第四夜 “橙ning風 かたくりシチュー”

 此処、居酒屋 橙ningは、ある田舎街の中の、繁華街からも離れた、ある小さな辻にひっそりと佇んでいるお店である。

 

 今夜は、居酒屋 橙ningオリジナルメニューの“かたくりシチュー”をこの店でいただく。


 お袋の話では、僕は3歳になってもおんぶ紐を使ってお袋の背中におんぶしていた、そうだ。片言の言葉を話し始めたのも3歳くらいで、発達もある種の自立も他の子よりも遅かったようだ。

 この日も、僕はお袋におんぶされてある肉屋に行った。親父の給料が入ったということで、たまにはすき焼き用の豚のもも肉を買おうと店主に注文しようとしたところ、「さんとう さんとう」とお袋の肩越しで僕が言ったそうだ。「今日は違うの!恥ずかしいからやめなさい!」とお袋は顔を真っ赤にしながら僕をいさめたそうだ。

 “さんとう”というのは“三等”のことで、値段の安い“豚のこま切れ”を指す言葉だった。当時、家計が厳しかった我が家で買う肉はいつも“三等”で、お袋はいつもこの肉屋で「三等を○○○グラムください」と注文していたので、片言しかしゃべれない僕ですらその言葉を覚えてしまい、この日もそう言ったんだそうだ。


 その肉屋の惣菜は大変美味しく、特に、手作り餃子は絶品で、僕が物心ついたときから餃子はその肉屋のものをいただいていた。しかも、誰に話しても最初は冗談にしか受け取られないのだけど、我が家ではその餃子に中濃ソースをかけていただいた。餃子のタレというものが存在しているのを知ったのもだいぶ後の大学生になってからの話、というくらい、ずっと、何の疑問も持たずに焼いた餃子にソースをかけて頬張っていた。

 後に、ラーメン屋で餃子をいただく折に仲間がやっている様子を見て、醤油とラー油を調味することを覚えるわけだけど、不思議と、ラーメン屋の餃子には中濃ソースは全く合わないこともわかった。その肉屋の餃子のみが中濃ソースに合う、のだ。

それくらい、この肉屋の餃子の味は他のどの餃子とも違う。


 大きさは、一般的な餃子のサイズだけど、具が多くつまっていて出来上がりがふっくらしている。中身は、豚肉、白菜、ねぎ、にんにく、ニラで、特別変わったものは入っていない。しかし、刻み方が粗くて、歯ごたえがシャキシャキしている。そして、ここが一番のポイントなのだけど、食べると“甘い”。もしかして、砂糖か何か入っているのではないかと思うほど甘い。でも、それはもちろん砂糖の甘味ではなく、野菜の甘味である。

 見た目は冗談みたいでも、野菜から出る具の甘味と、中濃ソースの甘味が交じり合って、とてつもない旨みになる。


 ある時、お袋に「我が家は、あの餃子になぜ中濃ソースをかけるようになったのか?」聞いてみたことがある。お袋は、一生懸命に40年くらい前を思い出そうと頑張ったけど、だめだった。醤油をたまたま切らしていて、しょうがなくソースをかけたら意外にもイケた、のか、肉屋の人に勧められた、のか・・・。

 僕は、こう予想する。今晩、この店でいただく“橙ning風かたくりシチュー”でもそうなのだけど、元々、関西人であるお袋と、関西に住んでいたことがある親父の関西魂がそうさせたのではないか、と。


 関西では定番のお好み焼きのルーツをどこかのテレビ番組でやっていた。小麦粉とキャベツ・肉・海鮮を混ぜて焼いただけのこの品には、最後にソースをかける。当時、高価なため庶民が口にすることができなかったステーキにソースをかけるように、低価な食材であっても、せめて、味は高価な洋風になるようにこの品はあみ出されたし、ソースがかけられた・・・ とその番組で語られていた。

 であるならば、家計が苦しかった当時の我が家において、何の疑いもなく、ソースがありとあらゆるメニューにかけられても不思議ではない。

 僕のこの大胆な予想を、当時、お袋は頬杖をつきながらつまらなそうに聞いていたが・・・。


 前置きがだいぶ長くなったが、この店のかたくりシチューは、途中までは普通にクリームシチューだったりカレーだったりする作り方と同じで、最後に、片栗粉を水で溶いたものを投入してとろみをつけ、塩とコショウをかけて味を調える。

 器に盛られたら、最後の味付けにソースをかけていただく。この時のソースは中濃ソースでもウスターソースでも良いが、多くかけすぎるとソース味しかしないので注意が必要である。


 居酒屋 橙ningマスター曰く、大学生になるまで、シチュールーを使ったシチューを食べたことがなかったそうだ(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【居酒屋 橙ning風“かたくりシチュー”のレシピ】

<つくりかた>

・普段、クリームシチューやカレーで使っている食材と作り方と同じ。

・もやしやしいたけを入れても美味しいです。

・最後に片栗粉を溶いてとろみをつけて、塩とコショウで味を調えます(ソースをかけて食べる方は薄めに)。

・器に盛ってからソースをお好みの量かけていただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【居酒屋 橙ningで流れていたBGM】

「雨の街を」荒井由実

 https://www.youtube.com/watch?v=c28B6paWGpw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る