第五夜(最終夜)“わらびと玉葱と鮭缶のマヨネーズ和え”
此処、居酒屋 橙ningは、ある田舎街の中の、繁華街からも離れた、ある小さな辻にひっそりと佇んでいるお店である。
今夜は、“わらびと玉葱と鮭缶のマヨネーズ和え”という肴をこの店でいただく。
いつだったかの平日の割と早い時間に入店したら、客が僕一人だけだった時があった。すると、マスターが「まだ仕込みが終わっていないメニューをやっつけてしまいたいので、すぐにご用意できる肴で一杯やっていてもらえると助かるんですが」と言ったので、その肴をお願いしたのが最初だった。
マスターが大学を卒業してから、しばらくの間、お父さんと二人で過ごしていた期間があったそうだ。お父さんは、大体、夜の9時半頃に仕事から帰宅して夕飯を食べるのだが、その夕飯をマスターが作っていたそうだ。
「一人暮らしをしていた頃だって、自炊なんてしたことなかったんです」と、苦笑しながらマスターはそう言った。
マスターのお父さんは、基本的に和食派で、何品かのおかずを肴に大瓶のビール1本に、日本酒が2合、仕上げにウイスキーのロックを飲み終えてから、麦が3割入ったご飯に味噌汁と漬物を毎回食べていたそうだ。そして、ご飯を食べる終わるまでの食事が30分掛からない人だったらしい。
自炊ですら満足にしていなかった当時のマスターは、そんなお父さんに毎晩食事をつくることを相当負担に思っていたそうだ。
「和食派なのに、刺身は嫌いだし、焼き魚もあまり好きじゃなかったんです。煮物はよく食べてくれるのですが、それは、当時の私が好まないものですし、ひと手間掛かりますから滅多につくりませんでした」と、お酒のお代わりを私の猪口に注ぎながらマスターはそう言った。
「でも、今日、お出ししたこの肴は毎回よく食べてくれたんです。調理時間が最短かつ最も食いつきがよかったメニューです」とマスターは微笑みながらそう付け加えた。
わらびと玉葱を切る手間だけで、あとは、マヨネーズで和えるだけのこの肴は、僕も大好きだ。
かく言う僕も、親父と二人暮らしをしていた時期が半年ほどあった。
朝飯と夕飯が僕の手料理で、昼飯はどこかで店屋物を食べていた。人間ドックかなにかでカロリーに気を付けるように医者に言われたらしい親父は「脂物は極力出さないように」「野菜を毎回出すように」と僕に注文した。
しかし、苦労して作った煮物も、野菜を入れたホイル焼きも、親父の舌に合わなかったり、カロリーオーバーと思った時には「これ、お前食え」と皿を僕の方に押し付けた。
カロリーは抑えながらも、“これは別物”と言わんばかりに好きな酒は浴びるように飲み、仕事の空き時間になんとかスポーツクラブで水泳までしていた親父は、やがて、体を壊して入院し、それ以後は、黙って僕の手料理を残さず食べるようになった。
そんなことをつらつら思い出しながら、今度、このマヨネーズ和えを親父に作って食べさせてやろうと、残った酒を猪口に注ぎながら僕は思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【“わらびと玉葱と鮭缶のマヨネーズ和え”のレシピ】
<材料:4人分>
・わらび(水煮)適量
・玉葱・・・・1個
・鮭缶・・・・1缶
<調味料>
・塩
・コショウ
・マヨネーズ
・お好みで、にんにくパウダー
<つくりかた>
①わらびは、5cmくらいの長さで切る。
②玉葱は薄切りする。
③ボウルに、切ったわらびと玉葱と鮭缶を入れ、マヨネーズをかけて和える。
④塩、コショウをして味を調える。
*お好みで、にんにくパウダーを適量かける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【居酒屋 橙ningで流れていたBGM】
「晩夏(ひとりの季節)」荒井由実
https://www.youtube.com/watch?v=1YdZ3wB6Jp8
居酒屋 橙ningのレシピ 橙 suzukake @daidai1112
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます