教団編_2
まず俺は4つの変死体の共通点を探すことにした。4人が関連を持った人物であるか、という点については、いいや、と首を振ろう。被害者は56歳男性、47歳男性、34歳女性、27歳男性。これら4つの変死体は発見された日時は11月14日、22日、29日、12月1日だ。ちなみに今日は12月7日。およそ一週間前に最後の死体が出ている。
これについては警察官である兄のカイトに話を聞いた。まずこの変死体についての捜査は、それぞれの捜査が自然死だと判明したことによって終了しているようだった。まあ警察がオカルトだなんて調べるわけもないよな。そもそも事件性が見当たらない。"相手を自然死させる手法"がありゃ別だが。
まず最初の1人。彼は妻子持ちで10月に生命保険に加入。その後に変死体として発見されたようだ。警察はこの点から妻を疑ったようだが、自然死と判明したのち、終了した。
2人目。自然死ということ以外、彼に特筆すべき点は特にないフリーターであった。
3人目と4人目もなにか疑わしいことが浮上する前に自然死と判明した。
しかし、4人について述べた後、カイトはこんなことを言った。
「妙な話だよ。自然死っていうのは老衰によって起きる現象だ。4人は特別な病気にかかってたわけでもない、健康な一般人だ。それが続けざまに4人、だ。僕は危険な"なにか"が実験されているようにも思えるよ」
その推測が正しいかは置いといて、その懸念は正しいだろう。老衰にしては早すぎる一般人が次々と倒れたことに関しては、例えば暗殺用の薬だとか、そういったものの開発が行われているなんて可能性だってあり得る。
そう、問題であったのはこの変死体とそれに関する情報が"事実"だということだ。馬鹿らしいと思えども、これが俺の目の前にある現実だ。
俺が次に着目したのは4人目である。単なる偶然かもしれないが、それまで一週間ほどのスパンを以て変死体があがっていたのに4人目は3人目のすぐ後に見つかった。ちなみに付け加えておくと、4人とも発見されたその日に死亡していることが確認されている。これもまた調べていくうちに妙な話だと分かったのだがそれは後程話そう。
俺はこの4人目の身元について調べ、その周辺に聞き込みにいった。すると、この男はジャーナリストで、どうやらその教団について調べていたらしいという話が聞けたのだ。その矢先、彼の遺体が上がったという。彼の同僚などは本当に呪い殺されたのかもしれない、と真剣な顔で話す者もいた。そんな恐怖もあってか、以来この件に首を突っ込むものも現れていないようだ。
いよいよ、きな臭くなってきた。いや、呪いなんてものは信じないが、しかしそれは決して教団と彼との関係性を否定する理由にはならない。また、この出来事を偶然と呼ぶには、あまりに陰謀めいている。……偶然という言葉は便利だが、時に真実を殺しかねない。
しっかし……こいつは学者様の言う通り人的な危険が降りかかりそうだ。
とにかく俺は危険性がある時点で警戒を促さねばならないと感じ、電話で学者様にこの事を伝えた。
「なるほど。自然死、か」
「心当たりはあるのか? そういえば4人目の同僚は"呪い"を信じているようだったが」
「……いや、私の知る限りそんなものはなかったはずだ。あるとすれば、秘匿された……。探偵、今回は"当たり"の可能性が高い。本物のオカルトの可能性が、だ。……それ以上は単独で調べるな。調べるにしても、目立たない動きにしてくれ」
オカルトは信じちゃいないが、大事なクライアントの要望だ。俺はそれに承諾した。
「で? じゃあ俺はどうすればいいんだ。警察でも連れて調査すればいいか?」
「私がついていこう」
「は?」
「私がついていくんだ。オカルト学者の私がついていく。いや、本件に関してはあまり力になれないかもしれないが、いないよりは遥かにマシだ。人間を自然死させる方法は、まだはっきりと分かっていないが、現場で判断することも可能だ。な、悪くないだろ」
確かに魔法戦争にでもなれば、学者様は役立つかもしれん。しかし、暴力に対してはどうだろうか。そう思い、武術の心得はあるのか、聞いてみた。
「……まあ、武術というか……多少はその類いのものは嗜んでいたぞ。ああいや、でもあまり期待はしないでほしい。なんせ幼少期の我流のに……やり方だからな」
「そうかい。詰まるところ俺はあんたを護衛しながら何か調べなきゃいけないってことだな? くそほど危ねえだろう組織について」
「うっ……。だがこれは相補関係だぞ! 物理は探偵、お前だ。そしてオカルトは私が処理する。これでどうだ、トントンだろう?」
なーにがトントンだ。心の中で愚痴りながら、
「ああそうかい。じゃあそういうことにしよう」
しかし、俺には気がかりがあった。
「あー、なあ、学者様。あんた暇じゃねえだろ。俺についてくるっていつついてくるつもりだよ」
「う……それは……。しかしだな、本当に危険なんだ。分かってくれ」
「………………。そんじゃ目立たねえように動かせてもらう。なに、ヘマはしないさ」
「……不安だ」
「じゃあどうしろってんだ。学者様の休みを使って日帰り調査旅行か? そんなことしてたら真相にたどり着くまで何年かかるよ?」
「ああ、分かった分かった! 確かにその通りだ。キリがない。……絶対に目立つなよ」
「了解だ。そもそも俺だって命が惜しい。無茶はしないさ、約束する。……昨日約束した遺体の詳しい様子とかその周辺については今から調べに行く。2、3日後には報告できるだろうよ」
「ああ、分かった。気を付けろよ」
学者様の注意にさすがに鬱陶しくなりながら、しかし、注意しすぎるほどがちょうどいいかもしれない、と気を引き締めた。
まず遺体の詳しい様子だ。遺体についての報告書はカイトから貰っていたので、俺は警察時代のよしみで解剖を担当した法医学者に話を聞くことにした。奇しくもこの4件を担当した人間は廻戸大学に属する法医学者だ。それなら学者様が、などと一瞬思ったが、彼女も仕事があるなかで情報を集めるのは難しいだろう。それに、俺と奴はそれなりの仲だし、資料は俺の手にある。俺が聞いた方が間違いなく早い。そう思い、学者様には特に報告はせず、近くの喫茶店で待ち合わせた。
指定した席で待っていると、コツンコツンという音を立てながら、一人の男がこちらに歩いてきた。俺の顔を覗き込み、その糸目をより細めて笑いかける。
「久しぶりだね、朧月"刑事"」
「イヤミか、神坂」
神坂晶矢は席に座り、ウェイターにコーヒーを注文した。神坂がこちらを向いたタイミングで口を開く。
「透のやつはどうだ? うまくやってるのか?」
「ああ、サイバー犯罪対策課、だっけ。どうだろうね、僕もあやつとそんな話す訳じゃないし、でも透のことだしちゃんとやってると思うよ。気になるのはどっかの刑事みたいに独身こじらせねえかってこと」
「うるせえ、ほっとけよ。……うまくやってんならそれで構わない」
「兄の僕より弟を心配するとはねえ。やっぱ部下はかわいいもんかい。……君が透を助けてくれたのは7年も前だ。透は君の背中を追って警察に入って、一時期は君のもとでも働いていた。割と長い時間を共にしていたし、そりゃ当然か」
「昔話か。お前も老けたな」
「君は変わらないもんだね。いつだって自嘲を楽しんでいる」
「……本題に入ろう。電話口でも話したが、あの4つの変死体。……お前の腕を疑う訳じゃないが、あれはほんとに自然死だったのか?」
「自然死……っていうのも憚られるんだけど、そういう表現ぐらいしか当てはまるものがなかった。ちなみに外傷もなかったし命の危険に繋がるような病気だとか怪我だとかも見つからなかった。どこにも、一切ないんだ」
「……ちなみに、そういう薬があったとしたら?」
「あまりにも異様だからそういう可能性を全部調べたよ。胃の内容物とか注射痕とか。出来る限りやったけどお手上げさ。報告書は見たよね? 全ての臓器がなんでか知らないけど完全に停止しているんだ。腐敗も破裂もなにもなかった。全部開いてみたけど、僕が考えるにあれは『全部の臓器が緩やかに生命活動を停止した』って感じだよ。あくまでも推測なんだけどね。……ほんとは自然死っていう表現は間違ってるんだよ。だって自然死なんていうのは餓死だ。でも胃に内容物はあったし、4人ともちゃんとここ1ヶ月、それなりの食事はしていたと思うよ。餓死だったらもっと身体の肉は削げ落ちてるはずさ」
「それで警察は納得したのか?」
すると神坂はにやりとした。
「まさか。異例の事態だ。最初の一件は他のところにも回したみたいだよ。でもね、全員死因もわからないまま、本当に『人間としての機能が停止した』ぐらいの見解しか出せなかった。……ちなみにこの4例、まったく同じ状態だったよ。正直寒気がしたね」
神坂はウェイターが持ってきたコーヒーを受け取り、口をつけた。
「冗談か?」
軽く聞いてみると、彼は首を横に振る。
「本気。僕がブルってるって言っても君は信じないだろうけど、でも本当にやばいって思った。次またあの死体が回ってきたりしたらもう精神やられそうだね」
「珍しいもんだ。お前はホラーとかにもめっぽう強い人間だろ」
いつしか怖がりの透への悪ふざけでホラー映画をひたすら観賞していたことがあったが、こいつは驚きはするもののそれをアトラクションのように楽しんでいた。
それ以前に無数の死体を見てきたこいつに、未だそんな心が残っているのか、それすら疑問であった。
神坂は至って真剣な口調でこう答えた。
「朧月、あれはフィクションだ。それに部分的になら答えは出しうるさ。しかし今回のこいつは違うんだ。間違いなく目の前にある現実。僕の見解が間違ってりゃ万々歳だったが、そうもいかなかった。……分からなさすぎる。どういう手法でそんなことをしたか、どこをどう調べたって分からない。頭の中の知識は当然無力なガラクタさ」
「……呪い、か」
4人目の同僚の言葉をふと思い出して呟くと、神坂はその糸目を少し開いた。
「今回ばかりは少し信じた。この世にそういったものがあってもおかしくはない、と」
「そうか」
俺はそれだけ返してコーヒーを啜った。
「ところで朧月。誰にこの件の調査を頼まれたんだ? 遺族か?」
「いいや。あんたのところの学者様だ。宮本幽。大学では歴史を教えていると聞いたが」
「ああ、あの人か。透からの関係で知り合いだよ。かっちゃんと仲がいいみたいだからね」
「かっちゃん?」
「守屋楓月。透の幼なじみだよ。君も宮本教授と付き合い続けるならいつか話す機会もあると思うよ。それにしたって、よりによってあの教授の依頼か」
「なんだ? 悪い噂でも?」
「いいや。……ただあの人のオカルトに対する姿勢は本物だと思うよ。ノーベル賞を取った学者に気に入られたらしいよ。知ってるでしょ、この頃ここらの子どもと遊んでいる"博士"」
ああ、と返し、ため息を吐いた。俺は今までとんでもない人間の依頼を受けていたようだ。それなりの研究者なら理屈屋であるだろうが、そいつがあの学者様を認めたとなれば呪いとやらも少し現実味を増す。しかし、神がいたとて崇める気は微塵もない。
神坂からの話を聞き終え、その日の仕事は終わりとなった。とりあえずこの事を学者様に伝えると、学者様は唸った。
「……明らかに危険だな」
「ああ、俺もそう思った。……なあ、学者様。俺は人的被害は平気だ。だがあんたはどうだ? こいつがオカルトであるかどうかに関わらず……あんたは自分の身を守れるか?」
「私は目立った動きをしてないからな。恐らく平気だろう」
「そうかい、それなら構わないんだが……。ああ、そうだ。明日には遺体周辺の状況を調べてみる。分かることがあったら……」
「いや待て。それは私も行こう」
「は? なんだ急に」
「現場を見れば殺しの方法がわかるかもしれない。言葉だけでは伝わらぬこともあるだろう。百聞は一見にしかず、だ」
「なるほど、あんたの言い分は分かったよ。ところで、お忙しい学者様にはそんな暇があんのか?」
「……少し待ってくれ。それ以外のことを調べていてくれないか? 噂では遺体発見前後の時間に黒いローブを着た人間が目撃されているらしい」
「なるほど、そいつを調べろ、と。……ふむ、やりようはいくらでもあるな。やってみよう」
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