転生猫_4
俺が事務所に戻るとリツカがおかえり、と声をかけてきた。
「ただいま。あー、つっかれた」
俺はソファにどっかりと座る。山を昇った程度だが、学者様を横抱きしたりなんなりで少ししんどい。
「お疲れ様です。今飲み物出しますねー。なにがいい?」
「あー……麦茶。麦茶だな」
そう言うと彼女はすぐに麦茶を持ってきてくれる。
「優秀」
そう呟いて、一気に麦茶を飲み干した。
「なにしてきたの?」
「登山だ。……今度リツカもどうだ。たまには運動も気持ちいいぞ」
「いやあ……遠慮しときます。私は閉じこもっている方が似合ってるから」
そんな彼女の少女時代は"いたずら小僧"と評されるものだった。お前にその言葉は似合わないはずだったがな。
「……そりゃ残念」
鼻たれ姿を覚えられているのは乙女には癪だろう。そんな言葉は呑み込んで、なかったことにする。
「それにしても、リクトさんがあんな怪しい依頼を受けるとは思わなかったな」
「怪しい、か」
確かにそうだ。俺も学者様を信頼してなければあんな依頼は受けない。
「そうだな、ほんと、怪しいことばかりだ。あの学者様はいつもそうだ。……だけど、面白いことに割と本当なんだよ。兄貴……カイトからも聞いたろ? "教団"の話」
リツカがこくりと頷く。
「あれも学者様が引っ張ってきた話だ。……信じるかは別として、だな。あいつらは本当に悪魔を呼んでやがった。いや、邪神か? 俺はそこらの専門じゃないからよくわからないが、そういったものを全否定できなくなった」
「へえ……」
リツカは半信半疑、といった具合だ。そりゃそうだろうなあ。現物を見てねえんだ。
「ま、ああいう類いは地味か危険か、だ。お前が関わる機会はねえだろうよ、っと」
体を起こし、煙草に火をつける。
「前から思ってるけど、煙草止めたほうがいいよ。身体強くないんでしょ?」
「……いいんだよ。さて、仕事だ、リツカ。ここらの歴史を調べるぞ」
「え、リクトさん正気?」
リツカの嫌そうな顔を見て、にやりと笑う。
「正当なペイの下やるんだ。文句はねえだろ? 元ブラック企業社員」
「うええ……」
それでも嫌だと言えるんなら、正当な感情だろう。
「ほら、働け働け。俺は部下の仕事は時間で評価しねえ。突っ立ってるだけじゃ給料はやらねえぞ」
「はーい……とりあえずリクトさんはどう調べてくの?」
「俺は聞き込みかな。ここらに詳しそうな人間を探す。……ああ、情報共有をしておこう。そこから関連のありそうな情報を抽出してこい」
「え……私が文献探しですか?」
「聞き込み、やりたいか?」
リツカは首を横にぶんぶんと振る。一度聞き込みに出したらこっぴどく頑固じいさんに叱られた、そのトラウマがあるのだろう。
「文献やらせてください」
「よし、いい子だ。じゃあ頼んだぞ」
「うーん……」
さまざまな人間に話を聞いてみたが、あの神社に関わりそうなことはあまりなかった。ただ、ここらではその昔に伝染病が流行った、という話をよく聞いた。これがあの神社に関わりがあるかは不明だ。
「そういや、博士さんはDNA鑑定をするだかなんだか……」
警察時代に、そのキットがどういったものか聞いたことがある。また、その値段も。
「よくやるもんだ。あそこまでいくと金に執着がねえもんかなあ……」
ぼやきながら煙草に火をつける。ここら辺の地域も煙草は限られたスペースでしか吸えなくなった。そろそろ禁煙でもした方がいいのかもしれない。
「禁煙か……」
そろそろ、このくだらないやり口にも、けじめをつけた方がいいのかもしれない。姪の鼻にもかかるようだし、そもそも兄貴の娘に肺がんなど患わすのはいかがなものか。
リツカが来たのはつい最近だ。彼女は、つい最近まで鬱病だった。過労とストレスによるもの。間違いなくブラック企業というやつだったのだが、世知辛いもので再就職はなかなか難しいのだ。いや、それ以前に、そもそもリツカが、ああいった会社が恐ろしくなってしまったのだ。それこそ、トラウマのように。
「ったく……」
世の中がどうしようもないということは散々知り得たことだった。ただ、そのどうしようもないのが降りかかるのが、まさか自分の姪だとは思わない。
また、それを救いうるのも自分だとは思わない。一番上の兄貴にもカイトにも、助手として雇ってくれ、と頼み込まれた時は驚いた。ただ、リツカの状態を見れば、当然なのかもしれない。信頼がおけ、就業時間をコントロールできる者。それはもう俺しかいなかったのだろう。
どうにか救い出せた者。これまで救えなかった者。つくづく自分が神などではないことを思い知る。
「せいぜい人間様ができるのは親切くらいか」
くだらない結論だ。リツカの姿が見えたので煙草の吸い殻を落とし、その方へ歩いていく。
「あ、リクトさ……うわ煙草臭い!」
「いつもだろ。それとも外の清涼な空気でも吸って鼻がよくなったか?」
「そうですね! リクトさんの煙草のせいで私の鼻がおかしくなっちゃったよ。煙草やめてくださいよー!」
恨めしそうに言うリツカを見て、笑う。
「……ああ、ちょうど禁煙しようと考えてたところだ。娘を肺がんにしたと聞けばお前の親父さんは俺の鼻をへし折りにくるだろうと思ってな」
「リクトさんの方が強いんでしょ?」
あのバカ親父はそんなことを正直に娘に言ったのか。意地を張ってもいいと思うんだがな、苦笑が漏れる。
「娘を損なわれた父親ほど恐ろしいものはない。特にお前のはな。……安心しろ、煙草はやめる。電子タバコで水蒸気でも吸っとくさ」
リツカの頭をぽんぽんと叩きながらそう言うと、彼女はほんと?と嬉しそうに聞いてきた。そんなに嫌なものか。
「電子タバコっていろんな香りがあるんだよね? 私バラの香りがいいなー」
「おい、俺がその煙を吸うんだぞ。バラの香りと味が口や鼻腔に広がって……ああ、考えただけで気持ち悪くて仕方ない」
「えー、今までの贖罪だと思ってさー」
「……贖罪、ねえ」
自分の手が、内ポケットの煙草の箱に伸びていることに気づく。そうだなあ。
俺は煙草の箱を取り出し、ゴミ箱に放り投げた。リツカが目を丸くした。
「え、リクトさん本気で言ってたの?」
「……本気で言ってたよ。帰りに電子タバコを買って帰ろう。手持ち無沙汰は好ましくない」
煙草は一種の暇潰しでもあるのだ。それがなくなるとどうにも落ち着かない。すぐにでも電子タバコを買おう。最も、それがどこで売ってるかも、俺はよく知らないのだが。
煙草を放り投げた右手を上着のポケットに突っ込むと、かつん、と懐中時計に手が当たった。
……ああ、そうかい。
「さてリツカ。さすがに腹が空いたろう。情報整理がてら飯に行こうか」
「うん! ……あ」
リツカがスマートフォンを取りだし、すぐに耳に当てる。
「もしもし? うん、リツカだよ。え? うん、リクトさんもいるよ。今からご飯食べに行こうかって……ああ、うん、わかった」
リツカはスマートフォンをこちらに差し出してくる。
「カイトさんから、代わってって」
「カイトが?」
スマートフォンを取る。カイトは俺の1つ上の兄だ。警察で上の地位についている、らしい。今となってはもうよくわからないし、そこまで興味もない。
「あー、代わったぞ。なんだ?」
「ああ、リクト。実は今日お店を予約していたんだが相手が来れなくなったというのでね……せっかくだから誰かをつれていこうと」
「なるほど、それでリツカに電話を?」
「そうだ、お前は電話に出ないからね」
「そりゃ……悪かったな」
自分のスマートフォンを覗いてみると着信履歴が3件。本当はリツカにではなく、俺に電話をして、俺となにかを話すつもりだったのだろう。
「いつか埋め合わせをしよう。……で、その店の場所は?」
「ああ、それは地図を……。いや、迎えにいこう。ちょうど車を出しているんだ。今どこだい?」
「廻戸駅東口だ」
「了解。15分くらい待っててくれ」
そう言って、電話が切れる。リツカに内容をそのまま伝えると、彼女は嬉しそうな顔をする。
「それは期待していいってことだよね?」
「カイトが店を予約するってことはおそらくお偉いさんとの会席だ。……そうだな、期待していい。個室は確定だ」
「やった!」
どんな店か、リツカと予想を立てていると黒の車がロータリーに入ってきた。運転席にはしっかりしたスーツ、しかしさらさらの髪の毛は少々遊ばせている。間違いなくカイトだ。
車に近づくと、彼は目尻の下がった優しい顔で、ドアを開けてとジェスチャーする。後部座席に入ると、カイトはこちらを向いて微笑んだ。
「お久しぶり、リツカちゃん」
「む、カイトさん。もう私20越えてるんですよ。ちゃん付けはやめてほしいですね」
「ああ、そうだったね。リツカちゃんあまり変わらないからさ。……リクトも元気そうでなによりだ」
「そりゃどうも」
「さてリツカちゃん……和食は好きかな? なかなかお高いところなんだが」
「大好きですね! 和食!」
嘘つけ。お前は刺身よりハンバーグだろ。疑りの視線を向けてみるが、リツカは全く意に介さない。運転しているカイトはまず気づかない。俺は、椅子に体重を預けた
「そうかそうか。リクトもそれで大丈夫か?」
「ん、ああ。大丈夫だ。それにしても和食か。どんなお偉いさんと会食予定だったんだか」
「ん? はは、今回は違うよ」
カイトが車を発進させる。
「今回は、まあ、なんだ」
言葉を選んでいるカイトの様子を見て、ピンと来る。
「さては、デートか」
「……そんなところ」
ばつが悪そうにカイトが答える。それを聞いたリツカが、え、と驚いた声を出した。
「カイトさんって彼女いたんですか?!」
「そりゃあ……まあね。僕もいい年だから恋人の一人ぐらいはいるさ。はは……」
ごつん、となにかを乗り越えた音がする。おそらく縁石かなにかか? とにかくカイトが次の言葉を選ぶのに必死でハンドリングがペーパードライバー以下になっていることはわかった。
「カイト。俺が悪かった。運転に集中してくれ。死ぬ」
ああ、すまない、とカイトはやけに不安定だったハンドリングを安定させた。こいつは昔っから女の話になるとひどい動揺を見せる。このままカイトに恋人の話を聞き続けたらその恋人に最悪な報告をしなければなくなるだろう。
その事を察したリツカは引き下がるも、えー、と不満げな声を上げる。
「なんかショックだなあ。カイトさん取られるみたいな」
「なんだリツカ。カイトが好きなのか?」
「なっ……ち、ちがっ、お兄ちゃんとしてだよ!」
「随分年老いた兄貴だこと……あとそんな大きな声出すな。わかってる」
リツカが顔を赤くして俯く。反応が分かりやすいな、俺の血統は。懐中時計を開き、時間を確認する。
「カイトがお前に構ってくれなくなるのが嫌なのか?」
「そ、そんなんじゃ……」
ぼそぼそと呟くリツカ。ふーん、と俺は水を口に含む。
「だそうだ、カイト。恋人さんとよろしくやって……」
「あー!!! あーあーあー!!!」
顔を真っ赤にして、リツカは俺の声を遮った。俺は彼女に睨み付けられたが、別にいい。口元が歪むのを感じながら、小声で聞く。
「……嫌なんだろ?」
「……いじわる」
「言っといた方がいいぞ」
するとカイトがふふ、笑う。
「全部聞こえてるよ。大丈夫だよリツカちゃん。恋人が出来たくらいで頻度は変わらないよ」
しかしリツカはいじけたように呟く。
「娘とか出来たら絶対私より可愛がるでしょ?」
車が大きく揺れた。こいつ、死にたいのか。
「おい、そこはアウトだ、よせ」
「だって! 絶対そうでしょ! カイトさんは紳士的でかっこよくてもうそんなのラブラブに決まってるじゃん! そんなんじゃ子どもも……」
カイトは動揺しまくりで、車の揺れもそろそろ本当にやばい。俺は慌ててリツカの口を抑えた。
「……なあ、リツカ。俺も姪を気絶させたくない。黙るか黙らないか、選べ」
リツカの顔が恐怖に歪み、うんうんと頷く。
「よし、いい子だ」
「……むう」
解放されたリツカは、ふいと窓の外の方を向いてしまう。カイトがミラー越しに苦笑しているのが見えた。
「ったく、ほんとカイトのことが大好きなんだな。俺が結婚するとか言ってもこんなに騒がねえだろうが」
リツカはじとっとした目で、
「リクトさんも恋人いるとか聞いたら私ショックだからね?」
きつい冗談だ、と俺は鼻で笑う。俺は軽く肩をすくめた。
「そりゃどうも」
「全然関心ないね?! 聞いてきたくせに!! ほんとリクトさんまで誰かに取られちゃったら私しんどいから!!」
「そうかい。そりゃありがたい話だ」
煙草でもつけてやろうかと思ったが、丁度いまさっき捨てたところなのを思い出して、鼻で笑う。どうにも長年の癖は捨てられるものではないらしい。代わりに懐中時計を取り出して時間を確認した。
「さっきも確認したじゃん」
リツカが怪訝そうな顔で言ってくる。そういやそうだな。そう返して時計をしまった。
「手持ち無沙汰だとどうにもいけないな。俺は何か弄ってないと落ち着かない質なんだ」
「だからって煙草で暇潰すこともないじゃん。身体に悪い」
「はは、そうだな。だが、いいだろ? 煙草はいまさっきゴミ箱にぶっこんできた。金輪際手はつけないさ、約束しよう」
すると、カイトが、
「煙草、やめたのかい」
と聞いてくる。こいつは、ああ、きっと驚いているだろうな。
「……ああ。兄貴の娘に肺がんなぞ患わせてやれるものか。そんなことしたら、兄貴に殺される」
「はは、まあそうだね。クウトは親バカだから……」
「私のお父さんめちゃくちゃ私に厳しいですけどね」
リツカはそう言いながら、ふいと視線を窓の外に向けてしまう。
「許してやれ。あのバカ兄貴は……不器用極まりないんだよ。ほんと、呆れるくらい。カイト、覚えてるか? 俺らが悪ガキだったころ、無断外泊をして親父やお袋よりまっさきにあいつがぶちギレたこと」
「覚えてるよ。なんていうか……悪いことをしたね」
「お父さん、昔っからそうだったの?」
「ああ。あまりにキレたもんで俺らを投げ飛ばし始めた。もう両親はそれ見て叱るどころじゃなくなって兄貴を止めるのに必死になってた。俺もカイトも柔道をやってなかったら……考えただけで恐ろしいね」
カイトがバックミラー越しに苦笑する。
「一段落して、兄貴が部屋に籠ってしまったとき、へとへとの親父が教えてくれたんだよ。もう事件に巻き込まれたんじゃないかって一日中泣き散らしてたってな」
「ほんと、僕は申し訳なくなっちゃってね、謝りに行ったよ。そこのリクトはふけたけど」
「勘弁しろ。あの時は若かったんだ。最近謝ったよ。今までほんと迷惑をかけてきたな、って。……ともかく兄貴は驚くほどこっちのことを思ってる。最近じゃ気難しいおっさんだが……根は変わってないと思うぞ」
ああ、そうじゃなきゃ娘を俺のもとに預けたりはしないだろう。リツカもそれを思ったのか、それとも納得がいかなかったのか、ふーんと発したきり黙ってしまった。
「……それにしてもあんなに固執してた煙草をやめるなんてね」
食事を済ましたあと、カイトは予想通り俺に話があったようでリツカを家に帰してから居酒屋に行こうと言い出した。
俺らは性分が似ている。騒がしいところは苦手だ。居酒屋、といっても酔っぱらいどもの喧騒はなく、席も個室でなかなか静かなところだ。客層まで整ったこういう場所を、俺は他に知らない。
「所詮は不毛な贖罪さ。不毛で地味で……救いようもない逃げだ」
「何度も言うけど、あれはリクトの責任じゃない」
「何度も言うが、それでも俺が殺した」
「……」
少しの沈黙のあと、カイトは再び口を開く。
「なあリクト、警察に戻る気はないか?」
予想通りの言葉だった。カイトが俺に用があるなんて、それもリツカの前で話しにくいことなんてそれしかないだろう。
「そんな話だろうと思ったよ、カイト。……。戻る気はないね」
「……今の僕ならいくらでも便宜を図れる。それでもかい?」
カイトの目は、まっすぐだ。しかし俺の腹は今も昔も変わりゃしない。
「それでも、だ」
「……そうか」
心底残念そうで、悲しそうな顔をするカイトに、俺はお袋のことを思い出した。こいつらはいつも演劇かと思うほどに綺麗に感情が表情に浮く。
「そんな顔するな。……人手が足りないのか」
カイトは首を横に振り、酒を呷った。おいおい、そいつは日本酒だぞ。
「……そんなんじゃないさ。リクト、僕は君の能力を本当に買っているんだよ。それを……活かしてやれないのが、殺してしまったのが、未だに不甲斐ないんだ」
「そうかい」
俺も同じように酒を呷ってみる。ああ、これはちょっと強いな。馬鹿だろこいつ。
「今の仕事は、どうだ?」
無理だと踏んだのだろう、カイトは話題を他にした。
「思ってたよりは人に恵まれたかもしれないな。定期的に利用する人間が出てきてくれたお陰で退屈はしてないよ。今日もその仕事だった」
「件の廻戸学園の教授のことかい?」
「ああそうだ。……あの一件は悪かったよ」
「いや、いいんだ。それより、彼女はどんな人なんだい」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「仲が良さそうだからね、珍しく」
「言ってくれるね。……そうだな、愚直だ。自分の好きなことに関しては」
「ああいうものが好きなのかい、彼女は」
苦笑するカイトに俺も苦笑を返す。
「ああいうものが好きじゃなかったらこんな迷惑は被っちゃいないさ」
「はは、うんざりそうな顔をするけどリクトはそれに付き合ってるわけだろう?」
「……お客様は神様だからね」
冗談めかしてそんなことを言ってみる。もしこれが本当だとしたら俺は神に不敬を働きつつも彼女をあがめる狂人だろう。
いや、割と普通か。
「彼女との関係はいつから?」
「あ? うーん、割と前からだな。探偵事務所を開いて……そんな経たない内に来た客だ。じゃなけりゃあんな怪しい依頼突っぱねてる」
「だろうね。本当に……珍しいと思ったんだよ。リクトは昔からそうだったろう? 神棚を壊したり、地蔵さんの頭に小便ひっかけたり……」
「若いころの話は勘弁してくれ。本当に悪ガキでクソガキだったんだから。……まあ昔から信じちゃいないさ、そういうものは。しかしなあ、カイト。俺は昔から逆戻りしてってるんだよ。馬鹿らしいと思うことを、信じざるを得なくなっていってる」
「悪魔の話かい?」
「ああ。いや、悪魔か邪神かはよく分からないんだけどな。ともかく俺はそいつを見た。それからは……あまり馬鹿にもできなくなったよ」
「ふーん?」
片方の眉だけを上げて応ずるカイト。
「信じちゃいねえな?」
「いや、リクトが言うんならもしかしたら、と思ってね。リクトは相当頑固者じゃないか。そんなリクトが納得するなら……ほんとにあったんじゃないか、ってね」
「こりゃ驚いたな。事件の時に『オカルトなんです!』なんて証言されたら信じちまう、ってか?」
「はは、それは現場の警察の仕事さ。僕はもう……そういう立ち位置じゃないんだ。だから与太話だって、信じてもいいだろう?」
それに、とカイトは続ける。
「確かに、あまりに不審なのさ、現場が。……事件性なしで片づけたけど、本当にあれでよかったのかな」
「知るか。それこそあの学者様に聞いてくれ。学者様によれば平気だそうだがな」
そうか、とだけ言って、カイトは日本酒を一口。
「ところでリクト、そろそろ結婚は考えないのか?」
「おいおい、兄貴。勘弁してくれ。お前までそんなことを言い出したら俺の味方はいよいよリツカだけになっちまう」
「父さん母さんにも散々に言われているのか。はは、いや僕はそんなつもりで言ったんじゃない。もしかしたら誰かいい人でも出来てないかと探りを入れただけさ」
「ははあ、自分だけバレるのは癪だってことか」
「まあ、ね。でもその様子だといないってことか」
「ああ。結婚は考えなくはない。ただ相手は考えたことがない。……そんなとこさ」
翌日。俺はどうにか手に入れた電子タバコの電源を入れてみたりして、その動作を確認していた。
「どう、リクトさん? 電子タバコの調子は」
「ああ、あらかた分かったよ。とりあえず液体を入れてスイッチ入れりゃいい」
「雑……」
付属でついてきたリキッドの煙を吸う。何の香りだったか、グリーンアップルだったか?
「まあ、いけるな」
「なんかほんとにあっさりやめちゃったけど大丈夫なの? ニコチン中毒とか」
「そんなに吸ってねえよ。あれは暇つぶしの一環だったんだから」
「もっと健康的なの見つけてほしいね」
リツカの嫌味は無視して、パソコンに向かい直る。
「それで? なにか分かったことはあったか?」
「ああ、うん。この地域はあまり発展してなかった土地で、伝染病が流行った時にほとんどの住人が死亡したらしいんだよね。でも分かったのはそのくらいかなあ。神社の情報なんて全く載ってないよ」
「……そうか。ふむ」
そうなるともう少し聞き込み範囲を拡げるか、その道の専門家に頼むしかないだろう。しかし、この地域の歴史を研究するやつなぞ存在するのか、俺は首をかしげた。地元を悪く言うのは好まないが、この場所はあまり特色のない地域だ。都市化は進んでいるが目立った景観も特産物もない、つまらない場所だ。
「俺が聞き込んだ情報も同様だな。あの神社について知ってるようなじいさんばあさんはいなかった。あの場所を知らない人がほとんど。あまりに無名すぎる」
「それって、変だよねー」
「変? 無名な神社などはいて捨てるほどあるだろ」
「うーん、確かにそうだけど。年寄りの人まで知らないって、いつからそんな状態なんだろうね」
確かにリツカの疑問は注意に値するものだろう。神社はいくら寂れていてもそこに信者が集まるから成り立つもの。そこまで知られていない、というのはとんと昔に忘れ去られたもの、ということだろうか。
「ふむ……こいつは確証のない、いわゆる"言い伝え"あるいは"都市伝説"のようになりかねないな。ったく、参った」
あの学者様が望むのはそういう推測の枝葉を選択することではないはずだ。彼女はある程度の整合性と確証を持つ結果を待っているはずだ。かもしれない、なんていう最終解答はナシだ。
「よし、リツカ。お前は他の仕事を処理してくれ。依頼が来るかもしれないからな。留守番を頼む」
「うん、わかった。リクトさんはどうするの?」
「もう少し、粘る。切り口は分かっている。一つはあの神社について、一つはここら辺を研究する専門家がいないかどうか」
「手伝わなくて、平気?」
リツカはなんだか落ち着かない様子でそう聞いてくる。ああ、過労症のお前は仕事がなきゃ落ち着かないのか。それで体を壊したのにな。労働中毒なのかうつ病なのか、どちらかに落ち着いてくれよ。
「……じゃあ、そうだな。ネットでここら辺の専門家がいないか、探してみてくれ。いなかったらいなかったでいい。いたらすぐに連絡を頼むぞ」
「はい! 任せといて!」
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