教団編_4

「それにしてもあんたの部屋に上げられるとはな」

 一通りのバイタルサインの確認や呪術的なチェックを一般人のできる範囲で調べ終えた後、探偵がぼやいた。

「一番安全かと思ってな。件の白ローブに見つかってはよろしくないだろう」

「ああ、そりゃそうだな。それでなんかおかしな点はあったかい」

 私は首を横に振った。

「ない。至って標準的だ」

 件の白くローブがわざわざ探偵に会いに来て、それでもってなにもない、というのはおかしな話だ。考えられる可能性は二つ。ただの悪戯か、それとも私の検査に引っ掛からない呪術や魔術の類いか。前者であればよいのだが、後者だと相手がどのようなものであったかを突き止めない限り、対抗する手段はないだろう。

 ‎だが、探偵が軽くとは言え動揺するような異常な光。それをただの悪戯と考えるのも難しいだろう。

「それにしたってあんたの部屋、きたねえなあ」

 ソファに座って、部屋を見回しながら探偵は言う。

「これはひどい。人を上げるもんじゃないぜ」

 辺りを見回して、足の踏み場が書類で埋まっていることが分かる。いや、私だって分かってる。汚いというくらい。

「し、仕方ないだろ。緊急の案件だったんだ。それにいつもはもう少し片付いてる」

「この汚さじゃ、その片付いている状態もたかが知れるな」

 軽蔑するような、馬鹿にするようなニュアンスを感じ取った私は噛みつく。

「そ、そんなことはないぞ! ……わかった、ならば今度しっかりと片付いた我が家にお前を招いてやる。それをもって証明してやろう」

「二度も汚い部屋はごめんなんだが」

 探偵は一ミリも信じてない様子だ。

「片付けると言っている! あと散らかっていると言ってくれ、衛生面は問題ないはずだ」

 そう、衛生面は大丈夫だ。埃が舞っているとかひどい臭いがする、なんてことはない。別格いい香りがするわけでもないが。

 ‎次に探偵が来るときまでには、少しは片付けておこう。

「はいはい。……で、黒ローブについて調べてきた」

 駄々っ子を扱うが如くたしなめられたのは少し不服であったが、ここで喚き散らせばそれこそ駄々っ子である。私は探偵の報告に集中した。

「とりあえず直近の12月1日に絞って聞き込みをした。人間の記憶は時間が経てば経つほど信頼ならんからな。だがまあ収穫はゼロだったな。現場は人通りも少なく、目撃情報もほぼなかった。せいぜい黒ローブを見たってだけだ。そいつがどっから来たのかもどこへ消えたのかも分からない」

 つまり今日の収穫は訳のわからん白ローブ女だけって訳さ。そう締めくくると探偵はソファに体を深く預けた。

「今後は他の現場周辺でも聞き込みをするつもりだ。以上。なにかご意見は?」

「ない。聞き込みよろしく頼むよ。ああ、あと次の土日は完全にフリーだ。現場を巡ってみよう」

「オーケー、ようやくか。気を引き締めていかないとな」

 にやりとした探偵に、ふと聞いてみた。

「……楽しそうだな?」

探偵はその問いを一笑。こう答えた。

「なにを。俺は安心安全の人生が好みなんだよ」


来る土曜日。私と探偵は第一の事件現場に来ていた。一般的な小さな公園のようだが、遊具は古型のものが多い。象を模した滑り台からは、塗り直された跡が見つけられた。

‎探偵は辺りを見回すと、

「明かりが少ないな」

と呟いた。うむ、確かにそうだ。公園の周りには街灯がほとんどなく、公園内にも一つだけしか見当たらない。

「それと、子どもも少なくないか? 休日だというのに」

「まあ……。しかし最近の子どもも公園で遊ぶもんかね。そもそもここいらの人口もそこまで多くないだろ」

「……田舎だしな。探偵は公園で遊んだ記憶はあるか?」

「そりゃ、俺はな。砂場でよく取っ組み合いをしてたもんだ」

探偵は懐かしそうな目をして、微笑む。それにつられて、私も頬を緩めた。

「穏やかじゃないな」

「血気盛んだったからな。……学者様は?」

「そうだな……昔は……」

よくシーソーで遊んだものだ、と言おうとしたがその感覚的な行為に理性が待ったをかける。幼い頃は、あまり人と仲良くできなかったものだ。成長するにつれ、私は人とよく話せるようになったものの、昔は暗い人間で、物も言わなかった。だからシーソーで遊ぶことはないだろう。そもそも公園にいたかも怪しい。

「……外に出て遊ぶことはなかったな」

「じゃあ公園初心者か? ようこそ、遊びの庭へ」

「からかうな。流石に一度や二度はある。人より少ないってだけだ」

「そうかい、それは失礼したな。ところで子どもが少ない理由、もう一つあると思うぞ」

そう言って探偵が指差したのは公園の隅に置かれた横長のベンチだった。塗装の剥げた座面には落ち着いた色の花束が添えられていた。

「気味が悪い、かもしれないな」

「それに、ちと恐ろしいだろうよ。そこのベンチで人が死んでいたと聞いたらここは危険かもしれないと勘ぐるかもしれない。親ってのはひどく心配性だからな」

「子どもは可愛いだろうしな」

探偵と話しながらベンチに近づくと、花束の側に煙草が添えられていた。

「聞いた話だと、ここで死んだ男は愛煙家だったようだ。妻には先立たれ、息子は家を飛び出した。孤独な最期だったろうよ」

「よくここで煙草を?」

「そうみたいだな。ここに思い入れがあったのかどうかは知らん。ただ、たまにここにたむろってる不良とは仲が良かったらしい」

「息子の影を追っていたのかもな」

「……そうだな」

私と探偵は黙祷をして、もう一度周りを見渡してみた。

「不良が溜まってるだけあって条件が揃ってるな」

「条件?」

「話に聞く限り、ちとグレたぐらいの未成年の不良どもでな、酒や煙草をやってたみたいだ。ここは人通りも少ないし、周りに木が植えられているから視界を遮りやすい。夜になれば、おそらくもっとだ」

「死亡推定時刻は、夜なのか?」

「ああ、夜19時から21時の間だ。不良がいつものように公園に来たら様子がおかしかったらしく、近づいてみたら、既に死んでいたようだ」

「……そうか」

探偵は花束の隣に座ると、ポケットを探り、百均のライターと煙草を取り出し、火をつけた。

‎一服すると、探偵はライターを、備えられた煙草の隣にそっと置いた。

「さて、どうする学者様。この周辺を探ってみるか?」

「ああ、そうだな。とりあえずこの公園を全体的に見てみたいかな」

「了解。ああ、あと……警察の鑑識が一度調べたことは覚えておけよ。見落としがあるかもしれないが、今回はあんたのオカルト知識に特化した調査だ」

わかっている、と頷く。元より私の目が警察よりも優れているなどとは思っていない。それに探偵は口には出していないが、この現場を注意深く観察している。これ以上、石橋を叩くような調査は要らないだろう。

「……まあ、私の知識に引っ掛かるようなものがあればいいんだが」

結局この後、ここを含めた全ての現場を見て回ったが、マジックアイテムなどの痕跡は見当たらなかった。

「収穫は無し、か」

すっかり日の暮れた噴水。そこのベンチに探偵は腰掛けた。私もその隣に座る。

「そもそも時間が空きすぎた。出来ることならすぐに調査に来たかったが……」

探偵は煙草に火をつけた。もわりと紫煙が広がる。

「公園2つに休憩所1つ、あとはこの噴水広場。せいぜい言えるのはどこもかしこも人気がないってことくらいか」

「……本当に噴水広場なんだよな、ここ」

背後の噴水は水が枯れており、土やゴミに汚れて廃れている。お世辞にも人々の憩いの場とは言えない状況であった。鼻につくような臭いがしないだけ、救いだ。

「ああ、確か撤去の話も出てるんじゃなかったか? あまりにも人が集まらないってことで」

「……噴水以外なにもないしな。街灯すら遠い」

離れ小島のような空間だった。今はせいぜい1ヘクタール程度の広場が照らされているが、その先は海のように続く闇だ。

そう考えると、さしずめ私と探偵は無人島に流れ着いた哀れな漂流者であろうか? 脱出の糸口も見当たらず、ただ悲嘆にくれる者たち。

しかし、悲嘆にくれるほど、状況が絶望的なわけではない。私達がこの事件を解決できなかったとしても、いつも通りの生活をするだろう。あとから、あれはなんだったんだろうな、等と呟く程度の代物。

非日常とはそういうものだった。理由付けが出来なかったらすんなりと忘れられるような、儚き事象たち。

私はそれを狂おしく愛しているはずだ。

ただ思考停止しているのがひどく愚かに思えてきた。お前は大学教授なんだ、お前なら論理的にオカルトの手法がなんであるかを導けるはずだ。

物証だけが、オカルトではない。オカルトの手法はしばしば条件が限られたりするのだ。これ故、世界に非日常が溢れることはそうそうないのだが、その話は今度だ。

「なあ、探偵。4件の遺体は全て同じ死に方なんだよな?」

探偵が煙草を吸いながら頷く。そのあと、ああ、と声を上げる。

「そういや、死体、全部座った状態だったな」

言った途端、探偵は素早く辺りを見回した。

「どうした?」

「いや、少し気をつけた方がいいかと思ってな。条件が揃っている」

そう言って、私に立つように促す。私もはっとしてそれに従った。夜の時間、人気のない場所、座っている人間。今さっきの私達だった。

「……少し不用心だったみてえだ」

探偵が舌打ちをした。何事かと探偵の方を見ると、応えるように左を顎で指した。

「学者様、木の影に誰かいる。バレないように確認して、対処法とやらを聞かせてもらおう」

言われ、左の方をそっと確認する。目はそれなりに利くほうだ。確かに誰かがいる。注意深く確認しないでも分かる。黒ローブを纏った人影がなにかを喋って……いや、唱えている。

「待て、待てよ」

落ち着け。急いでも結末は変わらないだろう。あれはおそらく呪文の類いだ。この距離まで近づいている時点でマジックアイテムの線は薄い。それにこちらを視認して唱えているならば……。

「探偵、身を隠せ!」

叫ぶと同時、噴水の影へと隠れる。探偵も同様にして私の横に身を屈めた。

「ちっ……なんなんだ」

「説明は後だ。すぐにこの場所から離れよう。奴に見られない場所まで走るぞ」

「……視界から外れればいいんだな」

「ああ、そうだ。全力で走れば、死なずに済む」

探偵は軽く頷く。

「ところで学者様、体力の方は自信が?」

「いいや、ない。人並みだ」

「そうか」

探偵はこちらをちらりと見て、

「じゃあ、速度はあんたに合わせる。俺だけさっさと逃げてもそのあとどうすればいいか分からない」

「そうか?……いや、そうかもしれない。お前の思うようにやってくれ。時間はそんなにないんだ」

「ああ」

私は一度息を深く吸って、自分のスニーカーを見た。全く、自分が飾り気もない女っ気もない人間で助かった。ヒールなんかだったら走るのにも一苦労だっただろう。

「行くぞ」

言葉と同時、私は走り出す。探偵の姿を確認してる余裕はないし、あいつの体力なら走ることに問題は起きないだろう。

私は脇目も振らずに、ただ足を前へ前へと動かした。あれに近づかれてはならない。動物的な勘とオカルト的な知識がそう警告していた。

「学者様」

後ろから声をかけられる。どうやら探偵は私の後ろに続いているようだった。

「あともうちょい行った先、左に曲がれば繁華街だ。人気も明かりもある。あの黒ローブ、おそらくそういうところには出たがらないだろう」

「そう……っ、だな……っ、わかったっ、そこに行こう……っ」

 息を弾ませながら、切らしながら、悲鳴を上げる筋肉を無理やり動かし続ける。駆動する機械のように、出来るだけペースを乱さず、1、2、1、2。

 住宅街の暗い路地を左に曲がってしばらく走ると華やかな明かりが見えてきた。よかった、と思うと同時、緊張が解けたのか足がもつれた。

「おっと」

 転びかけた私の身体が、ぐいと支えられる。探偵の手が私の肩を強く掴んでいた。

「平気か」

 探偵は、私がバランスを取り戻すのを確認してから、走るように促す。私は素早く頷いた。頷きながら、なかなかに力のある男だと、驚嘆していた。


 私達は念には念をと、近くのレストランに入り、外から見えない席を取った。ヘトヘトになった身体にお冷やが染みる。

「……さて、学者様。息は落ち着いたか」

「はぁ……ああ、すまん。もう大丈夫だ」

「あんた、体力だいぶやばいんだな」

「……昔から運動しない方だったからな。なにかやった方がいいとは思っているんだが」

「ほう。……そうだな、鉄棒なんてどうだ」

「探偵、お前……私のことを見くびっているのか」

 探偵は少し眉を上げてにやりとする。

「いやなに……大事な局面で転びかける危なっかしいお方だと知ったもんでね。小学生の体育からやり直した方がいい」

「いやあれは違うだろ! お前はあれがどういうものか理解してないから悠長なことを言ってられるんだ」

「ああ、その点は……幸運だと思ったよ」

 探偵はしみじみと言いながら、ライターを取り出す。私が咳払いをする。

「ちなみにここは禁煙席だ」

「……悪い、癖なもんでね。さて、聞かせてもらおうか。今の逃走劇にどういう意味があったのか」

 探偵は真剣な目で私を見つめる。どうやらオカルトを全否定するつもりはないらしい。存外、頭の柔らかい男だ。気に入った。

「その前に、一つ。オカルトに絶対という法則はない。前例があるだけだ。それを覚えておいてくれ」

「ああ」

「……あれは呪文だ。呪文というのは種類が幾千とあるんだが、今回のは割と古典的なやり方だった」

「古典的、か」

「そうだ。信仰の失われた現代では、超常的なことをするのにはまずマジックアイテムが必要だ。ああ、マジックアイテムというのは私が勝手に総称しているだけだが、『特殊な力を持った物体』のことを指す。呪われた人形とか、怨念の籠った髪の毛の束だとか」

「物騒だな、もう少し平和的な例はないのか?」

「御神体とかもマジックアイテムになりうる。しかし、現代に残っているのは『信仰』ではなく『恨み』の方だ。信仰というのは薄れたらおしまい、継続して初めて意味のある行為だ。それと違って恨みは長く残り続ける」

 探偵が顔をしかめた。

「もっと分かるように言ってくれないか」

 確かに、少し概念的な説明が多すぎた。人に不明な物体を伝えるにはやはりメタファーが重要だ。先走りすぎた。

「例えば『信仰』は電気だ。流れないとマジックアイテムはただのガラクタだ。しかし『恨み』は……そうだな。電池だ。一回入れば電池が切れるまで続く。例え電池を入れた人間が死んでも、だ」

 探偵が頭の中で反芻しているのか、数回頷く。

「なるほどね。『信仰』というやつは信じる人がいなくなったら残らないわけだ。一種の発電所だな」

 私はしっかりと頷いてみせた。

「そうなる。だから現代には『恨み』の方が残っているわけだ。……まあ『恨み』と簡単に言ったが、もう少し詳しく言うと『執念』の方が正しいかもな」

「あー、そこら辺は今度にしよう。頭がこんがらがる」

「分かった、私も永遠と話してしまいそうだからな……。さて、そんな風に元から電池の入ってるマジックアイテムを使うのが現代でオカルトを使う人間の間ではメジャーだ」

「手軽だからか?」

「そうだ。ライターで火をつける人間はいてもわざわざ火起こしをする人間はいない」

「手間なんだな、信仰は」

「オカルト肯定派がこの世にどれだけいる?純粋に神を信じることの出来るものがこの世にどれだけいる?」

 店員がお待たせしました、と前菜のサラダをテーブルに置いた。探偵がフォークを取り、トマトを口に運ぶ。

「……確かにな。総数は少ないだろう」

「……トマト、好きなのか」

「別に。なに、少し味が恋しくなってね」

「そうか」

 別段私も嫌いというわけではない。が、そのままのトマトというやつはたまにその食感が煩わしい。少し期待しながら探偵に尋ねてみる。

「……いるか?」

 探偵は私を一瞥すると、

「自分で食え。人のものはいらん」

「うっ……」

 きっぱりと断られてしまった。渋々とトマトを頬張る。

「で、信仰が難しいのは分かった。じゃああいつは何だったんだ?」

「その難しい『信仰』と恨みにも近しい『執念』を持った人物だ。マジックアイテムは確かに便利ではあるが、やれることがかなり限られる。だから大事にはなりにくいんだ。それこそ人が死ぬようなことはあまりない」

「じゃあマジックアイテムとやらを探す意味はないのか?」

「いや……マジックアイテムの組み合わせ次第では人を殺せる。それこそ不自然な死を演出できるさ。ただ、今回あやつは私達の前にわざわざ姿を現した」

「その必要があったから、か。そんでマジックアイテムを使う奴らはそんなことをする必要がないと、そういうことか」

「筋がいいぞ、探偵。マジックアイテムがあるなら双眼鏡で高場から確認してもいい。そうでなくてももっとしっかり隠れればいい。だがあやつはこちらからも見える位置にいた。こちらを肉眼で見なければなかったからだ」

「それが呪文の条件か?」

「ああ、対象者から目を外さず、唱え続ける……それが古典的な呪文のやり口さ」

「なるほどね。それであんたは隠れろなんて言ったわけか」

「ああ。視界から外れれば長々と唱えた呪文はもう一度最初から唱えなければならない。時間を稼げると思ったんだ。あとは……逃げるだけだ」

 それにしても、と探偵が話す。

「あんなダッシュして逃げる必要はあったのか? 隠れながらでもよかったとは思うが」

「あやつに見つかる度に視界から外れる、ということか?」

「安全性は高いと思うんだが」

 その提案は賢明やもしれないが、私は首を横に振った。

「いいや、現実的ではないな。一度死人が出てる広場だ。地理はあやつの方が強かった。それに離れられればそれを追わないといけないだろう? 走りながらなにかをずっとしゃべり続けるっていうのはだいぶきついんだ。こちらを追いながら呪文を唱え続けるなんていうのは実質不可能だ。それに呪文には深い集中もいるからな」

「相手がスーパーアスリートじゃなかったから助かった、ってわけか」

 探偵の言葉ににやりとしながら頷く。確かにオリンピックの陸上選手が相手ならまずかっただろう。しかし、そういったトップアスリートはオカルトに目を向けるだろうか。いや……メンタルを重視する彼らなら一般人よりはなおさら気にするかもしれない。

「それにしても探偵……だいぶタフだな」

 こいつは私のペースに合わせてくれていたようだが、それでも走っている時に息をほとんど乱していなかった。その体力には素直な賞賛を送りたい。

「ん? ああ、そりゃ元は刑事だったしな」

「そうなのか?!」

 素直に驚いた。警察から探偵に転職する、というのは妥当な動きに見えて実際聞いたことがない。まあ、探偵という職業自体が珍しいせいでもあるが。

「……どうりで詳細な情報をあんな短期間でもってこれたわけか」

「ああ、まあな。刑事時代の知り合いから情報を回してもらったよ。なにせ事件性はないからな」

「そうか……。ところでなんで刑事をやめたんだ?」

「ん?」

 探偵は少し考える素振りを見せてから、タバコを吸うような仕草を見せた。

「……まあ、ヘマしたんだよ。それでクビさ」

「あ……すまん、立ち入ったことを」

「いいんだよ、終わった話さ」

 そんな風に言いつつも、探偵の指はしきりにタバコの真似をしていた。

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