑う、そしてさっきも増幅する、どうやら勘に触ったようだ。
「我に死をもたらすか!このアステカ神話の黒き冥王ミクラトンテクートリにか!」
「知ってますよ、16世紀の修道士によって書かれ現在バチカン図書館が所蔵するリオス写本(写本ナンバー3738番)では、災厄と破滅をもたらす星神ツィツィミトルと共に『ルシフェル』と呼ばれているあのミクラトンテクートリですよね?」
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