教団編_6

 探偵から連絡があったのはその数日後であった。黒ローブの目撃情報があがったらしいのだ。私はその連絡を心待ちにしていたが、反面、自然消滅してしまえ、とも考えていた。しかし、自分の蒔いた種。探偵も、そして久留宮も巻き込んでしまっている以上、退くわけにはいかなかった。

 私と探偵は、次の休日に予定を合わせ、件の場所へと向かうことにした。その際、探偵はこんなことを電話口に零した。

「罠かもしれないぞ」

「どうしてそう思うか、一応聞いておこう」

「ああ。あんたは頭がいいから承知の上だろうが……相手は今までその尻尾も見せなかった連中だ。そいつらがこのタイミングで姿を、それも人目のある場所で晒したというのは、故意だとしか思えない」

「……そうだな。しかし、罠と言えどその身を削るような罠だ。収穫はあるだろう。虎穴に入らずんばなんとやらだ」

「その覚悟があるなら、いい」

 探偵は、捜索に行くか否かを聞いたわけでなく、覚悟の有無を聞いてきたように思えた。……私は貧弱に見えるかもしれないが、お前たちを巻き込んでおいて何も覚悟しないわけないだろう。舐めるな、とは口が悪い表現だが、私は今そういった気分であった。もしくは、見ていろよ、といった軽い陶酔。


 約束の日、私たちはとある地元のビル街前に来ていた。ビル街と言っても、私たちの街は半分田舎なもんだから、都会のように洗練された見た目ではなく、筑紫のようにぼこぼことビルがでたらめに生え、この土地を占拠しているのだ。

「さて、学者様」

「どうした、改めて」

「いい物を持ってきた。もしかしたら必要になるかもしれないからな」

 そう言って、探偵が広げた右手には無線のイヤホンが握られていた。

「多少の通話料は、我慢してくれ。これを着けて二手に分かれよう。こんなところ一緒に回っていたら日が暮れる」

 私は探偵から無線のイヤホンを受け取り、スイッチを押したり確認したりする。

 確かこういったものは、どこかしらを長押ししたら接続されたはずだ。ぼんやりとした知識を基にしてスマホと合わせて数回接続を試みるが、うまく行かない。

「……? 分からん」

「貸せ」

 探偵は私の返答を待たず、スマホとイヤホンを私の手から取り上げた。

「あ」

「………………」

「おい、探偵。さすがにレディの個人情報端末を許可なく……」

「ほれ、繋がったぞ」

 私の小言を聞き流しながら、探偵は私の手にスマホを落とし、イヤホンは直接私の耳に取り付けた。

「お、おい。イヤホンのつけ方ぐらいは分かるぞ」

「信用ならん。どこか変なところを押して接続が切れるかもしれないからな」

 全くな言いようだ、と思いながら、無理やり取り付けられたイヤホンの位置を直した。

「どうだ、聞こえるか」

「ああ、正面と耳元でお前の声がするな。特に耳元は誰かさんに大分強くつけられたようでよく聞こえるぞ」

「あんたの憎まれ口もしっかり聞こえるな。問題なさそうだ」

 探偵は、口の端を一度歪めたが、またそのあと一文字に口を閉じた。そして、小声で話し出す。恐らく、いるかもしれない教団員への警戒だろう。私は、耳元からの探偵の声に集中した。

「……今回の流れだ。このビル街のどこかにあるだろう教団のアジトを探す。特に注目すべきは地下だ。あまり声を大にして言えないことをして、窓から異常の有無を確認した」

 私は、探偵に背を向け、歩きながら応答する。

「警察のコネというやつか? おぞましいものだ」

「緊急だからな。とは言っても、ほぼ自力だ。もしかしたら見落としはあるかもしれない。が、ほとんど地下室に絞っていこう」

「……聞くが、どうやって地下室を確認する?」

「地下だけにスペースを借りてるやつらがいるはずだ。企業ぐるみだという可能性も考えうるが、今はこの可能性を排除しよう」

 私は家から持ってきたマスクを着けた。教団員の一人には顔を見られている。ないよりはまし程度の変装だ。

「分かった。そこで地下室だけ借りてるところの情報を集めて、調べようということだな。怪しいところなら多少ボロは出ると」

「その通りだ。これでだめなら、俺たちは裏社会の仕組みに足を踏み込んじまうかもな」

「ああ、もしかしたらな。そうならないことを願おう」

 これは本心であった。裏社会にオカルトが絡んだ時ほど面倒なことはない。オカルトの存在を信じてもらうことは、大事だ。しかし、それはこの世界に平等に拡散されるべき信仰である。オカルトという超常的な手口が認識されていない時代に、それが政治利用でもされれば……。あまり考えたくはない話だ。

 しかし、オカルトというものは規律にひどくうるさいもので、今回のように何かを崇めているだろう人間であればその力を私利私欲のために行使することは許されない。呪術を使えるほど信じている人間ならばなおさらだ。信者は神のために生き、神のために死なねばならない。それに背けば、最悪、自らの信仰に取り殺される。

「ところで地下室に入ったら携帯の電波は拾えなくなるかもしれないぞ?」

「入る前に合流。まあ入ったとして繋がる場合もある。……運が良ければな」

 それもその通りか。

 私は、ビルをしらみつぶしに調べていった。ビルの中に入り、階数表や受付で確認を行い、そして、探偵の言った条件に当てはまるような団体名や企業名をメモしていった。だが、一口に条件の合うもの、とは言っているが、結構数はあるように思えた。

 ほとんどのビルを回り終えるころには、すっかり日も沈んでしまった。これを一人でやっていたのならば、ご来光を拝む羽目にすらなっていただろうか。

「……ふむ。なかなかの数だ」

 私は成果を確認するために、メモ帳を数回捲りながら呟いた。メモ帳の二ページほどを埋める数であった。この呟きに、耳元の探偵の声が反応する。

「こっちもだ。それなりに量がある」

「この中から調べると考えただけでクラっと来るな」

「調べるのは俺だがな。どうだ、学者様。終わったか?」

 私は、探偵が見ていないことも忘れて首を振った。

「いいや。あと少し残っている」

「そうか。終わったら言ってくれ」

 私はその言葉に軽く返事をし、ビルを出る。ビルを出る際に台車に大きな荷物を載せた配達員とすれ違い、私は身を横にしながら、その道を通した。

 さて、残るはどこだろうか、と辺りを見回した時に、違和感がふと湧き出してきた。

 ……なんだ。なにかおかしい。

 私は道路を見渡した。この大通りに面した道路は交通量がかなり多く、滞りなく自動車があちらへこちらへ走っていく。このせわしない流れは都会では普通なのだろうか。私の住んでいる片田舎では車は走るどころか路上駐車がざら……。

「待て、路上駐車だと?」

 恐らくこの声は自動車の音にかき消され探偵には届かなかっただろうが、私にとっては砂金のような発言であった。私は出てきたビルを振り返る。振り返り、自動ドアの横の壁に背を預け、時計を確認した。

 七時二分。

 私はそこで三十分程待ったと思う。しかし、目星をつけていた人間がいよいよ出てくることはなかった。

 おかしい。配達員とは激務と聞く。いや、それ以前に出てこない理由がない。ここが会社なのかもしれないが、それにしては駐車場もなく、ビル内の会社もバラバラだ。

 何より、あんな大きな荷物を運んでいるというのに、宅配のトラックはどこにあるんだ。まさか悠長に有料駐車場に止めたりしないだろう。確かにここの交通量は多いが、トラックを数分停めるくらい、訳もないはずだ。

「……探偵、ビンゴかもしれん」

「は?」

「気になることがあった。今すぐ来てくれないか」

「……いや、いいが」

「今から住所を送る。口で喋ると誤解を生むからな。少し調べてみるぞ」

「おい、待て。俺が行くまでそこで待ってろ」

 その要求を私は拒否した。

「駄目だ。長くここに居れば怪しまれる可能性がある。それにもしかしたら教団員とすれ違ったかもしれん。証拠隠滅だって行うかもしれない。私の顔は見られているからな」

「……極力急ぐ。無茶は厳禁だ」

「ああ」


 俺は学者様からその連絡を受けて、送られてきた住所へと走り出した。一体なにを見つけたかは分からないが、急いで損するのは俺の体力くらいだ。

「探偵、今から少し喋れなくなるかもしれない」

「は? おい、待て! まさかあんた潜入しようってわけじゃないだろうな」

「ビンゴだ。安心しろ、これは繋げとく。なにかあれば頼む」

 ビンゴじゃねえ、冗談を言うな。学者様は、オカルト知識以外はただの一般人だ。素人が潜入して悲惨な目にあったのを数は少ないが、見ているというのに。

「おい馬鹿! 言うことを聞け!」

 しかし、学者様からの返答はない。本気で潜入を始めたようだった。舌打ち一発、全速力で走る。あの教団の危険性は学者様も分かっているはずだ。それなのになぜ急いた。

 考えても仕方ねえか、走るスピードを上げる。現役時代よりは衰えたものの、まだ走れるのはありがたい話だ。道行く通行人を躱しながら、入り組んだビルの間に敷かれた道を駆ける。

 ほとんど無心で走っていたところで、俺に考える瞬間を与えたのは耳元の音だった。

「うっ」

「声を出すな」

 聞きなれない男の声。殺意がこもっていることは十分に理解した。どうやら学者様がアジトだと睨んだところはビンゴだったらしい。

「……教団、みたいだな」

 無駄口を叩くな、奴らを刺激したら殺されかねないんだぞ。

 俺はそう思いつつも声を出すことは出来なかった。いや、それどころか、ミュートをかけていた。アジトがどれくらいの環境音があるかは分からないが、通話が繋がっていることがばれてはまずいのだ。学者様の状況が分からなくなること、そして、協力者がいるとバレれば警戒を高めてしまう。

「……あの男は? いるんだろう?」

 クソ、バレてるか。どうやら教団内で俺らは指名手配を受けていたようだ。やはり罠だったか。

 ビル前に着き、軽く息を整える。場所が分かんないってのに探すのはきついんだぞ、学者様。今さら思っても仕方ねえが。

「あの男……? ああ、あいつか。あいつには見放されたよ。オカルトなんて、一般人には馬鹿げているからな。常識的には賢明だ」

 そりゃどうも。防火扉を潜り、地下への階段を下り、壁から見張りがいないか確認する。

 タイミングがいいのか悪いのか、男が二人、鉄製のドアから出てきて、そこに張り付いた。

「クソが……」

 俺は、階段の段差を一回強く踏みつけた。

「ん……?」

「おい、今音がしたか?」

「……警戒しろ。確認するぞ」

 足音が二つこちらへ近づいてくる。おそらく、教団員の口ぶりから俺の顔もバレてるんだろうな、ならするべきことはそれほど難しいことではない。俺は右の拳を数度握り直した。

 足音が近づく。 3、2、1。

「なっ」

 不用心にも壁沿いを歩いていた間抜けの顔面に一発かました。片方がよろけたのを確認してから、もう片方の拳を確認する。これぐらいなら避けるのは余裕で、なんならパンチというのは脅威範囲が狭い。俺は顔を少しずらしながら、蹴りを腹部にかました。こういう物理的な圧力というのは酸素を全部吐き出させて、少しの間、息を吸うのに必死になるから喧嘩はやりやすい。

「素人が顔面狙うんじゃねえよ」

 言いながら、首を絞め上げる。なに、軽く落とすだけだ。

「お前っ……!」

「おっと動くなよ、あと喋りもすんな。てめえらがなんだかわけわからん呪文唱えるのは知ってるんだよ。んなことしたらこいつの首折るぜ」

 これでこいつは、人質が落ちるまでは動けない。教団かなにかは知らんが、喧嘩に関しては素人集団だ。だが、流石にあまり騒ぎを大きくしたくはない。少人数なら相手できるが、大人数となると話が変わってくる。

「はったりだ―」

 俺は、馬鹿が口を動かし始めたところで、腕に力を入れた。

「おい、話聞いてたか?」

「っ……!」

 さすがに明確な殺意を感じたのだろう。相手は押し黙り、動かなくなった。

「そうだ、一ミリも動くなよ」

 言いながら耳元の話している声を聞く。喧嘩に集中していたからか、入りは聞き逃したが、まだ十分に理解できるレベルの話だった

「お前は……いや、つまりお前たちは、魂ではなく損傷のない死体が必要だった、と?」

「ああ、そうだ。魂を移し替え、転生するためには新鮮で傷のない身体が必要だからな」

「……転生か。どおりで死体も行方不明の届けも出な―」

 俺は腕の中の男が気を失うと同時、もう一方の男の方へ突き飛ばした。反射的に男はそいつを支えてしまう。俺は、気を失った男の背中を踏み倒すように蹴りを入れた。男は、気を失った男の下敷きになる。

 慌てて、そいつを跳ね除けて起き上がった馬鹿を、後ろから絞め上げる。

「ああ、暴れるなよ。首折るぞ」

 一応脅し文句をかけながら、腕に力を入れる。耳元の会話は若干進んでいたようだった。

「完全犯罪、というわけか。しかし死体を放置したのはやはり理由があるのだろう」

「………………」

「冥土の土産に、頼む。オカルトを信じる数少ない存在だろう?」

「いいだろう。何者かが介入したのだ。あの身体を使えなくする何者かが。それが誰かは分からないが、ともかくそいつのせいでここ一か月の転生はめちゃくちゃになった。何人か転生できず死んだ者もいた」

「なるほどな、だから目立つ範囲でも動いてしまったのか」

 馬鹿が気を失い、ドアを開けようと言う時、耳元で聞きなれない声がした。

「探偵さん」

 若い女性の声。それは間違いなく俺を呼んでいた。

「誰だ」

 俺は辺りを見回してみるが、当然ながら誰もいない。ならば本当に、このイヤホンを通して俺に話しかけてきているのだ。ハッキングを食らったとでもいうのか。

「時間がありません。彼女を助けるために、協力してください」

「学者様のことか?」

 聞くと、彼女は、はい、と短く返事をした。しかし、いきなりハッキングまで仕掛けてきたやつを信頼できるだろうか。

「信頼できませんか? では、これを」

 俺の心を見透かしたように女は喋る。と、同時、ポケットのスマホが振動した。

「中の地図です。宮本教授の場所も教団員の場所もリアルタイムで把握できます。状況は……イヤホンを通じて分かるでしょう。信じるかどうかは一任いたします。それでは」

「っ、おい!」

 慌てて引き留めようとするが、イヤホンは元の学者様と教団員の会話に戻っていた。スマホを確認すると、確かに赤い点で学者様の位置が表示され、青い点で教団員らしきものが示されていた。そして俺の位置が、黄色の点で表示されている。

「……できればでいいが。あなた方が信じる神に謁見したい」

「いいだろう。神もどうやら貴様のことを気に入ったようだからな。……おい、連れてけ」

 耳元の言葉と同時、学者様と教団員二人が動き始めた。俺は迅速にその場所へと向かうことにした。出来ればその神とやらに辿りつく前に、事を終わらしたい。そう考えていた時に、またあの女の声がした。

「信じていただけましたか。その地図を」

 返答する間もなく、俺は地下室の中を進む。地下室は薄暗く、外見には似つかわしくない煉瓦造りが施されていた。明かりは蝋燭ぐらいで、先を見通すのも困難だ。地図通りに動いているがどうやら正しいもののようだ。

「信じていただけているようですね。では一つ、取引を」

 取引という言葉に、眉間に皺が寄る。正直それどころではない。

「我らが神を、現世からお返しください。承諾いただけない場合、地図は破棄します」

 足元を見やがって、と思いもしたが、その憎まれ口は喉の奥へと飲み込んだ。おそらくこいつは俺のスマホの権限を全て持っている。地図を破棄するのも容易だろう。

「わかった、約束しよう」

「よかったです。ええ、私も宮本教授を見殺しにするのは心苦しいですからね」

 それを最後に、女の声は消えた。ただ、足音だけが聞こえる。なんならその取引は都合のいい話だ。恐らく学者様が今連れてかれているのは神がいる部屋だろう。神を呼ぶだか返すだかのために学者様を救うという意図が奴にはあるに違いない。心苦しいなどとよくもまあ吐いたものだ。

 俺は学者様に追いつき、神の部屋とやらに入るのを待った。その間に、俺は小声で告げる。

「馬鹿を助けに来た。ドアを開けるタイミングでやる。用意頼むぞ。返事は咳払いでいい」

 咳払いが、耳に届く。ちゃんと伝わったようだ。

 

「すまんな、手をかけさせた……」

「いい、それよりも……」

 とりあえずのした教団員を部屋に放り込もうと、俺はドアを開けた。

 俺はその時、想像もしなかったものを目にした。

「な……なんだ、こいつは……」

 俺は神というワードを聞くとき、基本的に神棚だとか線香だとか供え物しか見たことがなかった。だから、神なんざ信じていなかった。

 だが、そいつは確かにそこに存在していた。体長は3mもあろうかという巨体を持つ人型の何かがそこには居た。いや、それも胡坐をかいている状態だから、全長はもっとあるだろう。そいつは包帯まみれで、身体はミイラのように干からびていて、しかし、巨大な一つ目は確かな光沢を持っていた。生きていること、意思あることの証明だ。

「神、か」

 学者様は静かに神を見据えた。こいつがどうしてこんなに冷静でいるのかは分からない。今までもこういった物を見てきたということか? それともオカルトを信じているから、動じる必要もないのか?

 動揺した心を落ち着けたのは耳元の声だった。

「神の下へ辿り着きましたか。では、宮本教授にお伝えください。神を還してほしいと」

 俺は、神が学者様のことをじっと見ていることに気づいた。そういえば神が気に入った等と抜かしていたが……。

 いや、今はそんなことはいい。

「学者様。ここまで協力してくれた人間がいた」

「協力?」

「ああ。そいつがどうやって俺のスマホにハッキングしたとかは分からないが、今はそんなことはどうでもいい、そいつが……神を還してほしい、だと」

「神の召喚を解くのか。……分かった。方法は?」

「魔導書が用意してあります。それの召喚の欄から逆儀式を行ってください」

 それをそのまま、学者様に伝えると、分かった、と頷いて、台座に置いてあった魔導書を手に取った。

「探偵、周りを見張っててくれ。少し集中する。……初めてなんだ、儀式をするのは」

「やれるさ。任せろ」

 俺は、学者様に言われた通り周りを見張ったが、この部屋のドアは一つ。ここを開けられなければ人に見られることはない。俺は学者様が逆儀式とやらを行っている間、ずっとドアを押さえていた。学者様の儀式が終わるまで、俺はドアを見張ることだけに集中した。ただ、教団員がこの扉を開けないように祈った。

「……終わったぞ、成功だ」

 その声に振り向くと、神はもうそこにはいなかった。あっけなく、そこになにも存在しなかったかのように。神は音もなくこの世を去ったようだった。

「ありがとうございました。……それでなんですが、早く逃げることをお勧めします」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 言いながらドアを開けると、先ほどの神のような、干からびた身体をした人間がそこにいた。反射的に殴り飛ばす。しかし、あまり手ごたえがなく、ゾンビのような化け物は起き上がってきた。

「なんだここは、クソッタレなお化け屋敷か!」

 驚嘆の声を出すと同時、学者様が呟く。

「亡者……か?」

「神の加護を失った教団員の成れの果てです。とにかく逃げてください。それは死にませんから。……安心してください、時間では自然消滅するので」

「ああ、とりあえず逃げればいいんだろ!」

 通路を抜け、亡者どもを時折避けながら、階段を駆け上がる。地図を頭に入れておく癖がついてなかったら、こんなスムーズに地下室を出ることは叶わなかっただろう。しかし、驚いたのはその亡者どもの足の速さ。ゾンビ映画とかならクソほど足の遅いこいつらは常人並みの速度で俺たちを追いかけてきた。

「恨みがあるのは分かるが……っ!」

 学者様が息を切らしながらそんな言葉を吐く。亡者共は階段まで駆け上って、とうとうビルの外まで追いかけてきた。周りの通行人からどよめきや悲鳴が聞こえるがそんなものは無視だ。

「足止めんな! 死ぬぞ!」

「分かってるっ!」

 いくつかの亡者は他の通行人を追いかけたりしているようだが、大多数はこちらに来ている。足を止めれば八つ裂きにされるのは当然だろう。

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