転生猫_3
「……という話があってだな、睦月」
はあ、と助手の睦月が答える。
「で、俺になにか仕事を?」
「そうだ。君は私の助手だからな。それに私は……調べものが苦手なんだ」
「まあいいですけど……これ給料でるんですか?」
「当然だぞ、睦月。期間内は私のディナー奢り付きだ。さあどうだ、引き受けるかい」
「断る理由がないですよ、ぜひやらせてもらいます。……あ、奥谷教授、コーヒーでも淹れましょうか?」
奥谷教授は苦い顔をする。
「ああ、いや、僕は苦いものは苦手でね……うーん、そうだな、睦月君、ここには他に何があるんですか?」
「えーと……お茶とか、ですね。紅茶がありますよ」
「紅茶、うん、それがいい。頼むよ。……あとはお菓子でもあれば完璧なんだけども」
そんな奥谷教授のぼやきを、助手の睦月の代わりに院生の久留宮が答える。
「チョコレートがありますよ、こう……コロッっとした」
「気が利くね、久留宮君。素晴らしい。それを2,3個もらいましょう」
はいはーい、と久留宮も部屋の奥の方に消える。
「……完全に最後の条件、宮本さ……いえ、宮本教授に利があると僕は思ったのですがね? 歪みないですね」
毎晩食事を奢るとの条件を言っているのだろう。私は照れと焦燥を感じた。
「う、うるさい。確かに彼は顔も性格もいい。しかし、優秀であり、私が支援すべき助手の一人でもあるのだ」
「聞くところによると、彼は資産家として成功を収めた人間だと」
「う……」
言葉に詰まった私を見て、奥谷教授はいつものように軽快にはずんだ笑い声を響かせる。
「素直になっていいと思いますよ、宮本教授。日本人は本音と建前を使いこなす人種ですが、今はその時ではないと思いますよ」
「……下心というのは隠すべきだと思うが」
「いえ、僕の前では無意味だと言っているのです。だいたいあなたの美男美女に対する"節操なし"は今に始まったことではないですし」
はあ、とため息を吐いて、苦笑いを返すと、彼は微笑んだ。
「どうも……どうも賢明な方のそういった部分を見ると突き崩さずにはいられないのです。申し訳ないですね」
「ほんとに悪いと思ってるんですかね……」
そう聞いたのは、立方体をした小さいチョコレートを手にした久留宮だった。苦笑した奥谷教授が応じる。
「久留宮君は遠慮がないね」
あっ、と声をあげた久留宮はすぐに身体を折り、謝罪する。
「すみません、つい」
その誠心誠意のオーバーな謝罪に笑いがこぼれた。
「ふふ、見たか奥谷教授。これが"ほんとに悪いと思って"いる人間の態度だ」
「はは、確かにそうかもしれません。ああ、久留宮君、顔を上げてください。私は君を非難するために言ったんじゃない。いや、なに……近頃少ないんです。目上の者に踏み込める人間は」
奥谷教授は目を細めて微笑んでいる。ああ、そういえば彼と最初に出会ったとき、彼は似たようなことを言っていた。
彼と私が知り合ったのはこの廻戸大学ではない。彼は直接、私の家に訪ねてきたのだ。
「宮本幽さんはいらっしゃいますか。私、奥谷廉太郎と申します」
奥谷廉太郎と名を聞いた私は驚いた。UMAの存在なども気になっていた私は少々生物学などもかじっていたゆえ、彼の名を知っていた。
生物学において多くの業績を上げた。詳しくは覚えていないが遺伝子関連の研究でノーベル賞を受賞した経歴もある、とのことだ。
「あっ、わ、私が宮本です。なにかご用で……?」
断っておくが、私は人間だ。それも日本人である。権威にはめっぽう弱い。緊張するのも当然なので、笑わないでほしい。
インターホン越しに応答すると、彼はこう述べた。
「ああ、ええとですね、あなたがオカルトを研究していると伺ったのです。それも様々な見地から検討しているだとか、その界隈で有名だとか……」
とりあえず彼は私に興味を持っていることが分かったが、その話は長くなりそうだ。私は彼を家に上げなければと思った。インターホン越しの長話は無礼がすぎる。
「そういうことでしたら少しお待ちください、立ち話もなんですので……」
「ああ、そうですね。気を使わせてしまいましたか? すみません。ここでお待ちしております」
「ええ、すみません……」
部屋を見渡すと書類が床も机も椅子もところ構わずに散乱していた。ああ、私の部屋は汚いんだということを思い出す。
私はその時、こんな部屋にかの権威を上げるわけにもいかぬと思い、外出の準備を軽く済まして、ドアを開けた。そこにいたのは、予想よりも飄々とした男であった。
ラフなシャツに黒い薄手のコート。口には棒のようなものを咥え、壁に寄りかかっていた。
「あっ……と、失礼。時間がかかるものかと思いまして」
彼は口に棒を咥えたまま喋る。おそらくは飴だろう。
「ああ、いえ、お構い無く。……その、外でお話しませんか?」
「ええ、いいですよ」
「いやあ、春ですねえ。いや、春なんですかね。もうそんな季節ですか、いやそりゃそうか」
奥谷氏はファミレスのメニューの期間限定モノに目をつけ、そんなことを言った。
「……で、ご用件とは、なんでしょう」
「ええ、ああ、はい。そうですね。その前にひとつよろしいでしょうか」
やはりファミレスは彼には無礼であったか、身を縮めて、はい、と返答する。
「僕とあなたは年が同じなんですよ。知ってますか」
「……はあ」
「それなので、ですね。なんだか居心地の悪い敬語の類いは止していただきたいのです。どうにも、どうにも僕はそういうのが苦手でして」
「………」
敬語を使うなと言われ、私は少し戸惑った。彼とは初対面であり、敬語を使うのが道理ではないのだろうか。しかし彼はそれを止せと言った。
ここで彼へなにを話せと言うのだろうか。私が口をつぐむと彼は少し微笑んだ。
「敬意は言葉などに止まらず、もっと他の形で示すべき。僕はそんなことを思っています。批判が飛ぶのは承知ですがね、敬意というのはまるで"義務"のように付きまとうべきではない。息をするように目上の者を立て続けるのも、どうにも気狂いのような気がしてならない」
失敬、と彼は若干乗り出していた身を引いた。
「あなたのような聡明な方なら、下手な言葉を並べても言わんとしていることを察していただけると思いましてね。いかがでしょう」
彼は寂しそうな笑みを浮かべていた。
この時、私が彼の言わんとするところを完全に理解したかと言えばそれはノーだが、それでも感覚的に薄ぼんやりと理解した。
「……なんとなくは。まあなんにせよ、敬語を止めろということだ。従おうか」
「はは、それは私が"目上の学者"、だからですか?」
「他人の要請だからだ、奥谷氏」
「そうですか、そうですか……」
彼は満足げにうなずいた。
「さて、では先の件に戻りますがね。いえ、なに、率直に申せば私はあなたと協力関係を築いておきたいのですよ」
彼はもう、本当に素直にそう述べた。取り入ることも媚びることも最低限のご機嫌取りもなく。彼に交渉でもさせれば、この日本では悲惨なことになるのではないか、等とも考えた。
私は、別に気にかけないが。
「……なるほど、それはまたどうして?」
「僕はこの世のすべてに興味があります。学問とはすべてに関連がある。私が専門とする博物学問にも有象無象が関わっている。……ですからあなたの研究するオカルト、その中にある超常現象もUMAも僕の興味の対象なのです。あなたは聞くところによればそのオカルト研究者の中でも少し変わった方であり、また優秀な学者でもあるようだ。あなたと情報を"交換"したい。いえ……もっと直接的な利益も与えられますね」
私は奥谷氏の瞳を眺めながらオレンジジュースをストローで啜る。どうやら本気のようだ。その瞳には覚悟もなにも見られないが……嬉々とした色と子どものような興味が巣食っている。
「ほう。では、その利益とは?」
「宮本さんは、オカルトを調査するときに、ほとほと骨を折ることがありませんかね」
「ああ、まあ」
私は不法侵入を幾度か犯している。廃墟はどこかの誰かの私有地であることは多々ある。許可をもらっていないため鍵などは開かないし、もらっていた場合も同様だ。核心の一歩手前で挫折することは多い。
また何度か犯罪者とも遭遇することもあった。ああいった不気味な場所に近づくのは私と同業の者か、肝試しの若者か、人目から逃げたい者だ。隠れてやり過ごすなどはしたが、正直、数回死んでてもおかしくはないと思う。
「いろいろお話を聞きました。その右の手の甲の傷も、おそらくはその苦難の一つなんでしょう?」
私はジュースを持っている右手に目を落とした。手首近くを白い線が走っている。
「……よく見つけるな」
「観察は得意なほうでして。傷の入り方から見ると刃物ですね。大分深く入っているようですが」
「ああ。あなたの推察通りでしょうが、廃墟にいた犯罪者に。あれ以来夜の調査は同僚を連れるようにしてる」
「不法侵入、でしたか?」
「いや。あのときは許可を貰っていたから大事には……まあ大事だが、そこまで私に言及されることもなかった」
「そうですか。……その、"調査"なんですがね。手助けできることが多いと思います。いや、なに、私には優秀な助手がいてですね、よく不法侵入の事後処理をしてもらうんです。基本的には事前報告を行ってはいるんですがね」
「へえ……でも、そう簡単に許可が降りないこともあるとは思うが?」
「そこは権力というやつですよ」
なるほど。奥谷氏は上下関係は嫌うが権力は行使する人間のようだ。といっても研究者、という立場に変わりはないと思うのだが。
だがハッタリをかます理由もあまりないだろうな。
「それと、ピッキングも割と得意なんですよ。……だいたいの鍵なら開けられます」
「……研究者ですよね?」
「はい、そうです」
「まあ……無礼に敏感になった結果、どうしようもなくなった結果でもあるとは思いますがね」
私のふとした回想を他所に、彼はそんなことを呟く。
「正直なところを申しますとね、久留宮君。僕は馬鹿にされても構わないのです。それで近くまで歩けるのなら、問題はないのです」
「馬鹿にされても……コーヒー溢されてもですか?」
「コーヒーは飲まないと……。ああ、それどころかそういう話ではないのですが……。まあいいでしょう、これからもよろしく頼みますよ。君には期待しているので」
久留宮が学ぶ専門は脳について、そして心理学についてである。詰まるところ人間の内的な構造に興味があるようで、奥谷教授に質問する姿も見る。
……それにしてもこの教授はどうやってその多種多様な知識を脳に詰め込んだのだろうか。やはり適正というものがあるのかもしれない。あるいは、天才か。
はいっ、と元気よく答える久留宮を横目に正方形のチョコを口のなかに放り込む。甘い。
「……無邪気だな、久留宮は」
「?」
久留宮はなんのことか分からないと、首をかしげる。
「いや……少しうんざりするかと思ってな、院生というのは。研究者になっても同じだが、研究というものは"役に立つ見込みがあるかどうか"で評価される。それが社会的にせよ、学術的にせよ、だ。……なかなかしたいことが出来ないだろうと思ってな」
「まあ……したいことは出来ませんし、こんな世の中です、勉強ばかりすると進路は不安ですよ。私もお二方のような研究者になりたいって思ってます。でもそうなれるとはやっぱり限らなくて」
未来への不安。誰もが抱え、幾人を殺した概念についての話。しかし、彼女は笑顔を見せる。
「でも、楽しいですから! 自分のやりたいことをやるのは、楽しいんです! とても! たとえ今は自由にできなくても、それでも近づいていて、それはワクワクにも近くて、それが楽しいんです。それもやりたいことですから。だから楽しいですよ!」
私はちらりと奥谷教授を見ると、彼は微笑みを返した。一種の自信にも満ちた、そして嬉しそうなものだった。
「僕が期待した子ですよ、宮本さん」
そうとでも言うかのような曇りのない目。ある意味で奥谷教授と久留宮は同一の人間なのかもしれない。それならば、出る答えは一つだ。
私では敵わない。
「宮本教授も、オカルトは楽しいですよね?」
「…………」
私は言葉に詰まった。私はなぜオカルトを研究しているのか。その問いには昔から答えられずにいた。オカルトの可能性やその利用性についてはこんこんと語れるのに、私はこの久留宮の純粋な質問に一言も発することができなかった。
その沈黙の意味を察したのか、奥谷教授が口を開いた。
「そういえば、お茶がそろそろですかね。睦月君一人で運ぶのは大変でしょうから、久留宮君、手伝ってあげてください」
「あ、そうですね」
久留宮が部屋の奥へと消える。私はほっと息を吐き、脱力した。
「……すまないな奥谷教授。気を遣わせた」
「いえいえ」
奥谷教授はそれ以上突っ込んでくることはなく、代わりに当たり障りのない話を始めた。
「宮本さんはいつもコーヒーを?」
「ん、ああ。いつからかの習慣だ。特に好むわけではないが」
「僕は本当にすごいと思うんですよねえ……コーヒーが飲める人が。どうしてあの苦味を耐えられるのか……」
「奥谷教授は苦味がダメなんですか?」
「ええ、まあ……お恥ずかしながら苦瓜は当然のこと、ピーマンも苦手意識が残ります。いえ、ピーマンとはほとんど苦くないものでしてね? 人間が口にした場合、苦味などはほとんど感じないのです。農薬だとかそういった理由が考えられるのです。いやしかしそう理解してもですね……幼い頃の嫌な記憶というのはどうにもインパクトが強いんですよね」
「トラウマ、ですか」
「行動分析学としては、学習だと思いますよー」
睦月と共にお茶を運んできた久留宮がそんなことを溢す。
「学習?」
奥谷教授は紅茶を一口啜り、
「ええ、そうですね。学習。簡単に言えば、前後の環境変化によってその行動をするようになるかどうか、といった現象、とでも言えばいいんですかね。僕はその道の人間ではないので少し説明が曖昧ですが……」
「人間の心情とかとりあえず抜きにして、行動の回数とか、そういった量的データ的なもので分析するんですよ。例えば、ピーマンを食べたとき苦いと感じたらピーマンを食べる回数はへる、って感じですね」
「聞かれていたのなら、恥ずかしいものですね」
苦笑しながら、奥谷教授はまた紅茶を一口。
「ペットの芸とかもそうですね。芸をしたらおやつがもらえる。すると芸をする回数は必然的に増えます。……ああ、これ以上話すと睦月君が退屈してしまいそうですね」
窓の外をぼんやり眺めていた睦月が、あ、いえ、としどろもどろに答える。
「はは、いいんですよ。苦手なものに触れたくない。それは僕とて同じですから」
「いえ……すみません。……昔ありませんでした? 先生に話を聞かず怒られたこと。それを思い出してしまって」
他愛ない話をし終えた久留宮と奥谷教授が研究室を去ったあと、私と睦月は本格的に調査に取りかかった。あの神社の歴史と、骨を扱った神社の調査だ。
「あー……睦月? こっちは全然見つからない。あと10時間はいる」
「え? いや、教授これはここをこうするとですね、より検索結果を絞れるんですよ」
「うわ、本当だ。すまないな」
「……普段の論文、俺が来る前はどうしてたんですか」
私は頭をかく。
「探偵に依頼してたぞ」
「探偵って間違いなくそういう業種じゃないですよね」
「う……仕方ないだろう。昔から調べものは苦手なんだ」
「それでよく教授になれましたよね」
「……まあその無駄な調べもののお陰で知識を多く取り入れることが出来たからな。結果オーライってわけだ」
「それ、おそらく宮本教授だからこそですからね」
言われてそれもそうだな、と頷く。現に私の同僚にも絶望的に調べものが苦手な人間などはいない。個人差と論文の分量の差はあるが、私の場合は2ヶ月を越える場合がほとんどである。
「しかし優秀な助手が入って本当に助かっているよ」
すると睦月は頭を掻いた。
「まあ僕は……正式には助手じゃないですけどね」
「秘書。そうだな、君は秘書という言葉のほうが正しいだろう。単に私が好きなだけだ。助手という言葉がね」
「シャーロック・ホームズにでも憧れたんですか?」
「ワトソンは博士だぞ。さては睦月、シャーロック・ホームズシリーズを読んだことがないな? どうせ暇をもて余しているんだろう、神社関連のものを探すついでに図書館で借りてこい」
「ええ……でも大丈夫なんですか? 教授一人で」
睦月の嫌そうかつ心配そうな顔を見て、私は苦笑した。彼は私が独力でここまで昇ったことを忘れているようだ。
「平気さ、この分量なら捌ける。なに、調べものは苦手だが資料の分析の速さには自信がある」
睦月が図書館に出向いてから、私はただ黙々と目の前に広がる膨大なデータを処理し始めた。私は、読み飛ばすとかそういうのが苦手だ。必要なワードだけを検索するのも苦手だ。その方法もよく知らない。私は、ただ単純にこれら資料を読み進めるのだ。
この作業は少し油断すると身体に響いたりする。例えば身を乗り出すだとかすると腰をやるし、目もブルーライトをカットしてくれる眼鏡を使っていたとしても疲労しきっては支障を来す。目は使いすぎたところで丈夫にならない。ただ壊すのみだ。そんなことを知り合いの眼科が言っていた。そのエビデンスを調べたことはないが、使いすぎないに越したことはない。
ただ読む。時折立ったり、足を動かしたりしながら、読み続ける。だいたい1時間もすれば頭が回らなくなり、もらった菓子折などの消費がてら糖分を摂取する。ついでに少しの休憩。ちょっと休憩すれば、また作業に戻る。
基本はこれの繰り返しだ。
「ん……」
この行程を3回ほど繰り返したあと、私は一旦、伸びをしてみる。めぼしい資料はだいたい読み終えた。
予想通りというべきか、有名どころの神社で骨を祀るところは少なく、祀っていても一次産業、特に漁業などで繁栄を祈られるものが多かった。特に高貴な系列、というわけではなさそうだ。
またネットの海を漁ってみたがやはりあの神社の情報は出てこなかった。有名でもなく、時の流れに忘れ去られた場所だったのだろう。過去の文献を探して出てくればいいが、それも難しいかもしれない。
「果たしてあの神社の史料は出てきてくれるだろうか」
いや、可能性は低いだろう。特に、誰の目にも触れることなく長年放置されていたあの場所についての記録が今も残っているとは考えにくい。
「言い出した手前、調べないわけにはいかないがな……」
そういえば睦月がまだ帰っていない。彼は仕事が出来る人間だ。ここまで時間がかかるのは珍しい。彼に連絡を取ろうとSNSを立ち上げる。
『調子はどうだ? なにかあったか?』
そう送るとすぐに、
『いえ、特に無さそうですね。シャーロック・ホームズは借りたんですけど』
律儀な奴だ。冗談半分で言ったというのに。くすりとした笑いが口元から溢れた。
『よし、今日はもう戻ってこい。もうそろそろ日も沈む。定時も近いだろう。夕飯にしよう』
『分かりました。すぐ戻りますよ』
『事故には気を付けるんだぞ』
スマホをポケットにしまい、立ち上がる。
「さて、と」
パソコンの電源を落とし、とりあえずわかったことをメモして、外の景色を眺めた。
私にはずっと気がかりなことがある。神社跡外れにあったL字ロッド。あんな山奥でいったい何を探していたというのか。
「……鉱脈?」
いやいや、いくら昔だからと鉱脈をダウジングで探す人間が、しかもあんな場所で探す人間が一体いかほど存在するだろうか。
ではなんだろうか。
考えられるのは、素人の遊びか、それともオカルト的ななにかがあそこに埋まっているのか。
「素人の遊び、だろうな」
あの場所になにかがあるとは思えない。たとえ神社跡だったとしても、取り立てて説明するようなものはなにもないだろう。
ただ、どうしてこうも頭に引っ掛かるのだろうか。
バタン、という音がする。睦月が戻ってきたか。
「ああよかった。宮本さん。まだいらっしゃいましたか」
奥谷教授が夕暮れの赤に染まりながら、そこに立っていた。私はため息をつく。
「……ちゃんと教授と呼んでくださればもっとよいのですが」
「おおっと、失礼しました宮本教授」
「で、何の用件で? 見たところ……瑠美子のことですか」
奥谷教授はよくお分かりで、と微笑みを濃くする。分かるもなにも、子どもが新しい発見をしてはしゃぐ一歩手前のような顔だ。わからない方がおかしい。
「骨を調べていましてね。ああ、瑠美子とは一致しませんでしたよ。劣化が激しくて"瑠美子とは違う骨だ"ぐらいしか言えないんですがね。それと、面白いものが」
「面白いもの?」
「いえ……砕かれた猫の骨の微細な破片だと思っていたものなんですが……詳しく調べてみるとこれがどうやら違うらしいとわかったんです」
「なに?」
「あそこには、蛇の骨も入れられていました」
「蛇?」
ますます私は分からなくなった。複数の御神体がある神社は聞いたことはあるが、一つの御神体に複数の生物を押し込めるような祀り方を、私は知らない。
「今戻りました……あ、奥谷教授、いらしてたんですか」
「ああ、ちょっとね。分かったことはそれだけです。僕はもう少し瑠美子のデータを取ることにします」
「ああ分かった。情報ありがとう」
奥谷教授は睦月にそれでは失礼するよ、と研究室を出ていった。
「例の、猫の話ですか?」
「ああ。……なんだかあまりいい予感がしなくなってきたな。明日はあの神社の史料が残ってないか調べてみよう。忙しくなるぞ」
「ですね。じゃあ焼き肉でお願いします」
「……焼き肉か、ふふ、いいだろう。とびきり美味しいところを知っているんだ。その分働いてもらうぞ」
「はは……お手柔らかに」
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