教団編_5

 翌日。私は再び探偵を自分の家へと招いていた。外で会うのは危険という判断だ。次あげるときまでに部屋を綺麗にしておくという約束は果たせなかった。

「さて、情報整理と行こうじゃないか」

 しばらく自分の足元の書類を片づけていた探偵が、顔を上げて言う。

「悪かったな、散らかってて。……昨日の夜いろいろ考えてて思ったんだが、教団には崇拝のための施設があると思うんだ」

「目の下にクマまで作って、お疲れさん」

 そんな目立つクマができてしまっているのか、と目元を押さえてみるが手の感触で分かるわけもなく、どうも、とだけ返した。

「……施設? アジトみたいなもんか」

「ああ。信仰の基本は祈りだ。祈りのためにはそれに応じた施設が必要だ。仏教なら寺、神道なら神社、キリストなら教会、といった風にな。呪文を使うような人間がいる……つまりそれほどの信仰ある集団ならマストだろう」

「なるほどね。しかし、疑問に思ったんだが坊さんとかもオカルティックパワーみたいなのを使えないんかね」

「その疑問は尤もだ。答えはイエスだ。結構いる」

「まじかよ」

「ただし、そういった人間は秘匿されているんだ」

「……理由は?」

「信仰だ。例えば探偵。……私が超能力者だと言ったら信じるか」

「いいや、全く」

「だろうな。そしてそれが原因だよ」

「? ……全くわからん」

「信じないのも信仰さ。そんなことあるわけがない、あり得るはずがない。そんな信仰を大量に流し込まれればオカルトは力をなくす。恨みを動力源にするマジックアイテムですら無力化されることもある」

「なるほどね、だから力を秘匿するのか」

「そういうことだ。超能力者というのはただでさえ貴重なのに、無力化されては敵わん。……実際、私もそういった人間に会うのにかなり苦労しているよ」

「下手に拡散でもされちゃあ困るもんな」

「そういうことだ」

 私は水を呷った。これがオカルトの厄介なところであり、証明の難しいところだ。大勢の前でオカルトの存在を証明しようとすれば、信仰が大量に注がれ、全ては無力化される。なんだ、やっぱり嘘じゃないか、と人々は去っていき、その信仰を更に深くするのだろう。

「話を戻そう。まあそういう人間は一応私達の身近にもいる。……いるが、そうポンポンいるわけでもない。それに超常的な力を使えるとしても人の命を奪うほどの呪文は易々と使えない」

「やはり殺すっていうのはむずいのか」

「いや?……やりようはいくらでもある。肺のなかを水で満たすとか転落死させるとかまあいろいろ。しかし今回のやり口はそういった物理的な殺しとは一線を画す」

「ほう? あまり変わりないように見えるがな」

「素人め。いいだろう教えてやる。今日この場で全てを教授してやる」

「……楽しくなってないか、学者様」

 馬鹿、楽しいに決まっているだろう。オカルトのことをこんなにも話せる環境が他にあるだろうか、いやない。しかもこんなに実用的な形で、人にオカルトを教える機会など今後一切与えられない名誉と言ってもいい。

 等という私的な言葉は呑み込んで閉まっておくことにして、私は説明を続ける。

「いいか。呪い殺す、とは言っても二種類ある。魂へ直接的に関与するかしないかだ。もっと分かりやすく言うとだな、魂へ直接的に関与しないやり方──溺死させたり、心臓を手掴みで止めたり……まあ物理的な殺しをちょっとオカルティックにやってるだけだ」

「心臓を……なに?」

「手掴み。形而上学的な手をだな……」

「ああ、すまん。それは今度でいい。ただそんなこともできるんだな」

「やるとしたら労力がすごいが、まあ」

「……で、もう一方のやり方は?」

「ああ、魂に直接関与する方法か? 簡単だよ、魂を抜く、または直接消滅させる。そういうやり方さ」

「は?」

 不可解そうな顔をする探偵に、今一度、だから、と繰り返す。

「魂を身体から消すんだ。人の死には二種類あるんだ。一つは身体的な原因での死、もう一つは霊魂的な原因での死だ。身体的なっていうのは怪我したり病気したり……まあ言わなくても分かるだろ。で、霊魂的な死っていうのは魂が身体という器からなくなってしまうことで起きてしまうんだ」

「ああ、まあ、分かる。だがそんなものが存在しているのか」

「呪文は信じて、魂の存在を信じぬか探偵。それなら自然死した方々の死因を説明してもらいたいがな」

「……悪かったよ、信じよう」

 まったく悪びれていない探偵が肩をすくめる。私が眉間に皺を寄せるとめんどくさいのか目を逸らされた。

「つまり、自然死した四人は黒ローブの呪文に魂を抜かれてしまった、ってことか」

「消滅の線も残っているからそうとは限らないが……身体から魂が消えてしまった、という意味では正解だ」

「なるほどな。身体は殺されてないから何一つとして傷のない死体が出来上がるってわけか」

「そういうことだ、探偵。ちなみに魂を抜くにせよ消滅させるにせよ、その呪文を成功させるためには通常のイスラームの30倍は信心深く生きなければならない。そこまでいけば最早狂信だ。崇める対象、崇める場所が存在しないわけがないんだ」

 なるほどね、と探偵は顎を掻いた。

「つまり、アジトを見つければもっとなにか分かるかもしれないって話だな」

「そうだ」

 じゃあこれからはアジトを調べよう、探偵はそう言って、ソファに身体を預ける。

「ところで、俺は気になってることがあるんだがいいか?」

 私も探偵同様に身体をリラックスさせてから答える。

「どうぞ」

「どうも。……奴らのやることは正直よく分からん。よく分からんから……放っておいたんだが、奴らにも奴らなりの理由があることが、学者様、あんたの話を聞いてて分かった」

「何を放っておいたんだ?」

「動機さ。殺しにおいて動機を探ることは至極当然だ」

 確かに、それについては考えていなかった。呪術の手法から崇拝の方法まで、可能性は多岐に渡っていたから検討するのは待っていたんだが、ここで考えておくのも悪くはない。

「そうだな。考えるべきだろう。……探偵、お前の意見は?」

「オカルトに疎い俺に聞くか?……まあいいだろう。呪文の条件は……あー、視界に入れておけばいいんだっけか?」

「うむ、最低条件はそこだ」

 じゃあ間違っているところがあったら指摘してくれ、と探偵は前置きをした。言われなくともそうするさ、私は少し身構える。

「人気のない場所で殺すのは勿論、定石だ。しかしそれは一般的な殺しに限る。例えば……刺殺だったり殴殺だったり」

「そうだな」

「さて、ここで考えたんだ。人を自然死させられる奴が人気のないところをわざわざ狙って殺す必要があるか」

「……ふむ、続けてくれ」

「ああ、俺がもし奴らの立場なら、カフェとかを選ぶね。長時間人が動かず、集中しやすい場所。多少の小言は雑音に消えるだろうよ。……学者様、呪文っていうのは大声じゃなくてもいいんだろう?」

「ああ、そうだな。少なくともあの黒ローブはほぼ声を発していなかった」

「大声じゃないといけないときもあるのか?」

「たまに。その話は長くなるぞ」

「オーケー、じゃあ奴らの神様は耳がよかったんだな」

 冗談を挟みながら、探偵は話し続ける。

「それにカフェのような場所なら人に紛れることが出来る。口元を隠すことも出来るだろ?」

「だいたいの場合は可能だ」

「じゃあ尚更だ。割と犯行に使いやすい場所だろう。それで、なんでそういった場所で殺さなかったか」

「うむ、どうしてだ?」

 彼は、そこまで見当がついているわけじゃないが、と一度微睡むかのようなゆっくりとした瞬きをした。

「殺した先、その死体になにか用があったんじゃないかとな。……強盗殺人なら金目のものを奪うように、オカルトな何かを盗っていったかもしれないな」

 なるほど、探偵の推理は検討に足るものだ。確かにオカルトの手法は様々で可能性は無限大と言ってもいい。しかし、もちろん私の知っている法則が当てはまる方法の場合も存在しており、そうであった場合の検討をするのは、有効だ。

 私は数回頷き、どうだ、と聞いてくるその目を見据えた。

「興味深いな。殺し自体はオカルトだが、その動き方は人間的な理性ゆえ、か。その線も気になるな。黒ローブが何かの条件となっている可能性もあるが……」

「ああ、それも考えたんだ。だがそうだとしたら、やり口があまりに杜撰だ。死体が発見されれば周囲のカメラを警察は確認する。病気で死んだならともかく……死因不明じゃ調べられる。それにあんたの話を聞いてて思ったがそれなら……」

「そうだ、物理的に殺せばいい。魂に干渉できるほどの力があるなら、脳の血管を切ることも容易い」

「そういうことだ。なにか引っ掛かっててね……」

「ふむ、計画の杜撰さも気になる。もしくはそこで殺さなければいけない理由でもあったか……? 儀式の生贄か? ……ううむ、分からん」

 教団の情報がどんなものがあったか、それをなぞり、大したことではないが一つだけ動機が思い付く。

「人の魂が必要……」

「は?」

「邪教の噂だよ。噂では人を蘇らせるには他人の魂が必要になるそうだ。これが正しいかは分からんが、噂通りなら辻褄が合う」

「そうだな。……噂通りなら、だが」

「ああ」

 渋い顔をした探偵に同意を示す。そう、噂なんていうものは真実が混じっているかもしれないが基本的には虚実がその大半を占める。全面的に信頼していい話ではない。

「しかしなあ、学者様。魂だけが必要ならばよりいっそう訳が分からないんだ」

 確かに、と私は頷く。それならばわざわざ人気のない場所を選ぶ理由はない。幾らオカルティックな人間でも、現代の機械……防犯カメラの存在は知っているだろう。

「そうなると、やはり死体になにか用が……? しかし、魂を取った上に他にも何かを盗もうなどとは贅沢極まりない話だ」

 探偵が俯かせていた顔をあげる。

「なあ学者様。話は変わるんだが、この教団、いつからあると思う?」

 なにかの確信に満ちた問い。それさえ分かれば、出せる答えがあるようだ。

 私は、ふむ、と少し考えてみる。教団についての噂はつい最近だ。だが、それより前から教団が存在している可能性は考えられるだろう。

「そうだな、推測でしかないが、あれほどの力を獲得する信仰は数年そこらで成り立つものではないな。それこそ遥か昔から存在する邪教だと言ってもいい。……それが、どうしたんだ」

「いや……もし、もしもだけどな。ああ、推測でしかないぞ。推測でしかないんだが……」

「なんだ、歯切れが悪いな。言ってみろ」

「ああ。奴らが今までずっと同じ事をしてきたとしたら……どうだろうか」

「ずっと魂を抜いてきた? いや、そしたら死体も上がらないだろう」

「だから、あの死体を今までは回収してきたとしたら……どうだ?」

「……なるほど。魂と共に死体が必要だった、そういう言いたいのか」

「ああ。死体が消えれば即事件になる、なんてことはない」

 そこまで言ってから、探偵は、いや、と首を振った。

「やっぱこれはなしだ。死体が回収されたとて行方不明者は捜索される。それで防犯カメラを一切チェックされなかった、なんて幸運が連続するはずはないな」

 

 私はその日から、学校に行くにも周りを警戒することが増えた。昼食を外で摂ることも減り、いつしか研究室でおにぎり数個、というのが主流になっていった。

 現在、教団のアジトを探偵は捜索しているようだが、手掛かりは中々掴めないらしい。確かに長年秘匿されてきた邪教が尻尾を出した、というだけでも珍しいことだ。

 これ以上は無理かもしれない。しかし、このままではいつ殺されてもおかしくはない。

 コンビニで買ってくるおにぎりは自然と味が濃いものばかりになっていった。鮭などを楽しめる気分ではない……そのくらいにはストレスを感じ始めていた。

 もそもそとおにぎりを頬張っていると、ドアがノックされ、久留宮がひょこりと顔を覗かせた。

「……宮本教授、怖い顔してますよ」

 顔を覗かせたまま、こちらをじっと見てくる久留宮に少し表情を崩してみせた。

「学生の試験の結果が悪かったもんでな。……そんなことしてないで入れ」

 はーい、と返事しながら、久留宮はトートバッグを揺らした。しかし椅子に座ってなお、久留宮はこちらの顔を見つめている。

「……どうした久留宮」

「教団の調査、あまりうまく行ってないんですか」

その言葉にはっとして、私は久瑠宮の顔を見つめた。久瑠宮は無表情ではあったが、普段表情豊かな久瑠宮だからこそ、その顔はいつもと違う感情を最も雄弁に語っていた。

「……やっぱそうなんですね。それに……教団も存在する、ですよね」

「………………」

 久留宮はため息を吐いて、背もたれに体を預け、俯いた。

「宮本教授が何をするかはもちろん自由です。でも、心配ですよ。最近の宮本教授、ずっときょろきょろしてて、まるで怯えているよう……」

 久留宮は私が考えている以上に私を見て、私を心配していたのだ。久留宮は、無表情ながら、その目に強い意志を宿していた。その意志に直面する。貫かれる。

「宮本教授。なにか、手伝えることがあるかもしれません。危険は承知です。それでも……教えてください。何が必要なのかを」

 私は困惑した。彼女にどう伝えるべきか。私はこれ以上人を巻き込みたくない。なんせ相手はどこから見ているか分からず、そしてこちらを静寂の内に葬れる殺人者なのだ。

 私が口をつぐんでいると、久留宮は、そうですか、と呟く。

「それなら、私も勝手に調べさせてもらうだけです。私は何の人脈もないし権力もないですけど、分かることは一つや二つあるはずです」

 無茶苦茶を言う。探偵のように警察とのコネクションがあるならいざ知らず一般人が単独であの教団にたどり着くなど不可能だろう。

 だが私の中には一つ恐れがあった。教団は一般人だろうとなんだろうと殺す。もしも彼女が教団を調べようとしている故に殺されでもしたら本末転倒もいいところだ。

「……分かった、分かった。正直学生を巻き込むのは不本意だが、仕方あるまい」

 私は久留宮にこれまでに得た情報を伝えた。もちろん呪文のことも伝えたし、それに対する護身の方法も。

 久留宮はいつものような茶化しは全くなく、じっと私の話を聞いていた。それだけ久留宮が本気であるということが、強い実感として伝わってきた。

「つまり、アジトを見つければいいんですね」

「ああ、奴等がどんな崇拝をしているか、それが見えてこないからにはこちらも手の打ちようがない」

 久留宮は数度頷くと、こちらの目を見つめた。

「分かりました。こちらでも調べてみます。……なにか分かったら教えてください。隠し事は、なしですよ」

 そうとだけ言って久留宮は私の部屋から出ていった。

 私は、ふう、と息を吐いた。息を吐いて、私はその時、久留宮と対峙していて緊張していたのだということを感じた。しかし、久留宮も自分で述べていたが、一介の学生でしかない。確かに久留宮の雰囲気は違ったし、本気であるのも間違いないが、だからといって捜査能力が高まるわけでもない。彼女に期待するのは的外れであろう。

 それよりも私は、久留宮の事を心配していた。久留宮が無茶をしないであろうか。そのことを心配していた。しかし、彼女の真っ直ぐな瞳から、嘘を吐くのは違う気もした。私は彼女を心配すると同時、その救援を無碍にしたくなかったのだろう。

 しかし、この選択は間違っている。生徒を巻き込むなど言語道断だ。

 なんにせよ、私が感情を行動に滲ませてしまった故の結果だが。

 しかし、私は教団の事を思い出すと、やはり不安が襲ってくるものだからSNSで探偵へと連絡をしてみる。

『どうだ探偵、なにか分かったか』

 探偵は私からの連絡にいつでも気づけるようにしていたらしい、返事はすぐに来た。

『八方塞がり、いや、尻尾も見えない』

『そうか』

 私は淡々とした文面を送りはしたが、胸焼けのような不安に顔を強く擦った。

『なにか分かったら、頼む』

『ああ。気をつけろよな』

『そちらこそだ、学者様』

 実際、私には警戒くらいしかできなかった。教団に狙われているかもしれない、という理由で休講にするわけにはいかなかったし、私自身そんな気はなかった。

 人間はいつ死ぬか等分からない。そういう点では今までの人生とはなんら変わらない。だが不都合にも今回の状況は死神が見えてしまうのだ。私を殺すであろう黒いローブを纏った人間。死が実感できずとも、死神が分かってしまうのでは、人は恐怖するしかない。それは私も例に漏れない。

 そういえば黒ローブも居れば白ローブもも居たな。ふと思い出す、探偵が自分の事務所の前で会ったという白ローブの人間を。彼女は偶然の使者なのか、それとも教団に関係する何者か、なのだろうか。

 後者だとしても厄介だが、前者だとしたら余計に厄介である。理由は簡単で、教団以外にも警戒すべき人物または団体が出来てしまうからだ。後者の場合、教団を調べていれば自ずとその人物の事も分かるだろうが、前者の場合は違う。教団とは違う情報を集めなければならない。端的に言ってしまえば労力は二倍に増えてしまうというわけだ。

 しかし、教団を調べ始めた頃に、全く別の存在が接触してきたというよりは、教団に関わる誰かが接触してきたと考える方が確率は高いだろう。それに、推測が行えるのも後者。……仮説を立てるのならば後者が妥当だ。

  さて、そう考えたとき、白ローブの女性にはどのような可能性が存在するだろうか。白ローブも教団の仲間だとしたらどうだろうか。いや、その可能性は低いだろう。あの教団の人間は呪文を使い、魂に直接干渉を行えるほどの信心深い、いや狂信集団である。その一員の白ローブが探偵に気づかれずに呪文を唱えることは簡単である。そのことから、彼女が探偵の命を狙っている可能性は低いだろう。

 そうなれば、彼女は何者であろうか。探偵に術を掛けに来たことから考えると、味方とは言い難いだろう。しかし、探偵にはバイタルサインの変化は微塵もなく、その痕跡もなかった。基本的に呪術というものは、人間の身体反応のどこかしらに異常を起こすはずなのだ。しかし、探偵にはそれが全くなかった。このことは、探偵が何の呪いもかけられなかったことを示す。

 そうだとすれば、術は失敗したのだろうか? しかし、失敗するとしたらどのような理由があるだろうか。呪文であれば集中が切れたことや詞を間違えたことが原因になるだろうが、今回の探偵の情報によればその限りではないだろう。推測でしかないが、探偵が目にした術は一瞬であったと聞く。そうなれば、失敗するかどうかは術をかける対象自身に依存する。

「探偵に、抗体が存在するのか?」

 一つの可能性に行きつき、ついそれを口に出してしまう。いや、考えられない話ではない。人間という存在は様々なことを信じて生きている。それが例え宗教的でなくても、人間には世界観というものが存在しているのだ。探偵には、もしや、あの狂信に匹敵するような『信仰対象』があるのか?

「いや……しかし」

 だとしたら、相当頑固者ではあるが、その一方で探偵は私のオカルトに関する忠告を素直に聞き入れていたということだろうか。我を貫きながら、相手のことを受容する人間。探偵がそれだとしたら、人間が出来すぎている。あり得ない話ではないが、難しい話だ。この可能性は保留でいいだろう。

 しかし、そうだとすれば白ローブは探偵に加護をかけに来たのだろうか。いや、それこそなんのためだろうか。加護をかけるとなれば、つまり白ローブは探偵を守るために現れたということになるが……。

「やはり分からんな……」

 私は背もたれに身を投げ出し、腕をぶらぶらさせる。分からなさ過ぎる。そもそも黒ローブですら情報が少ないというのに白ローブに関しては情報がほとんどゼロ。分かれという方が無理だ。こちらであったとしても仮説を立てるのは無理があった。

 信じる、と言えば。私はバッグの中のお守りを見た。久留宮からもらった合格祈願のお守り。彼女はこのお守りを、きっと信じ切れていない。このお守りが私を守ってくれるとは思っていないのだろう。いや、それが正常な思考ではあるが、もうこのお守りに効果は期待できないだろう。

 そこまで考えて、私は首をぶるぶると振った。

「私が信じないでどうする……」

 私が信じないのならば、このお守りを信じる人間はこの世界のどこにいるんだ。信じてやれる人間は、この世のどこに存在するんだ。そんなの、報われなさすぎる。

 私は、お守りを大事にしまい、窓の外を確認した。無意識でも、私の目は黒い服装の人間を追っていて、嫌気が差した。覚悟はしていたことだが、死の恐怖がすぐ近くにいるという経験のおぞましさに、心臓は冷え切っていた。

 非日常の思索に耽り、その深淵に沈み込もうとしていた私を、五限目のチャイムが引き戻した。

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